任務
九話
部屋は二階の奥、大きな書斎のような部屋だ。ここに、ウィルを合わせて六人の人間が集まっていた。左右には本棚があり、本で埋めつくされているが、どれもウィルには難しそうだ。中央に縦長の机と、それを挟むように茶色のソファー二つが置いてあり、その奥に事務用と思われる机と椅子がある。部屋には大きな窓があり、薄めのカーテンがかけられていて、外からは見えない。皆それぞれ好きな場所に座っている。シズネも右手のソファーの端に座っていた。
部屋に入るまでウィルの手を繋いでいたローラは、書斎の奥の椅子に座ると言った。
「さぁ、まずは自己紹介といきましょう。新人のウィルから。」
ドアの前に立っていたウィルは、いきなりの展開に何を話せばいいかわからなかった。結局、
「えっと、ウィル=リーガス 17歳です。武官学校高等部から来ました。よろしくお願いします。」
と、普通過ぎる自己紹介しか出来なかった。因みに高校入学時のセリフとほぼ同じである。しかしローラは満足だったようで、
「次はリーさん。」
と話を続けていく。
「オレはリー=フォン。見てのとおり東洋の出身だ。よろしくな新入り」
ワイルドな声で話す男は、左手のソファーに座る巨大な体躯の大男だ。立てば二メートルはあるのではないだろうか。シズネと同じ黒髪で、肩まで伸ばしている。赤をメインとした着物と、鍛え上げた筋肉が、この男の持つ威圧感をさらに高めている。
「リーさんは見てのとおり、とある武術の達人で、ここでは教官をやってもらってるの。任務にはあまり出ないけど、素手の格闘ならシークレット一よ。」
「教官…ですか」
ウィルは、この巨人の訓練を受けるのだろうかと考えて、憂鬱になった。
「で、そこで変なポーズを決めてるのがマックス=バルバック。主な仕事は覗き」
「そう、このボクが…って違うでしょローラさん!」
右奥で金髪の男が騒いでいる。変なポーズとは、右手を額に当てて考えこむようなポーズのことだ。ウィルも気になっていたが、あえて無視していた。片目は髪でかくれている。白のシャツのうえに緑のベストを着ていて、身長はウィルより少し低い。
「覗きじゃなくて観察! 情報関係のエキスパートですよ! 新人もわかってるよな」
ウィルは理解した。この男は間違いなく
「いわゆる いじられキャラ ですね」
「ノォォォォォ」
頭を抱えるマックスの後ろで、ローラは親指を立てていた。
「次はリーファちゃん」
「オッケー。私はリーファ=T=リード。主に運び屋やってまーす。任務に行く時は私が連れていくから、その時はよろしく!」
テンション高くしゃべるこの少女は、ウィルと同じくらいの年に見える。ピンクに染めた髪はツインテール。白いブラウスにチェック柄のスカートをはいている。運び屋と言うからには、なにかしらの乗り物に精通してるのだろう。比較的、しゃべり安い雰囲気の少女だった。
「あっ、そうだ。リーファちゃん、明後日の準備はどうなってる?」
「もちろん、完璧です! 今からでも行けますよ」
「さすがリーファちゃん。いつもありがとう。」
どうやら、自分の行く予定の任務も、彼女が運んでくれるようだ。
「最後はもう知ってると思うけど、シズネちゃん。」
ウィルの目線がシズネに向く。確かに何度かしゃべったが、〈アイテム〉のことと言いい、未だに謎が多い。実はウィルが一番気になっていた人物だ。
(いったい何者なんだ)
シズネはウィルの方を向かず、そのまましゃべりだした。
「シズネ=クロード」
「…なっ、それだけか!?」
期待していただけに、ある意味驚きの『一言』だった。
「シズネちゃんは基本無口なの。因みにウィル君の指導役なんだけど…」
「こいつが!?」
指導役がいるということも初耳だったが、今はそこまで気にしていられなかった。
「指導役ってことは、オレはこのちびっこの部下ってことですか!? そんなのあんまりっ…!」
シズネのパンチがみぞおちにめり込んでいた。
ウィルは腹を抱えてうずくまる
「ちびっこじゃない、シズネ」
身長の低いシズネが、ウィルを見下す形で言う。
「シズネはこの仕事のプロよ。それに、同い年なんだから仲良く出来ると思って。」
「お、同い年? 冗談はよして下さいよ。どう見てもこのちびっごんっ!」
頭を踏みつけられる。
シズネは踏みつけたまま、
「ちびっこじゃない。シズネ」
と、顔は変わらず無表情のまま、しかし声は少し怒ったように言う。
シズネの身長はどうみても150センチに届いていない。顔立ちも声もかなり幼さを残していて、ウィルが年下と間違うのも無理はなかった。
「わ、わかったシズネ。わかったから足をどけてくれ。」
しかしなかなか足をどけてくれない。かなり怒っているようだ。メリメリと頭が軋む音が聞こえる。
(仕方ない)
ウィルは最終手段を取ることにした。
「…シズネ。パンツみえてるぞ」
ウィルは、人生で初めて空中コンボを食らうことになった。
十話
神様は、人間のパラメーター振りを適当にしているに違いない。0の数を、サイコロか何かで決めているのだろう。ウィルは〈ウィザード〉のことを、その最たる象徴として認識している。
この世界の人間は、6歳の時に魔術適性審査を受ける。その中のおよそ半数が、適性ありとして武官学校に入学することを許される。武官学校に入学した者は12歳の時、適性試験によってSからEにランク付けされ、15歳の時、二度目の適性試験でランクが確定、早くもその人間の魔術的価値は決まる。これは魔力量が生まれ持ってのもので、後天的な努力では限界がある事と、初期の個人差が異常なほど開いているためである。Eランクの魔力量が5とすると、Cランクは500、Aランクは5000で、Sは500000かそれ以上。因みに、Sランクなんていうのは百万人に一人と言われている。この世界の人口が三十億だから、単純計算で300人ほどしかいない。〈ウィザード〉になれるのは、このSランクの人間だけである。
〈ウィザード〉はこの世界において最強の兵器とされている。何もない平地に一人放り込むだけで、それは難攻不落の要塞にも、幾千もの兵士にもなりうる。間違っても凡人が歯向かえる存在ではないのだ。それはつまり、間違ってもEランクのウィルに殺せる相手ではないということだ。
シズネの空中コンボを食らっても、かろうじてK.Oされなかったウィルは、左手のソファーの端に座っていた。正面にはシズネがいる。相変わらず無表情だが、気のせいか背後から赤黒いオーラが出ている。周りの人達のリアクションはバラバラで、リーは
「あと5コンボはいけたな。それに…」
と独り言を言っていて、リーファは
「わーい! 変態さんだー!」
と、からかってくる。マックスにいたっては
「パンツの情報、ボクに買わせてくれないか」
と、商談を持ちかけてくる始末だ。後でシズネに、つかみ技からのコンボを叩きこまれていたが。
そしてローラは何故か大爆笑で、十分ほど机を叩き続けていた。
「…さて、仕事の話をしましょう」
ローラは笑いが一段落したところで、話を切り替えてきた。他の四人も真剣な表情に変わる。
「任務は暗殺。ターゲットはキーア国のイスカという町に在中。二週間後の2月12日に町を出るらしいので、期限はそれまで。足はリーファの船。実行はシズネとウィル。現地の詳しい情報と偽の身分証はマックスが用意してるから、後で受け取っておいて。リーさんはいつも通り待機。出発は明後日、2月2日よ。質問はある?」
落ち着いた口調でローラはしゃべり終えた。
「あの」
ウィルは手をあげて質問した。
「肝心の任務対象について、何も聞かされてないんですが」
ローラははっとした顔をして
「そうだった。ウィルは今日来たから、最初の資料持ってないんだ。」
と言いながら、机から紙の束を出しウィルに渡した。
最初の一枚目が任務対象に関するページだった。それを見て、ウィルは目を疑った。紙にはこう書いてあったのだ。
任務対象
名前 リビア=カーナディア
性別 女
年齢 16歳
所属 キーア国
職業 ウィザード