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帰郷【故郷に帰ること】4

 夜の闇に道案内の光が浮かぶ。それと同じようにフワフワと浮かぶモノがもう1つあった。鉄鍋である。

 ゆっくりと歩くような早さで、光の球と鉄鍋が、浮遊しながら進んでいく。

 そんな風変わりな光景に、1人の魔法使いと1人の少女が続いていた。


「いろいろと準備していたら、以外と時間がかかっちゃったね。でも、ホワイトちゃんがお鍋を運ぶの手伝ってくれて、とても助かるよー」

 パンの入ったバスケットを抱えたエマが、先導するホワイトにそう言った。

 ホワイトの魔法によって、キノコスープが入った鉄鍋が浮遊していたのだ。鉄鍋は中身のスープを一切波立たせることなく、スムーズに双子屋敷までの道のりを進んでいく。


「いえ、料理をごちそうになる以上、これぐらいは当然です」

「お鍋、結構重いと思うけど、大丈夫かな?」

「これぐらい問題ありません。同じような物があと100個あっても平気です」

「そっかぁ、ホワイトちゃんはやっぱりすごいね」


 そんな話をしている内に、2人は双子屋敷にたどり着く。玄関の扉を開けて中に入ると、ホワイトはある物に気がついた。


 ホワイトはソレを拾い上げて一瞥すると、ローブの袖下に隠した。

「ん? どうかしたのホワイトちゃん?」

「いえ、何でもありません」

 ホワイトは何事も無かったように振り返ると、軽く杖を振った。


「私はレッドを呼んできますので、エマは先に行っていてください」

「うん。わかった。あれ? そういえば、ホワイトちゃんが近くに居なくても、あのお鍋は大丈夫なのかな? やっぱり私が直接持っていこうか?」

 エマはフワフワと浮かぶ鉄鍋を心配そうに見る。

「先ほど魔法をかけ直したので、後は自動でキッチンに向かいますよ」

 エマを先導するように鉄の鍋がスーッと浮遊しながら移動していく。

「わわっ、すごい! それじゃあ先に行ってるね」

 エマは勝手に進んでいく鍋の後を追って、キッチンへと向かっていった。


 エマと別れたホワイトは、真っ直ぐにリビングルームへ向かい、その扉を開けた。


「よぉ、遅かったじゃねーか。そろそろ自分の足が美味そうに見えてくる頃だったぜ」


 ニワトリのレッドが安楽椅子に座りながらそう言った。


「……気のせいかどこか疲れているように見えますね。私たちが居ない間に何かありましたか?」

「別に何もねーよ。腹減ってるだけだ」

「そうですか。ところで、こんな本が廊下に落ちていたんですが、レッドは知っていますか?」


 そう言ってホワイトは袖下からあの本を取り出した。それはもちろん泥棒が盗もうとしていた、レッドの大事な本だ。


「なっ! おまっ……あっ、いや、知らないな。うん。俺は知らないぞ」

「そうですか。えっと、本のタイトルは『ワカヅマインラ……」

「うっぉおおおい! ちょっと、待て、読み上げるんじゃねーよ!」

 ホワイトが真顔で本のタイトルを淡々と読み上げると、レッドは大いに焦りだした。


「本の中身も読んだほうが良いですか?」

「やめろ。マジで。つーか、一体何が目的だお前!」

「私は何があったのか知りたいだけです。玄関口で妙な違和感と匂いを感じました。私たち以外の何者かが来ましたね。まさかとは思いますが、あの呪術師が現れたのですか?」


 ホワイトは淡々とレッドを問い詰めるが、それにはどこか鬼気迫るものがあった。

 あの呪いを仕掛けた呪術師が、いつか再び目の前に現れることを、ホワイトは予期していた。呪術師との接触は大きな危険が伴うが、同時に呪いを解く鍵になるはずだった。


「わかった、わかった、話すよ。お前らが出て行ってる間に泥棒がやってきて、よりにもよってその本を盗もうとしてたんだよ。それで、俺が追い払った。以上だ。……自分で言っていて、すげぇ嘘臭えな。だから言いたくなかったんだよ」

「そういうことでしたか」

 レッドの答えを聞いたホワイトは大人しく引き下がった。


「え、信じるのか?」

「はい、レッドの嘘は簡単に見抜けますから、逆に信用できます」

「なんだ、それは褒めているのか?」

「いいえ、まったく。しかし、泥棒とはいえ1人で立ち向かうのは利口とは思えませんね。レッドは今の自分にできる事、できない事をちゃんと考えるべきです」

「ちっ……いちいちうるせぇな。別になんともなかったんだからいいだろ」


 ホワイトが中腰になって、安楽椅子に座るレッドとの視線の高さを合わせる。


「もし次に似たようなことが、……例えばあの呪術師が再び現れるような事があれば、今のレッドは逃げるか、他の人を頼るべきです。わかりましたか?

「……あぁ、わかったよ。だからさっさとその本を返せよ」

 レッドはホワイトから視線をそらしてそう言った。

 ホワイトは小さなため息を漏らすと、黙って本を差し出した。レッドはそれを両方の翼で器用に受け取る。そして安楽椅子から飛び降りると、元のあった場所、棚の裏底に戻した。


「そんなところに隠していたんですか」

「う、うるせぇ、見てんじゃねーよ! さっさと飯食うぞ、飯!」


 レッドはホワイトを追い払いながらリビングルームから出ると、キッチンのすぐ隣にあるダイニングルームへと向かった。そこからは食欲を誘う香りが漂ってきている。


「あっ、2人とも来たね」

 ダイニングルームには食事の準備をしているエマが居た。テーブルにはすでに木の器が並んでいて、キノコスープが湯気を立てて待っていた。

 中心には大皿があり、バターがたっぷり塗られた薄切りのパンが盛られている。


「エマ、何か手伝うことはありますか?」

「ううん、こっちはもう大丈夫。ささっ、座って食べて」

「おい……まさかコレに座るのか俺」


 エマが案内した席を見て、レッドは頭を抱えた。そこには、幼児用の椅子が置かれていたのだ。


「だってそれじゃないと、レッドはテーブルでご飯を食べられないでしょう?」

 確かに今のレッドの姿では、普通の椅子に座って食卓で食事をすることはできないだろう。


「俺は別に床で食っても構わないんだが……」

「だーめ。ご飯はみんな同じテーブルで食べなきゃね」

「兄さん、早く席についてください。せっかくの食事が冷めてしまいます」


 さっさと着席したホワイトがレッドをせきたてる。


「はぁ……しかたねーか」

 レッドは幼児椅子の段差をピョンピョンと飛び移ると、その小さな席に着いた。


「なんか妙にしっくりくるなこの椅子。というかこの屋敷にこんな椅子があったのか」

「この前屋敷の掃除をしているときに、偶然見つけたのを思い出して用意してみたの。ぴったりのようで良かったよ」

「うーん、もしかして昔、師匠が幼い時に使っていたのか?」


 身寄りの無いレッドとホワイトを引き取って、この屋敷に招いた人物がいた。『氷湖の魔女』と呼ばれるその人の事を、双子は『師匠』と呼んでいる。

 現在『氷湖の魔女』はこの屋敷の管理を双子に任せ、王直属の顧問魔導師として王都に住んでいた。


「全然想像できねぇな。あの人にかわいい子供時代なんてあったのかよ。……ぶはっ! やべぇ、今の師匠が幼児椅子に座って、おしゃぶり加えてる姿を想像したら笑えてきたぜ」

「兄さん、師匠に言いつけますよ」

「……おーっと、目の前に美味そうな飯があるじゃねーか。さっさと食おうぜ、なっ、なっ」

 レッドは無理矢理話をそらした。もし先ほどの話を『氷湖の魔女』に知られたら、とんでもない目にあわされるのは間違いないからだった。

 ホワイトはあきれて肩をすくめる。エマはその様子をニコニコと笑って見ていた。


「「いただきます」」

 双子の声が重なると、食事が始まった。

 

 夕食のメインとなるのは、もちろんカンポカ産のキノコスープだ。

 大小さまざまなキノコの出汁がとれているおかげか、スープには深みのある味わいがあった。一見粗雑なごった煮のように見えるが、驚くほど調和が取れている。

 一口飲むごとにうま味が舌を通して伝わり、やがてそれは暖かさとなって、体中にじんわりと染み渡っていくのが感じられるだろう。

 その上キノコは具材としても優秀だった。それぞれ特徴的な歯触りと香りを持っていて、食べる者を楽しませてくれるのだ。


 良い焼き色のついたパンをスープに浸して食べると、新たな発見が生まれることになる。

 パンは極上のスープをたっぷりと吸い上げ、さらに塗られたバターの塩分が良いアクセントとなって、味にさらなる進化を遂げさせるのだ。

 それは癖になるおいしさで、何枚でもパンが食べられることだろう。


「おっ、久しぶりに食べるせいか、やけに美味く感じるぜ。食べ慣れた故郷の料理ってのもいいもんだな」

 ガツガツと食べながらレッドがそう言った。ニワトリの姿ではあるが、人間と同じように食事をしている。


「ホワイトちゃんから聞いていたけど、今までと同じ食べ物を食べられるんだね」

「あぁ、外見はニワトリになっちまってはいるが、中身はほとんど人間のままだからな。そうじゃなきゃこうして人間らしく考えたり、喋ったりすることなんてできねぇわけだし」

「へー、そうなんだ。それにしてもスプーンまでちゃんと使いこなせるんだね」

 エマの言うとおり、レッドは手羽の部位でスプーンを挟み込んで器用にスープを飲んでいた。


「少々不便だが、ある程度はなんとかなるな。ペンをつかめば文字だって書けるぞ」

「兄さんの見た目は呪いによってニワトリになっていますが、厳密に言えばニワトリとは大きくかけ離れた存在ですからね。ところでエマ、おかわりをいただいてもよろしいですか?」

 マナー良く粛々と食べていたはずなのに、いつの間にかホワイトはスープとパンを食べ終えていた。


「うん。まだまだいっぱいあるから大丈夫だよ。今入れるね」

「ありがとうございます」

 すぐにエマがホワイトの皿におかわりのスープを注ぎ足す。


「えへへ。ホワイトちゃんは昔からよく食べるから作りがいがあるよ」

「馬鹿みたいに魔力を持っている分、馬鹿みたいに飯食うんだよなコイツ。しかも妙にグルメでメシにうるさいし、旅の間も大変だったぜ」

「魔法使いにとって日々の食生活は重要ですからね。兄さんは放っておくとその辺に生えている草を食べかねませんので大変でしたよ」

「そこまでしねぇよ!!」

「うん。レッドなら食べそうだよね」

「おい、そこの幼なじみ、お前までそんなこと言うのかよ!」


 少し遅い夕食が賑やかに、そして穏やかに過ぎていった。




「さて、腹ごしらえもすんだな」

 食後の片付けを終えると、3人は再びリビングルームに戻っていた。

 レッドはいつも通り安楽椅子に堂々と居座っている。ホワイトとエマも少し前と同じように、レッドの斜向かいのソファーに腰掛けている。


「それじゃあ、2人に何があったのか全部聞かせてくれるかな?」

 改めてエマがそう問いかけた。


「全部……か。ホワイトも言っていたが、長い話になる。おそらく今夜で全て話すことはできないと思うが……それでもいいか?」

「うん。今日はここに泊まるって伝えてるから遅くなっても大丈夫だよ。あっ、そういえばウチのお父さんもレッドに会いたがっていたよ」

「村長か。暇があったら顔見せにいくかな」

「明日、絶対来てよね。きっとお父さんもレッドの力になってくれるよ」

「そうだな……考えておく。さて、どこから話したものかな」

 レッドは少し憂鬱そうに頷くと、物思いにふけるようにうつむいた。そして少しの沈黙の後、ゆっくりとレッドは顔を上げた。


「そうだな……旅の始まりは、ホワイトが屋敷に帰ってきたあの日からだった」


 レッドは語り始める。双子の魔法使いと、1人の勇者の物語を。

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