アレクの判断
俺達は再びヴィジョンの世界へやって来た。先程現れた黒い触手――異世界の神器を分析する為である。
そして、今回は俺とアンナさんの他に、転生神である父さんと、その姉に当たる『愛と勝利の女神』フローラム様も立ち会う事になった。
フローラム様は暇を持て余すと、良く父さんに絡んでくるからね。今回も偶々、父さんを尋ねたら居た感じだ。
「それじゃあ、ヴィジョン。その神器を再現してくれるかい?」
「うん、わかった……」
ヴィジョンが能力を発動する。一度見た事がある物を、自らの世界で再現する力である。
そして、真っ暗な闇の中に黒い触手がぬるっと生えた。パッと見た感じは、先程の触手と同じ物に見える。
「うわっ、気持ち悪っ……」
「これは気持ち悪いね……」
触手を見た父さんとフローラム様。二人とも同じように顔を歪め、凄く嫌そうな反応を見せていた。
それでも父さんは触手に近寄る。そして、顔を歪めながらじっくりと観察を始めた。
「マナが安定していない? 常に性質を変化させ、一定の状態に無い感じかな?」
「だからこんなに気持ち悪いのねぇ……。見ているだけで酔いそうになるわぁ……」
父さんは観察を続けるが、フローラム様は目を逸らしてしまう。本当に気持ち悪そうで、げんなりとした表情を浮かべていた。
ふと気になってアンナさんを見るが、こちらも同じく顔を歪めている。アンナさんもエクストラスキルの影響で、マナが見えてしまうみたいだからね。
「どう、父さん。何かわかりそう?」
「うん、そうだね。正直、見当が付かないかな」
俺の問い掛けに、父さんは苦笑を浮かべて立ち上がる。そして、俺達の方へと振り返って続ける。
「神と言う存在は、基本的に司る力がある。それは一目見れば、ハッキリわかるはずなんだ。例えば僕は『転生を司る』神様だよね? 転生と言う概念を知らなくても、魂を変換させる特性だけは、どの神様でも一目で見抜けるって感じなんだ」
父さんの説明に全員が理解を示して頷く。ここに居るメンバーは全員が特殊なので、この辺りの説明に当然の様について来れる。
恐らく、この話を理解出来る人間って、世界に指折り数える程しか居ないんだけどね。
「けれど、この神器はそういう特性がわからない。常に性質が変化し続け、一定の法則を見いだせないんだ。『変化を司る』という可能性もあるけど、それにしては漠然とし過ぎている。成長なのか、衰退なのか、そういった方向性が全く無いんだ」
「つまり、力は存在するけど、まったく制御されていないと言うこと?」
父さんの説明に、アンナさんが問いを投げかけた。その問いに、父さんは頷きを返す。
「そう、制御されていない。この力は何の制御も無く、ただ変わり続けるだけの性質なんだ。これがどういう存在なのか、この世界に住む者では理解出来ないかもしれない」
「概念そのものが、異なる世界かもってことか……」
父さんとアンナさんは、難しい顔で考え込む。血の繋がりは無いはずなのに、何故だか二人はこういう気質が似ている気がするな。
ただ、考え込んでも仕方が無いと思ったのだろう。フローラム様は手を叩き、父さんへと声を掛ける。
「これが何かは後で考えなさい。今はこれへの対処が先決でしょう? この神器はヴィジョンの力を破り、気付かれずに侵入して来た。今後もこれと同じ事が起きないとは言えないのですから」
「うん、姉さんの言う通りだ。まずはウイルス対策が先決だね」
父さんの言葉に全員が頷く。というか、この場合のウイルスと言う概念も、全員理解出来てしまうんだね。
ここに居る全員が、あちらの世界に詳し過ぎる。むしろ、ここのメンバーだけ異世界転生者かって言うレベルだよね……。
「それで父さん。具体的にはどうするの?」
「最高責任者である母さんへの報告。それから、対策委員会の設置って感じかな?」
父さんは敢えて、あちらの世界風に回答をしてくる。こういう悪戯心を持つ所は、俺と同じく『黒峰徹』譲りなんだろう。
そして、フローラム様、アンナさん、ヴィジョンは興味深そうに耳を傾けている。こうしてあちらの知識が、伝わって行ってるんだろうね……。
「どこから、どうやって抜けて来たのか? その抜け穴は今も機能しているのか? バックドアを仕掛けられていないのか? 通り抜けた存在が、この黒い触手だけなのか? そういった諸々を、必要な人員を集めて、調査および対処して行く感じになるだろう」
「流石に今回の件は、お父様の協力も必要ね。全ての神々が一丸になって対応する事になるかも」
父さんの言葉に、フローラム様が補足する。彼女の言うお父様とは『光と生を司る』最高神、スルラン神の事である。
父さんの中では、かなり重い事態と受け止めている。そして、神々も同じ様に考えると確信しているみたいだった。
父さんはすっと視線をヴィジョンへと向ける。そして、ずっと俯く娘へと、優しい笑みでこう告げた。
「そじゃあ、母さんへ報告に行こう。おいで、ヴィジョン。大丈夫、父さんが一緒だからね?」
「う、うん……。わかった……」
ヴィジョンはふわりと浮かび上がり、父さんの胸へと跳び込んで行く。そして、父さんにギュッと抱きしめられる。
最近は母親のミーアさんにも抱かれる事が少なくなった。子ども扱いされるのを、恥ずかしがる様になって来たらしいのだ。
それでもヴィジョンが父さんに甘えている。――いや、その不安から守って欲しそうにしていた。
如何にヴィジョンが賢いとは言え、生まれてまだ一年程の子どもなのだ。今の彼女にとって、この事態は堪らなく恐ろしいはずだ……。
「それじゃあ、行ってくるね? アンナとトールは、連絡があるまで一旦開放ってことで」
「うん、わかった。連絡待ってるね」
父さんの言葉に、アンナさんが答える。そして、ヴィジョンがすっと手を上げ、俺とアンナさんは彼女の世界から追い出された。
場所はアンナさんの研究室。見慣れたその景色を見つめながら、それでも俺は妹の表情が脳裏から離れなかった。
「あんな不安そうなヴィジョン、初めて見たかも……」
その呟きに、俺はアンナさんの方を向く。すると、アンナさんは苦々しく表情を歪めていた。
そこで俺はアンナさんの気持ちに気付く。彼女も俺と同じく、ヴィジョンの事で心を痛めているのだと。
「……そうですね。何かあれば、すぐ動ける様にしておきましょう」
俺にとって大切な家族。なんだかんだで、最近は少しずつ懐いてくれている妹。
そのヴィジョンの助けになるなら、出来る事は何だってしよう。俺は心の中でそう誓った。
そして、アンナさんも微かに表情を緩め、決意の眼差しで力強く頷いた。




