癒やしの涙
「大いなる世界の風よ、癒しの力を今ここに。癒風」
そう詠唱すると、新緑のような色をした魔法陣が空中に現れる。
魔法の詠唱によって引寄せられた風が、まるで天使が現れたかのように眩く輝き、レンの体をゆっくりと包み込んだ。
そしてその風は意思を持つかのようにどんどん傷口に集まっていった。
サラは小さい頃から無茶をするレイを見兼ね、治癒魔法を使えるようにアルフレッドに教えを請い、練習を重ねた。
現在使える治癒魔法は初級の癒風だけ。この傷口を癒すには充分ではなかった。
初級であればせいぜい簡単な切り傷や、擦りむいた膝の怪我などを治せる程度。
レイが受けた傷には焼け石に水だった。
「お願い…治って…!」
神様に救いを求めるように涙を流し、詠唱を続けていた。今この場に居るのは私だけ。この場を離れて助けを呼びに行っても間に合わないかも知れない。その恐怖に小刻みに手は震えていた。
(これじゃレイは助けられない、もっと力を…!」
目から涙が零れた。すると注がれていた魔力が呼応した。
癒風の光は強くなった。
魔法陣が二重にも三重にも広がり形をどんどん変えて大きくなっていく。
祈りが通じたのか傷がどんどん塞がっていくのがわかり、魔力を注ぎ続ける。
サラが唱えた魔法は中級魔法である高度治癒と同等の力を持っていた。
傷口から光の風が消え去ると魔法陣は縮小していって弾けるように消えた。
レンの体からは傷跡は無くなり、苦しそうであった顔も和らいだかのように見えた。
レンが目を覚ますとそこには寒さでほんのりと赤くなった頬を濡らしたサラの姿があった。
「よかった、よかった…」
そう呟きながらサラはレンの体を抱き寄せる。
冷たくなった頬の温度を感じながらサラの耳元でこういった。
「サラ、ごめん。突然魔物が現れて戦って、油断したらこのザマだった。師匠からは逃げろと言われていたのにな。」
「なんでそんな無茶するのよ!成人したら無茶していいとは言わないけど、一人で魔物と戦うなんて馬鹿な真似はもうお願いだからしないで…」
「わかった、もしまた魔物が現れたらすぐに逃げるようにする。だからもう泣かないで」
嗚咽するように泣いていたサラの背中をポンポンと叩いて二人は抱きしめあっていた。
夜空を照らす二つの月だけが二人を見守るように輝いていた。
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次回は5/5の21時です。
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