死に物狂いで
十五話
影鬼とウィルを見下ろす形で、岩影に潜む者がいた。ピエロの格好をした者で、以前ウィル達が戦ったダイヤに似ている。
「ふむ、これは少々期待はずれですね」
男とも女ともつかない声で呟く。
「確かに影鬼はハードルが高いですが、もう少し足掻いて欲しかったです。見せる前にやられているようでは、合格にはほど遠い。…残念ですが、廃棄ですね」
ピエロが指を鳴らすと、影鬼がウィルに向かって歩きだす。
「放っておいても、あの怪我ではいずれ死ぬでしょうが、責任者として責務は果たさなければ。念のため、首を切り取っておきましょうか。…おや?」
見ると、ウィルが立ち上がっていた。しかし傷はひどく、足元もおぼつかない。
「頑張りますねぇ~。しかし、もうあなたに用はありません。殺しなさい、影鬼」
ピエロが手を叩くと、影鬼が迷い無くウィルに拳を降り下ろした。
「まだ、だ。俺はまだ、」
自身でさえ気付かぬうちに、ウィルは立ち上がっていた。
とっくに痛みは麻痺していて、目もほとんど見えていない。それでも、死はにたくないという想いが、ウィルの体を動かしていた。
「ゴオオ」
影鬼が拳を振り上げる。一秒後には降り下ろされ、ウィルは肉片になっているだろう。
「オアア!!」
降り下ろされる、その瞬間、ウィルは無意識のうちにリークを抜き、魔術を発動していた。
「…陰の円輪」
「!」
ウィルの姿が唐突に消える。影鬼の拳は空を切り、地面を殴り付けた。
「陽の円輪」
「ゴ、アア!?」
突如、影鬼の目をどこからか炎を纏ったリークが突き刺した。影鬼は呻きながらリークを抜き、見えない敵に向け腕を振り回す。
「俺は死なない。意味もなく、終わりたくない。だから!」
影鬼の頭を後ろから誰かが掴む。その手には、リークが握られていた。
「お前が死ね!!」
電撃が影鬼を頭から串刺しにし、地下を明るく染めた。
妙な手応えに、サムライは自身の刀を見る。体を捉えたにも関わらず、血の一滴も付いていない。
「服ノ下ニ、何カ仕込ンデイタカ」
「…まあね。そうじゃなきゃ、今ごろ真っ二つだったわ」
脇腹を押さえながら、少女が立ち上がる。上着は切られているが、中のインナーは切られていない。
まるで、誰かの使う硬化魔術のようだ。
「運ノ悪イ奴ダ。楽ニ死ネタト言ウノニ」
「ふん、余計なお世話よ」
少女は一歩も引かず再び剣を構えた。サムライも変わらず刀を振るう。だが、少女の動きはさっきよりも悪く、防戦さえままならない。
(まずい、肋骨が折れてる。内蔵には刺さってないけど、あまり大きくは動けない)
「疾!」
「っ!」
あっと言うまに、剣を弾き飛ばされ、為す術が無くなる。
「今度コソ終ワリダ」
(くっ、こうなったら!)
少女が魔術を発動しようとした時だった
「!」
「!」
少女の背後から何かが放たれた。サムライは攻撃を中止し、投擲物を弾く。
「さすが、今ので当たってさえくれないか」
少女が背後を見ると、一人の隊員が立っていた。手には小斧が握られている。
「何してるのあなた! 早く逃げなさい! 敵う相手じゃないわ!」
「ああ、あなたが美少女じゃなきゃそうしたかもね」
隊員がフードを脱ぐ。その顔は少女の知らないものだった。
「あなた、誰?」
「よくぞ聞いてくれました! 僕こそかの情報の鬼、と言いたいところだけど、今回はあえてこっちを名乗ろうかな」
いつのまにか巨大化させた大斧を構え、言う。
「暗殺者だ」
十六話
(手応えがない)
ウィルは影鬼の上からすぐさま飛び降り、充分に距離をとる。
影鬼はやはり無傷のようで、悠々と振り向く。すでに目も治っている。しかし、その表情にはどこか怒りが見えた。
(脳天に落としても効果が無い。やはり、狙いどころは目だけか。加えて再生能力も高い)
「陰の円輪」
姿を消して、影鬼に接近する。
「ガギアアア!」
雄叫びと共に、腕をやみくもに振り回す。動きは今までよりも早い。
「電の柱」
リークから電撃を放ち、影鬼の間合い外から牽制する。狙いはすべて影鬼の目だ。
影鬼は電撃の方向に攻撃するが、姿の見えないウィルを捉えられないでいた。
「ギッガ!?」
電撃の一つが影鬼の目に直撃し、動きが止まる。その瞬間、ウィルは影鬼に一気に近づき、もう一方の目を直接リークで突き刺した。
(あれ? そういえば何で俺、魔術が使えて?)
「…どうでもいい。電の柱!」
ふと浮いた考えを捨て、全力の電撃を突き刺したままのリークから放つ。
「ゴギアアガ」
電撃は影鬼の目から直接体内に走る。辺りに肉の焼けた臭いがひろがった。
「どうだ? 内側からはさすがに防げないだろ」
「ガアアア!!」
「くたばれ、怪物!!」
ウィルを握り潰そうと手を伸ばすが、届く前に影鬼の頭が弾けとんだ。
マックスは斧を武器に、サムライに切り込む。意外にも技術はたいしたもので、サムライ相手にも善戦している。
(おっと、危ねぇ。さすがサムライ、打ち合いでは勝てねぇな)
サムライの一撃を、斧の大きさを変化させて防ぐ。そのまま間合いを取り、少女の近くに移動した。
「候補生さん、撤退しましょう。逃げる準備をしてください」
「そんなこと言ったって、後ろの人々はどうするの? まさか、置いていくなんて言わないでしょうね」
「そのまさかですよ」
迫る刀を避けながら言う。少女も立ち上がり、後方に跳んだ。
「このままやっても負けは目にみえてます。というか、サムライが出た時点で詰んでいる。ここはお荷物預けてとっとと逃げるのが合理的だと思いますよ。それとも、ここで無駄死にしますか?」
「っ…」
少女にとって、撤退はなんとしても避けたかった。情報が漏れることもそうだが、本心では集落の人々が心配だったからだ。
今からあの集落に戻ってもまともな生活は出来ない。加えて、キーア領内まで戻るには食料があまりに不足している。さらに言えば、ここは戦場の最前線だ。明日には戦闘に巻き込まれ、一人残らず死んでしまうかもしれない。
(連合国に亡命するのが一番安全。だけど、サムライを倒せるとも思えない。 どうすればー)
『馬鹿か、お前。死んじまったら、そこで終わりだろ。生きてることに可能性があるんだ。そう言うときはそれこそ…』
「…死に物狂いで生きろ、か」
不意に浮かんだのは、とある男の言葉だった。
「そうね。死んでしまったら終わりだものね。…自分は真っ先に死んだくせに」
少女は剣を置くと、両手を挙げた。
「降参よ、サムライ。負けを認めるわ」
それはただの敗北ではなく、生き残るための選択だった。




