アレク、約束を果たす
商業都市ヴォルクスの高級住宅街。そこに存在する一つの屋敷。
そう、ボク達は戻って来たのだ。ボク達のクランハウスに。
「はあぁぁぁ……。落ち着く……」
いつものリビングの、いつものソファー。ボクは身を預け、完全にくつろいでいた。
離れていたのは、たったの一年。過ごした時間も、二年でしかない。
なのに、この馴染み具合……。実家の様な安心感は何だろうか……?
「ふふふ。何かあればお声かけ下さい」
「うん……。ありがとう……」
一礼して部屋を去るのはメアリー。このクランハウスの、住み込みメイドである。
そして、メアリーの後ろには、一匹のクラゲが付き従う。アクアも変わらず、彼女の助手を続けていたらしい。
「いやぁ……。ハンスさんには感謝だな……」
ボク達がヴォルクスに戻ると知り、ハンスさんが持ち掛けて来たのだ。クランハウスをボク達に返したいと。
そして、その時に知る事になる。この屋敷を引き継いだのが、こうなる可能性を考えての事だったと。
苦笑を浮かべ、ボクは部屋を改めて観察する。清掃が行き届き、まったく変わらない調度品。
二階の部屋も、全員分が手付かずで残されている。返されたその日から、普通に生活が出来たくらいだ。
――ただし、変わった事もいくつかある。
まず、ドリーとグランは、クラン『白の叡智』に戻らなかった。
二人はクラン事務局の職員へと再就職した。恋人も出来て、新たな人生を歩み始めた為である。
そして、二人に会った際に言われたのだ。「冒険者として、やりたい事はやり切った」と……。
なので、ボクも無理に引き戻す事はしなかった。その新たな人生を、応援すべきと思ったのだ。
次に、シア、リア、カイルの弟子達。彼女達も、クランハウスに戻らなかった。
それも当然の事で、彼女達には自分の工房がある。既に彼女達は、独り立ちを果たしているのだ。
一応、声は掛けた。しかし、リアですら躊躇い無く断ったのだ。もはや、ボクの助けは必要ない。
……正直、嬉しさ半分、寂しさ半分だったけどね。
最後に、ハンスさんも残らなかった。ボクへ屋敷を引き渡すと、その日の内に部屋を引き払った。
何でも、ヴォルクスの拡張エリアに、家を購入したらしい。ここ最近は、そちらメインで生活しており、ハンスさんとしては何も困らないとか。
ギルドマスターを目指すらしいし、これもケジメだと言っていた。一番寂しかったけど、これこそ応援しない訳にはいかないよね?
「みんな……。前に進んでるって事か……」
そして、ボクだって止まっていられない。やるべき事は沢山あるのだから。
カーズ帝国対策に、エクストラスキルの習得は必須。その他にも、エド達との連携は、続けて行く必要がある。
更には、冒険者としての活動。何とボク達は、復帰と同時に『オリハルコン級』へ昇格した。この国で、『ホワイト・オウル』に次いで、二番目の『オリハルコン級』である。
これは、冒険者大半からの要望であった。ボク達が『ミスリル級』のままだと、同じ『ミスリル級』が可哀そう過ぎると……。
……まあ、そんな訳だ。『オリハルコン級』に恥じない活動も、今後は行って行かないとね。
――そして、一番大変なのが結婚式。
アンリエッタは、ヴォルクス領主の姉。その為、ヴォルクス城での式は決定している。
式場の準備はポルクとセスが取り仕切っている。これらは何も心配していない。
では、何が大変かって? それは、招待状の送り先である……。
エドワード国王とザナック侯爵は参加が確定。そして、それは周囲も薄々察している。
そうなると、貴族関係者が動き出す。とんでもない数の祝いの品が、ヴォルクス城に届いていたりする。
……基本的には、全ての貴族はお断りだけどね。
では、誰を招くかと言うと、マルコ団長は呼びたい。『白の叡智』関係者は必須だろう。
しかし、ハワード家の人々は? これまで関わった、ギルドマスター達は?
義理と人情。それに、今後の実益等で、範囲が決めきれずにいるのだ。
貴族を止めても、こんな事で悩まないといけない何てね……。
「はあ、やれや……ん?」
そこで、ボクは気付く。扉の側に佇む人影に。
その人物は足元を見つめ、部屋に入る事を躊躇しているみたいだった。
「アンナ……?」
その声で、アンナは顔を上げる。ボクの顔を真っすぐ見る。
そして、ボクは眉を顰める。アンナの表情が、何故か追い詰められて見えたからだ。
「どうしたの? こっちにおいでよ?」
「う、うん……」
呼ばれてようやく、アンナが歩き出す。ただし、その足取りは非常に重い。
その姿はアレだな……。親に叱られる前の子供の姿みたいだ……。
「えっと、何かあった?」
「……ごめん……なさい」
いつもより、ほんの僅かに開いた距離。そこでアンナは足を止め、小声で謝る。
ボクは首を捻る。アンナが謝る理由に、心当たりが無かった為である。
「それは、何に対する謝罪なのかな?」
「……悪い子で……ごめんなさい……」
その言葉で、ボクは更に混乱する……。
アンナが悪い子だって? 常に我儘を言わず、ずっと良い子だったのに?
茫然とするボク。すると、アンナは涙を零し、謝り続けた。
「ごめん、なさい……。悪い子で……嫌な子で……ごめん……なさい……」
薄緑のローブを握り、アンナは謝り続ける。ボロボロと涙を流し続け……。
ボクは慌てて立ち上がる。アンナの肩に優しく手を掛け、彼女へ問い掛けた。
「本当に、何があったんだい? アンナが悪い子だなんて、そんな訳が無いだろう?」
しかし、ボクの言葉に、アンナは首を振る。
苦しそうな表情で、ポツポツと語る。
「私、お兄ちゃんが大好き……。アンリエッタの事も、大好き……」
「うん、それは知っているよ」
アンリエッタと共に過ごした一年。そこで二人の距離は近くなった。
本当の姉妹と思える程に、二人は仲良くなったのである。
「だけど、お祝い出来ない……。二人の結婚を、喜べない……」
「え……? どうして……?」
今のアンナなら、祝ってくれると思っていた。ボク達の仲を、何だかんだで認めていたから。
それが、今になってどうしたのだろう? 何故、急にそんな事を言い出したのだろうか?
「だって……。お兄ちゃんの隣は……本当はお姉ちゃんの場所だった……! 私がいたから、お姉ちゃんの場所じゃ無くなった……!」
「そうか……。ミーアの事を……」
またボクは、わかっていなかった……。アンナはまだ、姉の死を乗り越えていなかったのだ……。
――そして、その理由はボクにある。
アンナの心に、あの日のボクが呪いを掛けたから……。
「……あの日、ボクはアンナに言ったね。弱い事は、悪い事だと」
「うん……。私が弱かったから……。だから、お姉ちゃんは……」
ミーアの死は、自分の弱さが招いた結果だ。ボクはアンナに、そう言い聞かせた。
あの日のアンナには必要だった。あの状況で、強く生きるのに必要な言葉だった……。
「その言葉に嘘は無い。だからボクは、アンナを強く鍛えた」
「うん……。うん……!」
そして、その言葉は決して嘘にしては行けない。
それはアンナの努力を否定する事になる。これまでの三年間を嘘にしてしまうのだから。
「だけど、ボクはアンナに、伝えていない事がある……。とても大切な、もう一つの真実を……」
「もう一つの……真実……?」
アンナは不思議そうに呟く。濡れた瞳で、ボクの事を見つめながら。
なので、ボクは力強く頷いて見せる。アンナの瞳を、しっかりと見つめ返しながら。
「あの日、ミーアは命を懸けた。アンナを守る為に、逃げずに立ち向かったんだ」
「私が、弱かったから……。だから、お姉ちゃんは……代わりに……」
再び目を伏せるアンナ。やはり、彼女の思考は、そこで止まってしまっている……。
だからボクは、アンナの目をのぞき込み、彼女に対して問い掛けた。
「だけど、どうしてミーアは命を懸けた? 死ぬかもしれないのに、どうして戦い続けた?」
「え……?」
ボクの問いに、アンナが顔を上げる。目を丸くし、その考えに驚愕する。
そして、アンナは察したはずだ。ボクが何を言いたいのかを。
ただし、彼女の性格上、自ら口には出来ないはず……。
――なので、ボクが代わりに口にする。
「アンナに生きて欲しかったから。生き残って、幸せになって欲しかったから。……だから、命を懸けて、守ったんじゃないのか?」
「――っ!?」
生まれてから、ずっとミーアの後を追い続けたアンナ。姉の優しさを誰よりも知っている。
だからこそ、その言葉は否定出来ない。ミーアなら望むと、理解出来てしまうのだから……。
「ミーアは命を懸けて託した。ボクにアンナの事を……。そして、最後に願ったのは、アンナの幸せのはずだ。ボクには――そして、アンナには、その願いを叶える義務がある」
「う……うぅ……」
顔をクシャクシャにし、アンナは涙を流す。これまで目を背けた、姉の優しさと向き合っているのだ。
ボクはアンナを抱きしめる。そして、優しく語り掛ける。
「それと、あの日のボクは、こうも言ったね。『強くしてやる。もう、誰にも奪えない位に』と……」
「うん……」
ボクの事を抱き返し、アンナは小さく頷く。ボクはその背を撫でる。
そして、ボクの中で決まっていた、決定事項をアンナに伝える。
「いいかい? 賢者のエクストラスキル、『森羅万象』はアンナが習得するんだ」
「えっ……!?」
予想すらしていなかったのだろう。アンナは思わずボクから離れる。
そして、信じられない物を見る様に、ボクを見つめて固まっていた。
ボクはニコリと笑って、アンナに対して思いを伝える。
「それで、ボクの約束は果たされる。もう誰も、アンナから何も奪えなくなるんだ」
「え……。でも……。そんな……」
アンナも知っている。エクストラスキルを習得する事の意味を。
フェリシアの『魔王召喚』を目にしたのだ。それと同等のスキル等、人知を超えた域にあると。
その為、自分が習得するとは考えてもいなかった。それは、ボクが持つに相応しい力と、考えていたはずである。
――だからこそ、その力をアンナへと贈る。
「そこから先、どう生きるかは、アンナが決めるんだ。その力をどう使うかは、アンナ自身が考えて行くんだ」
「お兄ちゃん……」
ボクの想いが伝わったのだろう。アンナの混乱も薄れて行く。
そして、涙も止まり、アンナはボクに微笑んで見せた。
「そんなの、もう決まってるよ……。私の力は、お兄ちゃんを守る為に使うんだよ!」
「そうか……」
ボクはその言葉を否定しない。それが正しいかどうか、判断したりはしない。
今のアンナは十歳。間違う事もあるだろう……。
――だが、それが今の彼女の答えなのだ。
そして、この先に答えが変わっても構わない。アンナが決めたなら、ボクは全て受け入れる。
それが、ミーアから託された、ボクの責任なのだから……。
ボクはアンナに頷いて見せる。そして、アンナもボクへと頷き返す。
こうして、ようやくアンナも、自分の足で前へと進み始めたのだった……。




