収穫祭(後夜祭)
収穫祭のメインイベントは、豊穣神へ感謝を捧げる儀式である。
その儀式は、過去にこの地の飢饉を治めた、聖人を模した形式となっている。聖人は一房の麦を燃える炎に投じ、神へ感謝と祈りを捧げたという。
ボクは白い衣装を身に纏い、一房の麦を炎に投じた。そして、初めての祝詞を述べ、無事に大役を務め終える。
メインイベントが終わった後は後夜祭である。
村の中央広場に薪が積み重ねられ、夜の闇を赤く染める。村人達は、大人も子供も関係無く、食べ物や飲み物を手に騒いでいた。
「やあやあ、アレク君! 君は聖人役が初めてだよね? どうして、あんなに堂々とやれるんだい!?」
「まあ、爺ちゃんの子供だからね」
ケインさんの質問に、ボクは軽く答える。ちなみに、汚すと悪いので衣装は脱いでいる。今はいつもの服装に戻っている。
「なるほど! 流石は大賢者ゲイル様だね! 子育てもやはり、並みでは無いという事か!?」
楽しそうに笑うケインさん。手には酒が入ったコップを持ち、その顔は真っ赤である。その顔色は炎によるものでは無いだろう。
ケインさんは、ボクの事を持ち上げる様に歌う。村人達も面白がって、その話しに混じって来る。
酔っぱらいが集まって来たので、ボクはそっとその場から身を引いた。
「アレク君……。こっち、こっち……!」
見るとミーアが手招きしていた。事前の約束があるし、輪から抜けるには丁度良いタイミングかもしれない。
ボクはミーアに連れられて、炎の届かない物陰に移動した。
「アレク君、聖人役すごかったね! 初めてとは思えなかったよ!」
「あはは、ありがとう」
はにかむボクを、ミーアはキラキラした目で見つめる。彼女のこの視線に、ボクはくすぐったさを感じる。
だけど、ボクはそれと同時に、嬉しくなる気持ちも確かに感じていた。
「アレク君はいつもすごいね。私もアレク君みたいに成りたいって思うよ……」
「ミーアも凄いと思うよ。優しくて、気配りが出来て、それに可愛いし。ミーアを好きになる男の子は多いだろうね」
「本当に!? アレクもそう思う!?」
ボクは笑顔で頷く。何ともナンパなセリフであるが、ミーアが喜ぶので問題無いだろう。
しかし、ミーアの喜ぶ姿に、ボクは胸に小さな痛みを感じていた。
そして、ミーアはボクの目をじっと見つめる。その目には、何故か探る様な色が混じっている。
「どうかした?」
「うん……。アレク君に聞きたい事があるんだ……」
「聞きたい事って?」
ボクは首を傾げる。ミーアは僅かに躊躇を見せた後に、おずおずと口を開く。
「アレク君って……。大人になったら、村を出るの……?」
「え……?」
ミーアのその目は不安が混じっていた。
しかし、真っ直ぐで力強い視線でもある。きっと、ボクの答えをわかっているのだろう。
「うん。大人になったら、世界を見て回るつもりだよ」
「やっぱり、そうなんだね……」
ミーアは少し寂しげに笑う。その顔は少し大人びていて、ボクは何となく見惚れてしまった。
ロリコン属性は無いはずなのに、今のミーアを見てたら、目覚めてしまいそうになる……。
「アレク君なら、そう言うと思ってた。……アレク君にこの村は狭すぎるし、アレク君なら外でも活躍するだろうからね!」
「あはは、ありがとう」
ミーアはいつも通りにボクを持ち上げる。
だけど、その目はいつもと違う。色々な事を悩み、言葉を選んでいるのがわかる。
「アレク君が、村を出るのは十年後だよね……?」
「うん。今が五歳だから、そうなるね」
そういえば、ボクって五歳だよな。何でこんな会話をしてるのだろう?
前の世界では十五年生きても、一度もこんな場面は無かったのに……。
「村を出る時に……私も着いて行ったら駄目かな……?」
「え……!?」
ミーアがボクに着いて来る? 一緒に村を出るというのか?
ミーアはそんな事を考えていたのか……。
「でも、村の外は危険だよ? ミーアみたいな可愛い子だと、悪い人に狙われるかも……」
「それでも、置いて行かれるのは嫌……」
「ミーア……」
女の子にここまで言わせて、断る事は流石に出来ない。それは男としてカッコ悪過ぎである。
ミーアは手が小さく震えていた。相当な勇気を持って、ボクに尋ねているのだ。
ならば、ボクもその勇気に答えなければならない。
「わかった。ミーアが望むなら、一緒に行こう」
「アレク君……!?」
ミーアは顔をパッと輝かせる。その瞳には、ほんのりと涙が滲んでいた。
しかし、ボクは右手を掲げてミーアを制す。喜ぶのはまだ早い。
「ただし、外に出るならミーアも戦えるようになる必要がある。ボクと一緒に、魔法を覚えて貰うつもりだ」
村の外に出る以上は、魔物との戦闘は必須。村人のままでは、すぐに殺されてしまう事になる。
ミーアには何かのジョブに着いて、戦い方を学んで貰わねばならない。
「それなら大丈夫だよ!」
「え……?」
ミーアの返事にボクは目を丸くする。彼女はイタズラっぽく笑うと、ペロッと小さく舌を出した。
「実は来年から、賢者様に白魔術を教えて貰う予定なの! アレク君に着いて行くって言ったら、凄く喜んでくれたよ!」
「爺ちゃん……」
爺ちゃんには既に、話が通っていたのか。何とも用意周到な事である。
そして、白魔術師ならミーアにぴったりだ。基本は回復と支援の職で安全だし、一応はライトアローという攻撃魔法も習得可能。
この辺りは爺ちゃんのアドバイスもあるのだろう。
「それじゃあ、これから十年は一緒に頑張ろう。二人で旅に出ても、問題無い位に強くならないとね!」
「うん、そうだね! 二人で旅に出ても……二人で旅に……二人で……えへへ……」
ミーアは途中から妄想の世界に旅立ってしまう。口元は緩み、ギリーには見せれない顔である。ボクは苦笑してミーアの手を引く。
「あ……!?」
「ほら、そろそろ戻るよ。余り長く離れてると、爺ちゃん達が心配するからね!」
まあ、爺ちゃん達は色々と察してるので、実際は心配などしていないだろう。
しかし、ボクは爺ちゃんを言い訳に、ミーアを連れて歩く。
「えへへ……」
「…………」
ミーアは繋がれた手を見て、嬉しそうに笑う。ボクはそれについて何も口にしない。ミーアもそれに何かを察して、ボクに話し掛けたりしない。
今のボクの顔は、真っ赤に染まっている事だろう。勿論、炎による明かりの為では無い。
ボクはミーアを一人の女性として受け入れる事を選んだ。その途端に、急にミーアの事を意識する様になってしまったのだ。
相手は六歳の女の子かもしれない。だが、ボクだって今は五歳児だ。
胸を張って恋人と言うには、二人はまだ幼すぎるかもしれない。しかし、二人にはまだまだ時間がたっぷりとある。
ゆっくりと成長して行けば良い。ミーアもそれに付き合ってくれるだろう。
そして、ボクはミーアを守る為に、強くなる事を心に決めた。




