帰結【最後の結論や結果】4
森で起きた騒ぎの原因は、レッドの推測通り、村にやって来ていた冒険者達によるものだった。
冒険者達はソダンの悪魔の探索中に、山のように大きなイノシシに遭遇した。
それはソダンの森の名物、ソダンタケを求めてやってくる、大イノシシだった。
山のように大きなそのイノシシが、ソダンの悪魔に違いない。そう勘違いした冒険者達は大イノシシに戦いを挑んだそうだ。
生命力にあふれた大イノシシとの戦いは長期戦になり、森の中を駆け回りながら行われた。その道中、ゴブリンなどの魔物の集団に遭遇したりして、雪だるま式に騒ぎが大きくなっていったのだった。
幸い大きなけが人はおらず、魔物は討伐され、大イノシシは仕留められたのだった。
その後、冒険者達は村人に対して、大きな騒ぎを起こしてしまったことを謝罪した。
しかし、逆に村人達は感謝していた。大イノシシは凶暴で、被害が出る前に討伐されたのは幸いだった。そしてなにより、ソダンタケを食べて大きくなったイノシシの肉は絶品なのだ。
今も村人と冒険者達の総出で、イノシシの解体作業が行われているだろう。エマのその手伝いにかり出されているのだった。
「お前がのんきに寝ている間大変だったぞ。つーかお前ホント大事なときにいつも居ないよな」
ニワトリのレッドは解体を手伝うことはできないので、こうして屋敷に残っている。そして先ほど起きたホワイトに状況を説明していたのだった。
「私が目を離すとすぐにトラブルに巻き込まれる、レッドのほうにも問題があると思いますが」
「それは……地味に言い返せねぇな。まぁ、それはもういい。で、この首輪、一体何なんだよ。人間……いや、鳥頭人間だったけどよ、それに変身できたとき、ここから力が流れ込んでくるのを感じたぞ」
レッドはホワイトに装着させられた首輪を、トントンと叩きながらそう言った。
「その首輪には魔力が込められています。その魔力を使えば、魔力総量の少ないレッドでも、短時間の間呪いを抑えて、変身を制御できるようになるはずです」
ホワイトはそう説明する。
「なるほどな。理屈はわかった。しかしこれでも呪いを完全に解呪することはできないんだな」
「はい。私自身にかけられている呪いも健在で、解呪には至っていません。今はこれが限界です」
「はぁ……、やっかいな呪いにかかったもんだぜ。それで、この首輪の力は使用回数制限とかあるのか? あれから何度か試したが、ウンともスンとも言わねえぞ」
「みせてください」
ホワイトが椅子から立ち上がり、レッドに近づくと身動きしないように両手で押さえて首輪をのぞき見る。
「付与していた魔力が尽きているようですね。無理な力の使い方をしたのでしょう。もう少し器用に変身魔法を使ってください。変身魔法は唯一レッドの得意分野でしょう」
「小言はいいって、どうすれば魔力をこの首輪に付与できる? 錬金術を使った魔力付与なら俺にもできるよな?」
「そういった方法もありますが、それでは付与する魔力が少なすぎます。それに何度も付与作業を行うのは効率的ではありません」
「じゃあ、どうすんだよ?」
ホワイトは質問に答えずレッドから離れると、再び椅子に座り直す。そして、どこからかもう一つ首輪を取り出した。レッドにはめられた首輪と同じような首輪で、プレートには「WHITE」と刻まれている。
ホワイトがその首輪を自分の首に巻き付けると、レッドの中に『何か』が繋がったような感覚がした。レッドの首輪が一瞬ぼんやりと輝いた。
「これでいつ、どんな場所にいても、私の魔力がレッド自身とその首輪に付与され続けるはずです」
「マジかよ……そんなことができるのか」
「元々私たち双子の魂はとても近しいところにあります。そしてあの呪いによって『橋』のようなものが私たちの魂の間にできています。その性質を利用して、この2つの首輪を通して私と兄さんの間に『道』を作り、そこから互いの魔力のやりとりができるようになったのです」
その言葉通り、ホワイトの膨大な魔力の本流が、レッドの手の届く場所に感じられた。今ならば容易にその魔力を引き出すことができるだろう。
「いまいちよくわからないが、つまり、お前の馬鹿みたいな量の魔力を、俺が自由に使えるようになった、ということなのか」
「はい。逆にレッドの魔力を私が引き出すこともできますが、そうする意味は無いですね」
『完全なる魔法使い』の無尽蔵に近い魔力を、自分の好きなように自由に引き出せる。それは他の魔法使いにとっては、破滅的な魅力だろう。しかし……。
「くそっ、それじゃあ俺がお前に寄生しているようなもんじゃねーか! この首輪は返す。さっさと外してくれ」
レッドは魔力の誘惑を蹴って、首輪を外そうとする。
「ちなみにその首輪は一度装着すると、私たちの魔力の根源に完全に癒着します。なので外そうとすると激痛が走ります。無理に外してしまえば魔力路がズタズタになって、二度と魔法が使えない廃人となるでしょう」
ホワイトはいつものように、とんでもないことをサラリと言ってのけた。
「嘘だろ、おい。完全に呪われたアイテムじゃねーか! つーか、お前もそんな危険なモノあっさり自分でつけるんじゃねーよ!!」
「別に私は問題ありません。私の魔力にレッドが寄生したところで、たかがしれています。後は、レッドが私の魔力を受け入れるかどうかの話です」
ホワイトはきっぱりと言ってのける。
「それに、レッドが私の魔力の使い方を理解すれば、私のように呪いを完全に制御して、人間の姿に戻る可能性もあります」
「わかった、わかった。気は進まないが、この首輪の世話になろうじゃないか。それに、よく考えたら、この首輪の力のおかげでエマも守れたしな。……あー、くそっ、本当はあんまり言いたくないが……お前のおかげで助かったよ……ありがとよ」
ニワトリのレッドはそう言ってホワイトに礼を言った。それを見たホワイトは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「なんだその顔は」
「いえ、なんでもありません。とにかく、この首輪で呪いの対策はできました。この村で私ができることはもうありません。明日、勇者の下に戻ろうと思います」
「あぁ、そうか」
レッドはただ頷いた。
レッドはリタイアしてしまったが、勇者とホワイトの旅はまだ終わっていないのだ。
「えぇえええ! ホワイトちゃん、もう帰っちゃうの!?」
解体作業の手伝いから戻ってきたエマは、ホワイトが明日再び旅立つという話を急遽聞かされて、とても残念がった。
せめて、今晩の夕食は豪華にしようと、エマは腕によりをかけて料理を作った。メニューは、取れたばかりの大イノシシ肉を使った鍋だった。
ソダンタケを食べ続けた大イノシシの肉は驚くほど臭みがなく、濃厚な味わいだった。
幼なじみ3人は1つの鍋を囲んで食事し、他愛のない話で盛り上がった。そこには、血なまぐさい冒険譚はなかった。
主にエマが喋り、レッドが茶々を入れて、ホワイトが冷静にあしらうと言った感じだった。彼らにとってはそれだけで楽しくて、素晴らしい時間だった。
翌朝。
「うぅ……ホワイトちゃんまた近いうちに帰ってきてね。同い年の女の子が居ないと寂しくなるよ。忘れ物はない?」
「えぇ。大丈夫です。エマこそお元気で」
そう言ってエマに向かって小さく微笑むと、ホワイトは転送方陣の中へと足を踏み入れる。
ここは屋敷の地下研究室だ。ホワイトは来たときと同じく、この転送方陣で旅立つのだ。
「ちょっと、レッド! 何してるの。ホワイトちゃん、行っちゃうよ」
しゃがみ込んだエマにせっつかれて、レッドはしぶしぶ前に出る。
「おい、ホワイト」
レッドが声をかけるが、ホワイトは振り返らない。
「ユウノを頼む」
「善処します」
ホワイトは振り返らずそう答えた。
「言っても無駄だろうが……おまえも無理するなよ」
ホワイトは何も答えない。
それから言うか言うまいか迷ったあげく、レッドはこう言った。
「それと『彼女』に……『ロゼ』によろしくな」
ホワイトはピクリと身体を震わせると、肩越しに少しだけ振り返った。その時の顔は、今までレッドが見たことも無い、優しげで儚い、泣き笑いの表情だった。
そして転送方陣が起動して光を放つと、ホワイトの姿はかき消えた。
「ホワイトちゃん、行っちゃったね……」
「あぁ」
「ところで、『ロゼ』って人は、旅の途中でお世話になった人なの?」
エマが興味津々な様子で聞いてくる。
「さぁ、誰だろうな」
「あー、とぼけちゃって」
本当にレッドは思い出せなかった。『ロゼ』という名に心当たりは無い。
しかし、胸の内からこみ上げてきたその名を呼んだとき、とても暖かな気持ちになれたのは不思議だった。
「さぁて、今日も錬金術の勉強するぞ。いいか弟子よ。まずはとってきた薬草を台所で洗って選り分けるぞ」
「はいよっ、師匠。料理と同じだね。あっ、そういえばさ、店の名前を変えてみない?」
「なんだよ急に」
「正式にレッドが私を雇ってくれたわけだし、新たな出発点ってことでさ」
「まぁ、別に構わないぜ。『ドット』って名前も適当につけただけだしな」
「やった! あたしにいい案があるの。お世話になったお客さんや、旅に出たホワイトちゃんが無事に帰ってきますように、って願いをこめるの。その名前は……」
少女とニワトリは、そんなことを喋りながら、地下室から出て行った。
そして、時と場所が移り変わる。
そこには鬼が支配する小さな島があった。
鬼は近隣の街や村を襲い、女子供や金銀財宝を奪い取ると、その島へと帰っていった。
島は頑丈な岩でできており、天然の要塞となっている。
その島にある砦の玉座に座るモノが居た。
その周囲には血と臓腑がまき散らされている。
死の匂いと静寂が支配していた。
扉を開けて、その玉座の間にやってくるモノがいた。
それは、大きな三角帽子を被った、『完全なる魔法使い』ホワイトだった。
玉座に居るモノが目を覚ますと、ホワイト向かってこう言った。
「あぁ、ホワイトか。遅かったじゃないか。もうこの砦は僕1人で攻略した後だよ」
「見ればわかります」
ホワイトは素っ気なく答える。
ホワイトがこの玉座にやってくるまでの道中、多くの鬼の死体が転がっていた。切り裂かれた死体、撲殺された死体、焼死体、毒に苦しんでのたうち回ったかのような死体など。
ありとあらゆる手段を用いて、この島に住む鬼は殺されていた。
「この砦を1人で攻略するために、あなたは一体何度死んだのですか」
ホワイトはいつもの無感情な瞳で勇者を見る。
血塗れの玉座に座るユウノは、満身創痍の様子だった。装備している鎧は多くの返り血で汚れた上に、傷だらけだった。その足下には破損した兜が転がっている。
ユウノの肩まで伸びた金髪もまた血に汚されており、その輝きが失われていた。どこか遠くを見るような瞳の奥には、狂気の光が煌めいているようだった。
「たぶん、5、6回ぐらいかな。だいたい即死だったから良かったけどさ、1回だけ捕まっちゃった事があってね。その時は大変だったよ。手足を切り落とされて、肉袋として飼われちゃったんだ。あれは辛かったな、怖かったなぁ、苦しかったなぁ」
他愛も無い思い出話をするようにユウノは凄惨な記憶を語る。
しかし、『今』のユウノは傷だらけとはいえ、依然手足は存在している。この世界では勇者はまだ負けておらず、死んでいないからだ。
その惨劇の記憶は、勇者のユウノだけが持つ、失敗した『物語』の記憶だった。
「どうして私が帰ってくるまで待たなかったんですか。1人でこの砦を攻略するなど自殺行為です」
「どうして……どうしてだって! ホワイトを待っていたら遅くなっちゃうじゃ無いか! 僕は一刻も早くこの世界から悪を滅ぼさないといけないんだ。世界を平和にしなきゃいけないんだ! 師匠のために!」
それだけのために、ユウノは何度も死を繰り返し、この砦を1人で滅ぼしたのだ。絶対的な時間の損得だけを考えたら、この無謀な行動のほうが、時間を無駄にしているはずだ。
しかし、そういった損得を計る物差しが、今のユウノには無かった。
最短での世界平和を目指して、多くの死と失敗を繰り返す、そんな存在にユウノは成り果てていたのだ。
「あはははは、そうだ、師匠だ。師匠が居れば、きっと僕を褒めてくれただろうなぁ。頭をなでてくれるだろうなぁ。もっともっと、師匠のために頑張らないと!」
ユウノは陶酔するように天を仰いだ。それは崇拝する神を崇めるような、それでいて恋い焦がれる乙女の表情だった。
ホワイトは自分の憶測が甘かった事に改めて気づく。
もう、この勇者は壊れているのだ。
いつからこうなってしまったのだろう。ホワイトは3人で旅をしてきた日々を思い返す。
決して楽な旅では無かったが、こんな事になるべきでは無かった。
これでは誰も救われない。
勇者の心の亀裂に、もう少し早く気づけたら、こんなことにはならなかったのだろうか。
しかし、もう全て遅すぎた。これはもう終わっている『物語』だ。
そういった『物語』に終止符を打つのが、自分の役割だとホワイトは理解している。
この壊れた勇者は自分が処理するべきだろう。正しき『物語』のために。
ホワイトが一歩近づいた。
その時、ユウノは雷に打たれたように身体を痙攣させると、いきなり玉座から飛び上がった。そして、何かにおびえるように部屋の隅へと逃げ込み、身体を丸くして縮こまった。
「ひぃいい、ごめんね、ごめん、ごめんなさい! まだ僕は狂ってなんかいないよ! 大丈夫、大丈夫だから。勇者として頑張るから。みんなのために戦うから……お願い、殺さないでぇ……」
ユウノは自分の身を守るように縮こまりながら、そんな命乞い染みた言葉を発した。ガタガタと身体を震わせて、おびえた瞳からは涙が溢れ続けている。
たった1人で鬼の住む砦を滅ぼした勇ましい者の姿は、そこに無かった。
完全に勇者の頭がおかしくなったのかとホワイトは思ったが、ある推測にたどり着き、背筋に悪寒が走った。
「私は……あなたを何回殺しましたか」
「えっ?……もう覚えてないよ……。10回や20回なんてものじゃなかった。何度何度も殺されちゃった。手も足も出なかった……」
ホワイトはその言葉で理解した。ここでユウノを処理する事はたやすいことだ。しかし、それでは何も完結しない。ユウノを処理する度に、時は巻き戻されてしまうのだろう。
ホワイトの力を持ってしても、勇者の『物語』は終わらないのだ。
「失礼しました。勇者の力を侮っていたようです。もうあなたを殺したりはしません。時間の無駄でしょうから。立てますか?」
ホワイトはそう言ってうずくまるユウノに手を差し伸べる。
ユウノは顔を上げて、恐る恐るその手を取った。
「あ、ありがとう。殺さないでくれて、ありがとう。でもね……」
ホワイトの手を握るユウノの手に驚くほどの力が込められる。
「……いつか僕がホワイトより強くなったら、ホワイトを殺す。絶対に殺す。その前に師匠の居場所を吐かせるために拷問する。その後も痛めつけて念入りに殺す。僕が知っているあらゆる苦しみを、全部ホワイトにもわけてあげるよ」
憎悪に燃えるユウノの瞳が、無感情なホワイトの瞳に映り込む。
そして、グチャリという生々しい音を立てて、ホワイトの右手は完全にひしゃげて潰れた。
「さぁ、そろそろ次の街へ行こうか。僕たちの助けを待っている人が待ってるよ!」
ユウノは掴んでいたホワイトの手を離すと、自分の力で立ち上がってそう言った。そこには年相応の、屈託の無い笑顔があった。
「そうですね。先を急ぎましょう」
ホワイトはそう言って、ぐちゃぐちゃになった自分の右手を軽く振るった。すると、あっという間に治癒魔法がかかって、その右手は瞬時に再生を終えた。
勇者と魔法使いの『世界を救う物語』はまだまだ続く。
そして再び時と場所は移り変わる。
王都の近くにソダンの森という森林地帯がある。その北の外れに、カンポカ村という小さな村があった。
キノコが特産品の穏やかな村で、氷湖の魔女が所有する大きな屋敷がある。
その屋敷には双子の魔法使いが住んでいたが、今では小さな魔法ショップが開かれている。
「いらっしゃいませ!」
屋敷の大きな扉を開けると、この店唯一の店員が元気よく出迎える。
栗毛色の髪をもつ快活な少女で、村長の娘だ。
彼女が手伝うようになってから、この店はリニューアルされて、名前も変わったそうだ。
店のカウンターの上には柔らかなクッションが置かれており、その上にこの店の店主が堂々と居座っている。
「ようこそ、魔法ショップ『ユーターン』へ」
赤いトサカをもった店主の『ニワトリ』は、けだるげにこちらを見ると、人間の言葉でそう言って客を出迎えるのだった。
これは呪われた双子と、ひとりぼっちの勇者、そして恋する少女達の物語である。
この話をもって、ユーターンの物語は終幕となります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




