静かなる侵略(ミーア視点)
私の名はミーア。私は転生神であるアレク君の妻で、幻想神ヴィジョンの母親。
――そして、三体の魔王を配下に持つ、『闇』の魔王である。
伝説級である使徒の中では最強格の一人。私と同格の存在は、六竜の使徒たる竜王達しかいないだろう。
そんな私でも、秩序の神べフェールさんは警戒すべき存在だった。この世界では一割にも満たない力しか使えないらしいが、それでも私が戦えば勝つのは難しい存在である。
『――撃破。眷属の消失を確認』
ここはペンドラゴン王国の秘境とも呼べる森。そんな場所に出現した、異形の化け物をべフェールさんはアッサリと葬ってしまう。
その化け物は、元々はこの森の主たる魔物だったらしい。しかし、黒い触手に取り込まれ、混沌の眷属と化してしまったそうだ。
そうなると、その魔物は他の魔物を浸食し始める。混沌の眷属を更に増やそうとするそうなのだ。
しかも、浸食された魔物は等級が一つ上がる。先程の魔物も元々はユニーク級だったが、伝説級並みの強さを持っていたのだ。
私であれば即座に見つけて駆け付けられる。そして、その眷属を一撃で屠るべフェールさんの存在で、今の所は被害を最小限に抑えられていた。
『この地にケイオスの気配無し。その他の場所の情報を求む』
「大丈夫だよ、べフェールさん。他に検知はしていないから」
私の返事にべフェールさんの瞳が点滅する。青い輝きなので、感情的には落ち着いてるんだろう。トールが言うには、赤色の時は不機嫌だって言ってたしね。
そして、アレク君やトールの言う通り、べフェールさんは扱いが分かれば上手く付き合える存在だった。
べフェールさんには『秩序』と言う行動理念がある。相手の秩序を重んじれば、相手もこちらの秩序を重んじるみたいなのだ。
つまり、こちらの世界のルールに従ってくれる。それがこの世界の秩序なのだと、理解を求めれば応じてくれるのである。
『懸念事項を提唱。ケイオスの動きに異常あり』
「えっ……? それって……どういう意味かな?」
見ればべフェールさんの瞳が黄色く点滅していた。それが何を意味するかはわからないけど、落ち着いている状態でも、不機嫌な状態でも無いのは間違いない。
戸惑いながら私が尋ねると、べフェールさんは先ほどの化け物が消滅した地点に視線を向けた。
『ケイオスが一定以上のエネルギーを保有する魔物を狙っている。『混沌』を原動とするケイオスにしては、余りにも行動が秩序立っている』
「行動が秩序立っているって、それの何が問題なの?」
私には『混沌』の神についての知識が無い。それ故に、べフェールさんが何を感じているのか、私には理解出来なかった。
べフェールさんは瞳を青色に点滅させる。そして、私にもわかる様に説明をしてくれた。
『混沌は常に一定の状態に無い。つまり、その性質上論理立った行動は取れない。しかし、今のケイオスは明らかに論理的な行動を取っている。この世界のケイオスに、何らかの変化が起きていると想定される』
べフェールさんはこの世界に順応しているのだろう。会話を重ねる毎に、その説明はこちらの理解しやすい物へと変わって来ている。
少しずつ会話がスムーズになっている事に驚きつつも、私は続けて質問を投げるかける。
「その変化は良い事? それとも悪い事なの?」
『――後者。ケイオスはこの世界に順応し、成長している。この先、どう成長するか推測出来ない』
その言葉にハッとなる。べフェールさんがこの世界に順応する様に、ケイオスもこの世界に順応している。そして、成長している事に気付く。
彼等の世界に無かった概念や知識を吸収し、互いに成長をし続けているのだろう。それは確かに、問題があると言える事柄だ。
「べフェールさんはどうすべきだと思う? どうすれば問題が解決するのかな?」
『最優先事項はケイオス本体の居場所を特定。その他の優先事項は眷属の増殖を阻止、ケイオスの行動パターンの解析』
確かにべフェールさんの言う通り。それが私達の行動方針であり、現状取れる手段である。
ただ、場当たり的な対処を続ける私は、変わらぬ状況に少しずつ焦りを感じ始めていた。
『現状のケイオスは、エネルギー保有量の多い魔物を狙っている。それはこの世界での保有エネルギー量を増やそうとしている為と考えられる。眷属が増えると言う事は、そのままこの世界の『混沌』浸食率が増加したと判断しても構わない』
「――世界の、浸食……?」
その言葉に私はゾッとする。確かにこの世界で生まれる魔物は、個別には大したエネルギー量では無い。
しかし、ユニーク級でも全て合わせれれば数パーセント程度になる。それだけのエネルギーがあれば、伝説級を軽く上回るエネルギー量となるのだ。
私は魔王三体分のエネルギーを捻出出来るので、まだ何とか出来るかもしれない。しかし、ギリーや他の使徒では、ケイオスに捕食される可能性が出て来てしまう。
そうなると、本格的に歯止めが効かなくなる。神々が直接対処に動く事態になれば、それは世界の運航に支障をきたす事態を意味するのだから……。
『故に対処療法ではあるが、今の活動は非常に重要。ケイオス本体が見つかるまで、継続する必要がある』
べフェールさんの青い瞳が私を真っ直ぐ見つめていた。そして、その言葉が私の焦りに対する釘刺しだと気付く。
べフェールさんは異世界から来た、全く異なる理で動く存在。そのはずなのに、即座にこの世界や私達の事を理解し続けている。
それはべフェールさんが、この世界の最高神に相当する存在だから。全知全能に近しい存在なのだろうと、私は改めて理解させられる。
「うん、そうだね……。頑張らなくっちゃ!」
今の私はやれる事をやるしかない。べフェールさんの目となり、足となり、そのサポートをする事しか出来ない。
その事を嫌だと思っている訳じゃない。むしろ、その力を引き継がせてくれた、ガウルさんに感謝しているくらいだ。
――けれど、焦る気持ちは決して消えない……。
今もヴィジョンがケイオスに狙われている。最高神に守られているとはいえ、娘が殺されそうなのに平静を保てる訳がない。
それに、今もヴィジョンは一人でじっと耐えている。ケイオスが侵入したのは自分のせいだと、自分で自分を責めているはずだ。
私もあの子の母親だからわかる。そして、今のヴィジョンにはどんな慰めの言葉も意味が無い。問題が解決するまで、彼女の心は重圧に押しつぶされたままなのだと……。
「――っ……⁈ ヒットしたよ! 次の場所に飛ぶね!」
『ああ、頼む。全ての眷属は我が必ず屠ってみせよう』
力強く頷くべフェールさん。その頼もしい言葉に、私は少しだけ心が軽くなる。
未だケイオスの居場所はわからない。解決の道筋が見えない状況かもしれない。
けれど、べフェールさんのお陰で絶望せずに済んでいる。まだ何とか出来るはずだと、足掻き続ける事が出来ているのだ。
私は指輪の力でゲートを開く。そして、役目を果たす為に、次なる戦場へとべフェールさんを運び続けるのだった。




