長い一日
十三話
時間は少し戻って事務室、部屋に戻ったローラはシズネを呼び出していた。顔は真剣といった風だ。
「ウィルはまともじゃないわ」
ローラが話す。
「少なくとも、今まで見たことの無いタイプ。正直、想像以上だわ。シズネはどう思う?」
ローラはウィルについて、マックスに調べさせていた。報告から、変わった人間とは思っていたが、実際はそんなものではなかった。
「私もそう思う」
シズネは答える。
「ウィルは、人殺しに対しての抵抗が、まるでない」
今日の喫茶店でのことを思い出す。
「あの時、男を殺すことに少しも迷いがなかった。迷いどころか、なんの感情も無いみたいだった。普通ならあり得ない」
人殺しをする時、人は何かしらの感情が沸き上がってくる。普通なら嫌悪感で踏みとどまる。兵士なら葛藤と罪悪感を背負いながら。狂人なら高揚感を求めて。それはシズネ達も例外ではない。しかし、
「ウィルはまるで、息をするように殺そうとしていた」
それは当然のことだと。考えるまでもないことだとでも言うように。
「…私が初めてウィルに会った時のこと、おぼえてる?」
ローラは言う。
「彼、初対面の私を見て、とっさにナイフを握ろうとしたの」
ローラが握ったウィルの手。まさにその手がコートの裏、つまりナイフに伸びていたのだ。相手がウィザードで、警戒したとしても普通はあり得ない。
「マックスが調べた限りでは、殺人の前科はない。人殺しに慣れすぎているということでもないし、特別な教育を受けた訳でもない。つまり」
ローラはシズネの目を見て言う。
「他人とのコミュニケーションに、デフォルトで殺人という選択肢がある。それがウィル=リーガスという人間」
ウィルは事務室の前に来ていた。ドアを開ける。
「ローラさん、アイテム決まったんですけど。あれ、なんでシズネが居るんだ?」
部屋にはローラではなくシズネの姿があった。
「ローラは用事があるって出ていった」
シズネはドアの方に歩いて行く。
「来て、案内する」
「案内ってどこに?」
ドアを開けて言う。
「ウィルの部屋」
そう言うと、シズネはすたすたと歩いて行った。
事務室と同じ屋敷を三階に上がる。長い廊下があり、部屋がいくつか並んでいる。造りは宿舎や寮と同じだが、壁や所々にある装飾は高そうなものばかりだ。
「三階が男性、四階が女性のフロア」
シズネは、階段から右に三つ目の部屋で足を止めた。
「ここがウィルの部屋」
そう言って鍵を渡す。
ウィルは鍵を受け取ってドアを開ける。
「広いな」
扉の正面に広いリビング、横に一つ寝室がある、トイレと風呂も完備されていて、おまけに最低限の家具までついてある。
「一人でこの部屋か?」
「そう。準備して、次は町に出る」
「町? 用事でもあるのか?」
部屋を見回しながらウィルは聞いた。
「食事は当番制。今日は私とウィル」
シズネは言うと、またすたすたと歩いて行く。
「あ、おい、ちょっと待て」
荷物を置くと、ウィルは急いで、ナイフのかわりにリークを四本、コートの裏に引っ掻ける。服はそのままでシズネを追いかけた。
十四話
「はぁ…」
買い出しから帰ったウィルは、一階にある厨房で溜め息をついていた。時刻は六時で、辺りも暗くなってきている。
町の店に行ったのはいいが、そこからが大変だった。シズネは店を選んで勝手に入って行く癖に、店員と全く話さないのだ。結局、シズネと店員の間を行ったり来たりして、なんとか買い物を終わらした。加えて言うと、荷物は全てウィルが持たされていた。
「で、何を作るんだ?」
具材がバラバラで想像がつかない。できるだけ簡単なものがいいと思いながら、シズネに問いかける
「カレー」
(まぁ、無難だな)
ウィルはカレーを作り初めた。武官学校の食堂でバイトしていたこともあり、順調に進めていく。シズネも意外と手慣れた手つきで、具材を切っていた。
(思ったより早く出来そうだな)
ウィルはこの機会にいろいろと聞いてみることにした
「シズネは魔術士なんだろ。どのくらいのランクなんだ?」
ウィルの感知能力では、魔力量を正確に計れない。悪寒が走る感覚で判別してるだけなのだ。強盗の時見た限りでは、ウィルよりもかなり上のはずだ。
「ランクはB」
「!、それは驚いたな」
Bというと、分隊長クラスだ。天才とは言わなくても、充分なほどの才能がある。
「なんで、シークレットにいるんだ?」
「…」
(しゃべらないか)
やはり謎が多い。話せば話すほど分からないことが増えていく。
「おー、今日はカレーか」
マックスが見に来ていた。
「もうすぐ出来るけど、みんなは?」
「ローラさんなら事務室にいたよ。他の人も自室にいると思う。呼んでこようか?」
「ああ、頼む」
マックスは二階に上がっていった。
カレーもあとは弱火で煮込むだけだ。
(?、具が少ない気が)
「シズネ、具材ってこんなに少なかっ…」
言葉がつまる。シズネはいつもしているマフラーは外していた。
「もとからこの量だった」
口もとにはカレーのルーがついている
「その口の周りのものは何だ」
「…よだれ」
「黄色いよだれがあるか! もう少しましなウソ言え!」
タオルを投げつける
「味見してただけ」
シズネは口をふきながら言う。
「どれだけ味見してるんだ。半分近く無くなってるぞ!」
仕方なくそのまま盛りつけることにする。ウィルは釜から米をを皿に分けていく。しかしこれも量が少ない。
「まさかとおもうが、これも味見したのか?」
「した。問題なく炊けてた」
「問題なのはお前だ! いくら食えば気がすむんだ」
見積もっていた量より、少ない物になってしまった。ウィルは仕方なく、適当な野菜炒めを作ることにした。
そのあと全員が集まり、夕食となった。ここでもバタバタがあったのだが、それはまた別の機会に話そう。