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白のネクロマンサー ~死霊王への道~  作者: 秀文
第一章 ケトル村の日々編

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ワイバーン討伐戦(結末:リリーサイド)

 私はその光景をじっと眺めていた。苦しそうな表情で倒れたアレク。そのすぐ近くに横たわるワイバーン。


 私はゆっくりとアレクの元へ移動する。そして、アレクの身体に怪我が無い事を確認し、ホッと息を吐く。


 アレクの顔は青ざめているが、これは魔力切れによる症状である。しばらく休めば回復するとわかっていた。


「一人で……倒したのか……?」


 その呟きに改めて驚く。七歳の少年がワイバーンを倒す。これは種族に関わらず、過去に前例が無い偉業である。


 彼の祖父役であるゲイルですら、ワイバーンを倒したのは十三歳の時だ。そして、その偉業を世に知らしめた彼が、その後どうなったかを私は良く知っていた。


「わかっているのか……。自分のした事の意味を……?」


 恐らくはまだ理解していない。だからこそ、私はアレクの将来を不安に思った。


「リリーさん……?」


 背後からの声に私は振り返る。茂みから顔を覗かせた、ミーアの姿があった。


 ミーアは不安げだが、何とか涙を堪えていた。


「アレクは大丈夫……。ワイバーンは死んでいる……」


 その言葉に、ミーアはなり振り構わず、アレクの元に駆けだす。


 そして、アレクの体にしがみ付くと、わんわん泣きながら謝りだした。


「ごめんない……。私が……ちゃんと出来ていたら……!」


 ミーアは役目を果たせなかった事で、自分自身を責めていた。


 私はそんな彼女の背中をさすり、しばらくは彼女の好きにさせた。


「大丈夫……。もう、大丈夫だ……」


 そして、ミーアの涙が収まって来たタイミングを見計らい、彼女をギリーの治療に向かわせる。


 ミーアは恥ずかしそうにしながらも、ギリーの元へ走って行った。


 私は周囲への警戒を怠る事なく、再び視線をアレクへと戻す。


 アレクの顔色も良くなっており、もうしばらく休ませれば、精神力も十分な回復を見せるだろう。


 その様子に安堵しつつ、私は先ほどの状況を振り返る。


「失態だった……」


 まず、自分の気が緩んでいた事を反省する。想定外だったとは言え、ワイバーンの接近に気づかないなど、少し前の自分なら信じられない事である。


 そして、その気の緩みの原因はアレクにあると考える。彼は常に、先々の事を考えて行動する。全てを委ねたくなる、安心感があるのだ。


 私自身も気づかない内に、彼に対する甘えが生まれていた。この先も行動を共にするなら、この辺りは気を付けなければならない。


 次に私は、ワイバーンに刺された後の、アレクの行動を考える。


「アレクは……何故……?」


 アレクは私の伝えたい意思と、異なった受け止め方をしていた。


 森の支配者というジョブを得ている私は、森の中では超回復能力を持つ。その為、数分の時間は掛かるが、麻痺毒も自然回復で治す事が可能なのだ。


 私はアレクに対して、ワイバーンの足止めを頼んだつもりだった。アレクの実力なら、数分程度は足止め可能だろうと考えて。


 しかし、アレクは時間稼ぎでは無く、短期決戦によるワイバーン討伐を選択した。彼は何故、その様な行動を選んだのだろうか?


「自然回復を、知らないから……?」


 その可能性は考えられた。私が時間稼ぎしか出来ないなら、動ける人間はアレクしかいない。


 しかし、仮にそうだとしても、アレクはワイバーンを倒せると考えたのか?


 アレクはワイバーンと出会った事など無い。普通の子供は見ただけで、足が竦んで動けなくなるのに。


「アレクなら……或いは……」


 アレク達の訓練を行った私には、その可能性を否定出来なかった。


 私の生み出した魔法生物を、初見で攻略するその判断力。私からすれば、それこそがアレクの、天才と呼ばれる所以と思えた。


 ワイバーンに対しても、一目で攻略法が判ってしまったのだろう。そして、倒せると判った為に、アレクはその行動を選択した。


「けど……結果は足りていない……」


 アレクはワイバーンを倒した。それは確かに、偉業と呼ぶに相応しい結果である。


 しかし、私の回復を見込んでいないなら、アレクはここで倒れてはいけなかった。


 ワイバーンを倒し、更に私の援護をするだけの余力を残す必要があったのだ。


「アレクは天才……だけど、不安定……」


 アレクは物事を理解したり、判断したりする能力に優れている。しかし、それに経験が伴っていない。その為、計算違いをしてしまうのだ。


 ……だが、それは経験さえ積めば良いとも考えられる。その才能をしっかり育てれば、彼は間違い無く英雄に至ると思われた。


「ゲイルは……それを望んでいる……?」


 アレクの才能を見出し、ここまで育てたのは祖父役のゲイルだ。そうであるなら、アレクの不安定な要素も理解しているはず。


 ――そこで、私はゲイルの考えに気付く。


「だから……私に面倒を見させた……」


 ゲイルではアレクを、完璧に保護出来てしまう。彼は彼で、天才と呼ばれるに相応しい人物でもあるのだ。


 そして、私に白羽の矢が立った。ゲイル程完璧では無いが、アレクを任せても問題ない実力者として。親としてでは無く、師匠としてアレクを育てられる人物として……。


「ハゲれば良いのに……」


 私はゲイルの顔を思い出し、憎々しげに毒づく。しかし、アレクの穏やかな寝顔に目をやり、その内心は複雑なものに変わる。


 私にとって、アレクは素直で良い弟子だった。私自身も、アレクとの時間を楽しく感じていたのだ。


 全てはゲイルの思惑通りとなっている。だからといって、今更アレクに対して冷たく接する事も出来ない……。


「本当に……ハゲれば良いのに……」


 私は口元をふっと綻ばせると、優しくアレクを起こし始めた。

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