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Q.最強の職業は何ですか? A.遊び人です  作者: 矢崎 拓真
第二章 金牛の魔人
15/16

Q.酔った少女は手が付けられませんよね? A.お酒を飲むのは二十歳からです

 日本では飲酒・喫煙は満二十歳になってからという事になっている。ただ未成年の時から飲酒や喫煙をしている少年少女も数多くおり、法律で禁止されているという概念は薄まっているのかもしれない。

 この二つの内、喫煙については依存性や周囲への害もあり、また最初は煙を吸い込むとむせるという事もある所為か、興味で一度吸っても二度と吸わないという者も多い。

 しかし飲酒となると話は別である。体質にもよりけりだが、ジュース感覚で飲めるアルコールも増加し、飲酒による酔いは適度な摂取量ならば快感をもたらす。

 その為、未成年である時からお酒が好きな者も多いと聞いたことがある。


「このお酒ってすごくいい匂いがしますね」


「あぁ」


 砂漠を二人の男女が会話をしながら歩いている。男の手には一本の酒瓶が入った籠が握られており、女の方はその酒瓶に顔を近づけて匂いを嗅いでいるようだ。


「アタシお酒飲んだことないんですよ」


「あぁ」


 テテの言葉に真がそっけなく答えながら砂漠を進む。

 真の言葉を聞いたテテが口を尖らせ、続く言葉を口から発する。


「兄さん、あの~少しぐらい、良いじゃないですかぁ」


 酒瓶の口に取り付けられているコルクから、僅かに漏れる香りを嗅ぎながらテテが真に話しかける。


「ダメだ。子供が飲むものじゃない。それに」


 口ではこういっている真だが、本人が初めて飲酒をしたのは中学に上がる前、十二歳のころだ。その真には言う資格がないのだが、同じことを目の前の少女にさせるのはさすがに気が引けるようだ。

 もっとも、今手に持っている酒瓶には手を付けられない別の理由があった。それと言うのが、


「大体これは依頼の品物だろ! 開封したら報酬が貰えなくなるだろうが!」


 これである。一時間ぐらい前、今日のこなす依頼を探しに月光花へ行き、このクエストを紹介されたのだ。

 東の砂漠に一軒だけあるバーに高級な酒を届ける、いわゆるお遣い系クエストだ。


「(まぁ確かにかなりいい匂いがする。俺も依頼が無ければ飲んでいたところだ)それに、テテはお酒飲める年じゃないだろ?」


 この世界に未成年という概念があるかどうかは分からないが、日本の常識に照らし合わせて真がそう言う。


「え? 別に年齢は関係ないじゃないですかぁ。この前だって普通に飲んでましたし」


 しかし分かっていたことではあるが、この世界にはそう言った概念はない。

 確かに思い返してみればメサルティムを対峙した時、ガル爺の店で大いに盛り上がっていた。その時は当然テテもアルコールを飲んでおり、それを止める大人は全員酔いつぶれていた。


「あぁ、そう言えばそうだったな。でもダメだ! これは依頼の品物だからな」


「でもアタシだってたまには飲みたくなる日もあるんですよ!」


「(この年で酒が必要になる時があるって、どんだけこいつは親父なんだ)」


 真がそう思いながら大きく溜息をつき、冷たい視線をテテに向けていると、そのことにテテが気付き、真のわき腹を肘で突いて来る。


「何ですかその目は? 何か言いたそうですね?」


「(もちろん言いたいことはたくさんある。例えば今からそんなことで酒に頼っていたら、将来ダメになるとか、今の生活を続けていたらアル中になるとか)」


 真がそんなことを思いながらテテの目をジッと見つめ……いや、ジト目で見ていると、何をどう勘違いしたのか、頬を赤くさせてテテが俯き、口を開く。


「あの……そんなに見つめられると、さすがに恥ずかしいです」


「(もしかして今、テテは勘違いしてる? 前の一件もあったし、この状況下でのテテの気持ちも理解できなくもない。さて、面白そうだからこのまま続けてみよう)」


 真が頭の中でよからぬことを考えていると


「兄さん……その、アタシ……兄さんなら……」


 そろそろテテの理性を司るネジが、いや思考回路がショートするころだろう。もしかしたら既にオーバーヒートしているかもしれない。

 目の前の少女の頭からはプスプスと煙が出ているのが見て取れる。


「(この辺でやめておかないと後が大変だな)テテ!」


 真が叫ぶようにテテの名前を呼ぶ。


「は、はひ!」


 裏返った声を上げたテテの肩を真が両手でガッシリと掴む。

 この状況に立たされた恋する乙女はきっと勘違いするであろう。しかもその相手が告白した相手であればなおさらである。

 もっとも真が声を上げた理由は別にある。テテの身体を自分の方に抱き寄せ、勢いそのままに後方へ投げる。


「へ? きゃあ!」


 頭の中がお花畑だったテテが、突然の出来事に悲鳴を上げる。

 先ほどのロマンチックな状況など一瞬で無くなり、代わりに聞こえてきた声で現実に引き戻される。


「戦闘準備だ!」


 真が腰から鞭を抜き取り、テテに背を向けたまま叫ぶ。


「せ、戦闘?」


 しかしテテは未だ現実世界に帰ってきていないようだ。


「蕩けた頭を早く切り替えろ! 数が多い!」


 真の言葉にテテが周囲を見回してみると、いつの間にかモンスターの群れに囲まれていた。

 人間と同じ大きさのハエ、それよりも一回り大きなカエル。更に周囲を囲うようにして明滅している青く燃える炎のようなモンスター、エレメントと呼ばれる奴らである。

 テテが立ち上がって杖を構え、魔法の詠唱を開始しようと顔を上げた時、自分達を取り囲む敵の多さに思わず目を見開く。

 二人を取り囲んでいたモンスターの数は総勢二十を少し超えたところだろう。メサルティムと互角の戦いを繰り広げ、ハマルを偶然とはいえ倒し、ラサラグェの暴走を食い止めた真ではあるが、基本的に戦闘能力と言うのはそんなに高くない。

 ゆえに大量の敵に囲まれた場合、取りえる手段は一つである。つまり、


「この数は――さすがに無理だな……よし! 逃げるぞ!」


 逃げることである。


「え? え! 逃げるんですか?」


 恐らくテテは真が時間を稼ぎ、その間にテテが詠唱を完了させて倒すことを予想していたのだろう。

 その予想に反して真が自分の横を全速力で通り過ぎ、一目散に逃げてしまったことに拍子抜けするテテである。


「に、兄さん! 見損ないました! 敵を前にして逃げるなんて、男らしくないです!」


 全力で敵から逃げながらテテが真を詰る。


「バカ野郎! あんな数相手にしてられるか! それに多分だが、あいつらはこの酒の匂いにつられてきてるんだ。離れたら追ってこなくなるんじゃないか、って言う俺の希望もあるんだよ!」


 同じように走りながら真が答える。


「で、でも追ってきますよ! あのビッグフライなんかもうあと少しで追いつかれますよ!」


 テテが不快な羽音を鳴らせながら後方から迫りくる、ビッグフライに追いつかれそうだと後ろを振り返らずに訴える。


「どのくらい来てる?」


「見たくないです!」


 真が今どのくらいの数が迫ってきているのかを確認するが、テテがその疑問を一喝する。


「多いか?」


「知りません!」


 テテに再び質問してみるが、やはり帰ってくる答えは同じであった。


「(少しぐらい俺の質問に答える努力が欲しいんだけどな――しかし、たぶん)」


 テテの答えを聞きながら、真は自分の耳に神経を集中していた。音でどのくらいの敵が迫っているかを確認する為である。


「(思ったよりも多いけど、このぐらいなら大丈夫かな)テテ! 魔法詠唱の準備だ!」


 そう叫ぶと走っていた足を止め、振り返りざまに装備していた鞭を横一閃に凪ぐ。真の鞭はすぐ背後に迫っていたビッグフライの腹を抉り、その勢いのまま羽をもぎ取る。

 特にどこを狙ったわけでもない真の攻撃だったが、的が大きいだけに外すことは無い。二人に肉薄していた敵は二体、その後方二十メートルあたりにモンスタートード、その更に後ろにエレメントの大群が見える。


「魔法ですか?」


「後ろから迫ってくるエレメントたちに向けてだ! 俺はモンスタートードの相手をする!」


 ――先ほどの鞭攻撃で面倒なビッグフライは片づけた。残りはモンスタートードとエレメントだけだ。モンスタートードは物理攻撃が通じにくいんだが、まぁ動きが緩慢だから何とかなるだろう。


「問題は……奴らだよな。魔法しか効かないって言うのが厄介だ……でも」


 そう呟くと真は手に持っていた酒瓶をテテに渡し、視線の先にいるエレメントたちを睨む。


 ――エレメントは文字通り「素材」であり、ファンタジーの世界では「魔力」そのものだ。物理攻撃が殆ど無効化されるだけでなく、間違って同属性魔法、または協力関係にある魔法で攻撃するとその魔法自体を吸収し、より強力なモンスターへと進化させてしまう。以前に行ったクエストでは、テテが放った魔法を吸収して危うく「素材(エレメント)」から「精霊(スピリット)」にまで昇華し、パーティを全滅寸前にまで追い込んだ。それだけは避けないとマズイ。


「最近は成功率が高くなってるから大丈夫だ――と思いたいけどな」


 一瞬だけテテに視線を送り、聞こえない様に小さく呟いた真だが、


「兄さんそれって失礼じゃないですか? 良いですよ! やってやりますよ! 見事成功させてやりますよ!」


 どうやらテテにはバッチリ聞こえていたようだ。

 真の呟きを嫌味と受け取ったテテは、自分の魔法を成功させてみせると豪語する。


「あれ? 聞こえちゃった? えと……それじゃ期待してないけど、頑張れ!」


 親指を立てて失礼極まりない言葉をテテに言うと、眼前に迫ってくるモンスタートードに視線を移しながら思案する。


 実際のところモンスタートードさえ倒せれば、最悪逃げれば問題ない。エレメント達はそんなに素早くないから、全力で逃げれば良い、と考えていた真の耳を引っ張り、テテが大声で叫ぶ。


「だから、失礼ですよ! 良いですよ、後悔させてやりますからね!」


「はいはい。それじゃ奴らの相手は任せたよー」


 全く気合が入らない声でそう言うと、真は眼前に迫りくるモンスタートードを睨みつけ、鞭から短剣に獲物を持ち替える。


「リュートから教わった短剣術、食らいやがれ!」


 今までのクエストの中で、リュートから幾度となく短剣の使い方を教わってきた真である。

 熟練度はリュートに遠く及ばないが、それでもこの周囲のモンスターを相手にしても問題ない程度である。

 真がモンスタートードに一瞬で肉薄し、左手に握る剣で右下から左上に切り上げ、攻撃が当たった瞬間に右手で握っている剣で、今度は上から切りつける。

 慣性の法則に従ってコマの様に一回転し、斜め上から二本同時に切りつける。着地と同時に跳躍し、今度は右、左と交互に切り上げ、再び重力に従って二本同時に斬落とす。最後に一拍溜めを作ってから二本同時に突き出して突進する。


「これぞリュート流短剣術改、流星閃光爆撃波(スターライトブレイカー)! なんつってな」


 最後は舌を出しながらおどけて見せる。

 本来なら足場のしっかりした場所でないとその威力は発揮されないのだが、それでもリュート直伝の短剣術は確かなものだったようで、モンスタートードの命の灯を吹き消したようである。


「さて、と。テテの方はどうかな?」


 真がテテの方に振り返ると、今まさに魔法の詠唱を完了させ、発動する寸前であった。


「穿て! 永久凍土魔法(ニブルヘイム)


「(いや、あれは水属性の魔法じゃないよな、完全に。どう考えても)風属性の魔法――って、ヤバくないか?」


 真が危機感を抱いた理由は、迫ってきているエレメント達は火属性だ。火の属性を持つ敵に風の魔法を使えばどうなるか、文字通り火を見るよりも明らかである。


「あ、兄さん。これ、まずいですよね?」


 マズイ、なんてものではない。火を起こすには風が必要であり、風が激しく起これば、それに比例して火も激しく燃え上がる。つまり、


「(これはマズイ。逃げたほうが良いな!)テテ! 逃げるぞ!」


 判断は一瞬であった。テテの方向に全力で走り、腕を引いてその場を離れようとする、がしかし、


「まだ、まだですよ。今ここで逃げたら、兄さんがアタシに言ったことが本当になってしまうじゃないですか!」


「そんなこと言ってる場合か! プライドよりも命の方が大事だろ! ほら行くぞ!」


「兄さん! アタシの事が信用できないんですか?」


「そう言う問題じゃない! ほら、逃げるぞ!」


 戦闘を続行するため、その場に踏み留まろうとするテテだったが、真が腕を強引に引いてその場から逃げだす。

 テテの強大な魔力を吸収したエレメント達は、精霊(スピリット)を超越し、元素(オリジン)クラスになりつつある。

 こんな状態の敵を相手に出来るほど真の優先度が高いはずもなく、全速力でその場から逃げる。


「ちょ、ちょっと。もう少しスピード抑えてください」


 走りながらテテが真に苦言を呈す。砂に足を取られるが、真は走る速度を一向に提げる気配はない。なぜなら、


「無茶言うな! あいつら移動速度は遅いけど、遠距離からの攻撃がバンバン飛んできてるんだよ!」


 エレメント達の攻撃が、先ほどから真の頬を掠め、服を焦がし、稀にクリーンヒットしている最中だからだ。


「と、とりあえず少し止まってください。アタシの体力が持ちません。それに!」


 テテが真の袖を引っ張り、強引に足を止めさせる。

 それと同時に真を掠めたオリジン達の攻撃が、目の前の砂を深く抉る。


「(大体二○○メートルぐらいか。少しは大丈夫だろう。攻撃には注意しないとマズイけどな)それに――なんだ?」


 真が追ってくるオリジン達との距離を目測し、多少は凌げると考えてからテテに視線を移して問いかける。


「さっき兄さんが言ってたじゃないですか! そのお酒の匂いにおびき寄せられてるって」


「それって、もしかしてだけど、この酒を持ってる限り」


 テテの言葉を聞き、真の脳裏に嫌な予感が過る。


「あいつら追って来ます。目的地についても多分来ますよ」


 恐らくテテのいう事は間違っていないだろう。このまま二人がクエスト達成を優先し、この砂漠にあるバーに持って行っても、奴らは店の中にまで入ってくる可能性は否定できない。


「ここで迎え撃つしか方法は無い――か。そしたら、テテはこの酒を持ってあのバーに急いでくれ! 俺はここで時間を稼ぐ」


 真が酒瓶を差し出しながら指差した先に、目的地であるバーが見える。


「はぁ――でもどうやるんですか? 兄さんは魔法って使えないですよね?」


 酒瓶を受け取りながら心配そうな視線を真に向けるテテ。何か撃退する方法でもあるのだろうか、とその瞳には僅かな希望が光っている。


「ん、まぁなんとかなるだろ」


 どうやら全く、何も考えていなかったようである。そのことに冷たい視線をテテが送る。


「そんな目するなよ! 何とかなるってば! だから、とりあえずテテはこの酒をあのバーに運んでくれ!」


「――そしたら約束してください」


「約束?」


 テテの約束と言う言葉に眉根を寄せ、首を傾げて聞き返す。何か重大な約束事でもするのだろうかと真は身構えていたのだが、


「絶対に無事にアタシと再会すること! それ、守れますか?」


 どうやらテテは本当に真の事を心配していたようだ。若干の涙を浮かべ、そう訴えるテテの肩を真が軽く叩くと、真がゆっくりと口を開く。


「無事……かどうかは分からんが――まぁ、とりあえず分かった。行け!」


 本当に策が無いのだろう、真が渇いた笑みを漏らしてテテに告げる。

 真の意を汲んだのか、テテは酒瓶を受け取り目的地であるバーに向かって走り出していった。


「さて、どうも俺のパーティメンバーは勘違いしているみたいだな」


 そう呟くと真は迫りくる元素(オリジン)目掛けて右の掌を開き、左手を添える。

 真が呟いた「勘違い」は、今の今まで真がそれを使ってこなかったからであり、パーティメンバーがそれに気づかなかったのも無理はないかも知れない。


「蒼き水の波紋、我が足元に広がれ、其れよ、針と成せ」


 真の口から紡がれる詠唱文句は間違いなく魔法の詠唱であり、その詠唱に従い真の周囲に魔法円が描かれ始める。

 しかし今まで魔法が使えたのに使ってこなかったのには理由がある。それは、


「(疲れるからめんどいんだよなぁ)」


 ただ単純に面倒くさいだけであった。


 掲げられた掌に魔力が集まり徐々に収縮し、一点にまで絞られた瞬間、


凍結魔法(フリーズ)!」


 真の掌から凍気が輝きながら放たれる。


「初級魔法だけど、オリジン達には十分通用するはず。これでエレメントに戻せば、時間はかかるけど討伐は可能になる……って」


 オリジンに魔法を仕掛けていた真の視界に、ふと映り込む別の魔法。それも真の初級魔法とは桁が違う。


「あれは……永久凍土魔法(ニブルヘイム)!」


 既に何度か目にした最上級の水属性魔法。その魔法を正面から食らい、オリジン達はエレメントを通り越し、無害な思念(シンク)になり、消滅した。

 自分の目の前で一体何が起きたのか分からず唖然とする真だが、今現在この場において永久凍土魔法を使えるのは独りしかいない事に気が付き、後ろを振り返る。


「テテ……」


 やはりと言うべきか、今日の真の相棒であるテテが、杖を向けているのが見える。

 どうやら今回は狙った魔法の発動に成功させたようであるが、どこか違和感があることに真は気付く。


「テテ? お前……どうした?」


 真の違和感は異変に変わり、やがて怒りへと変化してゆく。


「お前、何した?」


 怒り一〇〇%の声で真がテテに問いかける。

 なぜなら、


「へ? あ、お兄らん! あたひは今日も元気いっぱいれふ」


 呂律の回らない口でそう答えるテテを見て真は確信した。

 否、既に前から兆候はあったのだ。赤く火照った顔、焦点のあわない視線、フラフラの足取りと、三拍子揃っていたのだ。

 そこに最後の決定打となるものが撃ち込まれたのだ。


「お前、飲んだな? 依頼品の酒を」


 真が念の為の確認をするが、その必要もないぐらいテテが酔っぱらっているのは明らかである。


「何で飲んだ?」


 テテに詰め寄って肩を掴み、ガクガクと前後に揺らしながら、何故クエストの品物に手を出したのかを問い詰める。


「ちょ、ちょっろ、やめてくらはい。そんなに揺らされゆと……」


 アルコールは適度な摂取量であれば快感や興奮をもたらすが、度を越した量を摂取するとエライ事になる。以前にハマルを討伐した後、真を襲ったものだ。


「おえええぇぇぇぇ!」


 どうやらテテも自分の摂取可能なアルコール量を把握していなかったようである。いや、アルコールを摂取した後に、脳を激しく前後に揺さぶられたら誰でもこうなるだろう。

 テテの口から吐しゃ物がキラキラと吐き出され、真の装備品を盛大に光らせた。


※ ※ ※ ※


「がっはっはっは! まぁ若いころはよくあることだ」


 薄暗い十畳ほどの木造建築の店に、豪快な笑い声が響く。砂漠に唯一存在するバー「月の通り道」の店主だ。


「笑い事じゃないですよ! 何でこいつに飲ませたんですか?」


 真が店主に苦言を呈しながら指さす先には、パーティメンバーであるアークメイジの姿がある。

 しかし真の視界に映るその姿は、大魔法使い(アークメイジ)に相応しい堂々とした態度ではなく、


「お兄らん、愛してるって言ってくらは~い」


 酔いつぶれて自制の利かなくなり、ソファに横たわって絶賛夢の世界に身をゆだねる少女の姿であった。

 

「いや、一口だけと言っていたからな。ちゃんと料金も貰ってるしな」


 どうやらこの店主には、モラルというものは無いらしい。これは言っても無駄だと諦めたのか、短く嘆息してから真が口を開く。


「(問題はテテが酔っぱらうとこうなってしまうという事だ。俺も知らなかったけどな。しかし、酔った方が魔法の確率が上がるって……酔拳かよ)そうですか――えっと、それじゃすいませんが、報酬の方を」


 申し訳なさそうに言っているが、その表情は喜々としている真である。


「そうだったな」


 そう言うと店主はバーカウンターの奥から小さめの紙を千切り、そこに何かを書き込んで真に渡す。


「(もしかして小切手みたいなやつかな?)――あのこれ、『請求書』って書いてあるんですけど」


 しかし、その紙に書かれていた文字は、報酬額ではなく請求額であった。確か先ほど店主は「料金は貰っている」と言っていたはずだ。

 何かを間違えているのだろうと思い、真が店主に笑顔で尋ねてみると、店主は今日一番の爽やかな笑顔で答えた。


「間違ってないぞ。この酒は一杯十万ルーク、報酬は四万ルークだから差し引き六万ルークの請求だが――」


 店主の言葉にひきつった笑顔のまま撃沈する真と、未だ夢の世界から帰ってこないテテであった。

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