閑話②:伝道師、はじめました
ゲリラ的に閑話二話目を更新!
三話の閑話は、サクッと終わらせる予定です!
私の名前はニコル=ハワード。ヴォルクス領主の私兵団に所属する魔法剣士だ。
そして、私の弟は『白の叡智』に所属するルージュ=ハワードである。弟の活躍を耳にする事も多く、兄としては実に鼻が高い。
ちなみに、今日は弟から話があると言われ、仕事は休みを貰っている。そろそろ、弟がやって来る時間のはずなのだが……?
「ニコル兄様! ルージュが参りました!」
玄関から叫び声が聞こえて来る。ノックだけでも十分なのだが、ルージュは必ずこうして叫ぶ。堅苦しい性格故か、何度言っても止めない癖だ。
私はリビングのソファーから立ち上がる。そして、ゆっくりと玄関へと弟を迎えに行く。
前回は婚約者のシンシアに対応して貰ったが、今日の彼女は仕事に出ている。彼女はレストランで給仕の仕事をしており、店では大層人気があるとか……。
まあ、今はシンシアの事は良いだろう。私は玄関まで辿り着き、早速弟を迎え入れる。
「時間ピッタリだな。相変わらず……ん?」
出迎えた弟は一人では無かった。何故か二人の女性を連れている。
一人はショートの紫髪を持つ女性。年齢は二十歳程で、堅い雰囲気を与えるスーツを着こなしている。
もう一人は、赤毛の髪を持つ少女だ。こちらは十歳以下の子供で、若草色のローブを身に着けていた。
「連れがいるとは、聞いていなかったが……?」
私が皮肉気な口調で呟くと、ルージュは困った様な笑みを浮かべる。
「申し訳ありません。ニコル兄様の話をしたら、同行すると言われた物でして……」
「ふむ……。それで、そちらのお二人は……?」
私が視線を向けると、年上の方の女性が前に出る。そして、すっと頭を下げ、自分達の紹介を始める。
「初めまして、ニコル様。私はクラン事務局に勤めるメリッサと申します。そして、お隣のお方は、『白の叡智』に所属するアンナ様で御座います」
「何だって……?」
とんだ有名人が訪ねて来た物だ。『白の叡智』のアンナと言えば、ヴォルクスでも多くの噂が広まっている。
七歳という低年齢で、Lv30を超える黒魔術師だというもの。更に天竜祭事件では、白魔術師として多くの兵士を支援していたと……。
兄のアレクも規格外で有名だ。しかし、妹のアンナも、いずれは兄に並ぶ賢者になるだろう。今やヴォルクスでは、期待しない者はいない存在だ。
しかし、そんな有名人が、私に何の用事だろう? 本人が出向くだけの何かがあるのだろうか?
「……まあ、ここで立ち話も何ですね。どうぞ、中へお入り下さい」
私は何となく、二人の雰囲気に腰の低い対応を取ってしまう。そして、二人はそれを当然の様に受け止める。小さく頷くと、遠慮せずにリビングへと進んで行った。
二人とも無表情な為、どう思っているかはわからない。ただ、弟のルージュが先程から、妙に恐縮しているのが気になる所だ……。
そして、リビングに到着すると、二人は自然な流れでソファーに座る。奥側の上座にはアンナ。その右隣にメリッサが。
私は無言でルージュに視線を送る。弟は頭をペコペコ下げながら、空いている席を勧めて来る。
……まあ、ここは弟に免じて、大人しく従うとしよう。私は空いているソファーに座り、二人の女性に問い掛けた。
「それで、今日のご用件を伺っても?」
私の質問に、アンナがゆっくりと頷く。そして、澄まし顔で答える。
「お兄ちゃんの素晴らしさは、広く知られるべきだと思う……」
「まさに、その通りです!!」
アンナの言葉に、メリッサが合いの手を入れる。急な大声で、思わずビクリと反応してしまった……。
私は意図が掴めず、ルージュを見る。弟はすかさずフォローを入れてきた。
「アンナ殿は、アレク殿の活躍を世に広めたいのです。ニコル兄様にも、そのご協力をお願いしたいと考えています」
「いや、協力は吝かでは無いのだが……何故、私なのだ?」
「ニコルは貴族担当……」
呼び捨て……。まあ、七歳の子供だし、仕方が無いか。
それに、アンナはゴールド級クランのメンバー。貴族家の出とはいえ、今の私は只の平民でもある。社会的地位は彼女の方が上なのだ。
「……なるほど。領主様の私兵団で、話を広めれば良いのですね?」
「理解が早くて助かる……」
抑揚の無い声でアンナが呟く。感情の乏しい表情だが、微かに口元が綻んでいる。恐らくは喜んでいるのだろう。
私が内心で苦笑していると、アンナが姿勢を正した。それを見て、メリッサが目を輝かせる。ルージュも、僅かに身を乗り出す。
――そして、唐突にアンナは語りだした。
「私とお兄ちゃんは、ケトル村という小さな村で育った……」
穏やかな村での生活。唐突に壊された平和。アンナを激励するアレク様。そして、アンナが彼の妹となった……。
その突然の語り出しに、私は戸惑いを隠せ無かった。
「何も知らない私達に、お兄ちゃんは居場所をくれた……」
魔術師ギルドへの登録。クラン結成と住処の入手。新たな仲間と成長の日々。そして、ゴブリンキングの討伐……。
アンナの話は決して上手くは無い。ポツポツと語られ、綺麗な文脈でも無かった。
「あの日、リュートがお兄ちゃんの元にやって来た……」
アレクが知らせる本来の天竜祭。一致団結して進む悪魔公対策。帝国兵による妨害工作。そして、達成された悪魔公の封印……。
気が付けば、私はその物語に没頭していた。少年時代に聞いた、賢者様の物語の様に。
「そして、これからもお兄ちゃんは、多くの人々の希望になる……」
彼女は最後にそう締め括る。そして、満足そうに小さく微笑む。
彼女の話には熱が込もっていた。兄の凄さを伝えたいと、魂が込もっていた。だからこそ、彼女の話は、聞く者の魂を揺さぶるのだ。
彼女の熱は、確かに私の中に残っていた。そして、私はその心地好い余韻を、静かに一人楽しんだ。
――しかし、その心地好い静寂は、呆気なく壊される。
「素晴らしい……とても素晴らしかったです! 流石はアンナ様です! 何度聞いても感動してしまいます!」
メリッサは誰よりも興奮し、アンナの事を褒め続ける。その余りの興奮具合に、私の中の熱が引いて行くのを感じてしまう。
しかし、アンナは小さく頷いて返すだけ。そして、唐突に立ち上がり、私に視線を向ける。
「また来る……」
彼女はそれだけ呟くと、そのまま玄関へと向かい出す。メリッサは興奮冷めぬまま、彼女の後を追って行った。
私は残されたルージュと視線を交わす。弟は苦笑を浮かべて立ち上がる。
「そろそろ、お暇させて頂きます。遅くなってしまいましたからね」
「あ……」
窓の外は、オレンジに染まり始めていた。気付かぬ内に、既に日暮時となっていたらしい。
私はルージュを送ろうとしたが、ルージュに首を振って断られる。
正直、今はその気遣いが有り難かった。私の中にはまだ、先程の熱が残っていたからだ。私は遠慮せず、ルージュの好意に甘える事にする。
「ふう……」
一人残された部屋で、私は物語を思い出す。そして、脳裏でその光景を想像する。
何度反芻しても、その物語は素晴らしい物だった。思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。
「まるで、子供に戻ったみたいだ……」
私がアンナと同じ年の頃、父上から語られる物語に興奮したものだ。それこそ、先程のメリッサの様に……。
そして、私は窓に視線を向ける。外は既に暗くなりつつあった。
「早く帰って来ないだろうか……」
そろそろ、シンシアが帰る時間だ。彼女が帰って来たら、今日の事を話さねばなるまい。
私はその事を思い、興奮を抑えられずにいた。




