前日訓練
十五話
◆キーア暦144 2月1日◆
ウィルは目を覚ます。見慣れない天井が広がっている。
「…っ、なんで床なんかに寝てるんだ? 確か…」
何故か、昨日の夕食からの記憶が曖昧だ。何かとんでもないものを見た気がするが、思い出そうとすると頭痛が走る。
「やめておこう」
思い出すのを止めて、部屋を出る。一階に降りると厨房の前にリーがいた。
「リーさん、おはようございます。何してるんですか?」
「おぉ、ウィルか。実は昨日、あのままローラさんに付き合わされてな。厨房で寝ちまってたんだ」
「…お疲れ様です」
覚えてないが、昨日の夕食のことだろう
「ああそうだ、お前に用事があったんだ。ウィル、ついてこい」
散歩だろうか、リーは外に歩いて行く。
「まぁ、構いませんけど」
ウィルも後を歩いて行った。
「ここは?」
ウィルは巨大な建物の前に来ていた。長方形の形でかなり大きい。
「訓練所だ」
リーは中に入って行く。
「シズネから聞いたぜ。お前、ずいぶんと雑な戦い方するらしいな」
ウィルも中に入る。
中はだだっ広い空間が広がっていた。床も壁も白一色だ。
「暗殺は、敵に気付かれずに終わらすのが理想だ。だが現実はそうじゃない。対象に気が付かれないようにするためにも、正体がばれた相手は必ず殺さなきゃならない。その時、物を言うのは純粋な戦闘技術だ」
リーが振り返る。
「今から、お前には俺と戦ってもらう。自分で言うのもなんだが、俺は厳しいぞ。せいぜい合格を取れるように頑張れ。」
シズネは目を覚ますと、いつもの様に状況を確認する。いつもの部屋、いつも天井、いつものベット。
「…眠たい」
昨日の大騒ぎのせいで、よく眠れなかった。体が少しだるい。
服を着替えて部屋を出る。いつもの大きい黒いコートに、愛用のアイテム『ヴァジュラ』を入れるのは忘れない。
一階に降りる。
「やあ、シズネ」
振り返るとマックスがいた
「よく眠れ…たわけないか。ローラさんはまだ寝てるよ。しばらく起きそうにない」
周りを見渡す。他の二人もいない。まだ寝ているのだろうか。
「ウィルとリーは?」
「二人なら訓練棟に行ったよ。ウィルのやつ、今頃ボコられてるんじゃないかな」
マックスは肩をすくめて言う。
「見に行くのか?」
シズネは訓練棟の方に歩き出していた。
「指導係は私だから」
マックスも、やれやれといった風で後を追った。
十六話
「がっ!」
壁にぶつかって、肺から空気が押し出される。
「!」
動かない体を無理矢理横に投げ出す。
ゴンッ
鈍い音が聞こえる。見ると、さっきまでウィルがもたれ掛かっていた壁に、リーの腕がめり込んでいる。
「っ、殺す気か!」
なんとか体勢を立て直す。今のウィルは武器をもってない。リーと素手で戦っていた。力の差は歴然で、逃げ回るのがやっとだ。
「ちゃんと手はぬいてるさ」
休む間もなく攻撃を仕掛けてくる。
リーはああ言ってるが、一発でもまともにくらえば無事ではすまない。
(落ち着け。懐にさえ入れなければ、対処は可能だ)
ウィルはリーの猛攻をしのいでいく。最初は慣れなかった動きも、今なら次の手を読む程度はできる。
「なんだ? 避けるだけじゃあ、敵は殺せないぞ」
大振りの蹴りを、腕で受けて間合いをとる。
「どうかな? さんざん見てきたお陰で、アンタの動きは読めてきた。すぐに一発きめてやるさ」
ウィルは左手を前にして構える
「ほう、ならやってみろ!」
リーが間合いを詰める。
(右の大振りにはスキができる。そこを避けてカウンターを決める)
再び繰り出される猛攻をしのいでいく。
リーの攻撃は重い。だが、腕の届かない距離を保てば、避けるのは可能だ。そうすると、必ず踏み込ん出からの一撃で距離を縮めてくる。カウンターを決めるならそこしかなかった。
(二度目からは警戒される。チャンスは一度だけ。全力で叩き込む)
リーが踏み込む。
(来た!!)
繰り出される右腕を、前に出てよける。その勢いのまま右腕で殴り付けた。
完璧なタイミング。しかし
「甘いな」
「!?」
次の瞬間、宙をまっていたのはウィルだった。
殴り付けた右腕はリーの左手に捕まれて、そのまま投げられていた。
(背負いなげ!?)
床に叩きつけられる。ウィルの意識はそこで途切れた。