ナイフと鉈と銃と電撃
五話
ガガガガ
頭の上を弾丸が通り抜ける。
周りで食事をしていた客が、壊れた人形みたいに崩れ落ちる。ガラスが割れ、店内も血で染まった。
店周辺はパニックになり、我先にと店から離れていく
弾が尽きるまで銃を乱射した男は、弾倉をいれかえながら、のろのろと店内に入って行った。こちらにはまるで、気付いていないようだった。
(狙いはオレやガキじゃない。強盗か? それにしては動きが変だ)
強盗にしては、男にはまるで俊敏さというものがなかった。それに顔を隠そうとする様子もない。たとえ金を盗んでも、治安維持隊に捕まるのは時間の問題だ。
「『レッドアイ』だね」
隣で伏せている少女がしゃべっていた。
この惨状を目にしても、無表情のままだった。
「『レッドアイ』何だそれは」
男に気づかれないよう、小声で話かける
「最近流通してる薬物。ドーピング剤。戦場で兵士が使ってた。でも依存性と判断力の低下から禁止になった。使用者の目が充血するのが特徴。」
少女は機械のように喋り出す。
(こいつ、どこでこんな知識を)
不思議に思いながらも、ウィルは店内の様子を見る。
しばらく店を荒らしていた男は、今は引き出しから金を取り出そうとしてるようだ。ぼろぼろの服は袖や裾が擦りきれていて短くなっている、視点の定まっていない目は確かに真っ赤だった。
「下手に動かない方がいい。お前も…」
ガシャン
じっとしてろ、そう言おうとした時だった。少女が食べていた『大盛豪快骨つき肉』の皿が音を立てて落ちた。
男が振り返る
(やるしかない!)
コートの裏からナイフを出し投げる。
頭を狙ったナイフは男の右手、つまり銃を持つ腕に刺さった。
男と目が合う。
(外した、だが…)
ウィルはもう一つのナイフを出しながら接近する。
腕に刺さったなら銃は正確には狙えないはず
(直接喉を切る!)
しかし、
ブンッ
男は銃ではなく、左手に持った刃物を振り回してきた
「なっ!!」
すんでの所でしゃがんで避ける
持っているのは鉈のような大物だ。肉をさばく時に使う特別な包丁だろう。店を荒らしていた時に拾ったようだ。
「このっ!」
鉈を振り下ろす男にたいして、横に避けながら足を切りつける。だが体勢が悪く、深く切り込めない。
「グガァ!」
(避けられない!)
奇声を上げながら横に振り払う男の鉈を、ウィルはナイフでうけた。刃に添えた左手に激痛が走る。
ドーピングの効果もあり、男の腕力はウィルを吹き飛ばすのに十分だった。
「ぐっ!」
壁まで飛ばされ意識が朦朧とする中で、ウィルは男が左手で銃を構えるのを見た。
(マズイ…)
体を動かそうとするが、頭をうったのかうまく動かない。
(こんな所で…)
ナイフを握り直す。一か八か、動く右手で男の頭を狙う
「死んでたまるか!!」
全力で投げる。銃で狙う男は反応できない。
ドッ
ナイフは男の頬をかすめて、反対側の壁に刺さった。
(外した…)
それはウィルの死を意味するものだった
男はハイな頭の中で勝利を確信していた。左手で狙いを定める。どのみち治安隊につかまるだろうが、今はそんなことはどうでも良かった。目の前の少年を殺す、それだけが頭の中を占めていた。
故に男は気付けなかった。少年の目が自分に向いてないことに。自分の頭上に青白い光が浮いていることに。
男が最期に聞いたのは、少女の声だった
「電の柱」
瞬間、光の下に電撃が走った。
六話
ウィルは男の頭上に不可解なものを見た。
現実味がなく、淡い光を発する、まるで魔法のようなもの。ウィルはそれと似た物を、武官学校で何度も目にしてきた。
「電の柱」
閃光と衝撃がウィルをおそう。光から男に電撃がおちていた。
「ガァァァァァ!!」
ウィルは思わず目を閉じていた。男の断末魔と電流の音だけが聞こえる
五秒ほど続いた電撃がおさまると、男とその周辺は黒焦げになっていて、青白い光は消えていた。
「今のは、まさか〈アイテム〉?」
遅れて男が崩れ落ちる。見ると、やはりさっきの電撃にやられたようだ。全身黒焦げになっていて、肉の焼けた臭い匂いがする。
「雑な戦い方だね」
声のする方には、あの少女が立っていた。
手には黒いハンドガンを持っている。
「お前がやったのか?」
少女はやはり、不思議そうに答えるのだった
「そうだけど?」
「分かりました。つまり、あなたは強盗の現場にたまたま居合わせただけで、男にも謎の電撃にも心当たりがないと」
「はい。自分も何が何だか…」
ウィルは駆けつけた治安隊に事情聴取されていた。
あの後、ウィルは治安隊が来るまでにナイフを回収していた。
自分が男と殺しあったなどと言えば、連行は免れないだろう。間違っても罪に問われることはないが、案内役と会えてない今、連れていかれるのは面倒だったのだ。
「ご協力、ありがとうございます」
ウィルは事情聴取から解放されると、近くのケーキ屋に入って行った。
「言ってないよね?」
そこには例の少女が、イチゴケーキを食べながら待っていた。事情聴取の間、ここで待っていてもらったのだ。
「ああ、知らぬ存ぜぬで通したよ」
少女から電撃のことは内緒にするように頼まれていて、治安隊には話していなかった。一応命の恩人ではあるし、自分自身にとってもその方が良かったからだ。
ウィルは少女に聞きたいことがあった。
「お前、あそこで仕事をしいてたんだよな」
「そう」
「もしかして、その仕事って人探しじゃないのか?」
「…」
「それでもって、その誰かさんを、とある場所まで連れていく」
「…」
「誰かさんの名前は、ウィル=リーガス」
「…」
「…お前、シズネ=クロードだな?」
「…エスパー?」
「馬鹿か、お前は!!」
居た店といい、薬の知識といい、引っ掛かる場面はいくつもあったが、正直こんな子供とは思わなかった。だが、〈アイテム〉あれは魔術の素養がある人間にしか使えない。しかもあの威力となると、とても一般人とは考えられなかった。
結論、このチビッコが就職先の案内役であると至ったのだ。
「こいつがか…」
「?」
シズネ=クロードは、目の前で頭を抱える少年こそウィル=リーガス本人であると、未だに気付いてないようだった。