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帰投【兵隊などが拠点とする場所に帰りつくこと】3

「こんな人通りのないソダンの森で追いはぎか? そんなんで稼ぎになるのかよ。つーか山賊なら山に行け、山に」

 レッドは姿を現した山賊にも臆さず、挑発の言葉を重ねる。

「ほぅ、それなりに腕も立つし度胸もある。その変な髪型も伊達じゃないようだなぁ」

「あ? 喧嘩売ってんのかテメェ」

 にらみをきかせながら、レッドは山賊頭のバラックににじり寄る。すると周囲の草むらから刃物を抜く音、弓を絞る音が聞こえた。


「よせよせ、お前ら」

 バラックが手を上げて周りに潜む部下を制したが、一触即発の空気は収まらない。

「いいねぇ、気に入った。お前、俺たちの仲間になれ。そうしたら全てチャラにしてやるよ」

「……は? 何を言ってるんだ」

 突然の提案に、レッドは驚きを隠せない。


「俺たちは元々、ここから南のウラギス峠で山賊シゴトをしていたんだがよぉ、軍の奴らに目をつけられたんで、しばらくこの森で身を隠す事にしたのさ。しかし、俺たちをこんなところに追いやった、軍の奴らと役人共には必ず復讐してやる。そのための戦力が、新しい仲間が俺たちには必要なんだ」

 妙に芝居がかった大仰な口調で、バラックは話を続ける。自分に酔っているような振る舞いで、クーデターを画策する革命家気取りのようだ。


「なるほどね。偉そうな態度の軍人は俺も嫌いだし、魅力的なお誘いだな。しかし、仲間を集めて軍に復讐を果たしたとして、その後はどうするんだ? 王国を滅ぼして次の王様にでもなるつもりかよ」

 レッドはニヤリと笑って軽口をたたく。

「それも悪くねぇな。そのためにも、まずは手始めにこの近くのカンポカ村、とか言う田舎村を襲って拠点にする。お前にも良い思いさせてやるからよぉ、悪くない提案だろう?」

 単なる山賊が王様になるなど冗談のような話だが、カンポカ村の襲撃はレッドにとって笑えない話だった。レッドの顔から皮肉めいた笑みが消える。


「断る」

「……なんだって? お前、今の状況がわかっているのか? 俺の提案を飲まないということは、ここで虫けらのように死ぬってことだぜ。そこの女もだ」

 大物のような余裕をたたえていたバラックの声色が変わった。自身は絶対的優位な立場にあり、この脅迫染みた勧誘が断られることなど想定していなかったのだろう。

「確かに俺だけなら『魔法』でも使わないと殺されちまうだろうな。しかし、ここに居るのはただの女じゃねぇ、俺の妹『完全なる魔法使い』だ!」

 レッドの背後に立つ黒ずくめの女、ホワイトに山賊達の視線が集まる。

「なぁ、ホワイト。こいつらは『俺たち』の敵だ。2人でこいつらやっつけちまおうぜ!!」

 レッドが杖を構える。バラックも慌てて刃を抜く。

 血なまぐさい戦闘が始まる。山賊達は誰もがそう思った。


 しかし、ホワイトは動かない。

 直立不動のままだ。


「お、おい、どうした、ホワイト?」

 レッドは動揺して戦闘の構えを解き、ホワイトに振り返る。ホワイトはレッドを見つめるだけで何も言わない。

「なんだ、なんだぁ。驚かせやがってよぉ!!」

 気を取り直したバラックが、レッドの隙を突いてその無防備な脇腹を全力で蹴りつける

「かはっ……!」

 レッドは不意の激痛に襲われて、体をくの字に折り曲げて倒れ込んだ。

「図に乗りやがって、このクソ野郎が!!」

 地面にうずくまるレッドに、追い打ちの蹴りが暴風のように襲いかかる。

「ぐぇ……つぁ!」

 激しく打ちのめされたレッドは体を丸めて痛みに耐えることしかできない。


「はぁ、はぁ……おい、お前、黒ずくめの女、そのうざってぇ帽子を取りやがれ!」

 鬱憤を晴らしたバラックの矛先が、今度はホワイトに向いた。

 しかし、バラックに恫喝されてもなお、ホワイトは微動だにしない。

「ちっ、なめてんのか、てめぇ!!」

 バラックはズカズカと近づくと、ホワイトの三角帽子を無遠慮につかんで、はぎ取るように投げ捨てた。

 長い銀髪がわずかに乱れて、ホワイトの素顔がさらされる。

「おいおいおいおい、なかなかの上物じゃねーか。ヒヒッ、野暮ったいローブを着てて気づかなかったが、そそる身体してるぜ」

 下卑た笑い声を上げてバラックがホワイトに手を伸ばす。しかし、ホワイトの表情はいつもと変わらない。綺麗な人形のように無表情だ。

 ホワイトはそもそも身に迫る山賊の姿すら見てすらいなかった。その視線はずっとレッドに注がれている。

 蹴りつけられた痛みに耐えてうずくまっていたレッドは、ようやくホワイトの視線の意味を知った。


 ”私の身を守るのはレッドの仕事です”


 こんな危機的状況下でもなお、ホワイトは戦うつもりが無いのだ。

 その時、レッドの中で長年ため込まれていた感情に火が点いた。


「ふっざけるんじゃねええええええええええ!! ホワイトォオオオおおおおおお!!!」


 レッドは怒りの咆哮をあげて立ち上がると、強引に杖を振るってバラックに叩きつける。

「ぐぎゃああ!!」

 レッドのがむしゃらな攻撃を肩に受けたバラックは、のけぞりながらその場から飛び退いた。

「お前は! いつも、いつも、いつもいつもいつも!! そうやって……っ!」

 レッドは鬼気迫る表情で怒号を浴びせる。その憎悪に燃える瞳はバラックではなく、双子の妹であるホワイトを捕らえていた。

「神様気取りの上から目線で俺を試すんじゃねえええ「畜生っ! あの野郎をヤっちまえ」」

 レッドの罵声に被せてバラックが指示を出すと、いくつもの矢が放たれた。

 外れた矢もあったが、そのほとんどはレッドの足や腹部、肩などに突き刺さった。

「うっ……あ……と……お」

 射られたレッドはくずおれて膝立ちになる。その瞳はうつろで、ぶつぶつと小さな声で、何かを唱えている。


「よし、射撃をやめろ。トドメは俺が刺してやる」

 バラックはそう言ってレッドの背後に近づくと、赤く染められた髪の毛をつかんで顔を上げさせた。そして首にナイフを当てると、容赦なく引き裂いた。

 一瞬、パッと赤が舞い、それからドロリ大量の血液があふれ出す。

 レッドの体は完全に力を失って倒れると、バタリと地面に横たわった。大地に血だまりが広がっていく。


「生意気なガキが。調子に乗るからそうなるんだ」

 バラックはツバを吐き捨てると、落ち葉でナイフについた血をぬぐった。気を取り直すように乾いた唇を舌で湿らせると、バラックは再びホワイトに近づく。

「おまえのアニキは人の言うことを聞かない馬鹿だから死んじまったなぁ。だが、おまえは賢ければまだ生きられるかもしれねぇぜ。俺たちを愉しませてくれればいいんだからよぉ」

 周囲に潜んでいた山賊達も姿を現し、ホワイトを取り囲むとニタニタと笑いながら卑しい視線を送りつける。

 バラックはホワイトの肩を抱くように手を伸ばし、顔をのぞき込もうとする。その顔にはどんな表情が浮かんでいるのだろうか? 目の前で兄を殺された驚愕と悲しみか。それとも絶望の表情だろうか。


 否。そこにあったのは人間味を感じさせない、冷ややかな笑みだった


「ようやく『魔法』を使いましたねレッド。……そうです、それがあなたです」

「うっ……なんだこいつ。気でも狂ったか?」

 底知れぬ薄気味悪さを感じて、バラックは足を震わせながら後ずさる。


 バキン


 何かがへし折れるような音がした。バラックは小枝でも踏んだのかと思い自身の足下を確認するがそこには何も無かった。


 ゴキン……ベキ!


 しかし、なおも不快な音は絶えず聞こえてくる。

「お、お頭ぁ、あ、ああ、アレ見てくだせぇ」

 手下の1人が震えながら何かを指差していた。バラックは脂汗がじんわりと浮かんできているのを感じながら、部下が示す先を目で追った。

 そこにあったのは、レッドの死体だ。しかし、その死体はボコリと波打つようにうごめき、自らの骨を砕くような音を発しながら、次第に膨張し始めていた。


「な、なにがどうなってやがる……っ!」

 唖然とする山賊達の目の前で、レッドの死体があっという間に姿形を変えていく。

 ソレは巨大な熊のように強靱な肉体、コウモリのような翼、どう猛な獅子の顔、ねじ曲がった山羊の角、そして邪悪な毒蛇の尻尾を持っていた。


「……ソダンの悪魔だ」

 山賊の誰かがぽつりと漏らすようにそう言った。金縛りにかかったかのように、山賊達は息をのみ、その場から動けずにいた。

 レッドの死体から突如現れた異形は、操り人形のようにぎこちなく歩み出す。1歩、2歩、3歩と前進し、バラックに近づいてくる。


「……っ! あ、あ、アレを、こ、殺すんだ! 殺せええええ!!」

 ようやく身の危険を感じたバラックが大声で指示を飛ばすと、手下達も我に返って各々武器を手に取る。


 まず、いくつもの矢が放たれた。しかし、異形の体は針金のように固い剛毛に覆われているせいか、その矢のほとんどが刺さることなく跳ね返されて地面に落ちた。かろうじて刺さった矢もあるが、前進してくる異形を止める力は無い。


「う、あ……ぁああああああ!!」

 正気を失ったかのような雄叫びを上げて、1人の山賊が手斧を掲げて突進した。それに鼓舞されたのか、何人かの山賊が武器を掲げて後に続いた。

 それは勇気溢れる行動に見えたが、蛮勇に過ぎなかった。

 異形がまるでハエでもはらうかのように腕を振るうと、先陣を切った山賊は瞬く間に赤黒い肉塊に姿を変えられて地面に転がった。異形の持つ鋭い爪と豪腕にかかれば、人間1人など容易く引き裂かれてしまうのだ。

 山賊達と異形の戦力差は歴然だった。しかし、蛮勇に駆られた山賊達は止まることができない。まるで、火に魅せられた羽虫のようだ。

 異形が爪を振るうたびに、山賊達はその血と命を散らしていった。

 かろうじて正気を保っていた他の山賊は、喉をひくつかせながらその場から逃げ出していく。限度を超えた恐怖にさらされ、叫び声すら上げることができないようだった。


 それからしばらくの時がたった。最期のうめき声が途絶えた頃には、周囲は薄暗くなり始めていた。


 いつの間にか山賊頭のバラックも姿を消していて、残されたのは飛び散った赤黒い染みと異形、そしてホワイトだけだった。

 異形の大きな黒い瞳がホワイトを見つめる。ホワイトは凄惨な現場に似つかわしくない穏やかな微笑みを浮かべ、異形を誘い込むように両手を広げた。


「$”#%&’=^?*(`!!!」


 異形は人間には理解できない言語の雄叫びをあげると、岩石のように大きな拳をホワイトに向かって振り上げた。

 ホワイトは全てを受け入れるかのように、その場から動かず瞳を閉じた。


 しかし、その拳が振り下ろされることはなかった。


 異形はグラリとよろめいたかと思うと、内側に折りたたまれるように肉体が変化していく。肉が潰れ、骨が砕け、異形の体が再構築される。

 そして、最期に残ったのは1人の人間、レッドだった。その体には喉をかき切られた傷どころか、全身に突き刺さった矢傷の痕跡すら残っていなかった。


「ちく……しょう……また、俺は……」

 絞り出すようなうめき声をあげると、レッドの意識はそこでプツリと途絶えた。



 幕間。これより先はレッドが知るよしもない語られぬ物語である。



 よろめくレッドの体を、ホワイトは抱き留める。

「……ホワイト……もう……いやだ……ゆるしてくれ。ゆる……して」

 レッドは気を失っているようで、うわごとのように同じ言葉を繰り返していた。

 ホワイトは自身のゆったりとしたローブの留め具を外すと、それを脱いでレッドにまとわせる。ホワイトはローブの下に黒いドレスのような魔導着を着ていた。


「双子の魔法使いの兄、そして『変身の魔法使い』レッド。私はあなたを許しません。永遠に」

 ホワイトは囁くようにそう言った。レッドを断罪するような言葉だが、ホワイトの表情は驚くほど柔らかで慈愛に満ちていた。


 そしてレッドを優しく地面に横たえると、ホワイトは立ち上がる。

「そろそろ茶番はおしまいにしましょう。あの山賊達をけしかけたのはあなたですね。魔王の僕……いえ、今はソダンの悪魔と呼びましょうか」


 ホワイトが何者かに話しかけるようにそう言った。すると、あたりに立ちこめる血なまぐさい惨劇の匂いすらかき消されるような、禍々しい瘴気がどこからともなく立ちこめてきた。

 この世界には魔王の僕となった魔物や悪魔が各地に封印されている。このソダンの森にも悪魔が封印されていたのだ。


「どうやら封印が弱まって全盛期の力を取り戻しつつあるようですね。あの山賊達が封印を乱したのでしょうか」

 ホワイトのその推測はおおむね正しかった。ソダンの森に長時間潜伏していた山賊達の負の感情をあやつり、吸収することで悪魔は徐々に力を蓄えていったのだ。

 そして今、目の前に居る双子の魔法使いの力を取り込めば、この地に封印されし悪魔は完全復活することになるだろう。

 散らばった山賊の屍と血、そして魂を喰うことでソダンの悪魔が実体化し始める。それは、レッドが模倣し、魔法で変身したあの姿とそっくりだった。並の魔法使いでは、もう太刀打ちできないだろう。


「さて、この地域の封印は私の管轄ではありませんが……仕方ありませんね」


 ホワイトが手にした杖の石突きで大地を軽く叩くと、足下に光り輝く魔方陣が展開され、桁違いの魔力が解き放たれていく。

 そして、ホワイトはいつもの無表情で名乗りを上げる。


「私は完全なる魔法使いホワイト。全てを滅ぼす者です」

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