ついてない日
十一話
影鬼が最初に確認されたのは、千年前に書かれた帝国の書物だった。そのなかで影鬼は、人を喰う鬼とされており、とある剣豪に討ち果たされたと書かれている。
次に姿を現したのは開戦直後。キーアの圧倒的な魔術に帝国の戦線が押され、首都近くにまで進行をゆるした時だ。どこからともなく現れた影鬼は、キーアのウィザードを物ともせず戦い、一気に形勢を逆転させた。
そして最も有名なのが〈ガリアの丘〉での戦い。影鬼はこの時たった一騎で奮闘し、三国入り乱れる激戦を有利に立ち回った。影鬼と呼ばれ始めたのもこの時からだ。
影鬼は帝国の秘密兵器で、その圧倒的な防御力と膂力で並ぶ者はいない。ただ、欠点とされているのが行動の限定で、帝国の領土内、加えて夜間でしか活動できないとされている。
「これくらいかな」
シズネが影鬼についての情報を話し終える。
(こいつ、何気に説明上手だな)
ウィルが思っていたより、シズネの説明は分かりやすかった。
しかし、どこでこんなに詳細な情報を手に入れたのかは謎だった。
「ウィルも学校で習ったはずだけど」
「欠点だの対処法だのはな。いつどこに現れたのかは機密情報だろ」
(だが、だとしたらあの炎はどう説明する? 影鬼ではないとすると、他の誰の仕業だ?)
ウィル達が地下道を歩いて三時間が経過していた。日はとっくに上っているだろう。
「ここを出るとしたら、今がいいかも」
「ああ、この時間なら影鬼の心配なくシダに戻れる。作戦の立て直しも可能だ」
地下道はかなり広くなっていて、入口近くの倍ほどになっている。それに、僅かだが風が通っていて、出口が近いことを示していた。
「おお」
「広」
少し歩くと、開けた場所に出た。円状に広がっていて、天井はかなり高い。ちょうど反対側に上へ続く階段があり、そこから風がきている。
「よし、ついてる! 出口だ、急ぐぞ」
「うん」
ウィル達が出口に向かって走り出した、その瞬間だった。押し潰す様なプレッシャーが、再び二人を襲った。
午前9時頃。太陽が照りつける中を、マックスは砂漠をシダに向かって引き返していた。回りには集落の人々が列を作って歩いている。
どこかのタイミングで抜け出し、集落を探索しようと考えていたのだが、あまりに偵察隊の人数少なく、抜け出すタイミングを失っていた。
「そこのお前! 後方の列の様子を見てこい。 遅れているものがいないか確認するんだ」
「はい! 了解しました!」
言われた通りに列後方のに走っていく。
ちなみに、マックスの変装した隊員が一番したっぱのもので、今のようにこきつかわれてばかりだ。
(どうにかして抜けたいけど、この砂漠じゃあな。それに今から集落に戻っても手がかりはないだろうし。ここは一旦シダに戻るしかないか)
集落へ戻るのを諦め、シダに帰ることを決めた時だった。
(ん? 列がとまった?)
人々の列がいきなり止まった。どうやら先頭のほうで問題が発生したらしい。
(まったく。面倒事はやめてくれよ)
「どうかしたのですか?」
心の中で祈りながら、近くの隊員に聞く。
「わからない。何か問題があったなら連絡が来るはずだが。お、来たぞ」
前の方から隊員が走ってくる。表情は遠くからでもわかるほど焦ってた。
「どうした!」
「た、大変だ。今すぐルートBに変更するよう、後ろに伝えてくれ!」
「だから、何があったんだ?」
隊員は息を整えながら話しす。
「サムライが出た」
十二話
「っ、どこだ!!」
ウィルは魔力の方向を必死に探る。
(近い! しかもこれは)
「上か!!」
直後、出口を塞ぐように巨大な何かが落下してきた。真っ黒なからだに額の角、奇怪な腕。見間違いなく、それは影鬼だった。
「ウィル、どいて!」
ウィルは声に振り向く事なく、真横にとぶ。
「電の砲!」
すれすれを掠めるように、高圧の電撃が影鬼に放たれる。電撃は狙い通り影鬼に直撃した。
「術式付加・火!」
すかさずウィルも追い討ちをかける。これも命中し、影鬼の周囲が燃え上がった。
「ーオオオオオ!!」
しかし、ウィル達の攻撃などへでもない様に、影鬼は突進を開始する。
影鬼の突進により、ウィルとシズネは左右に分断される。影鬼は標的をウィルに絞り、巨腕を振るった。
「俺かよ!!」
充分な距離をとって躱す。しかし、風圧だけでウィルは軽く飛ばされる。
(掠っただけでも致命傷。当たれば即死か)
「とんだ化物だな」
リークの残量など気にしている場合ではなかった。立て続けに魔術を打ち込む。が、やはり効果はない。
「オア!!」
「っ、シズネ、出口に走れ!」
繰り出される腕を避けながら、ウィルは出口の方に走る。
出口の階段は入口と同じく狭い。影鬼は追ってこれないと考えたのだ。
先に出口に着いたシズネが、ウィルを追う影鬼に電撃を放ち、足止めをする。
「ウィル、早く!」
シズネのお陰で何とか逃げ切れそうだった。
(前とはまるで逆だな)
あの時は手を伸ばすしか出来なかった自分が、少し申し訳なく感じる。
(あと少し)
出口まであと数歩と来た。しかし
「!?」
ウィルは背後から言い様のない寒気を感じた。とっさに横に飛ぶ。シズネも異変を感じていたようで、階段の奥の方へ走っていた。
「オオア!!」
直後、ウィルを掠めるように黒い巨大が出口に突撃した。そのスピードは明らかに今までとは比べ物にならない。
(加速した!?)
出口は壊れ、瓦礫で塞がれている。
「シズネ!! おい、大丈夫か!!」
瓦礫の向こうに叫ぶが返答はない。
「ちっ、瓦礫の下敷き、なんてことはないよな?」
影鬼から目を離さず立ち上がる。幸い怪我は無いようだ。しかし、出口は塞がれ逃げ場は無くなっている。
(はぁ、これならウィザードを殺しに行く方が楽だったな)
「くそ、ついてねぇ」
「ついてないわね」
冷や汗を額に感じながら、赤髪の少女は呟く。目の前には奇妙な格好をした人間が立っていた。
蒼を基本とした甲冑を着、刀を腰にさしている。何故か兜だけは西洋風のもので、どことなく違和感がある。
(てっきり影鬼が来るものと思ってたのだけれど、まさかサムライとはね)
「其ノ者ラハ、キーアノ民ダ。他国ヘノ連行ハ認メナイ」
兜から男とも女ともわからない声が聞こえる。
「おあいにくさま、彼らはもう亡命希望者よ。つまり連合国の国民。あなたにとやかく言われる筋合いはないわ」
挑発ぎみに言い返す。こうしている今も、背後ではルート変更の為、隊員が人々を先導している。
(私が時間をかせがないと)
「キーアの英雄様が、こんなところにいて良いのかしら?」
話を続かせようと話しかける。しかし、サムライは意にも介さぬ様子で刀を抜いた。
「モウ一度言ウ。彼ラヲ連レテイクノハ認メナイ。置イテ行ケ」
(話を聞く気はないか)
少女は会話を諦め、同じく剣を抜いた。
「なら私も言うわ。彼らはもう連合国の国民なの。危害を加えようと言うなら守るのが私の仕事よ。わかったなら、そこを退きなさい」
「ー愚カナ。ナラバ良カロウ」
瞬間、少女はサムライの姿を見失う。
「此処デ死ネ」
「!!」
とっさに後ろへ跳ぶ。すると、いつのまにか目の前まで迫っていたサムライの刀が、軍服だけを切り裂いていく。
(速い!)
サムライは続けて、刀を下から切り上げる。少女は剣を盾にして防ぎ、距離をとる。
「つっ!」
痛みに肩を見ると、服が血でにじんでいる。
(防いだと思ったのに。こいつ、上手すぎる)
遠距離から炎の斬撃を飛ばすが、サムライは素手ではたき落とし、一息に接近してくる。
「上等、やってやろうじゃない!」
サムライに向かって剣を降り下ろす。
砂漠の真ん中で、戦いがまた一つ始まっていた。




