二月十二日
五十九話
最初に見えたのは夜空だった。リビアは、自分が仰向けで倒れていることに気付く。
立とうとするが足の感覚がない。見ると、腰よりしたが血の海だった。
「わたしは、負けたの…?」
「ああ、俺たちの勝ちだ」
次に見えたのは、リビアを見下ろすウィルだった。隣には白いマフラーの少女、シズネが立っている。
「…そう。魔術士がウィザードに勝つなんて、前代未聞ね。…あの爆発の正体、教えてくれるかしら?」
「昨日の晩、シズネの魔術でこの城の貯水池に仕掛けをした。電撃を使った、簡単な電機分解装置だ。井戸が貯水池に繋がってることは、すでに調べがついてた」
貯水の場所は地下、牢獄があるエリアの隣に位置していた。ウィルは昨日の内にその貯水池を使い、大量の水素を作り出していたのだ。
「とすると、あれは水素爆発か。魔術士の戦術ではないわね」
「それしかなかっただけだ。魔術で勝てないなら、勝てる物を用意するしかないだろ」
町には明かりが戻りはじめていた。リビアの魔術といい、先の爆発といい、かなりの騒音だったはずだ。駐屯兵が来るのも時間の問題だろう。
「ところでウィル、あの言葉の意味教えてくれない? これが本当に最後だから」
「言葉通りなんだがな。…エルが俺達を殺そうとしていたこと、気づいてたんだろ。お前はあえて見逃した。それは自分の手を汚したくなかったかだ」
「自分の手を、汚す?」
驚いたのはシズネだった。
「つくづくいっていたな、自分の力は他人のために、と。それも本当のことではないな。お前が本当にしたかったのは、綺麗な自分、理想の自分を守ること。俺と同じ、お前の行動は一貫して、全て自分のためだった」
「…やっぱり、ウィルはわかってたのね」
シズネと違い、当人のリビアに驚く様子はない。茫然と、ウィルの言葉を聞いている。
「仇を取るといっていたが、あれも虚勢。結局お前は最後まで、俺を殺す決心ができなかった。自分勝手な理想を捨てることができなかった。それがお前の敗因だ」
ウィルが話終える。
今日の朝、広場で会った時には、すでにウィルの正体を知っていたのだろう。最初にウィルを捉えた一撃、普通なら肋骨が折れる程度ではすんでいないはずだ。ウィルが接近に持ち込んだ時、身体強化を最大で使えば、拮抗するなどあり得なかった。
そう、考えて見ればウィルを仕留める機会はいくらでもあったのだ。
リビアは目を閉じると、ゆっくり話し始めた。
「自身の行動は、自身のためでなければならない。その理由を責任を、他人や理想に求めるのは間違いだ。そうやってわたしは生きてきた」
「生きてきた?」
「ええ。そうやって生きてきて、事実正いことも知った。でも…」
リビアは夜空の月に手を伸ばす。
「彼女の様に、誰かのための自分でいれたら、どんなに素晴らしいかと。…わたしは憧れただけ。根っ子の所は何も変わらなかった。結局、自分勝手なの紛い物でしかなかったけど、それでも、最後までこの理想を追い続けられたことに、後悔はないわ」
リビアはウィルを見る。今にも息絶えそうだったが、その目はしっかりとウィルを捉えていた。
「ウィル、自身のためだけに生きることは簡単で楽だけど、何も残らない。あなたもきっと後悔する」
「…それでも構わない」
ウィルはリビアに背を向け歩き出す。
「後悔なんて、どんな生き方を選んでもするものだ。なら、今の自分が納得できる道を歩く。じゃあな、リビア=カーナディア」
ウィルは振り返ることなく海岸へと歩いていく。
「あなたの言ってること、少しわかる気がする。でも」
ふと、シズネがリビアに話していた。
「何も残らないなんて言わないで。あなたが気付かなくても、確かに残したものがあるはずだから」
言い残すと、シズネもウィルの後を追い歩き始める。
「残したもの、か。フフッ、そうならいいな」
リビアは再び目を閉じた。
「ごめんなさい。やっぱり、あなたの願いは叶えられなかったわ」
リビアはそのまま、静かに息を引き取った。星が綺麗な、夜のことだった。
◆キーア暦144 2月 12日◆
リビア=カーナディアの死亡確認 任務完了




