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帰投【兵隊などが拠点とする場所に帰りつくこと】4

 再びの幕間。レッドが決して語ることのない悪夢の物語。


 燃えている。家も、家族も、すべて燃えている。

 匂いがする。木の、死体の、焦げる匂いがする。

 泣いている。俺が、少女が、戦慄き鳴いている

 殴りつける。顔を、身体を、化物が殴り続ける。


 業火に包まれながら、少女を殴りつけるその化物は、……だった。



 レッドは目を覚ました。仰向けに寝ていたレッドの目には、暗闇に浮かぶ生い茂る木々と、その隙間からわずかに見える星空が映っていた。レッドはしばらくそれをぼんやりと眺めていた。

「目が覚めましたか。レッド」

 ホワイトの声がして、レッドがその方向に顔を動かす。少し離れた場所に魔法が生み出す青白い炎があり、その近くに座るホワイトの姿があった。いつもの黒いローブではなく、黒い魔導着姿だった。

「あぁ……起きていたのか俺。こっちも夢かと思ったぜ」

 レッドはこめかみの辺りをさすりながら上半身を起こした。


「どんな夢を見ていたのですか?」

「……ん? これはお前のローブか?」

 レッドは自身の体を包んでいた黒いローブ見てそう言った。夢の話をはぐらかす意味もあった。


「えぇ。起きたのなら返していただけるとありがたいのですが」

「わかってるよ。って、その前に服を着ないと……あれ?」

 レッドが自身の体を調べて首をひねる。

「着替えならレッドが気絶している間に私が着せましたよ。裸のまま放置するわけにもいけませんし」

「……マジかよ。こんな年になって妹に裸見られるとか……最悪だ」

 レッドは軽く頭を抱えると、ホワイトのローブを返した。たしかにレッドが今着ている服は、村から出る時に着ていた服とは異なっていた。


「自分の体より大きなモノに変身すると、衣服がダメになってしまうのは変身魔法の欠点の1つですね」

「あぁ……本当に使い勝手の悪い魔法だよ。こんな魔法しか使えない自分が嫌になるぜ」

 レッドは卑下するようにそうぼやく。


 魔法は本来、自身の内に眠る魔力を外部に放出し、それによって様々な効果を発揮させる力である。

 しかし、レッドはその魔力の放出が昔から極端に苦手だった。そんなレッドが唯一不自由なく扱える魔法、自分の体を魔力によって内部から変質させる魔法、それが変身魔法なのだ。


「しかし、あなたほど自在に変身魔法を使いこなす魔法使いはいません」

「そうでもないさ。実際、今回は理性を失いかけた。人も……大勢殺してしまった」


 レッドはそう言って自分の両手を見る。今は普通の人間の手だが、異形に変身した際はまさに凶器と化していたのだ。


「戦わない私を守るために、レッドが代わりに戦った。そうしなければ、レッドと私は死んでいた。それだけのことです。それに……人を殺すのは初めてではないでしょう?」

 ホワイトは淡々とそう告げる。それを受けたレッドは大きく息を吐いた。


「そう……だな。ところでホワイト、この後もお前は戦わないつもりか?」

「えぇ。私の依頼を完遂するまで、レッドには働いてもらいます」

「あぁ、わかったよ。お前が嫌だと言っても絶対に守ってやる。……しかし、本当に嫌なやつだよ。お前は」

「当然です。あなたの妹ですから」


 双子の視線が重なり合う。そこにはこの双子同士にしか理解し合えない、何かがあった。


「そろそろ私は睡眠をとります。見張りを交代しましょう。」

「了解。さて、腹も減ったしエマから貰ったサンドイッチでも食うか」

 レッドは起き上がり、自分の荷物をあさる。しかし、しまっておいたはずのサンドイッチが見つからない。

「あれ? おかしいな。たしか俺の荷物に入れといたはずなのに……」

「エマのサンドイッチなら私が全部食べましたよ」

 ローブをまとって、寝支度を調えていたホワイトがこともなげにそう言った。


「は? ……え? う、嘘だろ。2人前は軽くあったはずだぞ」

「レッドはいつ目覚めるのかわからない状態でした。なのでサンドイッチの味が落ちない内に早めに私が全部食べておきました。それだけのことです」

「……うっかり俺の分を残すのを忘れてたんじゃないんだろうな?」

 レッドのその質問にホワイトは答えない。体を横たえて完全に寝る体勢にはいっていた。


「食いしん坊お化けめ……」

 レッドは旅に出る前に準備していた保存食の堅パンを荷物から取り出し、それをモソモソと食べるしかなかった。エマの手作りサンドイッチを逃した後では、その味はいつも以上に味気なく感じた。

 ソダンの森で過ごす夜はそうして更けていった。




 そしてその翌日。

「……びっくりするぐらい何も無かった」

 整備された石畳の道を歩きながら、レッドは気の抜けた表情でそう言った。

 ホワイトが目覚め、夜が明けてからレッドは慎重にソダンの森深部を進んだ。

 しかし、森は想像以上に静まりかえっており、結果的には1度も魔物と戦うことなく通過することができた。

 何度か魔物の気配を感じることはあった。しかし、レッド達が近づくとその気配のほうが先に逃げてしまうのだ。人類に憎悪を抱く魔物が逃走するのはとても珍しいことだ。


「まるで魔物のほうが俺たちにビビって近づいてこない感じだったな。俺がソダンの悪魔に化けて暴れたのが効いたのか、あるいは……」

 そう言ってレッドはいぶかしげにホワイトを見る。本気で戦うホワイトを見たら、魔物だって戦うことを避けるかもしれない。

「どうかしましたか?」

 ホワイトは何食わぬ顔で答える。


「……まぁ、何でもいいさ。楽に通る事ができたわけだしな」

 レッドの言うとおり、ソダンの森から出た後はひたすら歩くだけのことだった。ソダンの森では山賊に遭遇するアクシデントがあったが、王都の周辺は基本的には治安が良いのだ。

 森を抜けた先に広がる平原を歩いていくと、簡易な道路にたどりつき、それはやがて石畳の街道に変わっていった。王都に近づくにつれて、ポツポツと見えていた集落がしだいに増えていく。道を行き交う人々とすれ違うことも多くなってくる。

 やがて王都の町並みが彼らの目の前に現れる。城壁に囲まれた白い王城を中心にして、大小様々な建物が円形に並んでいる。遠く空の彼方から見ると、巨大な魔方陣のように整然としていることだろう。


 双子達が王都の城下町に到着したのは、少し日が傾きかけてきたころだった。彼らが今居る繁華街は夕刻特有の賑わいを見せていた。

 労働を終えた男達は酒場で酒を飲み交わし、買い物をする女達は露店を見て回り品定めをしている。

 この日最期のかき入れ時を逃さぬように店主は声を張り上げて客を呼び込み、武器屋の店先に並ぶ立派な剣を少年はあこがれの瞳で眺めていた。


「なぁ、いい加減依頼は完了でいいだろう? 残りの金を払えよ」

 レッドが依頼の終了を宣言してホワイトに報酬を要求する。

「いいえ、私の目的地に着くまで報酬は支払いません」

 ホワイトは素っ気なく対応して歩き続ける。王都の入り口に到着したときからレッドは何度も報酬を要求しているのだが、ホワイトはずっとこの調子だった。


「さっきからそればっかりじゃねーか。いい加減金を払えって!」

 レッドはそう言って先を歩くホワイトの肩を後ろからつかんで振り向かせる。元々目つきが悪く髪も赤く逆立っているせいか、レッドのもつ威圧感は強い。端から見ると黒ずくめの少女に因縁をつけるチンピラのように見える。

 人通りの多い場所ではあるが、口論する双子を避けるように人々は通り過ぎていく。トラブルに関わりたくないのだろう。


「レッドはさっきから何を慌てているのですか? そわそわとしていて落ち着きがないようですが」

「……ちっ、何でもねーよ。いいから金、早く!」

 そう答えるレッドだが、やはりどことなく焦っている様子だった。

 王都に到着してからずっと、レッドは嫌な予感と気配を感じていた。それはある意味ソダンの森で感じたあの邪悪な気配以上に最悪だった。

 報酬の支払いを先延ばしにするホワイトについて行くにつれて、その感覚はより強くなっていく。魔法使いと呼ばれる人々はこういった第六感が強く働くことがよくあるのだ。

 その上、たちが悪いことにレッドは今感じている気配の正体に心当たりがあった。それはレッドとホワイトのよく知る人物のものだ。


「どうしたんですかレッド。酷く汗をかいていて顔色も悪いようですが」

「うるせぇ! さっさと金をよこせ!!」

 レッドがそう言ってホワイトの胸ぐらをつかむ。奇妙なプレッシャーを感じてレッドは冷静さを完全に失っているようだ。


 その時である。


「その人から手を離せ! この悪党!!」

 鋭い声が飛んできて、レッドとホワイトの間に割って入る人物が居た。

 それは少し前まで武器屋の刀剣に目を輝かせていた少年だった。今、その少年は瞳を正義の炎で燃え上がらせ、腰に差していた木剣をレッドに突きつけるように構えていた


「あ、悪党だって? 俺が? あっ……」

 乱入した少年、そして遠巻きに囲む人々の冷たい視線で、ようやくレッドは自分の置かれている状況に気がついた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、これは誤解で……」

「言い訳するなんて男らしくないぞ! ずっと見ていたんだからな! こんな女の子からお金を取ろうとするなんて最悪だ! 僕が退治してやる!!」

 少年は問答無用で木剣を勢いよく振り上げ、レッドに一太刀あびせるために踏み込んできた。


「なっ、やめ……」

 突然の出来事にレッドは思わず防衛本能を働かせる。ソダンの森で研ぎ澄まされていた戦闘感覚が急に蘇り、自然に体が動いてしまったのだ。

 その結果、レッドは少年の攻撃を寸前で避けることに成功し、さらに右手で持っていた杖がカウンターのように少年の腹部に命中していた。


「つっ……うぅう……っ!」

 思いもしない痛みに息を詰まらせて少年は腹を押さえてうずくまる。

「あっ、悪ぃ。大丈夫か?」

 レッドが心配そうに問いかける。とっさの出来事だったのでそれほど力は入っていなかったが、突進するように向かってくる少年の勢いもあって、意外なほど強烈な一撃になってしまったようだ。

 少年は涙目になりながらも、必死にレッドをにらみ返していた。


「レッド、ここを離れましょう。いつ衛兵が来てもおかしくありません」

 ホワイトがレッドの肩を叩いて注意を促す。ホワイトの言うとおり、いざこざを取り囲んでいた人々の声が騒がしくなってきている。

「わ、わかった……。おいお前、打った腹の調子が悪かったコレを使ってくれ」

 レッドは手荷物から瓶に入った秘薬を取り出して、うずくまる少年の近くに置いた。そしてホワイトを先頭に人垣を掻き分けてその場を後にした。


「あの秘薬は貴重なモノなのではないですかレッド?」

 急ぎ足で進みながらホワイトはレッドに問いかける

「あぁ、俺の持ち物で1番の薬だよ。念のため持ってきたが、こんなことになるなんてな……」

 レッドはそう言ってため息をつく。

「しかし見知らぬ他人、しかも悪党と呼んだ相手の差し出した薬を、あの人が飲みますかね?」

「……まぁ、そうだよなぁ。重傷じゃなければいいが」

「立ち去る前に遅効性の回復魔法をあの人にかけておいたので、その心配はありません」

「いつの間にそんなことを……。しかし、なんでわざわざ遅効性に?」

「回復した途端にまたレッドに立ち向かっていっては面倒ですからね」

「冷たいんだか優しいんだかわからねぇな、お前」

「それをあなたが言うんですか」

「どうことだ?」

「そういうことです。さて、目的地はもうすぐです」


 話している間に、いつの間にか2人はある施設の前に到着していた。

 それは宮殿にも似た豪華な施設で、『魔法ギルド』と呼ばれている場所だった。


「……やっぱりおまえの目的地はここか。金はいらない。俺、帰る」

 何かを察していち早く逃げようとするレッド。

 しかし、その背後にはいつの間にかある人物が立っていた。そして氷のように冷たい吐息と声がレッドの背筋に吹き付けられる。

「わざわざここまで来たんだ。一緒にお茶でも飲もうじゃあないか。ねぇ、我が愛する馬鹿弟子、レッド君」


 レッドは背中に氷のつららを突き立てられたような寒気を覚えながら、ゆっくりと振り返った。

 そして同時にホワイトはこう言った。

「師匠、ただいま戻りました。師匠の依頼通り兄を、レッドを連れてきました」


 その後レッドは師匠による盛大な無茶振りをふっかけられるのだが、それはまた次回のお話。


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