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帰属【特定の組織に所属し従うこと】2

 呪われた双子の魔法使いが帰郷して数日がたっていた。

 その間、ホワイトは地下の実験室にこもり、何らかの研究に没頭していた。

 エマもたびたび館に現れては、館の掃除をしたり、手料理を振る舞ったりしていた。

 そしてレッドはと言うと……。


 館の一階、玄関の先。エントランスホールにある長テーブルのカウンターの上。

 柔らかな小さなクッションが置かれていて、その上に白いニワトリがどっしりと居座っている。

 その堂々としたたたずまいのまま、ニワトリは居眠りをしていた。

 小さく開いた2階の窓からは心地よい風が送り込まれ、暖かな日差しが差し込んでいる。

 実に過ごしやすい穏やかな雰囲気だ。


 その静寂を打ち破るように館の扉が開かれて、元気な少女の声が響いた。

「やっほー、店のお手伝いに来たよー」


 突然の来訪者によってニワトリのレッドはビクリと身体を震わせると、小さな目をパチパチとさせた。そして、大儀そうに鎌首をもたげるように顔を上げた。


「畑仕事をサボって遊びに来たのか不良娘め」

「まーたそう言って、素直じゃないんだから」


 村長の娘エマはテーブルカウンターまでやってくると、そこに鎮座するニワトリのレッドをウリウリと突っついた。

 エマは袖無しのブラウスとスカートといった出で立ちで、浅く日に焼けた健康的な素肌が目にまぶしく映る。


「さぁ、今日こそ新しい商品を仕入れるよ! 特に『止血』と『毒消し』の魔法薬、あと『迷わずの針』は人気商品で在庫が少ないんだから」

 エマはグッと両手を握りしめて気合いを入れている。

「まったく……いつの間にウチは人気店になったんだか」


 レッドが開いていた魔法ショップ『ドット』は、客がほとんど来ない開店休業状態が長く続いていた。

 しかし双子が旅立ってしばらくすると、カンポカ村には多くの冒険者が来るようになり、それに伴い店に訪れる客が急増していたのだ。

 エマが『ドット』の店番をしつつ、村に訪れる冒険者に話を聞いてみたところ、ソダンの森にすむ『悪魔』が復活したという噂が流れており、その早期討伐のために多額の懸賞金がかけられているということがわかった。

 その懸賞金目当てに腕自慢の冒険者がカンポカ村に集まるようになったそうなのだ。


「ソダンの悪魔なんていやしないのにご苦労なこった。よっぽど暇なのかね冒険者ってやつは」

 その噂の元凶であるレッドは他人事のようにそう言った。

「ちょっとぉ、魔物を退治してくれてる冒険者さん達の事、あまり悪くいわないでよね。それにウチの商品をいっぱい買ってくれるし!」

 エマはそう言って両手を合わせると、目をキラキラと輝かせる。その瞳には黄金が煌めいているようだった。

 コロコロと表情を変えながらおしゃべりをするエマは、素朴ながらとても魅力的だった。

 これはエマ目当てで店に来ている冒険者もいるだろうな、とレッドは思ったが何も言わなかった。


「ソダンの森の調査に向かった冒険者の団体さんが、そろそろ村に戻ってくる頃なの。それまでに、いーっぱい商品を補充して買って貰わないと!!」


 エマはまだまだ冒険者に商品を売りつける気のようだ。商魂たくましいと言うべきなのだろうか。間違いなくレッドよりは商才があるのだろう。

 しかし、肝心のレッドはあまりやる気がないようだった。

 

「商品の補充といってもだなぁ……俺は今、ただのニワトリだぜ? 昔のように細かい錬金作業ができるかどうか……」

「そこはあたしも手伝うからさ。レッドがやり方を教えて、あたしが魔法薬を作って売るの。前からちょっと興味があったんだ。レンキンジュツ? っての」


 錬金術は魔力の無い一般人でも、確かな知識さえあれば比較的安全に行える初歩の魔術儀式だ。

 レッドも変身術以外の魔術適性が無かったため、錬金術を多く教わっていた。


「簡単に言うがな、錬金術も手順を誤ると大変なことになるんだぞ? もしも何かあったら……」

「何を恐れているのですか」

「別にビビってなんかいねーよ……って、ウワッ!」

 気配も無く、いつの間にかホワイトがレッドのすぐそばに現れて、会話に割り込んできていた。

 レッドは驚きのあまり赤いトサカを逆立てている。同じくエマも目を丸くしている。

 ホワイトは何故かボーッとしていて、意識が集中していない様子だ。

 いつもの黒い装束を着ていたが、顔色はいつも以上に青白く、まるで死人のように透き通っているようにも見える。


「変身術すら使えなくなった今、レッドに残された魔術は錬金術ぐらいですからね。それをエマに伝授して自分が用済みになってしまうのが怖いのですか?」

 そんな辛辣な言葉をホワイトは淡々と言った。

「……相変わらず癪に障る奴だな、おい。喧嘩売ってんのか、テメェは」

 レッドの目つきが鋭くなり、首回りから頭にかけての羽毛が逆立つ。


「エマ、あなたが望むのなら私が錬金術を教えます。こんな腑抜けの鳥頭に教わる必要はありません」

 レッドの威嚇を気にとめることもなく、ホワイトはエマにそう言った。

「え、えっ、えっと、その……」

 険悪なムードと突然の展開について行けなかったエマは、あたふたとすることしかできないでいた。


「おいっ! 勝手に話を進めるんじゃねぇ! こいつは俺の店の店員で、……弟子なんだからな!」

 レッドはカウンターからピョンと飛び降りると、羽根を広げてホワイトの前に立ちふさがった。

「そうですか。わかりました。それはさておき……」

 ホワイトはあっさりと引き下がると、しゃがみ込んでニワトリのレッドと視線を合わせた。

「たとえ世界中がレッドの存在を否定しても。全てを失ったとしても。……『彼女』はあなたを見守っていますから」

 消え入りそうな小さな声でホワイトはそう言うと、ニワトリのレッドの首元を両手で優しくなでた。その声には普段含まれているどこか刺々しい雰囲気は無かった。


「……さっきからなんなんだよお前は、ちょっと情緒不安定じゃ……ってなんだコレ!!」

 違和感に気づいたレッドが驚きの声を上げて自らの首元に両手(翼)をかざす。

 ホワイトが触れていたレッドの首元に、いつの間にか首輪のようなものが巻き付いていたのだ。

 それは黒い革製で金属プレートが取り付けられていた。そしてそのプレートには魔力が込められている細かなルーン文字と「RED」という名が刻み込まれていた。

 端から見た分には、……家畜やペットにつけさせる首輪に見えるだろう。


「ちょ、ちょっと待て、ホントになんだコレ、……ンンググウ……って、取れねぇし」

 慌てふためくレッドをよそに、それを取り付けた本人であるホワイトは、かがんだ状態から立ち上がると、大きく伸びをした。


「それは……まぁ、『首輪』です。研究の……成果です……ね」

 ホワイトはあくびをかみ殺すような表情でブツブツとつぶやくようにそう言った。目の端にはうっすらと涙が浮かんでいる。単純に言えば酷く眠そうだった。


「詳しい……説明は、必要です……かね?」

 ホワイトはカウンターテーブルの裏に回るように、足を進めてながらそう言った。その足取りもどこかおぼつかない。

 ホワイトが行く先には背もたれの傾斜が緩い寝椅子がある。それはレッドが人間の姿だったころ、よく居眠りに使っている椅子だった。


「説明だと? いるに決まってんだろ、なんだこの首輪! 明らかに変な魔力が巡っているのが俺でもわかるぞ!! 呪われてるんじゃないかってぐらいにな!!」

 レッドはやっきになって首輪をはずそうてしているが、びくともしない様子だ。


「説明……ルール……それはまた、後で……です。勝手に外したら……死にます……よ」

 ホワイトは不吉な言葉を残して寝椅子に身を預けると、そのまま瞳を閉じた。その数秒後には安らかな寝息を立てていた。


「」

 マイペースなホワイトの行動に、レッドはもうただただ唖然とするしかなかった。

「……えっと、ホワイトちゃん、こんな所で寝ちゃだめだよ。風邪ひいちゃうよ」

 エマが至極まっとうな普通の事を言った。

 しかし、ホワイトが目を覚ます様子は全くと言って無い。


「本当に訳がわからんが……まぁ……その、なんだ、このままほっといてもいいと思うぜ。俺もよく昼寝してたし」

「それは、レッドは大丈夫かもしれないけどさ、ホワイトちゃんは女の子なんだよ。……うーん、でもあたし1人じゃ2階のベッドまで連れて行けないし……一応、羽織る物持ってくるね」

 エマはそう言って、2階へと上がって行った。


 1人残されたレッドは、近くの台座に飛び乗り、それから元々居たカウンターの上に飛び移った。

「やれやれ。お前の行動はいつも突発的すぎるんだよ……巻き込まれるこっちの身のもなれっての」

 レッドは眠るホワイトを見やってそう言った。無防備に眠るホワイトは年相応で、完全なる魔法使いと言われるような威厳は無かった。


 しばらくしてタオルケットもってエマが戻ってくる。そしてそれをホワイトの身体にかけてあげた。ホワイトは身じろぎすらせずにそのまま眠り続けている。


「ずっと地下室でなにかしているのは知っていたけど、もしかしてずっと徹夜してたのかな?」

「そうかもな」

 寝ているホワイトを見ながら、レッドは気の抜けた答えを返す。


「ホワイトちゃんが頑張って作ってくれたみたいだし、えっと……その首輪、似合っていると思うよ」

「見え見えのお世辞はやめろってまったく。……さて、行くぞ」


 レッドは再びカウンターから飛び降りると、エマを呼んだ。

「そうだね。ホワイトちゃんのそばで、うるさくしないほうがいいよね」

「ばーか、別にアイツに気をつかっているわけじゃねーよ。言っただろ、おまえは俺の弟子なんだからな。これから簡単な薬草の採取方法を教えてやるだけさ」


 そう言ってレッドは玄関の扉へと歩いて行った。そのレッドの行動の意味を、半歩遅れて理解したエマは、こみ上げてくるような嬉しそうな笑みを浮かべた。


「……あっ、うん。よろしくね! えっとじゃあこれからは『先生』って呼んだほうがいいのかな?」

「『先生』はやめろって。どうせなら……そうだな『師匠』と呼べ」

「わかったよ『師匠』! そういえば王都に行って『師匠』の『師匠』と会ったんだよね。それからどうしたの?」

「なんだかややこしいぞ。ま、その話もついでにしていくか」


 ニワトリのレッドは弟子となったのエマを引き連れて、魔法薬に必要な薬草を採取するため歩み始めた。

 その道すがら、レッドは語り始める。双子の魔法使いと、1人の勇者の物語を。

 

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