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帰郷【故郷に帰ること】2

「つーかよぉ、泥棒が居るかもしれない部屋に、突撃してくるか普通。もし本物の泥棒だったら、おまえが逆に襲われていたかもしれないんだぜ」

 安楽椅子の上に堂々と居座るニワトリが、人間の言葉でそう言った。

 所々茶色がかった羽を持つ雄鳥で、立派な赤いトサカを持っている。どこにでも居る普通のニワトリのように見えるが、どこか鋭い目つきをしていた。


「うっ……その、隣町で最近泥棒が出たって噂があったんだ。だから2人が留守の間は、私がこの屋敷を守らなきゃって思って」

 ニワトリの斜向かいにあるソファーに座る少女がそう答える。

 素朴なエプロンドレスを身に纏い、栗色の髪がサイドテールでまとめられている。どこにでも居る普通の少女だ。


「そんな危険な事までしろとは頼んでねーよ」

「ご、ごめんなさい……」

 レッドに怒られたエマは、シュンとして落ち込んでいる。

 ニワトリに説教をされている半べその少女、という構図は一見とてもシュールな光景だ。

「それくらいにしてください兄さん。エマの事を心配しているのはわかりますが、少々言い過ぎです」

 エマの右隣に座る魔法使い、ホワイトがそう言って、兄のニワトリをいさめる。それもまたなんとも言えない光景だ。


「いや、こいつはいつも無茶ばっかりするから、ちゃんと言っておかないといけないぜ。まぁ、長いこと屋敷を留守にしちまったのは悪かったが」

「そ、そうだよ。すぐに帰ってくるって言っていたのに、2年近く帰ってこないし、連絡も全然無いし……」

「ちょっと待ってくださいエマ。手紙は届いてないんですか」

 ホワイトが会話に割り込んでエマに尋ねる。

「手紙? 来てないと思うけど」

「……兄さん、連絡の手紙をエマに出すようにと、私は何度も言いましたよね?」

「え? そうなの、レッド」

「あっ……えっとその……いろいろ忙しくてだな」

 しどろもどろに答えるニワトリに、2人の少女の冷たい視線が突き刺さる。

 いつの間にか説教の立場が逆転していた。

「……あぁ、俺が悪かったよ。すまん。ちゃんと手紙で連絡するべきだった」

「すみませんエマ。あなたに多くの心配を掛けてしまったようです」

 レッドが謝罪すると、同じくホワイトもまたエマに頭を下げた。


「うん。でも、あたしも変なことして心配かけちゃったし、これでおあいこかな?」

「まぁ、そういうことにしておいてやるよ」

「やれやれです。兄さんはもう少し素直になるべきですね」

「なんだよ。まるで俺がひねくれ者みたな口ぶりだな」

「理解力が足りず、鈍感なのも直す必要があるようですね」

「んだと コラ」

 ニワトリが頭の羽を逆立て、顔を前後に動かして威嚇する。

「アハハハ、喧嘩しないの。でも……はじめは信じられなかったけれど、本当にレッドなんだね。優しくて意地っ張りで負けず嫌いな」

「別に優しくはないが、俺は俺だ。たとえニワトリになってもな」

 ぶっきらぼうにレッドは答える。その姿はニワトリではあるが、妙に人間臭いところがあった。


「それで……あの聞いてもいいかな?」

「なんだ? 旅の土産ならホワイトが持っているはずだが」

 茶化すようにレッドが答える。

「……どうしてその姿になっちゃったの?」

 久しぶりに再開した幼なじみ同士の会話が、突如凍り付いて沈黙が訪れる。

「ご、ごめん。やっぱり話しにくいことなのかな?」

「いや、別にそういうわけじゃない。ただ……」

「私に掛けられた強力な呪いのせいで、兄さんはこうなってしまいました」

 答えにくそうなレッドに変わって、ホワイトがはっきりとそう告げた。


「ちょっと待てホワイト。そうじゃないだろう。何度も言ったが、これは俺が招いた結果で、俺の自業自得だ」

「そうだとしてもアレに狙われていたのは私で、この旅に巻き込んだのも私です」

「ったく、なんでそう無駄に強情なんだよお前は」

「兄さんこそ事実を正しく認識できていません」

「なんだと、コラ。俺の目が節穴だってか」

「ストーップ、ストーップ、もうまた喧嘩して。事情のわからないあたしが置いてけぼりなんですけど」

「すみません。お見苦しいところを見せてしまいました」

  再びヒートアップしてきた兄妹喧嘩をエマが仲裁すると、ホワイトが大人しく身を退いた。レッドは納得していない様子でムスッとしている。


「その、良ければだけど、2人でどんな旅をしてきたのか、あたしに話してくれないかな?」

「話すと長くなりますよ。本当に色々な事がありました。中には面白くない出来事もあります」

 ホワイトは遠い目をして、自身の旅を振り返っているようだ。

「いいよ。2人に何があったのか、あたしは知りたい」

 エマの表情は真剣そのものだ。

「隠すような話でもないし、別にいいんじゃないか。最初から話していけば色々と思い出して、ホワイトも考えを改めるだろう」

「そうだといいですね」

 ホワイトはそう言って肩をすくめる。


「その前にだ」

 突然レッドが安楽椅子の上で立ち上がる。

「どうしたの?」

 エマが困惑気味に尋ねる。

「腹が減ってきた」

 グゥーっとニワトリのお腹が鳴る音が、聞こえたような気がした。

「あっ、もしかして2人とも夕食まだだったの?」

「えぇ。屋敷に帰ってきてから何か作ろうかと思っていたのですが」

 エマの問いにホワイトが答える。

「あたしはここに来る前に夕食は済ませてきたんだけど、その時に作ったキノコスープがまだ残ってるんだ。それで良ければ家から持ってくるけど、食べる?」

「おっ、それはいいな頼むよ。ここのキノコスープは食べ飽きたと思っていたが、久しぶりに食べたくなってきたぜ」

「ぜひ、お願いいたします」

 双子はありがたくエマの料理を頂戴することにした。


「じゃあ待ってて、すぐに取ってくるから」

 エマが張り切ってソファーから立ち上がる。

「よし、ホワイト。お前も手伝ってこい」

「もー、そうやってすぐに妹をこき使うんだから。ホワイトちゃん大丈夫だよ。そんな手間じゃないから待ってて」

「いいえ。エマ、私も行きます。外は日も落ちて暗くなっているようです。泥棒の噂もあるようですし、レッドはエマの身を心配しているのです」

「え? そ、そうなんだ。へへっ、レッドは紳士だねぇ」

「う、うっせぇ。さっさと行ってこいって」

 ニワトリはそっぽを向いて、2人を追い払うようにバサバサと翼をはためかせる。


「では、行きましょうかエマ」

「それじゃあレッド、お留守番よろしくね。知らない人が来ても、中に入れちゃいけないよー」

「へいへい、番犬ならぬ番鶏として頑張るさ。俺が餓死する前に戻ってこいよ」

 そう言ってレッドは2人の少女を部屋から送り出した。


 薄暗い廊下を通って、エマはホワイトと一緒に玄関から外に出た。

「うわー、思っていたより暗くなっちゃってるね」

 夕日は完全に落ちて、雲が多く月明かりの無い夜空が広がっていた。大地には田畑とあぜ道が広がっている。

「明かりを点けますね」

 ホワイトが短く詠唱すると、持っていた杖の先に輝く光の球が現れる。

「やっぱり便利だねマホ-って。……ねぇ、ホワイトちゃん。先に聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」

「なんでしょうか」

「レッドは治る……よね?」

 再び夜空を見上げて、エマはホワイトに尋ねる。その表情は不安を押さえ込むのに必死な様子だった。

「アレは治る、治らないというモノではありません。兄にかかっているのは呪いのごく一部です。大元の呪いを解呪しないといけません」

 対するホワイトは表情を変えること無く、淡々と状況を説明する。

「難しいことはよくわからないんだけど、ホワイトちゃんのマホーでも元に戻せないの?」

「はい、今はまだ。ですが必ず呪いを解く方法を見つけます」

「……うん、わかった。あたしはホワイトちゃんを信じる。あたしにできることがあったら、なんでも言ってね。それと、嫌な質問しちゃってごめんね」

 エマは決心を固めた様子でそう言った。少女の芯の強さが見て取れた。

「いえ。大丈夫です」

 ホワイトの表情は依然として硬く、その思惑を計り知ることはできない。

「さてと、お腹を空かせている子が待ってるし、さっさと夕食の準備をしちゃおう」

 そう言うと、エマは一歩前へと進み出した。




「変わっていないな、あいつは」

 1人部屋に残ったニワトリがそうつぶやく。その声はどこか優しかった。

 レッドは目をつむる。広い屋敷には静寂が広がっているが、どこか遠くで虫の鳴く声が聞こえる。聞き慣れた故郷の音だ。

 そして、レッドは昔の事を思い出していた。ホワイト共に旅をする事になった日よりもずっと前、初めてこの地にやってきた時のことを。

 幼い双子はとある魔法使いに引き取られて、この屋敷にやってきた。

 突然連れてこられた見知らぬ土地での生活に、双子は当初戸惑っていた。しかし、そんな彼らにも分け隔て無く接してくれた少女。それがエマだった。

 

物思いを断ち切るように、レッドはピョンと跳ねて安楽椅子から降りる。

 そしてヒョコヒョコとリビングルームを歩き回った。

 見知った場所で、なじみ深い匂いがする場所だ。しかし、レッドは初めて来たかのような強烈な違和感を感じずには居られなかった。

 天井は遠く高く、立ち並ぶ家具類は圧迫感を覚えるほどに大きく見える。部屋の扉はまるで難攻不落の要塞のようだ。

何一つ変わっていないはずなのに感じる違和感。それは、レッド自身が変質してしまった証だった。

 ニワトリになってしまったレッドにとって、この世界は広く大きかった。

 ジリジリとした焦燥感を感じて、小さな心臓の鼓動が早くなっていく。大きな部屋の片隅で、1人立ち尽くすことしかできなかった。


 広場恐怖症のような感覚にレッドが襲われていると、部屋の扉が音も無く動きだした。

 

 思いの外早く2人が帰ってきたのかと、レッドは考える。しかし、玄関の扉が開く音や、廊下を進むにぎやかな足音が聞こえなかったことを思い出した。

 そうこうしているうちにも扉は開いていき、その隙間から何者かの顔がヌッと現れた。

 ホワイトでも、エマでもない、無精ひげを生やした中年の男だ。


「なんでい。人の声がしたかと思ったが、誰もいねぇか。まったく驚かせやがって。ランプは消し忘れたのか?」


 そんな独り言をつぶやきながら、見知らぬ男が部屋の中に入ってくる。

 その中年男こそが、今ちまたを騒がせている『こそ泥のバラック』だった。

 1羽のニワトリと1人の泥棒が、1つの部屋で鉢合わせしようとしていた。

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