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グランドクエスト  作者: アムリタ
7/8

クエスト007 少女をお持ち帰りせよ!

 トライヴが唇を重ねても、少女はこれといって反応を見せなかった。

 かさついた少女の唇を舌で湿らせ、こじ開ける。

 開いた少女の口に、噛み砕いたリンゴの欠片をそっと押し込んだ。


「…………ん……く……」


 微かに少女の喉が動く。

 ちゃんとリンゴを飲み込んだことを確かめてから、トライヴは唇を離した。

 虚ろな表情の少女の唇が、唾液とリンゴの果汁で艶やかに濡れている。


 リンゴをかじり、咀嚼して、少女に口移しで食べさせる。

 それを何度も繰り返すと、次第に少女の瞳に生気が戻り始めた。


「ん……っ、ちゅ、ん……ぁ、ふ……っ」


 されるがままだった口付けも、自分から口を開けて迎え入れ、リンゴの欠片を吸いとってゆっくりと飲み込む。

 次の口付けでは震える腕をトライヴの首に回して、舌に乗せて差し出されるリンゴの欠片を自分の舌で受け取った。


 元々かじりかけだったリンゴはすぐに芯だけになってしまう。

 それをぽいと後ろに投げ捨て、新しいリンゴをアイテムボックスから取り出す。


「あ…… あー……」

「まだあるからちょっと待ってね、そんなにがっつかないで」


 口元を唾液とリンゴの果汁でべとべとに汚しながら、少女は舌を突きだして口付けをせがむ。

 まだ意識は朦朧としているようだが、間近で見る半分開いた瞳は暗い中でも自らきらめくような金色をしていた。


「んっ…… はぁっ、んむ、んく、ぅ……」


 リンゴを咀嚼して唇を重ねると、少女は待ちきれないとばかりにトライヴの首筋を抱きしめて舌を伸ばす。

 思いの外に強い力で引き留められて、たっぷりと唇を重ねた。

 その間も、少女の舌は唾液と果汁の混じりあう湿った音を立て、リンゴを味わい、飲み込んでもなお、名残惜しげにトライヴの口の中を這い回る。


 ようやく唇を離すと、二人の唾液が糸を引いてトライヴの唇と少女の舌を繋いだ。

 息をすることをようやく思い出したかのように、少女はぼーっとした表情のまま、はぁはぁと薄い胸を上下させている。


「大丈夫? まだあるけど、食べる?」

「…………ん……」


 少女は物欲しげに上目遣いで、小さく、けれど確かにうなずく。

 トライヴはさらにたっぷりと時間をかけて、少女にリンゴを食べさせた。




「うーん、ごちそうさまでした……っと。なかなか侮れないテクニックだったぜ……」


 手の甲でぐいっと口元を拭い、トライヴはふぅと一息ついた。

 手持ちのリンゴは全て少女のお腹の中に入った。

 その少女は、お腹がいっぱいになって落ち着いたのか、今はすうすうと安らかな寝息を立てて眠っている。


「しかし、これからどうしたもんかな…… クエストクリアのインフォも出ないし」


 おそらく、このまま立ち去ってもクエストクリアとなってそれなりの報酬は発生するだろう。

 だが、リンゴ三つ食べさせた……むしろ逆にいただいた……だけで、「瀕死の少女を救」った、と言えるかどうか疑問である。

 

 しない善より、する偽善。

 とはいえ、このままここに放っていくのも気が引ける。

 助けるなら最後まで面倒を見ろ、ともいう。


「つまり……お持ち帰りか!

 やっべこれめっちゃ犯罪じゃね? 見られたらアカウント凍結案件じゃね?」


 だがしかし、他にいい考えもない。

 仕方なく、寝息を立てる少女を抱えあげた。

 枯れ枝のように痩せた少女は、まだ幼いのもあってかなり軽い。ゲーム内では疲労もないし、人目さえ気にしなければ運ぶのに問題はなさそうだ。


 フリーハンド操作でメニューを開き、周辺マップと外部ネットブラウザを開く。

 グランドクエストのwikiからグランダーナのページを開き、あまり人目につかずに行ける近くの宿屋を検索した。


 フリーハンド操作はプレイヤーの視線や脳波を読み取って行う操作で、グランドクエストというよりもVR装置の基本機能だ。

 音声やタッチでの操作に比べて難しく、慣れないうちは暴発もしやすいが、戦闘中に悠長にメニュー操作をしていられないMMOプレイヤーには必須である。


 周囲をこそこそと気にしつつ、トライヴは少女を抱えてその場を後にした。




┏──────────────┓

│  スキルを修得しました  │

│   ・危険感知Lv1   │

│   ・隠密Lv1     │

┗──────────────┛


 宿で部屋を取り、割り当てられた部屋の前に辿り着いた時にはそんなインフォが表示される有様であった。

 危険感知は近くにいる敵意を持った存在をマップに表示するスキルで、レベルに応じた範囲で索敵してくれる。狩り場に出れば遠からず誰もが修得するスキルだが、街中で覚えるのは珍しいだろう。


 隠密は気配を察知されにくくなるスキルだ。

 隠密を持った相手には危険感知の有効範囲も狭くなり、隠密の方がおよそ3レベルほど高ければ危険感知が反応しない、とwikiで検証されている。


 ともあれ、裏路地に近い治安の良くなさそうな安宿を選んだせいか、見るからに孤児の少女を抱えていても、宿の店主に意味ありげににやりと笑われただけで問題なく部屋を取ることが出来た。

 こんな宿ではまともなベッドがあるかどうかも怪しいところだが、トライヴは躊躇いなく扉を開けて中に入る。


「おおー……!」


 部屋の中は── とても清潔で、明るい雰囲気だった。

 木の床に白い漆喰の壁。八畳ほどのリビングになっているが、奥は寝室になっている。

 リビングにはソファとテーブル、その他の家具の他、あからさまに目立つ大きな宝箱が置いてあった。

 

 入り口脇には、バス・トイレへと続く脱衣所を兼ねた小部屋。

 どちらも問題なく使用できるが、プレイヤーはゲーム中にトイレに行く必要がないのは先述した通りだ。


 寝室はリビングとさほど広さは変わらないが、セミダブルの大きさのベッドが二つ用意されている。

 白くてふかふかのしわひとつないシーツが綺麗に張ってあった。

 窓は大きく、白いレースのカーテンがかけられていて、外から差し込む太陽の光を柔らかいものに変えている。


 勿論、裏路地の怪しげな安宿にこのような豪華な設備が用意されているわけではない。

 泊まった宿の場所に関係なく、プレイヤーが宿を取って部屋に入るとこの部屋に通されるのだ。

 もし部屋を汚したり壊したりしても、次に入るときは再生成されて手入れの行き届いた部屋に戻るので心配はいらない。一種の異空間である。


 大きな宝箱はアイテム倉庫になっていて、1000スタックまで物を入れておけるが、持っていたアイテムを少女に食べ尽くされた今のトライヴには何の関係もなかった。


 ひとまず、抱えていた少女をベッドに寝かせる。

 真っ白なシーツに薄汚れた姿の少女を寝かせるのは抵抗もあるが、どうせ再生成で綺麗になるのだから関係ないか、と思い直した。


┏───────────────┓

│  クエストクリア!     │

│   ・瀕死の少女を救え!  │

│               │

│  報酬を入手しました    │

│   ・フルコース      │

│   ・木綿のローブ     │

│   ・100シルバー    │

┗───────────────┛


「お、来た……けど、微妙だな」


 クエストクリアのインフォを見て、うーん、と首をひねる。

 フルコースはフランス料理のそれというわけではなく、肉料理と前菜、サラダ、スープ、パンのセットというだけの普通の料理だ。

 能力値を二時間アップさせる効果があるが、コースなので狩り場でぱっと食べるというわけでもないので使い勝手としてはいまいちである。


 木綿のローブは着心地はいいが防具としてはごく初期のもので、初期装備の旅立ちシリーズと大差がない。

 魔法も覚えるつもりだが剣を捨てる気もないので、性能に大差がないとはいっても、カテゴリ的にローブより物理防御力の高い鎧を身に付けていたい。


 とりあえず、どちらも手持ちのアイテムボックスから部屋の宝箱の方に移しておく。


「……おっと、もうこんな時間か。今日はそろそろログアウトして寝ないとな……

 今日中に冒険者ギルドに登録するつもりだったんだけど、うまくいかないなあ」


 ふとメニュー画面の端に表示されている時計を見ると夜一時を回っていた。

 これは現実時間の時計で、グランドクエスト内の時間は昼一時だ。


 グランドクエストの世界は昼夜八時間ずつの1日16時間なので、毎日同じ時間にログインしても翌日は昼夜が逆になるようにできている。

 次にトライヴがログインできるのは、明日の夕方…… グランドクエスト内で丸1日が経過した頃になりそうだった。


 少女もすぐには起きそうにないし、ここに寝かせたままログアウトすることにする。

 近くに敵意を持った存在がいる場所ではログアウトできない仕様だが、この部屋の中なら何の問題もない。


┏────────────────────┓

│  ログアウトの準備をしています    │

│  ログアウトを開始します       │

│  しばらくお待ちください       │

│  接続を終了します。お疲れ様でした  │

┗────────────────────┛

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