クエスト006 瀕死の少女を救え!
王都グランダーナは広い。
主要な箇所を回るだけでも数日かかり、王都内を移動するためのバ車すら運行されているレベル。
大央道の始点である街の入り口から、終端である王城を見ると薄く靄がかかって見えるくらいの距離がある。
トライヴは露店の店主からもらったリンゴをしゃくっとかじりながら、大央道を王城方面に向けててこてこ歩いていた。
「リンゴうめえ」
目的地は冒険者ギルドだ。
ひたすら生産するのでもない限り、まずは冒険者ギルドに登録するのが鉄板とされているので、トライヴもそこを目指していた。
冒険者ギルド行きのバ車もあるのだが、節約がてらに観光と思ってのんびり歩いている。
グランドクエストがいかにリアルといえど、ゲームの中では肉体的な疲労は感じないし、如何にデータ担当がキチでもゲームデザインに関わりの大きい疲労度やスタミナといったステータスは、システム担当が許さなかったのか存在していない。
時間とその気があるならば、大陸の端から端まで休まず歩き続けることもできるのだ。
空腹値もないので、食べ物はいずれもHPやMPを回復する、あるいは時限性の強化効果を得るために食べるものだ。
今のトライヴのように、味わうためだけに食べるのもありだが。
なお、街から街までの間くらいなら、交通費をケチって無補給マラソンするプレイヤーはそれなりにいることを付け加えておく。
「にしても、グランダーナ広いな…… マップどんだけだよ」
歩きながらメニューから周辺マップを呼び出すが、自分が歩いた場所の周辺以外は黒く塗りつぶされている。
15分ほど歩いたとは思うのだが、グランダーナのマップ完成率はまだ10%にも満たないといったところだった。
冒険者ギルドは王城から程近い場所にある。
王城近くはそういった大きなギルドや施設が集中しており、それらの組織の持っている力やこの国における重要さが伺えた。
動画やwikiで知識があるから場所はわかるが、マップの様子を見る限りまだまだ歩く必要がありそうだ。
なお、マップを最初に開いたときに「王都グランダーナのマップを完成させよ!」というサブクエストが発生していたが、かなり大変なのは目に見えているので一旦保留。
グランダーナも安全なところばかりではない。
大央道を外れれば、薄暗い路地や治安の悪い地区もあるのだ。
女性キャラクターなど、近付いただけでチンピラ相手にランダム戦闘が発生することもあるという。
まだ戦闘の勝手もわからないのに、わざわざ危険に近付くつもりはない。
┏─────────────────────┓
│ インスタントクエストが発生しました │
│ 瀕死の少女を救え! │
┗─────────────────────┛
こんなクエストでも発生しない限りは。
「瀕死の少女……?」
訝しげに見回すが、天下の大央道のどこにも瀕死の少女なんて転がっていない。
仕方ないので今は保留……とするわけにもいかないか。インスタントクエストだから、放っておけば消滅してしまう。この場合は少女が死んでしまうということだろう。
いくらゲームとはいえ、人知れず少女の命が消えようというのを放っておくのも寝覚めが悪い。だがその少女がどこにいるのかがわからない。
「ええと、確かクエストガイドあったよなー…… これだっ」
クエストガイドとは、クエストの目標物が何処にあるかを案内してくれる機能だ。マップに目的地の光点が表示され、視界に半透明の矢印が表示されて案内してくれる。
ただし、矢印が教えてくれるのは方角だけで、途中の障害物などは考慮されない。
また、グランドクエストの「魔王を討伐せよ!」にガイドをつけても光点も矢印が表れない。
果たして、出現した矢印は真横を指していた。
横。そちらを見ても、そこでは露店で怪しげなアクセサリを売っているだけだ。足元も見えているので、瀕死の少女が隠れているということもない。
だとすると、目的地はもっと向こう。
マップを確認すると、まだ黒く塗りつぶされて確認できないところに光点が表示されていた。
距離的に、直線で五分ほど進んだところ。
少し考えてから、トライヴは光点を目指して裏路地へと入っていった。
大央道からひとつ道を外れただけで、道はぐっと狭く、人通りは少なくなる。
光点を目指して進む度に、どんどん裏寂れた様子になっていった。
マップが見られるからいいが、そのマップに表示された道はかなり入り組んでいる。これが現実だったら今頃は迷子だ。
それにしても、少し離れただけで全然様子が違うことに驚く。
これが大都会の闇というやつなのか。
時折、真っ昼間だというのに無気力に座り込んでいる人などがいて、警戒しながらその横を通る。
やがて光点の場所に辿り着いた時、そこはすえた臭いのするゴミ捨て場のようなところだった。
いくらリアルとはいえ、臭いまで再現しなくていいのに。
そう思いながら眉をひそめ、矢印の指し示す少女を見る。
その少女は、ひそめた眉をさらにひそめるような有様だった。
黒い髪に褐色肌の少女だ。年の頃は、まだ10歳か……高くても中学生にはなっていないだろう。
服、の成れの果ての薄汚れたぼろ布を身に纏い、褐色の肌はよくわからない汚れでなお黒く汚れていた。
手足は細く……枯れ木のように細い。痩せ衰えている、と言うべきか。
少女はゴミの山に埋もれるようにして、ぼんやりとしていた。
半眼に開いた色素の薄い瞳は、トライヴを見ているようで何も映していない。
その様はあまりに生気がなく、ガイドの矢印が指し示していなければそれが人間だと気付かなかっただろう。
「……瀕死ってか、もう死んでね……?」
トライヴのつぶやきにも、少女は反応しない。
だが、よく見ると微かに呼吸している動きがある。それもほんの微かで、今にも止まってしまいそうだが。
救え、といっても自分に何を期待しているのか。
回復魔法でもあれば良かったのだろうが、生憎と初期装備に杖などの魔法系の武器を選択したり、スキルで魔法が出るまで粘ったりしなかったので、今使える魔法は何もない。
手元にあるのは……リンゴだけだ。
「えっと……た、食べる?」
少女の目の前にリンゴを差し出してみたが、反応がない。
いや、口を開けようとはしているが、それも叶わないほどに弱っているのだ。
瀕死というより、もうほとんど死の直前だった。
「……うーん」
トライヴは天を仰いで考え込んだ。
薄暗く、光の入り込まないこのゴミ溜りで、僅かに見える空だけが青く、明るい。
……こういう光景を見てしまった人たちが、きっと「子供たちに愛の手を!」と募金活動やボランティアに人生をかけるのだろうな、と思った。
「あー…… 神様仏様、運営様にハスミちゃん。
これからするのは緊急措置であってわいせつな行為とは一切無関係。ほとんど合法行為。おけ?」
一応、天に向かって言い訳してから、カリッと勢いよくリンゴをかじる。
そして、少女のあごに手をあてて上向かせ、その唇にキスをした。