シークレット
七話
綺麗に整った部屋でケビンはチェス盤をいじっていた。ルールは無視してる様だが、使っているコマは通常と同じだ。盤上には白と黒の駒が入り乱れているが、どちらにもキングがいない。
ジリリリリ
電話が鳴る。ケビンは盤上をいじりながら電話をとった。
「もしもし。ああ、お前か。で、どうだ。もう届いてるはずだが。…ハッ、当たり前だろ。そいつはまだ『成って』ない。ここから先はお前とそいつ次第さ。…わかった。また何かあれば連絡しろ」
ガチャン
ケビンは電話を置いた。その表情は愉快でならないといった風だ。ケビンは盤外にある黒のポーンをつまんだ。
「さて、ここからが面白い所だ。がっかりさせるなよ、ウィル=リーガス」
ポーンを盤上に置く。そのすぐ前には白のビショップあった。
ウィルは少女、シズネの後を歩いていた。シズネに自分がウィル=リーガスだと打ち明けたとたん、
「付いてきて」
と歩き出したのだ。ウィル達は北大通りを中心へと進む。後になって気付いたが、中心に行けば行くほど、裕福な人が増えている。どうやら、町の中心ほど金持ちが住んでいるようだ。治安隊のパトロールも多い。逆に外に行けば行くほど、治安も生活水準も悪くなるらしい。治安隊の到着が妙に遅かったのもこれが理由だろう。
「ところで、お前は何でテーブルの下にいたんだ?」
「お前じゃない。シズネ」
お前呼ばわりが気に入らなかったようだ。ウィルからすると、年上にあまりに気を使わないしゃべり方こそ、なんとかしてほしかったのだが、ここは大人の対応で素直に従うことにした。
「シズネは何でテーブルの下にいたんだ?」
「教えない」
(このガキ…!!)
この後も、どうやって人探しをするつもりだったのか、何故〈アイテム〉をつかえるのか、おごった食費は経費で出るのか、など、色々聞いてみたが 教えない の一点張りだった。
そんなこんなで、気づくと突き当たりの屋敷まで来ている
「でかい屋敷だな」
高さだけでなく、屋敷そのものの横幅もかなりのものだが、なんといっても庭が広い。鉄柵の内側には小さな町一つ分くらいはありそうなほど、広い空間が広がっていた。
「ここ」
シズネが三メートルはあろうかという巨大な門をあけてはいる。
「…どこが秘密なんだか」
秘密組織なんて聞いていたから、てっきり地下の秘密基地のようなものを想像していたウィルだが、これは良い意味で期待を裏切られた形となった。
門をくぐると、何に使うのかというほど広い芝生と、石を敷いて出来てる道が奥の屋敷まで続いている。屋敷も一つではなく、大小いくつもの建物が建っている。
シズネは奥の屋敷へと向かっているようだ。ウィルも周りを見ながらついていく。屋敷に入るとバカ高い天井の玄関が出迎えていた。床には赤い絨毯がしいてある。玄関だけでちょっとした家が建ちそうだ。正面にはこれまたでかい階段があり、白いワンピースを着た一人の女性が立っていた。年齢はウィルより少し年上だろうか。水色の長い髪で、体型はまさに黄金比、ワンピースがそのプロポーションを強調してる。彼女を見て美しいと思わない人はいないだろう。
「お帰りなさい、シズネ。ご苦労様。彼が新人さんね。無事つれてきてくれて安心したわ」
透き通るような声だった。ウィルは女性と目が合う。
「初めまして、ウィル=リーガスさん。私はローラ=ワルキュート。シークレットで隊長を務めている者です。」
ウィルがシークレットに踏みいった瞬間だった。
八話
女性が階段を降りてくる。ウィルは、ローラと名乗る彼女から目を離せないでいた。彼女の美しさに見とれたからではない。目の前にするだけで、肌がピリピリするこの感覚を知っていたからだ。
「いきなりで悪いけど、仕事を頼みたいの。明後日には出発なんど」
しゃべりながら近づいてくるローラに後退りしながらウィルは答える。
「な、内容を聞かない限りはなんとも」
冷や汗が吹き出す。今すぐにでも逃げだそうとする体を抑える。
ウィルの様子がおかしいことに気付いたのか、ローラは、ウィルを下から覗きこむようにして、顔を近づいてきた。体勢的に胸元がみえてしまう。本来なら、いや、男なら当然喜ぶ場面だが、ウィルにはその余裕はなかった
「…もしかして、私が怖い?」
ウィルはしぶしぶ答えた。
「…はい」
ローラは少し驚いた顔をして離れる。
「へぇ、抑えてたつもりなのに。ウィル君はわかる人なんだ」
魔術適性がある人間には、相手の魔力量が大まかにわかる者がいる。ウィルはその内の一人だった。
武官学校の一学部の生徒は、いわゆるエリートで、ウィザード候補までいる。ウィルの退学の原因を作ったエリエッタは、一学部の中でも最優とされるほどの魔術適性の持ち主で、目の前にするだけで悪寒が走っていた。しかし、目の前の彼女はエリエッタの比ではない。断頭台に座っているような気分だ。
「そう。私がこの屋敷のウィザード。ローラ=ワルキュートよ。怖がらせちゃってごめんなさいね。」
ローラはそう言うと、ウィルの手を繋ぎ階段の方へ歩き初めた。
「なっ、ちょっ」
いきなりの行動にウィルは慌てる。
「しばらくすれば慣れると思うわ。今いるメンバーだけでも紹介するから、きて」
ローラは笑いながら言った。新しいメンバーが来たことが、とても嬉しいらしい。その子供のような無垢な笑みに、ウィルは悪寒も忘れて見とれていた。きっと、本来は戦争なんかに関わるべき人ではないんだと、柄にもなく考えていた。
シズネはとっくに階段をのぼりきっていて、ウィル達も後を追うように階段を上るのだった。