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帰属【特定の組織に所属し従うこと】4

 夕暮れの町並みを、早足で進む子供がいた。その後ろに続いて、赤髪を逆立たせた男が大股で歩いている。


「なぁ……その、勇者さんよ」

 レッドは遠慮がちに、その小さな背中に声をかける。

「あんたが軽々しく勇者と呼ぶな! 僕の名はユウノだ!!」

 先に進むユウノは振り返りもせず、つっけんどんにそう答える。


 魔法ギルドでの思いも寄らない対面を終えた後、師匠は今後の旅の仲間として、ホワイトとレッドを紹介した。

 勇者ユウノは、師匠とホワイトに対しては礼儀正しさを見せたが、レッドに対してはあからさまに嫌そうな表情をした。

 レッドとホワイトは双子の魔法使いであるということも説明し、恐喝犯の誤解も解いたはずなのだが、ユウノはレッドを毛嫌いしているようだった。


 顔合わせを済ませると、ユウノはもう少し王都を散策したいと言った。

 ユウノは今回初めて王都にやって来て、まだ見てない場所があるのだと言う。

 そこで師匠は、王都の案内をレッドに命じた。

 レッドは非難の目で師匠を見た。ユウノもその提案を丁重に断ろうとしていたが、師匠の押しの強さに負けて、しぶしぶ了承したのだった。


「それで、ユウノ……さんはどこに行くつもりなんですかね。目的地がわからねぇと案内しようがねぇんですが」

「案内なんかいらない」

 ユウノはあくまで自分の目と足で、王都を見て回るつもりのようだ。


「はぁ……さいですか」

 レッドはため息をつくと、前を歩く勇者ユウノを観察し始めた。

 身長は同年代の子供と比べても小さい方だろう。

 照らされる夕日の残光によって、鮮やかな金髪が輝いて見えた。基本的に短い髪の毛の所々から、ピョコピョコと少しだけ長い髪が飛び出している。その金髪と大きな瞳のせいか、どことなく『ひよこ』を連想させられる。

 幼さも残るが精悍な顔立ちで、将来は美女にも匹敵するような色気を持つことを予感させられた。

 市場で初めて出会ったときは、一般的な皮の服を着ていたはずだが、今は不釣り合いな大きさの、真新しい胴鎧を追加で着込んでいる。

 具足や手甲を身につけていないせいか、余計にアンバランスな感じになっていた。

 腰には使い込まれた様子の、くたびれた木剣が吊されている。

 どんなに観察を続けても、『勇者』と言うような猛々しさを、レッドは感じ取れなかった。


 その時、不意に道ばたが柔らかな明かりで照らされた。

 それに驚いたのか、ユウノは小さく飛び上がるようにして身構えた 大きな瞳をさらに丸くさせて、腰の木剣に手を添えている。

「あー……もうそんな時間か。王都では夜になると、自動で街灯に火が灯るんだ。初めて見たときは少し驚くかもな」

 レッドはそう説明した。彼もカンポカ村から初めて王都にやって来た時は、色々と戸惑ったものだった。


「べ、別に驚いてなんかいない! 田舎者あつかいするなよな!」

 ユウノは顔を赤らめると、ふてくされたように再び歩み始めた。

 レッドは自分でも珍しく親切にしてやったつもりだったが、ユウノにとっては要らぬお世話だったようだ。

 レッドは再びため息をつくと、再度ユウノの後を追った。


「なんでついてくるんだよ」

「師匠に案内を命令されたからな。師匠の命令は絶対だ」

「……ふん。勝手にしたらいいさ」

 それからレッドは適当な店や名所を見かけるたびに、軽い説明を行った。


 遠くからも見える占星ギルドの塔、天空博物館へと繋がる大階段、公園の彫刻噴水などなど。

 ユウノはその説明のたびに少しだけ足を止めて目をやるが、レッドの説明が終わるとすぐにまた歩き出した。レッドもまた気にせずその後を追った。

 そんな観光案内めいたことを続けていくと、ユウノは一軒の店先で足をとめた。


「おいおい、まさか目的地ってここか。お前みたいな子供が来る場所じゃねーぞ」

「うるさいなぁ。酒場で情報を仕入れるのは、勇者の常識だぞ」

 ユウノは得意げにそう言うと、ためらいなく酒場の扉を開いて中に入っていった。

 レッドは何度目かわからないため息をつくと、同じようにその後について行った。


 酒場にはすでに多くの客がたむろしていた。新たに入店した新顔の2人を、いぶかしげに見る者が多かった。

 ユウノはそんな好奇の視線を物ともせずに、バーカウンターへ向かった。

「子供に出すモンはウチにはないよ。さっさと後ろの兄さんと帰りな」

 厳つい赤ら顔の店主が、カウンターの向こうからぶっきらぼうに声をかけてきた。

「僕はユウノだ。情報が知りたい。手助けを求める人の話とか、仕事の話、妙な事件や事故、宝の噂話しとかないか?」

 ユウノはまくしたてるようにそう言った。


 それに面食らった店主は思わず連れのレッドの方を見た。

「とりあえずビールを。こいつにもアルコールがない物を何か。無ければ水で良い」

 レッドは肩をすくめながら、そう注文した。

 店主は怪訝な表情のまま、注文された品を出すためにカウンターの奥へと向かった。


「別に僕は飲み物を飲むためにここに来たわけじゃ無いぞ」

「あぁ、そうかい。俺は飲まなきゃやってられない気分だ」

 レッドはそう言って空いているカウンターの席に座った。ユウノも仕方なくその隣に座った。


 それからすぐに、店主が飲み物の入ったコップを持って、2人が座る席までやって来た。

「で、なんなんだあんたらは。旅芸人か役者かなにかか? まさか監査じゃないだろうな」

 飲み物をテーブルの上に押しやりながら、店主がそう言った。

「酒場は情報源の宝庫だとおばぁちゃんから聞いた。それで来たんだ」

 ユウノは至って真面目な様子だ。

 店主は助け船を求めるようにレッドを見る。


「少しおしゃべりにつきあってくれればいいんだ。頼むよ」

 レッドはそう言って飲み物代以上の金を店主に渡した。

「そうは言ってもねぇ……。ここの所は平和で退屈な毎日だよ。昔と違って魔王との戦いや、戦争なんかもおきてないからねぇ」

 金も貰ったせいか、店主は意外と親切に話しを始めた。

「そういえば町外れに住むカールソン夫妻が、夜な夜な魔物が作物に手をだして困ってる、とか聞いたなぁ。なんでも近くの洞窟に魔物が住み着いているんだとか」

「町外れ、カールソン夫妻、該当あり。マッピング……完了。魔物の被害……クリア条件は……」

 ユウノはアゴに手をやると、どこか遠くを見ながら、なにかを復唱するようにブツブツと言っている。酒場の喧噪にまぎれて、レッドはそのことに気づいていない。


「でもまぁ、しばらくすればいつものように魔物のほうから勝手にいなくなるか、どっかの冒険者が退治しちまうと思いますがね。……これぐらいでいいかい? もう仕事に戻らせてもらいますぜ」

 店主はレッドから渡された金を手早く懐にしまい込むと、別の常連客の注文を受けに行った。


「満足したかい、ユウノさんよ」

 レッドが隣を見ると、ユウノはアゴに手を当てたまま、何か考え事をしているようだった。

「そもそも仕事の情報や依頼が欲しいなら、今はギルドで受注したほうが早いんだぞ」

 レッドはそう忠告する。確かにギルドが無い時代はこういった酒場で情報や仕事のやりとりがあったそうだが、ギルドが発達した今ではそれはもう過去の話だ。


 その時、酒場の扉が開く音がして、大勢の客が騒がしく入店してきた。酒場の近くにある工芸ギルドの職人達のようだ。一仕事を終えて一杯ひっかけにやって来たのだろう。

 酒場の賑わいが増して、混雑が激しくなる。その場を歩くには、人の隙間を縫って行く必要があるだろう。


 レッドは出されたビールを一気に飲み干した。炭酸が抜け気味でぬるかった。しかし、それでも多少気分はマシになった。

「さぁて、おっさん達に押しつぶされねぇうちに、さっさと帰るぞ」

 レッドが隣を見ると、そこには誰も居なかった。


 一瞬間が空いて、それからレッドは周囲を見渡す。周辺には飲んだくれるオヤジ達しかおらず、勇者と名乗る小さな子供の姿は影も形も無かった。

 レッドは考える。もちろんユウノがどこに行ったかだ。しかし、だんだん面倒臭くなってきた。アルコールが頭に回り始めたからだ。

 レッドは酒が好きだった。色々な事を忘れさせてくれるからだ。

 最近は金欠でその楽しみからも離れていたが、つい最近大仕事をやり終えて、小金を手にしていた。もちろんそれはホワイトの護衛代だ。


 鈍化する思考の末、レッドは1つの考えにたどり着いた。

「……店のオヤジ、もう一杯ビール。あと何か肉料理を頼む」

 レッドは考えることをやめて、酒と料理を楽しむことにした。何故ならここは酒場だから。古くさい勇者が難しい顔をして、情報を聞きにやってくる場所ではないのだ。


 ……しばらくして。


「やぁ、おかえり、レッド君。遅かったじゃないか」

「……なんで居るんですか、師匠」

「この宿舎は君達のために師匠が準備してあげたんだよ。ならばソコに師匠が遊びにきても問題はあるまいに」


 宿舎のラウンジにある大きなソファーに、だらしない姿勢で寝転びながら、師匠は帰ってきたレッドを出迎えたのだ。

 確かにそこは勇者達の拠点として、魔法ギルドから丸ごと提供された宿舎だった。


「ふむ、ところでレッド君、ユウノ君はどうしたのかな?」

「え? ……帰ってきてないんですか?」

アルコールで緩んだ気持ちが急に引き締められて、レッドの胃がキリキリと痛んだ。

 嫌な予感がレッドの首筋を駆け抜けていくのを感じた。


「……ふむ。おかしいなぁ、キミにユウノ君をまかせたつもりだったが、間違えているかな?」

「間違って……ないです」

 レッドは汗がダラダラと噴き出すのを感じながらそう答えた。まるで体内のアルコールが蒸発するように頭が冷たくなっていく。


「さて、では何があったのか聞こうか。キミのその匂いからすると、なにやら楽しいことがあったようじゃないか」

 師匠はそう言って、自分のそばの床を指差す。レッドは自然にその床の上で正座の姿勢をとっていた。師匠の説教が行われるいつものパターンだ。

 レッドはしどろもどろになりなが、ユウノと酒場まで行ったことを師匠に話した。


「ふむ、おそらくユウノ君は、魔物に困っているという夫妻を助けにむかったんだろうね」

 レッドの話しを全て聞き終えると、師匠は少し考えてそう言った。

「……はい? 冗談でしょう? こんな時間に? そもそも、その夫妻がどこに住んでいるのか聞いていないんですよ?」

 確か酒場の主人はカールソン夫妻が魔物に困っていると言っていたが、どこに住んでいるかは言っていなかったはずだった。


「『勇者』ならそれぐらいわかるんじゃないかな。『目的』さえ決まれば後は運命が導くのさ」

 そんな馬鹿なという言葉がレッドから漏れそうになったが、師匠はふざけている様子は無かった。


「ちょ、ちょっと待ってください師匠。あいつは会ったことも無い、本当に困っているかどうかもわからない人を、助けに行ったっていうんですか?」

「もちろん。それが『勇者』だからね。勘違いだったとは言え、ホワイト君を助けるために、ユウノ君はキミにも立ち向かっただろう? そういう生き物なのさ」


 レッドは思い返す。ホワイトとレッドの間に割って入ってきたユウノの姿を。酒場に行った時もユウノはまったく物怖じしてなかった。

 しかし、それは蛮勇と何が違うのだろうか。


「いや、でも、仮に困っている人を助けに行ったとしても、魔物が必ず居るってわけじゃないですよね? 酒場のおやじの情報が間違っているかもしれないし……」

「そういえばホブゴブリンの一団が、王都郊外で目撃されるようになった、という報告が最近あったよ。大きな被害も出てないから、ギルドによる討伐は後回しになっているそうだけどね」


 ホブゴブリンはゴブリンより大型の個体をさす名前だ。ゴブリンと違って人間大の大きさで知性も高いことが多い。

 並の冒険者でも入念な準備を行って退治に挑まなければ、死傷者が出ることもある危険な魔物だ。


 嫌な予感がレッドの中で沸々とわき上がってきた。


「全て師匠の憶測にすぎないけどね。もう少ししたら、ひょっこりユウノ君が帰ってくる可能性もある。さぁ……どうする、レッド君」

 師匠はそう言ってレッドを見る。しかし、レッドはもう決めていた。

「俺、あいつを探してきます」

 レッドはそう言って立ち上がる。


「ふむ、いいねぇ。さっそくパーティとしての仲間意識ができているようで、師匠は嬉しいよ。いってらっしゃい、レッド君」

 師匠はひらひらと手を振ってレッドを見送る。

「別に仲間意識とかじゃないですよ。まだ王都を全部案内し終えてないことを思い出しただけです。って……わかってはいましたが、師匠は手伝ってくれないんですね」

「もちろん。師匠は別に心配してないからね。キミのことも、ユウノ君のこともね」


 レッドは窓際まで歩いて行くと、その窓を開いた。

「買いかぶりすぎですよ、師匠は」

 レッドは一瞬のうちにフクロウに変身すると、衣服を残して夜の闇へと飛び立っていった。


「さて、レッド君は出て行ったわけだが、キミはどうするんだい、ホワイト君?」

「別にどうもしないですよ、師匠。」

 ラウンジの片隅で、椅子に座って読書をしていたホワイトがそう言った。レッドが帰ってきた時から、実はそこに居たのだ。


「ふふっ、もしかしてレッド君に声をかけてもらえなくて、すねているのかな?」

「いいえ。面倒ごとに巻き込まれずに済んで、ホッとしています」

 ホワイトはそう言って椅子から立ち上がると、開け放たれた窓を閉める。そして足下に残されたレッドの衣服を、手慣れたようにたたんで片付けた。


「心配をしていないと師匠は言いましたが、『勇者』は死なないというのは本当ですか?」

 そしてホワイトが師匠に尋ねる。

「あぁ、そうだよ。『勇者』はこの世界の主人公だ。生物的な死に至ると、時間と運命をさかのぼって復活する、らしい」

「らしい、と言うことはその現象は観測された事がないんですか?」

「もちろん。何故なら勇者は"事実上1度も死んでいない"からね」

 師匠は学校で授業を行うように、ホワイトの質問に答える。


「『勇者』は不死身の化物だと、最初からレッドに説明すればよかったのでは? そうすればレッドもこんな無駄な事をせずにすんだでしょう。師匠はいつも言葉が足りなすぎます」

「ふむ。そうかい? 言葉は難しいね。呪文を唱えるのは得意なんだけどね」

 師匠はそう言ってクツクツと笑う。


「でも、もしレッド君はそれを知っていても、ユウノ君を助けに行ったと思うよ。そういう所、師匠は好きだよ。キミもそうだろう?」

「……いいえ。ああいう馬鹿は嫌いです。1回死んだ方がいいと思います」

「ハハ、言うねぇ。キミは相変わらず喋りすぎる。……さてと、師匠は念のため『運命の分岐点』を観測してみるとするよ。もしかしたら初めて観測できるかもしれないからね。それではまた会おう」


 師匠はそう言うと、霧のように姿を消した。後に残されたのは、ひとかたまりの冷たい空気だけだった。

 ホワイトは、ほんの少し身体を震わせると再び読書の続きに戻った。

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