魔法貴族と侵略の (18年目、IFルート含む)
終焉の鐘が鳴り響いたのはいつの事だったか。
それはもう、誰にも分からない。
俺は王国の都市、グラメ村の都市長である。王国がもはや国としての形を維持できなくなってしまったため、グラメ国の国王と名乗ってもいいかもしれないな。
俺が所属していた王国は、数年前に滅んだ。
陸生巨大イソギンチャクの(触)手によって。
この世界は、イソギンチャクによって支配されようとしている――
事の起こりは10年ほど前。
俺が深海で巨大イソギンチャクを見つけたところから始まる。
好奇心などからイソギンチャクの一部を持って帰った俺は、異様な再生力で復活したイソギンチャクが自分の望む物でないと分かると、興味を失った。そして希少種として知り合いに売り払った。
売り払われたイソギンチャクはその再生能力から株分けされ、多くの貴族の元で飼われるようになった。
しかし、その人気はムーブメントによるもの。利用価値や観賞用としての美しさからではない。
イソギンチャクは1年もたつ頃には王国から姿を消した、はずだった。
それが再び姿を現したのは2年後の事だ。
イソギンチャクは陸生生物として進化を遂げ、地上の支配者として名乗りを上げた。
あのイソギンチャクは、餌を与えれば与えた分だけ巨大化する生き物だった。
しかし、地上に適応する過程で巨体になったイソギンチャクは自ら分裂することを覚えていた。そして王国があのイソギンチャクに気が付いた頃には数百のイソギンチャクが、村をいくつも壊滅させた後であった。
大きさは約1mぐらい。ジャンプして3mもの距離を飛ぶ巨大イソギンチャク。1mの長さの触手には麻痺毒があり、動物は触れて数秒で抵抗する力を失う。
そんなイソギンチャクの群れが人間を食糧として襲ってからだったのである。
無論、俺も戦った。
イソギンチャクどもを焼いて焼いて焼き払って、炭に変えて幾百と。炭にしたイソギンチャクの数を数えるのも馬鹿らしいほど、俺は戦った。
しかし、広がってしまったイソギンチャクの恐怖を払うには、俺は力不足だった。
俺が居る場所は大丈夫。
では、俺が居ない場所は?
小さな村はほぼすべて滅んだ。
もはや力を隠す気も無く、≪鉄壁≫をはじめとした防壁構築魔法でいくつかの都市は助かった。壁の中で生きていけるだけの土地を確保したから、外にさえ出なければ大丈夫のはずだ。
だが、人類はもう壁の外へは出られない。
進撃のイソギンチャク状態であった。
被害に遭っているのは人間だけではない。
森とそこに生きる動植物もだ。
奴らは土から水分を奪い、森を砂漠に変えていく。
生きていた動物は麻痺毒の触手でからめ捕り、餌とした。
いくつもの森が砂地に代わり、動物が姿を消した。
残ったのは人と共にあった動物たちだけである。
国がいくつも滅んだ。
友好国も消え、隣国も消え、砂漠など奴らがまだ適応していない地方の国だけが残った。
俺や俺の長男長女はこの世界では稀少な戦力である。
他の魔法使いよりも多くの魔力を持ち、あのイソギンチャク相手であっても無敵に近い強さで戦える。
だが、たった3人ではまったく人手が足りない。
奴らはすでに億を超える数で世界を支配している。
大陸の端から端まで、奴らの生息圏なのだ。そして海すら危うくなりつつある。
「サウボナニ島への移民希望者はすごいですねー」
「アタシらも人工島でいいから脱出したいさね」
知り合い二人は、都市に封じ込められた今の生活にストレスを感じている。
いや、この二人だけではなく、この世界に生きるほとんどの奴が生きていくことに希望を失い、かつての世界に思いをはせてしまっている。
壁に閉じ込められた世界。
イソギンチャクが支配する世界。
そんな世界に希望や未来は無いと絶望してしまっているのだ。
「いや、この『イコノスタスの壁』が完成すれば、人の生活圏はまた元に戻るだろうよ。
そしたらまた、どこへでも行けるさ」
俺たち魔法使いは今、人類存亡を賭けた一大事業を手掛けている。
計画名『イコノスタスの壁』
都市一つ二つではない、国一つを万里の長城のような壁で覆う一大計画だ。
壁の中からイソギンチャクを駆除してしまえば、そこは人の世界と成り得る。
壁の広さが広さだけに、終わるのは10年は先の話だろう。
駆除も含めれば終わりはもっと先の話になるだろう。
だが、希望があると高らかに宣言してみせるのが為政者というものだろう。
俺は俺たちはまだ絶望するには早いのだと断言してみせる。
無駄に元気づけようとする俺に苦笑する二人。
俺の言葉が夢物語のようだと、現実感を見いだせないでいるのだが、それでも俺に気を使い笑顔を浮かべてみせる。
「父様、ここにいたの?」
「父さん、今のうちに水の補給をしたいんだけど」
そうやって話し込んでいるところに我が子らが俺を迎えに来た。
しまったな、今日は水の補給をしないといけなかったか。
俺は二人に手を振って別れを告げると、子供たちと人工湖へと向かった。
人が生きていくのに、俺たち魔法使いはどこまでも頑張らないといけない。
だから余裕があるうちにできる事をすべてやっていくように、追い立てられるように生きていく。
俺たちは、侵略者なんかに負けない。
そんな決意を胸に。
――と、いう夢を見たんだが」
「アンタが何を言いたいのか全く分からないさ。それよりもシュクレ村はどうなっているのさ? うちだって村一つで完結できるはずさね」
「危険だって言いたいのは分かりますがねー。そんな事にはならないと思いますよー。先に淡水で死ぬと思いますしー」
俺は巨大イソギンチャクの販売の件で、考え直すようにヨカワヤと話し合っていた。
最初は海水で、徐々に淡水へと変えていけば淡水にも適応するかもしれないじゃないか、と。
しかいし二人の反応は芳しくない。
「何を言っているんだこいつ」といったふうである。
危険性を考慮しすぎれば何もできないのは確かだが、あの生き物は危険すぎる。考え直してもらわないといけない。
俺の説得はまだ始まったばかりだ。