夕日
人類にとって最期の日は、呆気なく訪れた。
僕が産まれる前から予測されていた、太陽の接近による地球の滅亡は、思いもよらぬ進展を迎えたようだった。僕らが生きている間、いや、僕らが産まれる前から調べてきた天文学者は、とんだ思い違いをしていたようだ。
太陽は、貯蓄した燃料の水素やヘリウムなど関係無く膨張し、地球に近付いていた。それが何故なのか原因は分からない。考える時間の余地すら、僕らには残されていなかった。
「死ぬのが怖い?」
丘の上で、泣き腫らした目の彼女に声を掛ける。
「いや、もう、さすがに怖くはないよ。今はもう、死んじゃった後にどうなるかを考える方が、よっぽど楽しくなってきちゃった」
さすがは僕の彼女だ。考え方がいささか狂っているようにも思えるが、こんな状況で正気の沙汰でいる方が馬鹿を見るのは目に見えている。その点では彼女は頭が良い。
「それにしても、皮肉なもんだね」
「うん、私もそう思ってたよ」
「分かるのか? 僕が何を言いたいのか」
「分かるよ。夕日、でしょ?」
今日は彼女に驚かされてばかりだ。まさかここまで意識が通じ合えているとは。今日で別れなのが少しばかり悔しくなってきた。
しかし、本当に皮肉な夕日だ。
これから僕たちを飲み込む、いわば殺戮者だと言うのに、どうして最期の夕日はこんなにも綺麗に映るのだろう。青春ドラマもサスペンスも、最後はこの夕日が全てを持っていってしまう。ただそこに存在しているだけで、これを求めていたんだろう、と自信満々にこちらが期待していた綺麗さを放ってしまう。死ぬ間際も、いや、殺される間際もそれは変わりなかった。
「明日は、もしかしたら迎えられそうにないな」
「まあ、良いんじゃないかな。こんなにも綺麗な夕日を見せつけられたんだから、私たちも見せつけてやればいいんじゃない?」
「ああ、そうだな」
彼女の言いたいことは、手に取るように分かった。
夕日という忌々しくも綺麗な存在が、僕たちを言葉に出来ない領域で繋げてくれているのが分かった。
「いいか、夕日。これが僕たちの見せつける、人間の醜さだよ」
僕は、目を瞑る彼女にキスをした。
夕日が急に膨張した意味が人間に理解できなかったように。
人間のしていたこの行為に何の意味があるのか、夕日には分からない。