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短編集 ~お題で500文字小説~ 改訂版

お題:夏の花①

作者: 三原 やん

数日前。


「私はこれと同じなの。」


僕の大切な人は、花瓶をトントン、と叩いて指し示した。

そこには、切花が飾ってあった。

おそらく、家族か友人が見舞いの品として持って来たのだろう。



病院の一室。



窓から眺めると、外壁やアスファルトが空気をゆらゆらと歪ませ、外がどれだけ暑いのが見て取れる。

だが、空調で管理された病室は、厚いコンクリートに熱気を遮断され、快適だ。

・・・まるで別の世界にいるようだ。


「綺麗な花だね。」


僕が言うと、彼女は微笑んだ。

それは、元気だったあの頃・・・病院の外にいた頃の弾けるような表情とは全く印象の異なる笑みであった。


「どんな花でも、根が無いと枯れちゃうのよ。」


寂しげに花瓶に挿された花を眺めた、その笑顔は、弱々しくさえ見えた。


彼女は、知っているんだ。

自分の命が、残り僅かだというのを。


そんな状況にもかかわらず、その瞳の奥には確かに“彼女”を持っていた。

彼女が彼女のままであることを、不思議と力強く感じた。



見舞に持参する花は切花と決まっている。

根の付いた花は、“寝付く”を連想させ縁起が悪いから、だそうだ。


でも、彼女には切花こそ悲しいものに見えたようだ。

枯れる前にと回収されていく、その花がどこへ行くのか。

ちょっと考えれば理解わかってしまうだろう。


再び根を張ることを許されない花。

切花それに、自分自身を例えた彼女の心境を推し量ることは、僕にはできなかった。


「ふふ、ごめんね。こんな話して。変なお願いだけど聞いてくれる?」


突然、いつもの調子に戻った彼女が僕に強請せがんだのは、菊の花だった。

冬の花のイメージがあったが、割とどの季節にもあるのだという。

菊。言わずもがな、見舞いにはタブーとされている、あの花だ。

葬式を連想させるから“縁起が悪い”んだそうだ。


「菊の花って好きなの。すっきりして優しい香りがするでしょ。なんか豪華だし。

どうせなら、好きな花を飾って欲しいのに、誰も持ってきてくれなくて。」


当然だ。失礼にも程があるだろう。

しかし、常識からちょっと(?)ズレた彼女を良く知っているし、僕自身もそんな彼女の影響を色濃く受けているので、そんな事はお安いご用だった。


可愛いラッピングを頼んだ時に、花屋店員さんに不思議そうな顔をされた。

鉢植えにラッピングというのは、限られた記念日・・開店記念日や母の日などに多く、あとは花束が主流らしい。

あとは、趣味のガーデニングなど・・小菊の鉢植えのラッピングというのは珍しいそうだ。

店員さんが、手を動かしつつも話しかけてくる。さすがプロだ。

「話にも花を咲かせるのが仕事ですから。」って誰が上手い事言えといった。

それにしても、見舞いの品として嫌われる、この花の花言葉が「元気」とは、まるで皮肉だなと僕は思う。




そして今日。

スプレーマムとかいう小菊の鉢植えを持って病室の前にいる僕。

周囲からの冷ややかな視線なんか気にしない。

僕が気になる事はと言えば、ただ1つだ。




彼女は気付くだろうか。

その愛らしいつぼみの一輪に、銀のリングがかけられている事に――





title:夏の花 ~病室にて~

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