後悔
十三話
「電の砲!」
シズネの放った電撃は、積み上がった岩に打ち消される。すでに何度も打ち込んでいるようで、肩で息をしている。
「どうにかして、戻らないと」
シズネはいつになく焦っていた。いつもなら確実性をとり、多少時間が掛かろうともすぐに別の出口を探すか、助けを呼びに行っている。今も、その方が効率的なのはわかっているが、どうしても此処から離れられなかった。
(影鬼は、まずい)
今の状況はシズネにとって、最悪に近い物だ。ウィルが一人なのもそうだが、相手が影鬼というのが更に悪かった。
(ウィルじゃあ影鬼には勝てない)
「早く、戻らないと!」
息を整えヴァジュラを構える。しかし、引き金は引かなかった。
「違う。助ける側の私が冷静にならなきゃ」
頭をなんとかひやし、冷静さを取り戻す。
いつか、ピエロとの一戦を思い出す。あの時、ウィルはすぐに駆けつけてくれた。
(私の方が先輩なのに、情けない)
「すぐに助けに行く。だからそれまで…!」
シズネはヴァジュラをしまうと、階段をかけ上がっていった。
「術式付加・火」
ウィルは回りの廃材にリークを投げ込む。廃材は燃え上がり、回りを明るく照らした。
「グオオ」
目の前には影鬼が立っている。
(まるで、底の見えない崖だな)
影鬼の魔力はウィザードのそれと比べても、異質だった。まず、底が見えない。巨大すぎて魔力量というものが図れないのだ。次に、魔力の質。今までのどの魔力よりも、淀んでいる。何人もの魔力が混ざりあっているかのような、不自然さがあった。
(何より、あの腕はまずい)
三、四本目の腕。何かの魔術が発動しているようなのだが、今まで見たどの魔術より複雑で、かつ綻びがない。何かはわからないが、かなりの大魔術だろう。
(さて、どうするか。ここ付近の通路は広い。前と同じ手は使えない。かといって戦うのはもっての他)
「引いても死。進むも死か。なら」
リークを二刀で構える。
「動かず、粘らせてもらう!!」
「ゴアアアア!!」
ウィルが構えたのを合図に、影鬼が走り出す。
(焦るな、落ちつけ)
繰り出される突進を、余裕をもって避ける。
(こいつの腕力は驚異だが、動きは単純)
振るわれる左腕をしゃがんで躱す。
(読むのも、避けるのも訳はない)
続けざまの豪腕も、間合いをとって難なく避けていく。
(その隙を縫っての反撃も)
三、四本目の腕も、逆に懐に入ることで当たらず、そのまま狙いを、影鬼の足に定める。
(たやすー)
しかし、ウィルのリークが影鬼に届くことはなかった。
金属音が砂漠に高々と響いていた。
「こっの!」
「ー」
少女がサムライに向けて剣を振るう。が、サムライはそれをすべていなし反撃に移る。少女も簡単には当たらず、ぎりぎりのところで避けていくが、押されているのは明らかだった。
(こいつ、今まで見た誰よりも剣が上手い。防御さえままならない。でも)
「これならどう?」
少女の回りを炎が包む。砂漠の砂さえ黒く焦がすほどの業火だ。
「私に刀が届く時にはあなたは黒焦げよ。これなら近づけないんじゃ」
「下ラン」
炎にも構わずサムライが少女を切り飛ばす。刀は少女の体を完全にとらえていた。
「そ、んな」
激痛の中、少女はサムライを見た。炎の中に踏み込んでいたにも関わらず、その体には傷一、火傷一つなかった。
十四話
「つっ…」
背中に硬い感触を感じ、ウィルは自分が壁まで吹き飛ばされていることに気づく。
「なんだ、今のは? 回し蹴り?」
ウィルが影鬼の懐に潜りこみ、一撃を与えようとした時、影鬼はいきなり武術を使ってきたのだ。今までの影鬼からは、想像もつかないほど、洗練された技だった。
顔を上げると、影鬼が近づいて来るのが見える。
「まずい。早く逃げないと…?」
立ち上がろうとするが力が入らない。手をみると、血で染まり真っ赤になっていた。
「嘘だろ」
意識したとたん、忘れていた激痛が襲いかかる。口は鉄の味で一杯になり、腹部からの出血は止まる様子がない。
「くそ、動けよ!」
吐血しながら何度も力を入れるが、体は鉛のようにおもく、視界も暗くなってくる。こうしている間にも影鬼はゆっくりと近づいて来ていた。
(まさか…死ぬのか?)
血は止まらず、痛みも感じなくなってくるなか、ウィルは考えていた。
(何が間違いだった?)
(影鬼に一撃加えようとしたこと?)
(うぬぼれていたのか)
(少し死地をくぐったことで、いらぬ自信ができていたのか)
(恐怖が麻痺していた)
(そうだ、もとから敵うはずなどなかったのに)
(こんなことなら、あの時引き返すべきだった)
(もう遅い)
(なら、死ぬのか?)
(何故)
(なんのために)
ー自分のためだけに生きることは簡単だけど、何も残らないー
(その通りだ。俺の人生、何の意味も無いじゃないか)
ーきっと後悔するー
(ああ、後悔してるとも。こんなこと、もっと早く気付いていれば)
(あの時の俺は、何もわかってはいなかった)
ーこんなところでは死ねないのです!ー
(いつかのメイドとの戦いも)
(生き残るべきは俺ではなかった)
(少なくとも彼女には生きる理由が、意味があったから)
(俺には何も)
ー大丈夫ー
その時思い出した声は
ーウィルは死なないからー
ーあなたは死なないからー
誰かとかぶって聞こえた。




