腹ペコ少女
3話
トリストは貿易が盛んな町だ。南側に港があり、戦時というのにさまざまな人が商売をしている。駅から降りると、真っ直ぐに伸びる大通りがある。両側には店がぎっしりと並んでいて、所々に横に抜ける細い道が裏路地に続いている。町そのものは円状に広がっていて、中心に行くほど高くなっている。領主の屋敷が建っているのはちょうど中心、最も高いところで、その大きなの屋敷の主人はウィザードらしい。大通りは屋敷から東西南北に四つのびていて、ウィルのいる駅前は北大通りと呼ばれている。
「待ち合わせは『マリオ喫茶店』か」
北大通りを中心に向かって歩く。ケビンから渡された書類によると、その店に案内役がいるそうだ。場所は北大通りで、駅から少し歩いて右手の喫茶店、とある。
「これか?」
見ると緑色の看板に白いペンキで『malio』と書かれた店がある。小さい店だが簡単なテラスがあり、そこそこ賑わう店 といった印象だ。
「案内役は『シズネ=クロード』って書いてあるけど…」
名前だけじゃ区別できない。かといって聞いて回るのもどうかと思う。
「とりあえず何か食べよう」
昨日の夜から何も食べてなかったので、かなり空腹だった。
テラスに座りトーストとコーヒーを注文する。これからどうするか考えている時だった。
ゴン と足が何かに当たる感触があった。下を覗いてみる。
「? 何かあ…」
言葉は最後まで出なかった。テーブルの下には黒髪の小さな少女がいたのだ
4話
「…何してんの、君?」
見た目は12歳くらいの無表情な子供だ。テーブルの下で三角座りをしている。黒髪は肩まで伸ばしており、後ろは短めのポニーテイルでまとめている。ぴったりとした黒い服と短めのスカート。その上に、丈が膝下まである黒と白のコートを着ていて、一見黒づくめだが、口を隠すほど大きな白いマフラーが、いいアクセントになっている。金色の目といい、黒髪といい、この辺りでは珍しい
「親とはぐれちゃったのか?」
「お腹すいた」
「君の名前は?」
「お腹すいた」
どうやらおごれと言いたいらしい。
(…仕方ない)
「わかった。何が食べたい?」
そういった瞬間、テーブルの下から出てきて反対側の椅子に座った。まるで早業だった。
「…注文は?」
「鶏の丸焼きと焼豚の盛り合わせとサラダミックスと骨つき…」
「ちょっと待て!!お前それ全部食べる気か?」
少女は不思議そうにしながら
「そうだけど?」
と答える。まるで遠慮というものがない
「悪いがそんなに金がないんだ。一つにしてくれ」
もともと払う気はないが、そもそも壊した食堂の弁償金を支払ったウィルに、この注文ラッシュに耐えうる資金はもちあわせてなかった。
「懐の狭い人だね」
(このガキ…!!)
結局少女は、この店で一番高い肉料理を注文したのだった
「で、何してたんだ?」
この店一番の料理『大盛豪快骨つき肉』を、わずか5分で平らげた少女に問いかける。どうやら、親とはぐれたわけではないようだ
「仕事」
相変わらず必要最低限しかしゃべらない
「テーブルの下で、メシおごってもらうのがか?」
「違う」
「じゃあ何なんだ?」
「仕事」
堂々巡りである
高いメシをおごっておいて、わからずじまいなのは気に入らないが、ウィルには案内役に会うという用事がある
(そもそも、こいつに付き合う義理はないよな)
「じゃあ、オレは行くよ。代金は払っておくから」
他を当たろうと店から出ようとした時
「…!」
少女の後ろで銃をとり出す男が見えた
「くそ!!」
体が反射的に動く。武官学校の訓練のおかげだ。
とっさに少女の襟をつかみ、地面に伏せさせる。同時に銃声が辺り一帯に響き渡った。