クエスト002 キャラクターを作成せよ!
しばらくキャラクター作成(?)が続きます。
フルダイブモードでグランドクエストを起動したが、辺りは真っ暗闇のままだ。
フリーズしたか、といぶかしんだその時、空に明るい星がひとつ瞬いた。
いや、星かと思ったそれは少しずつ近付いてきて大きくなり、それにつれて光も強さを増していく。
だが、青年は不思議とその光をまぶしいと思わなかった。
やがて青年の前に降り立った星は、女性の姿をしていた。
薄手の布を巻き付けたような衣装を身に付けているが、手足にだけは青っぽい金属製の鎧をつけ、同じ色の金属の槍を持っていた。
鎧も槍も金色で縁取りされていて、デザインも細部が凝っている。有り体に言ってステータス高そうだな、と青年は感じた。
自ら光輝いているその女性はゆっくりと目を開き、青年を見てにっこりと微笑んだ。
「ようこそ、グランドクエストへ。私は貴方の守護天使として遣わされた者です」
青年も、グランドクエストのプレイ動画を見たことがあるから知っている。この守護天使は最初のゲーム起動時に姿を現し、キャラクター作成の手助けをしてくれるのだ。
守護天使の容姿はランダムで決まるらしいのだが、これが非常に凝っていて、プレイヤーの一人一人に全て違う容姿の守護天使がつくらしい。
基本的に、男性プレイヤーには女性の、女性プレイヤーには男性の守護天使がつくという。
ただ、勿体ないことにゲームの最初にしか出てこないのだが。
「まずは、貴方に感謝を。
貴方はグランドクエストに選ばれし者。貴方の存在が、かの世界に善き結果を与えんことを……」
たおやかに一礼する守護天使の話を華麗に聞き流しつつ、青年は彼女の前にひざまづいた。
そしてひらひらの衣装を下から覗きこむ。
「……あの、ちょ、何をなさっているのですか?」
「うお、すっげ、マジでリアルな反応するんだな」
ぱっと衣服の裾を押さえて距離を取る守護天使に、青年は感心したように声をあげた。
勿論、これがゲームで相手がNPCだから出来ることだ。青年は現実で逮捕されるようなことをしたことはない。
なお、下着の色は白であった。しかもかなり際どいデザインの。
だが言い訳をさせてもらえるならば、キャラクターモデルやフィギュアの下着まできちんと作り込んであるかどうかは誰しも確認してしまうところではないだろうか。
「そういう、はしたない行為はよろしくありませんよっ?」
「やりすぎると規約違反になるんだっけか」
確か、動画でふざけて守護天使にセクハラした奴がいた筈だ。
マジ悲鳴あげた守護天使に、武器……でかいハンマーだったらしい……で殴られた上、プログラムは強制終了。再起動してみると『規約違反により当アカウントは凍結されました』とだけ表示されたという。
嘘のような本当の話らしく、wikiのトップページに真っ赤な大文字で『守護天使にセクハラ厳禁!! アカウント凍結されます!!』と書いてあったりする。
「と、ともかく、貴方の魂の器を確認します。
既にいくつかの器を用意しているようですね。使用するのは、この器で間違いありませんか?」
ほんのりと頬が赤い守護天使の目の前に、あらかじめ作っておいたキャラクターを映し出した仮想ウィンドウが開かれる。
他にもいくつか作ったデータはあった筈だが…… おそらく最終更新日でも参照しているのだろう、と青年はあたりをつけた。
うむ、と青年が心の中でうなずくと、青年の周囲に光が集まってくる。
お、と思った時にはもう、青年自身がキャラクタークリエイションで作ったキャラクターになっていた。
腕を回したり、屈伸したり、ジャンプしたり。
軽くストレッチのような動きをしてみるが、全く違和感がない。現実の体と同じような感覚で動かすことが出来た。
「どこか違和感はありませんか? ひとたび世界に降り立てば魂の器を変更することは出来なくなります。納得のいくまでよく確認してください」
「おけ、大丈夫。ほんと良くできてんなあ」
MMORPGの肉体というのは、色々と現実の体とは異なるものだ。
関節の稼働域が現実よりも制限されていたり、逆に異様な角度まで曲げられたり。激しい動きに僅かなラグが発生したり。ゲームに感覚をあわせて動かすコツのようなものが必要になってくる。
だが、グランドクエストの肉体は全然違和感を感じない。自分の現実の肉体を動かすのと変わらない、むしろずっとしなやかで力強いくらいだ。
「……セクハラって、どこまでならOKかなぁ」
「セクハラした時点でアウトでは? ……あの、その指なんですか? どうして私ににじり寄ってくるんですか? アカウント凍結を検討すべきですか?」
わきわきと、ハンドボール大の何か丸いものを鷲掴みする形を両手で作ってじりじりと近付いていく青年に、守護天使は微笑みをひきつらせながら胸元を抱くようにかばい後ずさる。
「いや、これはテストだよテスト。物に触れた感触とかー、接触時の干渉設定がどうなってるかとかー、きちんと確かめておくことで充実したグラクエ生活が認可されるっていうかー」
「う、うーん……」
「大丈夫大丈夫、健全だよ! エッルォォいことなんてこれっぽっちも考えてないよ!」
過剰な巻き舌を利かせながらにじり寄る青年の顔は、どう見ても悪いことを企んでいる悪戯小僧のものであった。
もちろん、本気でやるつもりなどない。
守護天使の反応がよくできていたから遊んでいるだけで、所詮は人工知能なのだ。セクハラはアカウント凍結。原則は崩せないし、崩す権限もない。
その危険なところにギリギリまで踏み込む、あまりよろしくない遊びである。
「……わ、わかりました。私の手だけなら、好きなように触って頂いても結構です」
「────────」
なので、守護天使が頬を染めながら恥ずかしそうに手を差し出した時には、軽く凍り付いた。
もしや人工知能ではなく中の人がいるのでは、との疑いが脳裏をよぎったが、まさかそんな、いつログインするとも知れない多数のプレイヤーの導入をするためだけに現実の人間を用意するなんて贅沢と無駄が多すぎる。
超大手ならともかく、グラクエの開発元はグラクエ以外にコンテンツを持たない。そんな余裕があるとは考えにくい。
「……て、手を握ってもアカウント凍結しない?」
「手だけ、でしたら」
言われて、無防備に差し出された手を握る。
柔らかい。
暖かい。
緊張しているのか、手のひらにしっとりと汗をかいているのを感じる。
指のひとつひとつをなぞるように指先でその造形を確かめていると、くすぐったいのかぴくんとその手が震えた。
まるで本当に人の手を握っているようなリアリティ……いや、リアルそのものの感触だ。
「すごいなー、なんかドキドキする……」
「あ、あの、なんだか触り方が、変、というか……んぅっ、く、くすぐったくて……
や、やはりこれはアカウント凍結案件では……?」
「えー、もっと触ってたーい。ていうかずっと触ってたーい」
「こ、ここまで! ここまでです!
というか、作りましょう! 早く!」
「えっ、そんな二人の子供を作ろうなんて、それはセクハラじゃ?」
「あなたの魂の器ですよっ!!!」
「……はい」
守護天使、マジギレであった。
これ以上やると本当にアカウント凍結されかねない、と言葉ではなく心で悟った青年は、ぱっと手を離してこくこくとうなずいた。