道に迷いし者
結婚式の翌日。ボクは、完全に二日酔いになっていた……。
二次会が、ヴォルクスの街全体で行われた宴会だったのだ。主役のボクが逃げれる道理も無い。
まさか、朝まで付き合う事になろうとは……。もう二度と、こんな無茶な飲み方はしないぞ……。
ボクは痛む頭を押さえ、クランハウスの廊下を歩く。今の目的地はリビングである。
そこに辿り着けば、メアリーがいるはず。彼女に頼めば、水が貰えるはずだからね……。
「ん……?」
リビングに入ると、そこには先客がいた。部屋着姿のロレーヌだ。
ただ、何故かアクアを抱きしめ、一人で天井を眺めている……。
「邪魔するよ……」
ボクはロレーヌの向かいのソファーに座る。そして、テーブルの上を確認する。
そこには紅茶のポットが置かれていた。空のカップもあるので丁度良い。求める水分には違いないからね。
ボクはカップを手に取り、ポットの中身を注ぐ。ややぬるいが、今のボクには飲みやすくて丁度良い。
「ねえ、ボス……」
「ん……? 何かな……?」
ロレーヌは天井を見つめたまま。ボクは首を傾げ、彼女へ問い返す。
すると、ぼんやりした口調で、ロレーヌは難解な問いを投げて来る。
「アタシって……。何がしたいのかな……?」
「いや……。そんなのボクに聞かれても……」
呆れ気味に返事を返すが、ボクは再び首を傾げる。どうも、ロレーヌの様子がおかしい……。
ボクは紅茶を口に含み、ロレーヌの様子を観察する。すると、彼女はポツポツと語り出した。
「ギリーも、ルージュも、ギルも、ボスに仕える事が喜びだよね……。でも、アタシってそんな感じじゃないしさ……」
「確かに、あの忠誠心は、ボクも時々戦慄するね……」
あの三人は、どこで道を間違えたのだろうか?
場合によっては、命を投げ出す気配すらある。なので、ボクとしては、逆に気が気でない……。
まあ、彼等が特殊な例ってだけで、ロレーヌは至って普通だと思う。
「ドリーも、グランも、シアちゃん達も、自分の道を見つけたよね……。でも、アタシは暗殺者に生きがいを感じないしさ……」
「それは普通の事だと思うよ……?」
暗殺者に生きがいって、どんな殺人鬼だよ……。そこは、仕事と割り切って良いと思う……。
というか、彼等と同列に同列に考える内容なのだろうか……?
「ハティも休みは、武闘家ギルドに入り浸って、新人育成に力を入れてさ……。あんな感じで、引退後の道ってのも見えないし……」
「へぇ……。ハティがねぇ……」
王都での経験が、ハティの考えを変えたのかな?
以前は自分に自信が無くて、人を育てよう何て発想は無かったからね。これは良い兆候と言えるだろう。
ただ、ハティも将来まで考えて、活動してる訳では無いと思うけど……。
「かといって、ボスやアンリエッタ様みたいに、結婚ってのもピンと来ないし……。アタシって、何がしたいのかなって思って……」
「ふむ……」
これはアレだな……。周りが変わり始めて、焦りを覚えた感じかな?
ボクは痛むこめかみを押さえながら、ロレーヌへと言葉を投げる。
「ロレーヌは元々、孤児院の為にクランに入ったでしょ? 今まで通り、孤児院の支援で良いんじゃないの?」
王都に移った後も、仕送りは続けていたはずだ。院長のラーナさんや、孤児院の子供達も、ロレーヌには感謝している事だろう。
しかし、ロレーヌはゆっくりと首を振る。
「確かに元々は、ね……。ただ、最近はそれも、必要無いかなって思ってさ……」
「必要無いって、どういう意味……?」
ボクの問いに、ロレーヌは顔を下ろす。初めてボクと視線を合わせる。
そこで初めて、ボクはロレーヌの変化に気が付く。
「王都に行ってる間にさ……。マリアさんが手伝い始めたでしょ? 今の孤児院って、人手も寄付金も集まるし、アタシが居なくても平気なんじゃない?」
「あー、マリアさんかぁ……」
ロレーヌの瞳は暗かった。いつもの元気が、微塵も感じられなかった。
そして、その無気力さの原因は、自分の価値に疑問を持ってしまったからだ。
園長先生への恩返し。そして、子供達の為に頑張って来た。それが、これまでのロレーヌのモチベーションに繋がっていた。
しかし、自分より価値ある存在に――少なくとも、ロレーヌ自身がそう思う存在に、自分のアイデンティティが揺らいでしまったのだろう。
「比べる必要なんて無いと思うけどね? これまでのロレーヌの助けが、それで無くなる訳じゃないんだしさ?」
「そうだけど……。これからも、続ける意味は無いでしょ……?」
ロレーヌはボクへと問い掛ける。否定的な言葉を使って。
しかし、その瞳の奥には、縋る様な思いがあった。その考えを打ち砕く、強い肯定を求めていた。
……ただ、そこまでの強い言葉は、今のボクには思いつかなかった。
「まあ、意味が無いとは思わないけどね……。ロレーヌが本当にやりたい事が見つかるまで、とりあえず続けたら良いんじゃない?」
「うん……。そうだね……」
無気力に返事するロレーヌ。その言葉には、微かな失望が含まれていた。
そして、再び天井を仰ぎ見て、ロレーヌは小さく呟いた。
「とりあえず……。そうするかな……」
先程同様に、一人でぼんやりと天井を見つめるロレーヌ。そんな彼女に、腕の中のクラゲが触手を伸ばす。
肩をポンポン叩くが、それはアクアなりの慰めだろうか? 相変わらず、妙な所で人間臭いんだよな……。
さて、良い案は浮かばないが、どうしたものだろうか……? アンリエッタやヴェインさんに、それとなく相談してみるかな……?
ボクは何となく居心地が悪くなる。そして、カップを置いて、そっとリビングを後にしたのだった……。
第十四章は以上で終了となります。
次回は一話だけ、閑話を挟みます!




