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帰投【兵隊などが拠点とする場所に帰りつくこと】2

 王都を目指して双子の魔法使いは、ソダンの森外縁部を歩いていた。迷いの森として恐れられているが、外縁部は普通の森と見た目はそれほど変わらない。

 小鳥のさえずりと、爽やかな風に揺られる草花の音が聞こえる。目に映る緑は鮮やかで、木漏れ日が心地よく降り注いでいた。


「ん! 待て、ホワイト。止まれ」

 先を歩いていたレッドが、後ろに続くホワイトを手で制した。ホワイトはレッドの指示通り足を止める。

 真剣な表情でレッドは辺りを見回した後、数歩足を進めると地面を調べるように座り込んだ。にわかに緊張が走る。

「なにかの……魔物の痕跡でも見つけたのですか?」

 ホワイトがレッドにそう問いかける。

 ソダンの森の深部には魔物が多く生息している。その魔物の多くは森の奥から出てくることはない。しかし、ごくまれに力の弱い魔物が縄張りを追われて、外縁部まで逃げてくることがある。

 一見平穏に見える森だが、魔物に対する注意を怠ることはできないのだ。


 レッドが立ち上がりホワイトに振り返ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「おう。見つけたぜ。薬草をな」

 その手には若々しい緑の薬草があった。傷の治りを良くする働きを持つ薬品によく使われる薬草だ。

「はぁ……それはよかったですね」

 ホワイトは肩を落としてため息をつくとそう言った。

「おっ、よく見ればあっちこっちに生えてるじゃねーか」

 再び薬草を収集するためにレッドはせわしなく移動する。


「できれば寄り道などせず、早く王都へ到着したいのですが」

「まぁ、そんなに慌てるなよ。ここまで順調に進んでいるんだ。少しぐらい道草してもいいだろう? 俺の店に薬草の在庫がなくて困っていたんだよ」

「……仕方ないですね。ここで小休止を取りましょう。その間に薬草の採取を終えてください」

 そう言ってホワイトは近くの樹木にもたれかかった


「わかってるって。そんなに時間はかけねーよ」

 レッドは手慣れた様子で次々と薬草を摘み取っていく。取り過ぎない程度に抑えて採取を終えたところで、レッドはあるモノに気づいた。

「おぉっ、ソダンタケかよ。運が良いな」

 レッドの位置から少し離れた場所に、珍しいキノコが生えていた。


 ソダンの森では薬草の他に、キノコも多く採れる。そのキノコの中でも、ソダンの森でしか採れないキノコ、それがソダンタケだ。独特な香りがあり、大きくて食べ応えのある高級食材だ。その味は極上の肉にも例えられるほどだが、収穫量が少なくカンポカ村の住人であっても滅多に口にすることができない。

 レッドは上機嫌になってソダンタケの採取に向かう。


 その時、レッドの背筋に冷たいものが走った。何かの視線を感じるのだ。それは吐き気を伴うような邪悪な気配を漂わせていた。

 レッドはサッと肩越しに振り返る。レッドの後方で休憩を取っていたホワイトも、何かに気づいた様子で鋭く周囲を見回していた。

 レッドは再び正面を見据えると、そのまま後ろ歩きでゆっくりと移動し始める。ソダンタケをまだ採取していないが、そんな状況ではない。


「おい……ホワイト、行くぞ」

 忍び足のままホワイトの元にたどり着いたレッドがひっそりと声をかける。その顔にはうっすらと冷や汗が浮かんでいる。

 ホワイトは小さく頷くと、2人で警戒しながら足早にその場を後にした。


 双子はしばらく無言のまま森の中を進んでいった。あの嫌な視線と気配は少しの間つきまとってきたが、いつの間にかそれも感じなくなっていた。

 そうやって先に進むにつれ樹木の数が増え、空から差し込む日の光が弱まってくる。気温も下がっているのか、肌寒ささえ感じる。動物の鳴き声も聞こえなくなり、不気味なほど静まりかえっていた。

 比較的平穏な森の外縁部と、危険が潜む森の深部の境目にあたるような場所に、2人は到着していた。

「ふぅー。よし、ここからは少しスピードを落とそう」

 ここまで休まず早足で進んでいたレッドが、大きく息を吐いてそう言った。

「この先は森の深部だ。魔物に注意して進むぞ」

「そうですね。……先ほどの気配も魔物でしょうか?」

「さて、どうだろうな。あんな森の外縁部に、あそこまで嫌な気配を漂わせる魔物は居ないとは思うが」

「そうですね。考えられるとしたら……ソダンの悪魔でしょうか」


 ソレは熊のように大柄で、コウモリのような翼、獅子の顔と山羊のような角を持ち、尻尾は毒蛇になっていると言い伝えられている。それが、ソダンの悪魔だった。

 ソダンの森が忌み嫌われているのは、この悪魔の伝承によるものが多い。

 『言うことを聞かない子はソダンの悪魔が森に連れてくよ』という言い回しが、聞き分けのない子供に聞かせる話の定番となっているほどだ。


「くだらねぇ。ソダンの悪魔なんて、ただのおとぎ話だ。さっさと先に……」

 レッドがそう言った時、遠くの草むらがガサガサと揺れる音がした。風は吹いておらず、その音はだんだんと彼らに近づいてきているようだった。

 レッドはゴクリとツバを飲み込むと、緊張した面持ちで持っている杖を構え、音がする方向の茂みに目をこらした。

 ホワイトは表情を変えず自然体のままで、周囲の木々を見回している。


 何かが接近してくる音が一瞬止まった。かと思いきや、双子が居るすぐ近くの茂みから小さな影が飛び出してきた。


 それは、この世界の各地に存在する小さな魔物、ゴブリンだった。子鬼と呼ばれることもある。

 知性を持つ種も居るが、そのほとんどは人間に敵意を持ち、害をなす存在だ。

 今回レッドの前に現れたゴブリンもまた、憎悪に歪んだ表情を浮かべていた。白濁とした瞳で、つり上がった口角から唾液と泡が漏れ出ている。短い木の枝を棍棒のように握っていて、それを威嚇するように振り回しながらジワジワと双子に迫ってきている。話し合いが通じる相手ではないだろう。


「ゴブリンか。どうやらこいつ1匹だけのようだな」

 レッドは冷静に観察しながらそう言った。

「数が多いとやっかいだが、これなら問題無いな。おい、ホワイトさっさとやっつけちまえよ」

 レッドがホワイトにそう促す。完全なる魔法使いならば、ゴブリン1匹など瞬殺できるだろう。


「いいえ。私は戦いません」

「……なんだと?」

 レッドが驚きの声を上げる。

「私の身を護衛するのがレッドの仕事です。忘れたのですか?」

「いや、確かにそういう依頼だがな……こんな状況だ、少しぐらい力を貸せよ!」

 ゴブリン1匹とは言え普通の人間が襲われれば、怪我どころか命を落とすことも十分に考えられる。魔物と呼ばれる存在は、それほどの悪意と殺意を持っているモノなのだ。

「いいえ。私は一切手出ししません」

 ホワイトは戦闘態勢を取ることなく、ただ突っ立っている。本当に戦う気が無いようだ。

 双子が言い合っている間も、ジワジワと魔物は間合いを詰めていく。


「くそっ……わかったよ。やってやるよ」

 レッドは意を決してゴブリンと向き合うと、杖を構えた。

 そしてレッドは、軽く息を吸い込み、ゆったりと杖を振ると……そのまま突き出した。

 魔法が放たれると思いきや、その動きには魔力が全く込められていなかった。

 驚くほど早いスピードで放たれたその突きにゴブリンは反応することができない。レッドの杖の先端がゴブリンの喉元下、鎖骨近くに突き刺さるようにめり込んだ。

 攻撃を受けたゴブリンは悲鳴を上げることもできずに、もんどりを打って倒れる。

 そしてレッドは迷いのない足さばきで倒れたゴブリンの側面に回り込むと、大きく杖を振り上げた。

 野生の勘で自身の危機を感じとったのか、ゴブリンはギイギイと耳障りな声を上げながら身体を回転させてその場から逃れる。寸前のところで避けられたレッドの杖が、地面を激しく殴打する。

 驚くほど軽い身のこなしでゴブリンは体勢を立て直すと、さらなる憎悪に瞳を燃え上がらせる。

 対峙するレッドもまた杖を構える。


 レッドの一連の動きは、どう見ても魔法使いとは思えない。そう、魔法や魔術ではない、力と武術による戦い方だった。


レッドをにらみつけながらゴブリンが前進してくるが、その足取りはおぼつかない。やはり最初に受けた一撃が効いているようだ。ヒューヒューと風が通るような呼吸音から察して、ろくに呼吸ができていないのだろう。

 しかし、それでも前進することをやめない。怒りと憎しみがこの魔物を突き動かしているのだ。

 ゴブリンは両足に力を込めると、乱ぐい歯をむき出しにして真っ直ぐに飛びかかってきた。


 その決死の突撃を、レッドは容赦なく横薙ぎに杖を走らせて迎撃する。

 瓜やカボチャなど、硬い表皮を持つ野菜が砕けたような嫌な音が周囲に響き渡った。


 あっけなくはね飛ばされたゴブリンの体が、近くの木にぶつかり、くずおれるように倒れた。その頭部は完膚なきまで破壊されていた。


「ふぅ……はぁ、はぁ」

 ゴブリンの体が完全に動きを止めた事を確認すると、レッドは息を吐いて呼吸を整える。

「王都仮面武闘会、準優勝の実力は衰えてはいないようですね。上出来です」

 観戦していたホワイトが、そう評価した。

「うるせぇよ。お前が手伝えばもっと楽だったんだからな」

「ですが、気を抜くのはまだ早いです」

「何……?」


 一瞬、風を切り裂くような音がした。レッドがとっさにかがみ込むと、何かが猛スピードで通過していった。

 それは矢だった。外れた矢はレッドの背後の地面に突き刺さる。どうやら木の上から射られた矢のようだ。


「くそっ! さっきのゴブリンの仲間か!?」

 レッドは近くの木の影に飛び込むようにして、その身を隠しながらそう言った。

 ゴブリンの中には他より少し知恵があり、人間のように弓矢を扱う種も存在する。

「それは違いますね。矢が綺麗すぎますし、狙いも正確です。ゴブリンではないでしょう」

 ホワイトは隠れることをせず、地面に刺さった矢を調べながらそう言った。

「あぁ、そうかい解説どうも。だが、今はそんな場合じゃねぇ。木を盾にしつつ逃げるぞ!!」

「いえ、どうやらすでに囲まれているようです。逃走は困難ですね」

「なんだって!?」

 レッドは驚いて周囲を観察する。注意してみれば、たしかに多くの足音と息づかいが聞こえてくる。


「おっと。気づかれていたとは驚きだぁ。ま、その通り、隠れても逃げても無駄だぜぇ」

 森の奥から知らない男の声が聞こえてきた。まぎれもない、人間の声だ。


「ちっ、思っていた以上にやっかいなことになってきたな……」

 レッドはそう言って渋々木の陰から出てくると、ホワイトのそばに立った。

「それで、姿を隠しているあんたらは森の妖精さんか何かか? 悪いが俺たちはお前らの遊びにつきあうほど暇じゃねーんだよ」

 レッドが謎の声に向かって挑発の言葉を投げつける。

「おう、そうかい。わざわざゴブリン捕まえてけしかけてやったが、楽しめなかったようだな。ま、俺たちはどっちが先に死ぬか賭けて楽しんでたぜ。がははは!!」

 謎の声がそう答えて笑うと。周囲からも嘲笑混じりの笑い声が聞こえてきた。

「それでだ。俺はゴブリンが勝つほうに賭けていたせいで、大損こいちまった所なのさ」

 謎の声が近づいてきて、やがてその姿を現した。頭に黄色いバンダナを巻いた狡猾そうな男だ。


「俺の名はバラック。この山賊どもの頭だ。悪いがお前らの身ぐるみを剥いで、賭けの負け分を埋め合わせをさせてもらうことにするぜ」

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