開幕
三話
「ふう」
シークレットの隊長ローラは、これから会う人物のことを考えて、扉の前で重い息を吐く。ここにくるのは三度目だが、何度来ようと慣れれそうにはない。
「失礼します」
扉を開け、中に入る。そこには一人の男が腰かけていた。
「おう来たか。早かったな」
男の名前はケビン。ウィルの元教官でもある。
机にはチェスと将棋が、同じ盤に並べられている。
「緊急の案件とのことでしたので」
ローラは最低限の会話で対応する。
ローラはどうにもこの男が好きになれない。まるで蛇にまとわり付かれてる気分がするのだ。
「緊急、というまでではないんだがな。カンミア砂漠とは別口で任務を頼みたい。少々面倒な仕事だが、《死神》と呼ばれたお前なら問題ないだろう」
ケビンは資料を取り出しローラに渡す。それは《死者の町とレッドアイの関連性について》という見出しであった。
◆キーア暦144 4月16日◆
炎天下の中、ウィルは町を歩いて、否迷っていた。
明日の出発に備え、道具の買い出しをしていたのだが、なにぶん似た建物、似た景色ばかりで、今いる場所が分からなくなったのだ。
「くそ、この道もさっき通った気がするし…」
周りを見回してみると、ウィルの他にも道に迷った様な人が何人かいる。彼らは恐らく避難民だろう。元々砂漠に住んでいた連合国の人々は、この町を経由して本国に帰る。そのため、町に慣れてない人間は珍しくない。
「仕方ない。見回りの兵士に…」
「あ、あの、すみません」
歩き出そうとしたウィルは、後ろからの声に引き留められた。
振り返って見ると、一人の少女が立っていた。
「道に迷ってしまって、よければ、その、教えて…」
おどおどとした様子で少女は話す。
青がかった黒の長髪、背丈はごく普通、服はウィル達と同じ、砂漠用のコートを着ている。一際目を引くのは体格に合わないサイズの大きなリュックだ。
「悪いな。俺もこの町には詳しくない。他をあたってくれ」
「え、そ、そんなぁ」
少女はずるずると崩れ落ちる。
よほどの人見知りなのだろう。決心して話しかけた結果がこれで、見るからにガッカリしている。
「…わかったよ。一緒に探してやるから立て。ほら」
見かねたウィルは、少女に手を差し出す。
「え、いいんですか!? ありがとうございます!」
少女はウィルの手を握ると、ブンブンと振り回す。
「私、カノンと言います。よろしくお願いします!」
「俺はウィ…ジャック=リーガスだ。よろしく」
手を引いてカノンを立たせる。
ー彼女が、ウィルにとって生涯の敵となることを、この時はまだ知らないー
四話
兵士に聞いた通りに道を歩く。少女の目的地はそれほど遠くなさそうだ。
「ところでお前、カノンだっけ? カノンも避難の途中なのか?」
ウィルはカノンのリュックを指差して言う。
「い、いいえ。ここには私用で来ました。この荷物は、その、仕事道具みたいな物です」
「へぇ。大変だな」
戦場での私用という事に少し引っ掛かったウィルだったが、カノンがあまりにそういう雰囲気ではないので、追求はしなかった。
「ん? ここは」
「ど、どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
十分ほど歩くと小さな宿泊施設についた。ここがカノンの目的地だ。
「つ、つきました! 本当にありがとうございます!」
「まあ、教えてくれたのは見回りの兵士だけどな」
「それもありますが、私一人では聞いてもたどり着けたかどうか…。と、とにかく、ありがとうございます。また会うことがあれば、その時はぜひお返しをさせていただきます!」
カノンは何度も礼を言ってから、建物に入っていく。
「さて、俺もそろそろ戻らないとな」
カノンが建物に入ったのを見届けてから、ちょうど反対の建物へと歩き出す。
(まさか向かいだったとはな)
目と鼻の先にありながらたどり着けないでいた自分にあきれて、思わず溜め息が出る。
「気が緩んでるのか。引き締めていかないとな」
ドアを開けて中に入る。作戦決行は明日に迫っていた。
◆キーア暦144 4月17日◆
人民保護法と言うものがある。これは人民の生活を最低限守るためのもので、そのなかには『戦時のいかなる場合でも、人民に対する過剰な害、また人民を盾にする行動の一切を禁じる』と言う一文がある。これはつまり、一般人への無差別攻撃や、一般人に紛れた破壊活動を禁止すると言うことだ。
人民保護法は国際的に定められた規約で、これを破った者は逆に人権の一切を失う。戦時であれば捕虜の権利はおろか、兵士として所属することも許されず、例え敵兵を殺しても殺害とみなさる。
ウィル達がこれから行うのは、一般人に紛れた暗殺。もちろん規約違反である。
「といっても、前回も似たような物だったがな」
ウィルは荷物の最終チェックをしていた。
時刻は夜。場所はシダの隠れ家。隣ではシズネもチェックを行っている。
「これと、これと、あと水も…」
先の砂漠越えがよほど効いたのだろう。食料に関しては、ぬかりないようだ。
ふと時計を見ると、出発まであと十分になっている。
(マックスの奴、遅いな)
連絡をとると言って出ていってから、かなり時間がたっていた。
(最悪、マックスを待たずに出発を…)
「っ、悪い、遅れた!」
息を切らせながらマックスが帰ってきた。
「どうだった、何か情報はあったか?」
「その事だけど、先遣隊が帰ってこない。何かあったことは確かだけど、どうする?」
確実性を考えれば、延期すべきだろう。しかし、暗殺の機会がそう何度もある訳ではない。これを逃せば次がいつになるか分からない。
「…シズネはどう思う?」
考えたすえ、ウィルは経験のあるシズネに聞くことにした。
「決行すべき」
意外にも即答だった。
「暗殺が遅れれば、無駄に戦闘が長引く。それだけ犠牲者も増える」
シズネはすでに答えを決めているようだった。
「僕も同意かな。今回は潜入に持ってこいのシチュエーションだし、これを逃すのはもったいないかな」
マックスも答える。情報の専門家が言うなら確かなのだろう。
「…決まりだな。時間だ、行こう」
ウィル達は立ち上がると、隠れ家を出ていく。
これから向かうのは、キーア国の難民が集まっている集落。そこがウィル達の潜入先だ。




