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白のネクロマンサー ~死霊王への道~  作者: 秀文
第一章 ケトル村の日々編

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アレク、薬学を学ぶ

 この世界の薬師は、余程腕が悪くない限り食いっぱぐれが無い。


 それ故に、ポーション作成の知識は秘匿され、誰かに弟子入りしないと職に就けない。


 それ程に、薬師とは求人倍率の高いジョブであるそうだ。幸いな事に、ボクは爺ちゃんに教わる事が出来る。


 今日はこれから、ポーション作りを教わる事になっていた。


「さて、始めるとするかのう」


「え? 今から始めるの?」


 ボクと爺ちゃんは、テーブルに向かい合っていた。


 爺ちゃんは一冊の古い手帳しか持っていない。ポーション作りに必要な、薬草やフラスコ等の道具が一切用意されていなかった。


 ボクが困惑していると、爺ちゃんは楽しげに笑う。そして、長く白い髭を撫でながら、ボクに授業を始める。


「ほっほっほ。楽しみにしていたなら悪いが、いきなりポーションを作ったりはせんよ。まずは、薬師についての基礎知識と、心構えから学ばねばならん」


「なるほど。それもそうだね」


 ゲームの知識で考える、悪い癖が出てしまった。ゲームでは薬師になれば、その場でポーション作りが可能になる。


 なので、座学の必要性を失念していた。普通に考えれば、ポーション作りがそんなに簡単な訳が無い。


「まず、アレクには良い薬師と、悪い薬師について理解して貰わねばならん」


「薬師の良し悪し?」


「その通りじゃ。アレクは良い薬師の条件はなんじゃと思う?」


 爺ちゃんの質問にボクは考える。


 ゲームの知識だと、上位精神ポーションは需要が高い。需要が高いアイテムを作れるという事は、それだけ周囲から必要とされる事になる。


「うーん……。難易度の高いポーションを作れるとか?」


「ほっほっほ。それも一つの答えじゃな。しかし、ワシの答えはそれとは異なるのう」


 爺ちゃんはボクの反応をしばし伺う。


 しかし、ボクの反応がイマイチと見て、すぐに答えを教えてくれた。


「ワシが考える良い薬師とは、常に高い品質を維持出来る者の事じゃよ」


「常に高い品質?」


 ポーションの品質とは何の事だろう? そもそも、ポーションに品質があるのか?


 ……いや、ちょっと待てよ。この村の商人であるハンスさんは、爺ちゃんのポーションは人気が高いと言っていた。


 ボクはそれを聞いて、爺ちゃんにファンでもいるのかと思った。しかし、あれがヒントだったのかもしれない。


「爺ちゃんのポーションが人気なのと関係するの?」


「ほっほっほ。自分で言うのもアレじゃが、確かにワシのポーションは最高品質じゃからな。何せ、回復量はそのポーションが持つ最大量に近く、消費期限も常に限界近く持つからのう」


「回復量に消費期限?」


 爺ちゃんの答えに、ボクは再び唖然とする。


 それはゲームには無いパラメーターだ。ゲームのポーションはいつまでも利用可能で、回復量は全て同じだった。


 それが、この世界では違っているというのだろうか?


「うむ。質の低いポーションは、回復量が一定では無い。そして、もっとも酷いのが、使おうと思ったら魔力が既に切れておる場合じゃ。魔力を持たぬポーション等、ただの栄養剤でしか無いからのう」


「えっ! ポーションは効果が切れる事があるの!?」


 ボクの驚いた顔に、爺ちゃんはニコニコと笑っている。そして、嬉しそうにボクへの授業を続ける。


「駆け出しの冒険者に良くある勘違いじゃな。ポーションは魔力の力で即効性を引き出しておる。品質が良ければ魔力は数か月程持つが、質が悪いと一週間程度で効果が切れてしまう」


「そんな……」


 ポーションは通常、店売りで200Gである。ゴブリンを倒して得られるお金がその程度と考えると、それが決して安くないとわかるだろう。


 実際に、爺ちゃんのポーションは150Gで卸し、250Gで販売されると聞いている。


 しかし、ハンスさんの話しでは常に予約待ちで、入荷しても即日完売との事だ。ボクは愚かにも、流石はファンだと思っていた。


 しかし、そうでは無いのだ。200G払って不良品が混じったポーションを買うなら、多少割り高でも確実に使えるポーションを買いたい。


 ボクが冒険者の立場でも、同じようにお金を支払って購入すると思う。


「という訳で、薬師に求められるのは、そのポーションの信頼度と言えるな。ちなみに、そういう事もあって、ポーションは商人ギルドか、薬師ギルドで購入するのが常識じゃ。それ以外で買えば、割安でも必ず不良品を掴まされるからのう」


「ポーションの信頼度……」


 これもゲームには無いパラメーターだ。


 しかし、前世の現実世界を考えれば当たり前の事でもある。無名の会社の商品は信用出来ないから購入しない。


 逆に大手の有名メーカーが作った物なら、下手な物は混じっていないだろと安心して購入する。


 その常識が、こちらの世界にも通じるという事である。


「そして、次はポーション作りの極意についてじゃ」


「ポーション作りの極意……」


 ボクは思わずゴクリと喉を鳴らす。まさか、そんな大層な話しが出て来るとは思っていなかった。


 しかし、爺ちゃんのポーションは巷で人気の最高品質である。その極意を、喉から手が出る程に欲する人は多いはず。


 ボクは今から、それを聞く事が出来るというのか……。


「ポーション作りの極意……。それは、清潔な環境で作る事じゃ」


「は……?」


 ボクは再び言葉を失う。爺ちゃんは今、何と言った? 清潔な環境でポーションを作る?


 それはもしかして、爺ちゃんなりのギャグなのか?


 余りにも当たり前の事過ぎて、ボクはどう反応して良いかわからなかった……。


「ほっほっほ。驚いておる様じゃな。ポーション作りと環境が、本当に関わるっているのか信じられんといった事かのう」


「えっと、その……」


 爺ちゃんは何故か勘違いをしていた。


 ボクが言葉を失ったのは、余りにも当たり前の事だからだ。決して、その意味を理解出来なかったからでは無い。


 しかし、爺ちゃんはボクの心境を知らずに、説明を続ける。


「ちょっとした汚れ、それが不純物が混ざる原因となる。多くの者はレシピ通りに作り、いつも低い品質のポーションが出来る。そして、それはレシピか自分の腕が悪いと考えてしまう。しかし、そうでは無いのじゃ。劣悪な環境がポーションの質を低下させてしまう。その事に気付かぬ薬師がどれ程多い事か……」


「…………」


 爺ちゃんは非常に悔しそうな顔であった。過去に何かあったのだろう。


 しかし、ボクは口を挟まずに爺ちゃんの説明に耳を傾ける。


「だからこそ、アレクは工房と道具を、常に清潔である様に心がけよ。そうするだけで、人よりも品質の高いポーションを作り続ける事が出来るのじゃ」


「うん、わかった。工房と道具は常に清潔にだね」


 ボクの答えに爺ちゃんは晴れやかな顔をする。


 薬師の心がけとして話す位である。爺ちゃんにとっては、この話はとても大切な事だったのだろう。


 ボクとしては肩透かしを食らった気分ではある。薬を作るのに、不潔な環境など考えられない。


 とはいえ、爺ちゃんの心が晴れたなら、それだけで聞いた甲斐があったのかもしれない。


「うむ。それではアレクにはこれを授けよう」


「え? ボクにくれるの?」


 ボクは爺ちゃんが差し出した手帳を受け取る。相当に年季が入っており、長く使い込まれたのがわかる。


 ボクは受けっ取った手帳をめくって見る。そして、その中身の書き込み具合に絶句する。


「凄い……。色んな種類のレシピが載ってる……。それに、注意点や代用可能な素材についても……。これってもしかして……」


 ボクは呆然として顔を上げる。


 すると、爺ちゃんが優しい瞳でボクの事を見ていた。そして、ニコニコと笑いながら頷いて見せた。


「薬師となるアレクへ、ワシからのプレゼントじゃ。ワシの薬師としての全てが、そこに書かれておる。それを使い、薬師として成長していっておくれ」


「えっ……」


 これは薬師としての、爺ちゃんの分身とも言える代物だ。何十年という経験の積み重ねが、ここには書き込まれているのだ。


 これは決して簡単に受け取って良い物では無い。ボクはこれを返すべきか、真剣に考えてしまう。


「アレクの気持ちは嬉しく思う。しかし、その手帳もアレクに使われた方が喜ぶじゃろう。ワシはその中身が全て頭に入っており、既に使う事が無いからのう」


「本当に貰って良いの?」


 爺ちゃんの考えはわかった。


 しかし、それでもボクは躊躇ってしまう。ボクはまだ、薬師として何の修行もしていない。


 それなのに、ボクは極意書の様な物を手に入れようとしていた。


 爺ちゃんはそんなボクの気持ちを察した様だ。その目を少し厳しくして、ボクに強い口調で告げた。


「勿論、受け取って欲しい。ただし、それを受け取るからには、ワシからの願いも聞いて貰う必要がある」


「爺ちゃんの願い?」


 ボクは首を傾げる。爺ちゃんが自分から、ボクに何かを望む事は少ない。基本的には全てボクの好きにさせて貰っている。


 爺ちゃんの珍しく、そして厳しい言葉にボクは緊張感が高まって来た。


「その手帳はアレク同様に、ワシの子どもの様なものじゃ。だからこそ、その中身は世の中の為に役立てて欲しい。その手帳を受け取るという事は、ワシの意思を継いで貰うという事に他ならない」


「え? そんな事で良いの?」


 爺ちゃんからの願いに、ボクはまた呆気に取られてしまう。今日だけで、爺ちゃんには何度驚かされたかわからない位だ。


 しかし、爺ちゃんはボクのそんな態度を嬉しそうに笑う。


「ほっほっほ。そんな事と言うか。アレクにとってそれは、当たり前の考えだったのかもしれんな。だとしたら、アレクは正にワシの後継者と言えよう。その手帳は、アレクにこそ相応しい物と言う事じゃな」


「爺ちゃん……。ボクは爺ちゃんの意思を継ぐよ」


 ボクは爺ちゃんの目を真っ直ぐに見つめる。この状況で断れる訳が無い。ボクは爺ちゃんの子であり弟子なのだ。


 ならば、ボクには爺ちゃんの意思を継ぐ義務がある。


「そうかそうか。アレクはワシの意思を継いでくれるのか。これでワシは、何も思い残す事無く逝けそうじゃな」


「……縁起でも無い。まだまだ教わる事は一杯あるんだから。少なくともボクが成人するまでは元気でいてよね」


 爺ちゃんの言葉に、ボクは冷たく言い返す。


 こんな嫌な事を言うつもりじゃ無かったのに、気が付いたら口から出てしまっていた。


「ほっほっほ。ワシが悪かった。だから、そんな風に泣かんでおくれ?」


「泣いてないよ……」


 ボクは爺ちゃんから顔を背ける。ボクは自分でも動揺していた。


 爺ちゃんの冗談に、どうしてここまで反応してしまったのだろう?


「よしよし。つい忘れてしまうが、アレクもまだ六歳の子どもじゃからのう。何も恥ずかしがる事は無いのじゃよ?」


 爺ちゃんは背中からボクを優しく包む。爺ちゃんの温もりを感じ、どうしようも無く安心してしまう。


 きっと、ボクの体の方が、そう出来ているのだろう。


 この日、ボクの薬師レベルは上がらなかった。しかし、ボクは確かに薬師となり、爺ちゃんの弟子になる事が出来た。

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