不細工姫かく申せば
ストレスが溜まったため箸休め的に書いたらこうなった。
「嫌ですわ」
しんと静まり返った議場で、少女の高い声が響いた。
小さな顔を覆う豊かな蜂蜜色の髪と、亡き王妃に瓜二つと言われた美しい顔。ミルク色の肌。この王国で知らぬものなどいない二の姫エスメラルダ王女だった。
少女は王妃似の儚げとも例えられるその風情を裏切る強い視線で、並み居る王国の重鎮を睥睨し、再び口を開いた。
「そのような勝手な話あるものでしょうか?私は嫌です。
私にはお慕いしている御方がいます。その方以外の誰も添い遂げる気はございません」
衝撃的な王女の告白に、息を呑んでいた大臣以下の議員が総立ちになり何事か言うその前に、一番に凍り付いていた国王が震える手で制した。
「王女よ、エスメラルダよそれは・・・真か?」
目に入れても痛くないと溺愛してきた国王にはエスメラルダを甘やかしてきた自覚があった。
長い間緊張状態が続いてきた隣国バルーダとの王族同士の婚姻による融和策も、国王としては成さねばならない事と理解している。王女もそうであらなければならない。けれど、娘の親として愛し子を明日も知れない地へやることは身を切られるような苦痛を国王に齎していた。
本心は娘の損なわれるかもしれない命を想うと遣る瀬無く、娘が幸せであるならばどこの馬の骨であろうとも添い遂げさせてやりたい。
「偽りございません。
もう私のお腹にはその証が芽生えているのです」
再びの衝撃が走った。
衝撃に見舞われよろめく国王も蒼白となる大臣議員たちも、次には事態の収拾に目を交わし合う。
広い議場に犇めく思惑は、一つの方向へと向かった。
議長席の上段、王座に寄り添う両翼の席に、左手にはエスメラルダ王女そして右手にはエスメラルダの姉である一の姫リリエンスール王女が座っていた。
王国の浮沈を賭けたと言っても良いこの政略結婚の議題は、予め二人の王女にも告げられていた内容だった。その上で国王である父からは、婚姻相手である隣国の王太子よりも4歳年嵩であったリリエンタールは避けられ、妹であるエスメラルダが嫁ぐことが決まっている事を告げられた。
これには長い間エスメラルダに父の愛情も臣民の敬愛も奪われてきたリリエンスールにとって、想像外の出来事だった。
来し方故に、自分こそが政略結婚の具となる定めであると覚悟してきたのだ。それも、妹の高名に翳む己の不甲斐なさから婚姻迄に至らないことが続き、今では無駄飯食いの不細工姫と国内外に響く迄となり恥じ入っていた。だからこそ、自分を残しエスメラルダを嫁がせる決定に嬉しさよりも不安が募っていた。同じように聞いていたエスメラルダが決意したように視線を強くしたことにも気付かずに。
「リ、リリエンスール。これは国家浮沈の一大事だ。
聞いていたようにエスメラルダは嫁がせることが出来ぬようになった。
しかし、それをそのまま相手に伝えればただでさえ不安定な両国に取り返しのつかない亀裂が入ってしまう。
分かるな?エスメラルダに代わりそなたが隣国へ嫁ぐ。そうしなければならないのだ。
そなたとて、もう相手になる者さえおらぬだ。このままでは一生独り身という汚名は免れぬ。
諾と言っておくれ」
良いことを思いついたとばかりに早口で捲し立てる父王に、最初は俯き加減に聞き入っていたリリエンスールだったが、後半の無神経かつ余計な言葉にリリエンスールの心の奥底で何かが切れる音がした。
「父上」
すっと立ち上がったリリエンスールが横にいた父王に真っ直ぐな視線で発声する。
国王も大臣たちも良かった良かったと早くも胸を撫で下ろしている中、妹に似て非なる高く凛とした声が響いた。
「嫌ですわ」
「そうかそうか分かって・・何?!」
てっきり喜んでリリエンスールが受けると思っていたその場の全ての者が驚愕に固まった。
リリエンスールは構わずに続ける。
「父上、両国が王族の婚姻により和議を結ぶ。そのような大事業に於いて、主役である王族がそれを拒絶しあまつさえ素性も明かさぬ相手との密通をしていた事、看過されることではありません。
本人であるエスメラルダは元より、その相手、更には側仕えや近衛衛士そしてその関係者の処罰は避けられませんわね」
普段から居室に引きこもり、父である国王とも数えるほどしか面会することのなかった一の姫の乱心とも思われる追及に、誰もが唖然としている。それが一々尤もな話で、口を挟む事すら出来ないでいた。
「このような悪名は直ぐに関係国へと流れるでしょう。
勿論バルーダには今この時にも報告が入っているでしょうね」
ハッとした数名の官吏が議場から飛び出してゆく姿を横目に、リリエンスールは続ける。
「父上は本当にエスメラルダだけが可愛いのですね。私も確かに貴方の娘だというのに・・・」
国王が決まり悪げに視線を外す。自覚はしていた。
実の所、決してリリエンスールは不細工ではない。亡き母ではなく、国王である父親に似ていて間違いなく王の血を受け継いでいる。目鼻立ちも整っていて、金髪では無いけれど艶やかな亜麻色の髪をしており、父親似だけに男顔寄りであるだけで健康的で溌溂とした雰囲気を持っている。肌色もやや濃い目なのもあって、男装させれば凛々しい美少女という風情なのだ。
ただ並ぶ相手が悪いだけ。その不運が王家で、王国でリリエンスールの居場所を奪っていたのだ。
「私はこのまま嫁げば腹いせに殺されるでしょう。
引き裂かれ裸に剥かれ殺され曝されるでしょう。そしてこの国は戦乱に沈むでしょう」
不吉な占いを語る占い師のように呟くリリエンスールに誰もが怖気を震う。
「お、お前は王家の者として
「王家の者として?何でしょうか?
全てが妹の為にあり、栄光は妹に私には蔑みと孤独が与えられてきた人生でした。
歳が離れていても同じ日に生まれた私達。妹は人々から祝われ私には孤独が与えられ
「お前は!妹と比べられるのが嫌で誕生の祝いにも出て来なかったではないか!」
娘に手向かわれた怒りに国王が激高する。リリエンスールは毛ほども動じず反論する。
「祝いの席に出るためのドレスも無いのに?」
その言葉に国王の興奮が引いて行く。
「女官長が用意しておっただろう」
その言葉にエスメラルダの背後に控えていた女官長の顔が青褪める。
「エスメラルダはひと月も前から父上自らが選んで誂えたドレスを纏い、私の下には1度も来ない女官長任せのドレスですか?そんなものは届きませんでしたわ」
ポカンと国王が女官長を見遣るが、リリエンスールは続ける。
「そもそも、私の部屋をご覧になったことがございますでしょうか?
北側の枯れた庭を持つ部屋。冬は隙間風に震え、夏は虫に襲われ泣き、女官長どころか女官や侍女すら寄り付きもしませんでしたわ。護衛の近衛衛士など姿も見たことがありません」
淡々と続くリリエンタールの告白いや告発に誰もが動けないまま。国王ははくはくと喘いでいる。
「私を担当することは出世から外れるという意味らしいですよ。
軍務大臣の次男であらせらるポートワン様は任官の下知を聞いた瞬間に、『不細工姫にだけは当たりたくなかったのに!俺が次男だからなのか?』と叫んで私の部屋に挨拶に来るどころかそのまま家に引きこもって、その後留学なされたのでしたわね?」
軍務大臣の席から呻き声が聞こえる。
「第一王女の女官頭の筈の伯爵令嬢エリス様は私の部屋に任官御挨拶にも来ずにいつのまにかエスメラルダの女官の一人になっていましたっけ」
議員席から席を立つ音がする。
「私が『不細工姫』という名で呼ばれていることを知ったのは、偶々彼女が声高に話している所に出くわしたからでしたわ。
彼女は私に気が付いても悪びれずに『みいんなそう呼んでいますのよ。国王様でさえ見向きもされない不細工姫って』こう言い放ちましたわ」
ひぐっという奇声が湧いたが誰も気にする余裕は無い。
「でも・・これってどう受け取れば良かったのかしら?ねえ、筆頭宰相様」
いつ来るかと身構えていた鉾先に、威厳を保ちつつ宰相は恭しく首肯する。
「直答お許しいただけますでしょうか?」
「まだよ。焦らないで待っていて頂戴」
俯いたまま宰相の額に玉のような汗が浮かぶ。
「そう言えば女官長様は貴方の姉君でしたわね」
「殿下お戯れを。側仕えに様付けなど」
「あら、皆私より身分が上のようでしたのでね。要らなかったかしら?」
「お、お戯れを。数々の不敬誠に申し訳ございませぬ」
何をされても何も言わないリリエンスールに正直誰もが侮り蔑んできた。身分社会ではままあることだが行き過ぎていたことは否定できない。
国王自らがリリエンスールに欠片も愛情を見せないのだ然るべきということ。更にそれを利用してきた宰相は内心舌を巻く以上の恐怖をリリエンスールに感じていた。これ以上喋らせる事は拙いが、止められなかった。
「不敬と言えば、常々感じていたことなのだけれど。
私の事を不細工姫不細工姫と呼んでいらっしゃるけれど、私、父上にそっくりなんですけれど?
じゃあ・・皆父上の事も不細工だって思っているのですね。
自国の国王を不細工って不敬ですわね」
議場の全ての人間が内心で叫ぶ。『そんなこと言ってませんから!!』
しかし、その言葉に強く反応する者がいた。他ならぬ国王だった。
不細工姫という名は娘の渾名としては考え物だと思うが、自身が呼ばれている訳でもない上に、リリエンスールに興味が無かったので聞き過ごしていた。
考えてみたら自身も論われていたのか。
「・・・私の一番幸せだった時間は、お母様の死で終わってしまったわ。
美しい庭の美しい部屋も取り上げられ、ドレスも靴も、お母様に作って頂いたレエスも奪われた。
徐々にお母様の家は力を失い、お外祖父様も失意のうちに亡くなられた。
エスメラルダもお母様の子だったけれど、父上がお母様そっくりに成長していくエスメラルダに執着するようになってから、見向きもされなくなってしまった。
そして・・・筆頭宰相であるウルハウド家が台頭してきた。
お母様を殺した貴方が今度はこの国を亡ぼすのね。身に余る欲は己に返ってくるわよ」
全員の視線は筆頭宰相に集まった。
おかしくなった王女の戯言と言い切ろうにも、宰相は身動く事も出来ないでいた。
華奢な靴が下げていた肩に乗せられていたからだ。
軽く乗せられているだけだというのにピクリとも動かない。汗だけが噴き出すように流れ落ち、議場のカーペットを濡らして行く。
「掃除や洗濯は勿論食事さえ持って来ない。そんな環境で私がどうやって生き延びてきたと?」
リリエンスールの言葉に宰相は思い当る。
リリエンスールの食事を抜けと言った覚えは無いし、殺すつもり等無かった。非力で無力な王女など毒殺よりも政治の具に使えばよいとさえ思っていた。リリエンスールの言葉に一番驚いているのは宰相だった。
これは女官長でさえ知らなかった。
王に愛されない王女の世話をしたがる者がおらず、誰もが自分以外がやっているのだと思っていた結果だった。
「本当なのか・・今の言葉は本当なのか!」
国王が吠えた。思わぬリリエンスールの反抗に途方に暮れている間に、話は聞き捨てならない物へと移行していたのだ。
身が凍えるような喪失感を味わった王妃の死を、最も信頼した筆頭宰相が画策し実行していたなどとあってはならない話だ。
「何がでしょうか?」
熱の無い視線のままリリエンスールが振り返る。
「王妃を殺したのか!筆頭宰相が殺したのか!!」
ぎらぎらとした目で睨みつける。温厚で鷹揚な国王はいなかった。唯、復讐に囚われた男がいた。
「それほど愛していらっしゃたのねお母様を」
どこか憐れむように見る娘にも気付かず、国王は猛る。
「どうなのだ!」
リリエンスールは小首を傾げ、微笑んだ。
「血を分けた娘を見捨て、妻の敵に操られた可哀そうな方。お母様は貴方の事を憎んでいらしたのに」
国王の顔から色が消える。
「何故だ!私たちは愛し合ってきた。支え合い!慈しみ合い!死が分かつその日まで!!」
「本当に?愛する方から権力を使い召し上げた男を愛する?冗談でございましょう?
! あら、心配しなくとも私たち二人とも貴方との間の子。不義など働いておられませんわ。
お母様の婚約者を筆頭宰相を使い殺し、まんまと奪ったまでは良いのですけれど悪事は細心の注意を払って為されますように。人の手が入る程に『口』は増えるという事ですわ」
憐れむように見るリリエンスールはその手に小さな冊子を持っている。
「これはお母様の日記。これだけは取られないように必死に隠しましたわ。
これのお陰で私は私を認めない王家や王国の人々と決別することが出来ました。
もうとっくにこの国を出ても良かったのですけれど、国難の中私の様な者にもできることがあるかもしれないと血迷いました。
父上のお言葉から、本当に私は貴方方から必要とされない人間だったのだと痛感いたしましたので、御礼も兼ねてお話させて頂いたのです」
もう誰も口をきく者はいない。国王は半分意識を失っている状態だった。
「そこで、先ほどのお話に戻るのですが。
私が生き延びるために何をしてきたのかというお話でしたわね」
慈愛に充ちたような微笑みで冊子を胸に抱きながらリリエンスールは続ける。
「私を護衛するどころか見張る者さえ来なかったあの部屋には、貴族街の端に通じる隠し通路があるのです。これは、お母様の日記から知ることが出来ました。
女官長は知らずに私の支援をして下さったのです。ありがとう存じます」
見事なカーテシーを見ることは女官長は叶わなかった。気を失い倒れていたからだ。
「あら、お大事に。
お腹が空いた私はそこから街へ出て色々な事を見、知り、理解しました。
大陸の大動脈に当たる大陸街道の要所を抑え、大きな港と豊かな穀倉地を持つ我が国は周辺諸国からは垂涎の的であること。偉大なる5代前の国王陛下の英断により、兄弟国であったバルーダとの関係も修復され長い間の蜜月を味わったこの国は、病んでしまった。
人々は気付かないうちに傲慢になり、周辺諸国の脅威も政治的な均衡にも見向きもしなくなった。それでいてバルーダとのいざこざが拗れれば、自分の非を認めず相手を罵ってきました。
街に出ればこんなにはっきりと知れることに、誰も見向きもしなかった。王城は百年の時を只々謳歌しているだけ。
敏いもの達はもう既に逃げ出しているというのに・・・」
誰もものを言う者はいない。
リリエンスールは歌うように続けた。
「私は古臭いドレスを売ってワンピースを買ったわ。
持ち出したお金は生きていた頃のばあやが溜めていた私のお小遣い。それも奪われていたら本当に飢え死にしていたわね。
食堂や市を覗いてはお話を聞いて、人々を見てきた。
ある日、一人の狩人に出会ったの。
背の高い日に焼けた男の人。
もう15歳だったのに痩せて小さな私は10歳ほどに見えたそうよ。抱き上げて無謀な馬車から救ってくれたあの人には他国の訛りがあった。何処か懐かしいそれが。
自分を利用するのかと聞いた時。あの人は違うと。迎えに来ただけだというのよ。
この国はもうすぐ無くなる。その時には王女として連座させられるだろうと。
私の苦境を知っているあの人に、私は答えたわ。
『王族が逃げたら誰が民を守るの』と。
あの人は苦笑して『合格だ。だが、お前を失うのは惜しい。あと一回だけ機会をやろう』と言うと人ごみに消えて行った。
ああ、聞こえるわ。
破滅の音。軍馬の蹄が響いている」
目を瞑り遠くの音を聞き済ますようにリリエンスールは言葉を切る。
それを聞きとがめた者が窓へと走る。
窓の外、鈍色の空の下に広がる王都の街並みから、一本、また一本と煙が上がる。主にそれは下町や商店の立ち並ぶそれではなく、防衛施設でもある屯所や貴族街から上がっている。議員たちが騒ぎ我先に出口へと殺到する。
その浅ましい姿に目を奪われた寸の間、リリエンスールの視線が再び戻ったその時、リリエンスールの傍らに父王の姿は無かった。
踏み荒らされた議場の床には、筆頭宰相に腹を刺されながらも彼の者に馬乗りになって縊り殺す国王の姿が在った。絡まり合うように二人は絶命していた。
「まあ・・・。本当に馬鹿な人。そんな男にいつかは愛してくれるようになるかもしれないなんて、思っていた私はもっと馬鹿なのかしら?」
憎まれたわけでは無く、一欠片の関心も無かっただけ。娘が不遇をかこつことになっても、ただ我儘な王女が引きこもっているのだと認識していた父親。
『不細工姫』と呼ばれていても、諫めるどころか信じていた節がある。公式行事には隣にいたというのに、解れて縒れたドレスでいても気が付かない。顔などろくに見ていなかったことは確かだった。
それでも子は親に期待してしまうのだ。
助けての手を拒むほどに。
「気は・・済んだのか?」
誰も居なくなった筈の議場に男の声が響く。
「泣くな」
自分が泣いているのだと、初めてリリエンスールは気付く。
「全て終わった・・・ようだな。
もういいか?」
動かないリリエンスールの手を取り男が促す。リリエンスールは頷いた。
「全てが明らかになれば話して下さると思っていたのです」
小声でリリエンスールが呟く。男は黙ってリリエンスールを引き寄せる。
「馬鹿な男だ。自分に愛されればエリンにも愛されると思っていた。
結果関わったすべての人間を不幸にした。
幸せな男だとも言える。
自分が愛されること以外は信じない。そのまま死んだ。宰相を殺せば自分の罪は無い物になると思ったのだろう。王妃を殺した男への復讐ではないさ」
リリエンスールは男の言葉を聞きながら別の事を考えていた。
父王は結局自分以外愛せない男だった。自分は自分から傷つくために父王に告発したのだ。
生き抜くためにあった今迄の事に、愛した母との記憶が塗り潰されることが怖かった。母の言葉を信じることが出来たのは母の日記を読んだ時だった。
『愛しているわリリエンスール。誰の血を引いていても、確かなのはあなたは私の娘。愛せない筈が無いの。
辛い事ばかりのこの暮らしにも、貴方がいるだけで生きてゆけるの』
私も愛しているわお母様。口の中の呟きは雪のように滲んで消える。誰の耳にも届かぬまま。
「行こうリリエンスール。もうここには用は無い」
男に手を引かれリリエンスールは歩き出す。
手を引く男の背を見ながら、もし父王の手に奪われなかったらこの人の子として在ったのだろうかと。
母の相思相愛だった婚約者。又従兄弟だというこの男は婚約者を奪われた後、誰も娶らなかったと聞いている。この男も自分に母の血を探すのだろうか?それは無理というものだろう。母親似なのは妹のエスメラルダだ。自分は憎い男に似ている。
愛した女性を奪いその女性を政治の生贄にし、彼女の娘を飢え死にさせるような男。自分の手でと思っていただろうに来た時には失われていた。そのやり場のなくなった怒りを男はどうするのだろうか。
「どうして?・・・私なの?」
震える稚い少女のような声が男を止める。
「どうして妹ではなく私なのですか?」
男は起こった出来事に呆然と立ち尽くす妹ではなく、憎い仇に似た自分の手を取った。
誰にも選ばれなかったリリエンスールにとっても信じられることでは無かった。
男は止まってしまったリリエンスールの瞳を見て、困ったように頭を掻く。
「お前はお前が思うほどあの男には似ていないぞ?
お前の祖母の故郷である俺の国では精霊信仰が残っていてな。国の者は少なからずその人となりを感じる力を持っている。
俺の国流に言えば、お前とあの馬鹿の魂は全くと言って似ていない。お前の魂は、俺が愛したエリンに似ているんだ。
似ていると言えば、あの馬鹿に似ているのは妹の方だな。歪んだ紛い物真珠のようで気持ちが悪い」
エスメラルダを見遣りながら男は強く言う。
男にエスメラルダを受け入れる意思はない。姉と引き離され周囲に持て囃され次第に歪んだ自我を持つ少女は、リリエンスールの不遇を更に周囲に唆すことさえやってのけていた。
妹を振り返り、そしてリリエンスールは諦めた。
母親の形見であるレエスを自分から奪い泥水に沈めた妹を思い出していた。
「私は生きる。それだけお母様と約束したの」
「それでいい。幸せは自分で見つけろ。その手伝いはしてやる」
何が起こっているかわからずにただ立ち尽くすエスメラルダを残し、二人を議場を出る。それを見咎める者はいなかった。
姉と妹、どちらも感情移入はできない・・・どちらかと言えば姉かなあ・・・・
読んでいただけたら幸いです。
追記: 1.後付けと言われるかもしれませんが、実験的にいくつかのワードをリフレインのように何度も出しています。これって?という引っ掛かりを作りました。
2.オカアサマの元婚約者は政治的に死亡届けが出されています。