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帰郷【故郷に帰ること】3

 その男の名はバラックといった。かつては10人以上の部下を引き連れた山賊頭だったが、紆余曲折を経た今は孤独なこそ泥にすぎなかった。


 狡猾なキツネを思わせる顔立ちで、伸び放題の無精ひげが生えていた。頭には黄色いバンダナが巻かれていて、手入れのされていないボサボサの髪の毛がまとめられている。

 つぎはぎだらけのボロ布服に、申し訳程度の防具として皮の胸当てがくっついていた。腰には刃の欠けたナイフが、抜き身で腰紐につり下げられている。


 そんな男が次の標的に選んだのが双子屋敷だった。屋敷の主人である双子の魔法使いは旅に出ていて、長らく留守にしているという噂をつかんでいたのだ。

 魔法使いの住む屋敷ならば、高価な物が多く見つかるだろうという算段を立てて、バラックは仕事に取りかかることにした。


 双子屋敷は森に囲まれたカンポカという名の小さな村に建っていた。

 バラックはその地方にはトラウマ染みた嫌な思い出があったのだが、せっかくのもうけ話をフイにするつもりは無かった。

 カンポカの村民に見つからないようにバラックは注意を払いながら、何度か双子屋敷の下見を行った。

 その結果、時折村長の娘が1人で屋敷の掃除に訪れる程度で、屋敷の主は噂の通りまだ帰ってきていないことがわかった。


 そして今日、村長の娘が再び掃除に現れた時、バラックは双子屋敷に忍び込むことを決めた。

 村長の娘が2階の窓を開けて空気の入れ換えをしている間に、バラックは屋敷の壁をよじ登って窓から中に侵入したのだ。レンガ造りの壁をスルスルといともたやすく上っていくその姿は、大きなヤモリのようだった。


 バラックが侵入したのはどうやら寝室のようだ。大きなクローゼットがあり、中に隠れるスペースもあったので、バラックはそこに身を潜めることにした。

 その後は村長の娘が掃除を終えて帰るのをひたすら待つことになる。

 寝室に村長の娘がやってくることがあったが、開けていた窓を閉めた程度でバラックが見つかることは無かった。

 その後、屋敷全体がビリビリとシビれるような奇妙な振動を2回感じたが、それ以外はとくに何も起こらなかった。


 クローゼットの隙間から外を眺めて、夜が訪れていることを確認すると、バラックはこっそりとクローゼットから抜け出した。村長の娘も掃除を終えて帰っている頃だろう。

 ここからは、こそ泥バラックの時間だ。


 まずバラックは2階の寝室と客室を、静かに物色し始める。クローゼットやベッドなどを中心に探してみたものの、コレと言った物は見つからなかった。

 バラックは舌打ちをして2階の捜索を諦めると、1階へ続く階段を探した。

 屋敷の廊下は静寂に包まれていてかなり暗かったが、夜目が利くバラックにとってはさほど問題では無い。

 しかし、どことなく薄気味悪いものをバラックは感じていた。

 それはバラックが率いていた山賊団を壊滅に追いやった『あの時』の雰囲気にどことなく似ているような気がした。

 バラックは音を立てないように深呼吸をして、その悪い予感を頭から追い出す。

 それでもなお不安の影は振り切れず、何となく物音を立てずに、ひっそりと行動せずにはいられなかった。


 バラックが階段を見つけて1階に下りた時、くぐもった声が聞こえたような気がした。


 ドキリとしてバラックの足が止まる。しばらく身動きせずに耳を澄ませていたが、特に何も聞こえてこない。

 念のため腰にさしたナイフを抜いて、バラックは一番近い部屋の扉をひっそりと開けて中をのぞき込んだ。

 そこはリビングルームのようで、ランプの明かりが点っていることにはギョッとしたが、部屋の中に人の姿は無かった。


「なんでい、人の声がしたかと思ったが、誰もいねぇか。まったく驚かせやがって。ランプは消し忘れたのか?」

 バラックはホッと胸をなでおろして、構えていたナイフをしまう。


「しかし薄気味悪い屋敷だぜ。さっさと金目の物を盗んでとっととおさらば……」

 知らず知らずのうちに独り言が増えてきているバラックの目の前で、ナニカの影が部屋の片隅をサッとよぎった


「な、なんだ……ネズミか? そうなんだろう?」

 バラックは自分に言い聞かせるようにそう言ったが、実は自分でも気づいていた。ネズミにしてはやけに大きな影だった。


「だ、誰かいるのか……」

 誰も居ないはずの部屋でバラックは思わずそう尋ねる。かつて味わった恐怖の味を思い出して、口内がカラカラに乾いてきた。

 バラックの問いかけに答える返事は無い。


「チクショウ。これだから夜の仕事はイヤなんだよ」

 再びなまくらのナイフを抜いて、バラックは忍び足でソファーに忍び寄る。先ほどの小さな影は、このソファーの背後に隠れたように見えたのだ。

「い、居るのはわかっている。今からそっちに行くぞ、先に出てきたほうが良いんじゃ無いか? それなら命まではとらないぞ。……いいか、今いくぞ」


 バラックはそろそろと忍び寄っていた足取りを急に速めると、ガバッとソファーの裏側をのぞき込む。

 しかし、そこには何も無かった。


「ふぅ~。やっぱりなにも無いじゃねーか」

 バラックは吹き出していた冷や汗をぬぐってナイフを収めると、本来の目的を果たすためにリビングにある戸棚を漁り始めた。


 その時、ニワトリことレッドはソファーの側面に回り込んでいた。ギリギリ、バラックの死角に入る場所だ。

 バラックの声が聞こえてくる方向などから推察して、どうにか隠れることができたのだ。


 急場を凌ぐことはできたが、これからどうするべきかレッドは頭をフル回転させて考える。

 このニワトリの身一つでは、泥棒を打ち負かして退治する事など不可能だ。

 最も安全な策として思い浮かぶのは、このまま隠れてやり過ごすことだろう。

 しばらくすればホワイトとエマが帰ってくるのだ。そうなれば泥棒も退散するかもしれない。仮に泥棒が強硬な手段にでたとしても、ホワイトであれば簡単にあしらうことができるだろう。


 しかし、本当にそれでいいのだろうか?


 譲り受けたこの屋敷の中で、見ず知らずの泥棒が好き勝手な行動をしているのは、気分の良いものではなかった。

 そしてなにより、ホワイトと一緒に帰ってくるであろうエマに危害が及ばないという保証もない。それだけはどうしても避けたかった。


「ったく、ろくなモンがねぇなぁ」

 レッドが迷っている間も、バラックはリビングの戸棚を次々と開けていき、無遠慮に探索を続けていく。

「こっちも調べてみるか」」

 そう言ってバラックは、一番下の引き出し奥のデッドスペースに手を突っ込んだ。


「ん? なんだコレは」

 バラックが戸棚の奥底に隠されていたモノを引っ張り出した。

 それは、1冊の本だった。

「おっ、まさかこれは魔法使いの魔道書というやつか? 字は読めねぇが、ようやく高く売れそうな物がみつかったな」

 バラックは、ほくほく顔でそれを懐にしまい込んだ。


「あぁっ!」


 その時、驚愕するような、悲痛な叫び声が上がった。

「ひっ、だ、誰だ!!」

 突然の出来事にバラックは慌てふためく。だが相変わらず周囲に人の姿は無い。


 叫び声を上げたのは、当然隠れているレッドである。

 たしかにこの屋敷には価値のある魔道書があるが、それは全て地下室の本棚におさめられていた。

 バラックが盗もうとしている書物は、レッドの個人的な所有物だった。それも他人にはあまり見せたくないモノだ。特にホワイトやエマなどの女性陣には見せられないような本だった。

 身も蓋もないことを言ってしまえばエロ本である。しかも官能小説だ。


 レッドは決心を固めた。ホワイトとエマが帰ってくる前に、この泥棒を排除しなければならない。

 もしホワイトが帰ってきてこの泥棒を退治してしまえば、盗まれたレッドの本は白日の下にさらされてしまうだろう。それだけは万が一にも避けねばならない。


「はぁ、はぁ……あぁ、畜生! 隠れてないで出てきやがれ! 畜生! おかしなことばかりおきやがる。……まさかこの魔道書も呪われているんじゃないんだろうな」

 バラックがビクビクした様子でしまい込んでいた本を取り出す。

 その様子を見て、レッドはある策を思いついた。


 レッドは試しにソファーに置いてあったクッションを、こっそりとクチバシでつまんで、少しずつ動かしていった。気味悪げに魔道書(?)を見つめるバラックはそれに気づいていない。


 トスン。


 クッションがソファーから落ちて小さな音を立てた。

 バラックはそんな小さな音でも飛び上がるぐらいに反応した。

「な、な、な……。クッションが落ちたのか、な、なんで? いや、たまたまだ、そうに違いない」

 バラックは平静を装っているが、目をせわしなくキョロキョロと動かして周囲を探っている。

 さらにレッドは隠れているソファーの足に、自身のかぎ爪を立てて引っ掻いてみた。


 カリ……ガリ……。


 わざと大きな音は立てず、かすかに聞こえる程度の音だ。それもまた効果覿面だった。

「っううう、だ、誰だ! 誰かいるんだろう!」

 バラックのその言葉は、むしろ誰かが居て欲しいという懇願の声に近かった。顔面は蒼白で脂汗が止まらない様子だ。


 小さなニワトリが、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

レッドはその翼で軽く喉元を抑えると、満を持して声を発した。


「……タ・チ・サ・レ……タチサレェエエエエエ……」


 地の底から轟くような低い声が響く。ニワトリの身体から発しているとは思えない野太い声だ。


「ヒィイイイイイイイ!!」

 恐怖のたがが外れたようにバラックが悲鳴を上げる。


「ノロウゥウウウ……ノロイ……コケッ!……コ、コロスウウウウ!!」


 先ほどとは違う耳障りな甲高い声が響き渡る。まるで別人の声のようだが、その声の主は相変わらず一羽のニワトリである。

 実はレッドはこういった風に声色を変えるのが得意だった。まるで別人に変身しているようだ。


 そんなことを知るよしも無いバラックから見れば、人の姿がないのに悪魔のような複数の声がどこからともなく聞こえてくるという、まさに恐怖体験を味わわされていた。


「アバ、アバッババ」

 バラックは壊れたおもちゃのような奇声を発して泡を吹いている。脚はガクガクと震えていて今にも崩れ落ちそうだ。


「ウヒッ、クヒャッ、ヒヒヒ……アーハッハハハハ!!!」

「うわあああぁあああぁあああああああああ!」

 トドメとばかりにレッドは狂ったような笑い声を上げると、バラックはバランスを崩しながら、地面に何度も手をついてリビングルームから逃げ出した。

 廊下を走り抜け、玄関の扉を大慌てで押し開けると、バラックは振り返ることも無く、一目散に逃げていった。


 一羽のニワトリが仕組んだ恐怖演出によって、バラックは以前より大きなトラウマを抱えることになった。

 今後この屋敷に戻ってくることは決して無いだろう。

 呪いによってニワトリになってしまったレッドの小さな勝利だった。

 

「あっはははは、思っていたよりうまくいったな。……あっ、でも、あいつ俺の本持ったまま逃げやがったな。……まぁ、いいか。ホワイトやエマに見つかるよりマシか」


 しかし、レッドは気づいていなかった。バラックが逃げる途中に、持っていたレッドの本を落としてしまったのだ。それも屋敷の廊下のど真ん中に。

 夕飯の支度をして帰ってくるホワイトとエマに、その本が発見されるのは時間の問題であった。

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