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帰属【特定の組織に所属し従うこと】1

 翌朝のこと。


「レッドー! おはようー、もう朝だよー、起ーきーてー」

 エマの声でレッドの意識は揺り動かされる。

「ん……ぐ……あと……5……いや、30分」

「もー、そんなこと言ったって待たないからー。というかニワトリになっちゃったのに、まだ寝坊助さんなんだね」

「俺は……俺だから……な……ぐぅ……すぅ」

 レッドはそう言ってベッドのシーツに潜り込む。ニワトリの姿にも関わらず人間臭い仕草をするので、それはとてもコミカルな光景だった。


「あっ、ちょっとー。朝ご飯できてるんだから起きてくれないと困るんですけどー。あっ、そうだ! えいっ!」

 エマはベッドのシーツをまくり上げると、ニワトリのレッドを両手で包み込むようにして抱きかかえた。

「なっ……おい、なにしてくれてんだお前!」

 さすがにレッドも驚きのあまり完全に目を覚まして、ジタバタとうごめく。

「わ、わわっ、暴れないでよ、落としちゃうじゃない。大人しくしててよね」

 エマはさらにギュッとレッドを抱き寄せる。レッドが抵抗しても無駄なようだ。

「くそっ……不覚だ」

 レッドは諦めて、エマのしたいように身を任せるしかなかった。


「……まるで赤ん坊ですね」

 すでに朝食の席についていたホワイトが、レッドに容赦の無い言葉を贈る。

「う、うるせぇやい」

 エマに抱きかかえられたまま食堂に到着したレッドは、そのまま幼児用の椅子に座らされていた。


 食卓には焼きたてのパンケーキが並んでいて湯気を立てていた。少し溶けたバターと、ハチミツがトロリとかかっている。


「さてとレッドも起こしたし、これでみんなそろったね。それじゃあ、いただきます」

「おう、いただきます」

「いただきます」

 エマの声に続いて双子達も朝食をとりはじめた。

 レッドは昨晩と同じく器用にナイフとフォークを操ってパンケーキを切り分けて食べていく。

 ホワイトの皿には、まるでタワーのようにパンケーキが積まれており、それを黙々とたいらげていく。


「昨日は色々話してくれて、ありがとうね」

 食事をしながらエマはそう言った。

「あぁ。思っていたほど話は進まなかったけどな」

「まさかソダンの森であんなことが起きてたなんて、知らなかったよ」

「くくくっ、話をしている時のお前の反応も中々面白かったぜ」

「そりゃそうだよ! あんなのビックリしちゃうよ」

 レッドが絶体絶命の状態にあった場面では、エマは両手で口元を覆って、悲壮な表情を浮かべていた。それほどレッドの話に聞き入っていたのだ。


「そういえば、レッドは変身魔法が使えるんだよね? それなら、今の姿から人間の姿に変身することはできないの?」

 エマは素朴な疑問をぶつける。


「結論を言えば兄さんは現在変身魔法を使うことができません」

 あっという間に食事を終えていたホワイトがエマの質問に答える。

「兄さんは呪いによって自分の魔力を制御することができなくなっています。現在ニワトリの姿になっているのも、兄さん自身の変身魔法が暴走している結果なのです」

「そうなんだ……やっぱり簡単にはいかないんだね」

 エマは残念そうに顔を伏せる。


「なぁに、こうなっちまったものは仕方ないさ。生きているだけ儲けもんだ」

 レッドは努めて明るく振る舞った。

「うん……そうだよね! 前向きに考えないといかないと。それじゃあ、朝ご飯を食べたらお父さんに会いに行こうよ。昨日も言ったけどきっとレッドの力になってくれるよ」

 エマのその言葉に、レッドはニワトリながら苦い表情を浮かべる。


「それなんだがな……やっぱり俺、今の姿では外を出歩かないほうがいいと思うんだ」

「え? どうして?」

「普通に考えれば、喋るニワトリなんて気味が悪いだろう。村長や村の皆にはおまえから話をしておいてくれないか。『魔法使いのレッドは呪いを掛けられて、人間の姿ではなくなってしまった』ってな」

 レッドは自嘲気味にそう言った。今の姿を村の人々に見られて拒絶されることが怖かったのだ。

「できれば今の姿を誰にも見せずに、この屋敷でひっそりと余生を過ごしたいんだ」

 それが今のレッドの願いだった。

 それを知ったエマは言葉を返すことができない。

 しかし、ホワイトの考えは違った。


「いえ、兄さんはちゃんと村の人々に今の自分の姿をちゃんと見せるべきです。下手に隠してしまえば、それはやがて悪い噂となってしまうことでしょう。そうしないためにも、今の兄さんはただの喋る無害なニワトリであり、この村に住んでいたレッドという"人間"だということを、周囲に理解してもらう必要があるのです」

 子供に言い含めるようにホワイトはレッドに語りかける。


「軽く言ってくれるぜ、まったく……それも一理あるがな、下手したら化物扱いされて村から追い出されちまうぜ」

「もしそうなれば、レッドは師匠の居る魔法ギルドに身を寄せるしかありませんね」

「師匠に実験動物扱いされる未来が目に見えてるな……」

 レッドは死んだ目をして小さく肩を落とす。

「……大丈夫だよ」

 押し黙っていたエマがそうつぶやく。双子はお互いに顔を見合わせてエマのほうを見る。


「姿が変わったからって、レッドを村から追い出す人なんて居ないよ。だって、レッドは昔から村のために魔物を追い払ったり、病気を治す薬とか作ってくれたりしてたじゃない。皆レッドに感謝してるよ。だから……だからあたし達の村を信じて……」


 瞳に涙をためながらエマはそう訴えた。


「そうだな……悪かったよエマ。俺だってこの村の一員として過ごしてきたんだ。村のことをもっと信じるべきだったな。すまない」

「ううん。レッドが不安になるのもわかるよ。もし変なことになったら村長の娘の権限を使ってレッドを守るよ!!」

 エマは溢れそうになった涙をぬぐうと、グッと力を込めて本気でそう言った。


「怖ぇこと言うなよおい。いつから独裁者になったんだおまえ。気持ちはありがたいが、これは俺の問題だ」

「エマの言うとおり兄さんの日頃の行いが良ければ、きっと村の人も今の兄さんを受け入れてくれますよ」

「さて、どうだろうな。自分では好き勝手やってた思い出しかないが……まぁ、これ以上グダグダ言っても仕方ないな。いい加減覚悟を決めるか」

 レッドは最後の一切れのパンケーキを食べ終える。


「村長に、村の人に会いに行こう。そして今の俺を知ってもらうんだ」


 食事を終えた3人はさっそく屋敷から外に出て村長の村に向かった。早朝のすがすがしい空気と、抜けるような青空が広がる良い天気だ。

 2人の少女に続いて1羽のニワトリがテクテクと田舎道を歩いて行く。すると、畑仕事に向かう老夫婦の村人に出会った。


「おはようございます。カカルさん、ナナミさん」

「おはようエマちゃん。おぉ、ホワイトちゃん帰ってきてたのかい。久しぶりだねぇ」

 エマが挨拶すると、赤ら顔の老人カカルがにこやかに挨拶を返した。腰の曲がった老婦人のナナミはくしゃりと微笑む。現役で畑仕事にいそしむ村人の中では最高齢の夫婦だが、2人とも年齢を感じさせない働き者だった。


「お久しぶりです」

 ホワイトが頭を下げて礼をする。その背後から、おずおずとレッドが顔を出す。

「おや、このニワトリは村長さんところの子かい?」

「……ちげーよ酒飲みカルじぃ。俺だ、レッドだよ」

 ニワトリが口を開く。


 それを聞いた老夫婦は目を丸くすると、腰を落としてニワトリのレッドと視線の高さを合わせる。

「おやおや、これはおったまげた。本当にレッド君なのかい」

 老人カカルがまじまじとニワトリのレッドを見ながらそう問いかける。

「えぇ。このニワトリは間違いなく兄のレッドです。私が保証します」

「あぁ、そうだぜ。旅をしている時に……色々あって昨日帰ってきたんだ。こんな姿で気味が悪いとは思うが……またこの村で生活させてくれると……うれしい」

 レッドは言葉を選びながら、自分の思いを告げた。

 化物だと罵られるのではないか。恐れられるのではないか。そんなネガティブな考えがレッドの脳裏をよぎる。しかし……。


「この村はレッド君とホワイトちゃんの故郷なんだ。帰ってくるのに理由なんていらないよ。どんなことがあってもどんな姿であってもね」

 カカルはレッドの姿を見ても怖じ気づくどころか、ねぎらいの言葉をかけてきた。ナナミも同意するようにしっかりと大きく頷いた。


「ありがとう……カルじぃ、ナミばぁ」

「なぁに、レッド君にはいろいろと助けられておるからのぅ。特に二日酔いに効く薬にはお世話になっているよ。カハハハハ」

 大きく口を開けて老人は快活に笑う。隣の老婦人はあきれたように肩をすくめるが、その顔は微笑んでいた。

「酒の飲み過ぎは体に良くねぇぞ、カルじぃ。……さて、これから村長や村の皆にも顔を見せてくるわ。畑仕事、無理せず頑張ってくれよ」

「そうかい。レッド君も頑張るんじゃぞ。わしらも応援しとるからな。」

 手を振りながら、老夫婦は畑仕事へと向かっていった。


 その後も村中を歩き回り村人達との顔合わせを続けたが、ほとんどの者がニワトリになってしまったレッドを受け入れてくれた。

 レッドを村の住人として尊重し、どんな姿であれ村に帰ってきた事を喜んでくれたのだった。


「良かったですね。兄さん。そもそもがおおらかな気風の村ではありますが、過去に師匠が住んでいたこともあって、魔法使いが関わる不可思議な現象にもあまり抵抗がないようです。」

「ほら、あたしが言ったとおりでしょ。きっとレッドの事を理解してくれるって」

 エマが自身の村を誇るように胸を張ってそう言った。


「師匠や魔法の事をよく知っている大人は、俺の姿にもあまり抵抗はないみたいだな。……ガキ共はビビってるみたいだが」

 レッドが顔を向けると、少し離れた木陰からのぞき込んでいた小さな人影が、慌てて引っ込んだ。それはこの村に住む年少の子供達だ。

 比較的年が近いレッドとホワイトが彼らの面倒を見ることがあったので、それなりの交流があった。特にレッドに対して子供達はワンパクぶりを発揮して、遠慮無くじゃれついてくることがよくあった。

 しかし、今は遠くから恐る恐る見ているばかりだ。突然姿が変わってしまったレッドに対して心の整理がついていないのだろう。


「大丈夫だよ。あの子達だっていつかレッドの事を受け入れてくれるよ」

「無駄に元気なガキ共の面倒を見なくて済むのなら、今のままでもいいけどな。」

 エマの励ましの言葉にレッドは軽く答えるが、どこか少し寂しげな風にも見て取れた。


 こうしてニワトリになってしまったレッドは、改めてカンポカ村の住人として受け入れられることになった。

 呪われた双子の魔法使いの新生活はこうして始まったのだった。


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