決断
十一話
「どうゆう事だ、これは!」
ウィルは立ち上がり叫んでいた。原因はもちろん、任務対象についてだ。年下であることにも驚いたが、それよりも問題は職業だ。
「殺す相手がウィザードなんて聞いてない。無理に決まってる。」
「そうでもないわ」
ローラは静かに答える。
「ウィザードにも弱点はある。そこを突けば、殺すことも可能よ。ウィザードの私が保証する。」
確かに可能かもしれない。シズネ達もそう思ってるから、こうして任務を受けているのだ。だが確率が低すぎる。加えて失敗すれば命はない。こんなリスクを、ウィルは背負えなかった。
「…辞退は出来ないんですか?」
「無理ね。シークレットの一員として、責任は果たしてもらいます」
「なら…!」
ウィルはドアに手をかける。
「オレはここを辞める。これで問題ないだろ」
答えたのはマックスだった。
「それはおすすめしないな。外に出ても行き場はないぜ」
マックスは懐から、一枚の書類を手渡した。
「お前の死亡報告書だ」
「な!」
ウィルは紙に目を走らせる。
『ウィル=リーガス 17歳 キーア歴144 1月31日 12時15分13秒 死亡 詳細については…』
確かに死亡したことになっている。しかもこの書類は、治安隊の正式な物だ。
「どうしてこんなものがある!?」
ウィルはマックスに掴みかかるようにして言う。
マックスはどこからか帽子を取りだし被った。
「これで分かるだろ」
「…まさか、あの時の」
声も裸の色も違うが、間違いなく喫茶店でウィルに職務質問してきた、あの隊員だった。
「その通り。お前はさっきの事件で、死んだことになってる。暗殺者に名前はいらないだろ」
「それとも」
しゃべったのはローラだ。ウィルは今までにない悪寒に襲われた。
「本当に死んでみる? ここに踏みいった以上、どのみち生きて返す訳にはいかないの。今死ぬか、任務を受けるか、どっちか選びなさい」
紙を持つ手が震える。さっきまでの彼女とは思えない。殺気が目に見えるようだ。
(そうだ。化け物はここにもいたんだ。)
ウィルは考える。任務、ウィザード、ローラ、死亡報告書。
何が優先か
もちろん命だ
今逆らえば命はない
任務を受ける?
だが任務に出るなんて自殺と同じだ
ケビン上官に騙された
途中で逃げ出す?
駄目だ。敵国に安全な場所はない。
いっそのこと、向こうのウィザードに裏切るか?
死にたくない
どう考えても、殺されるのがおちだ
なら…
「大丈夫」
ウィルははっとする。声は意外な人物のものだった。
「ウィルは死なない」
シズネがしゃべっていた。ウィルはシズネと目が合う。
「…なぜそう思う」
「…何となく」
シズネは、それ以上は何も言わなかった。
(もしかして、気遣ってくれたのか?)
「…フッ、何となくはないだろ。ああ、でも」
僅かに口元がゆるむ。ウィルは決心した。
「オレも何となく、そんな気がしてきたよ」
僅かにでも可能性があるなら、やってみる価値はある。少なくとも、ここで死ぬよりは賢い選択のはずだ。
今は、このちびっこを信じてみよう。
「分かりましたローラさん。その任務、受けさせてもらいます」
ローラは笑みで答えるのだった。
「分かりました。では改めて、シークレットへようこそ」
十二話
「他に質問のある人は?」
誰も何も言わない。
ウィルも、大方のことは資料に載っていると考えて、黙っていた。質問はそれに目を通してからの方がいいだろう。
「無いようなら解散。各自準備よろしく!」
ローラの指示で、皆部屋を出て行く。ウィルも続いて部屋を出ようとした。
「ウィル、ちょっと来て」
ローラが手招きをする。
「何ですか?」
「あのー。さっきはごめんね」
申し訳なさそうに言う。本当にさっきとは別人のようだ。
「別にいいですよ。自分勝手を言ってたのはオレですから。…怖かったですけど」
「ごめん、ごめん。お詫びといってはなんだけど、ウィルって魔術士なのにアイテム持ってないよね? 貸してあげようか?」
「いいんですか?」
アイテムは魔術士の武器だ。剣から銃まで様々なタイプがあるが、個人の魔力量によって使えるものは限られる。特別な素材で出来ているため、値段も高い。
「ここの倉庫にいくつかあるの。ついてきて」
ローラは、敷地を西の方に歩いていく。ウィルもその後に続く。
「やっぱり怖いかな、私のこと」
「ま、まあ、ある程度は」
無意識であったが、ウィルはローラと少し間をあけて歩いていた。ローラは少し残念そうな顔する。
「そっか…。ちなみに、どんな風に感じるの?」
「えっと…」
ウィルは初めて会った時のことを思い出す。
「強いて言うなら処刑人、ですね」
「えー!!」
叫びながら、ローラは掴みかかってきた。
「なんで!? どうして!? どのへんが!?」
「お、落ち着いて下さいよ、ローラさん!」
ウィルは何とかしてローラを引き剥がした。
「強いて言うならですよ。気にしないで下さい」
何とかしてローラを説得する。十分ほどして、ようやく折れてくれた。
「そんな風に見られてるとは思わなかったよ、まったく…」
ぶつぶつ言いながら再び歩き出す。
(ぴったりと思ったんだけどな…)
ウィルも疲れた様子で後をついていった。
敷地の西側に、レンガ造りの建物がある。他の屋敷に比べてかなり古い。正面に大きな鉄扉があり、鍵がかけられている。
「ちょっとまってね」
ローラは鍵を外して、扉を開ける。
「おおぉ!!」
ウィルは驚きの声を上げていた。
中には大きな棚がいくつも並んでいて、数え切れないほどのアイテムが保管されている。最新のものから、かなり古いものまでそろっていてた。
「どれでも好きなの、持っていっていいよ」
適当に手に取ってみてみる。保存状態もいい。メンテも定期的にされてるようだった。
「少し見て回るので、先に行っていて下さい」
ウィルは子どものように歩いて回った。
「鍵は置いていくから、好きなだけ見ていって。決まったら、さっきの事務室にいるから、持って来てね」
鍵を入り口の棚に置いてローラは戻っていった。
一時間後、ウィルが選んだのは結局、汎用性の高い『リーク』というナイフ型のアイテムだった。黒いアタッシュケースにナイフ20本でひとセット。古い型のアイテムだが、使いやすさと応用力は新型にも比毛をとらない。ナイフを使い慣れていたのもあるし、何より銃や剣は魔力の消費が多く、ウィルではすぐにガス欠してしまうからだ。
「まあ、アサシンとしては、これが一番合ってるだろう」
ウィルはリークを持って事務室に向かった