不死のピエロ
二十七話
ウィルは迷わずリークを投げ、魔術を発動させる。
「詠唱付加・電」
ピエロの体が感電し、壊れた人形みたいに動く。しかし、倒れることはなかった。
「痛いですねぇ。しかし、出会い頭から殺しにくるとは、流石ウィル=リーガス、期待通りです」
声は男のようだが、見た目のふざけた格好のせいで、それ以外はわからない。
「ピエロの格好でうろついているからだ、不審者め。殺されても文句はないだろ」
さらにリークを二本取り出し、かまえる。
「何故オレの名前を知っている? ピエロの魔術士」
ウィルは目の前のピエロから不気味な魔力を感じとっていた。
(ランクはDからCといったところか)
ピエロは腹に刺さったナイフを抜くと、喋り始めた。
「わたしはとあるお方の使いです。心配せずともキーア国のものではありませんよ。あなたがレッドアイについて嗅ぎ回っているときいたので、お話をしにきただけです」
じっとしてることができないのか、ふらふらと動き続けている。
「ということは、お前が薬の売人か?」
「はい、正確にはこの辺り一帯の支店長ですが」
ウィルは再びリークをピエロの両足に投げつけた。
「詠唱付加・爆」
爆風とともに、ピエロの両足が膝から下を吹き飛ばした。
「お前には聞きたいことがある。おとなしく捕まってもらおうか」
ウィルはピエロに近づいていく。
低ランクの相手なら、ウィルにも勝機は十分ににある。加えて先手を取った今なら、勝敗は決まったも同然のはずだった。
「まあ、そう焦らずに。今回はお話をしに来ただけですよ」
「!」
ピエロは焦る様子もなく喋り続ける。それどころか、散らばった肉片がひとりでに集まりだした。
「回復、いや再生か。低ランクにしては特殊な魔術だな」
肉体再生はウィザードでも使える者は少ない。ランクA以下の魔術士ではまずいないとされている。
「わたしの体は少し特別でしてね。再生に関しては、オートで発動するんでする様に作られてるんですよ」
十秒程で足を直したピエロは立ち上がると、どこからかトランプを取り出した。
「それに、こちらにも攻撃手段はあります。必要とあれば、ご覧ニッ」
言葉は最後まで続かなかった。横から放たれた電撃で、ピエロの体は吹き飛んでいた。
「ウィル!」
見ると、物陰からシズネがヴァジュラを構えている。
ウィルは丸焦げになったピエロにリークを投げてから、シズネの方に走った。
「詠唱付加・爆!」
爆風を背にシズネとウィルは町の西へと逃げた。
二十八話
ウィル達は、町の西門近くまで逃げていた。
「助かったよシズネ」
ウィルもシズネも息を切らせている。
「あのピエロ、死んだかな?」
「死んでないな。爆風で吹き飛ばした後も、あいつの魔力は消えてなかった。そういえば、何であの場所にいたんだ?」
「ウィルをつけてた。…ウィル、昼には帰るって言ってたよね?」
シズネの声には僅かに怒りが含まれていた。
「…言ったか?」
「言った」
「…悪い、忘れてた」
シズネが動く気配を感じてかまえる。しかし、蹴りも殴りも飛んでこなかった。
「シズネ?」
シズネは地面に倒れていた。
「おい、しっかりしろ!」
無理をしていたのだろう、熱がかなり上がっている。
ウィルはシズネを背負うと、雨の中を隠れ家に向かって走り出した。
「まったく、こんな夜中に面倒くさいな」
「同感だ、さっさと終わらせて戻ろうぜ」
夜のイスカを二人の見回りが歩いている。少し前、住人から爆音が聞こえると知らせが入り、その調査にむかっていた。
「この頃はこの町も物騒になったな。聞いたか、例の薬かなり流行ってるらしい」
「教会近くが溜まり場になってるんだろ。だが、何で俺達に取り締まりの命令がでないんだ?」
「噂だが、実は軍が一枚噛んでるらしい」
「! それって」
「ああ、こいつには関わらない方がいい」
二人は連絡のあった通りに到着した。辺りには黒焦げになった肉片が散らばっている。
「う、ひどい臭いだ。何が焼けたんだ?」
「お、おい、これ人だぞ!」
男は人の頭らしきものを指差す。
「急いで報告をッ」
「困りますねぇ」
声のした方を向いた男達は凍りついた。焦げた頭だけの男が喋っていたのだ。
「ひぃ!」
「ば、化物!」
男は反対側に逃げようとするが、体が動かない。見ると足を何かがつかんでいる。
「今日の分の埋め合わせは、あなた達にしましょう」
男達は足下の影に引きずりこまれていく。
「だ、誰か! 助けてくれぇ!」
男達は叫んだが、影に飲まれてすぐに声は聞こえなくなった。かわりに、通りにはピエロが立っている。
「ふぅ、やっと戻りましたか。まさか一夜に二度死ぬはめになるとは。少し侮っていたようですね」
ピエロは気味の悪い笑い声を残して、夜の闇に消えていった。
◆キーア暦144 2月6日◆
シズネが目を覚ましたのは夕方だった。見慣れない天井、見慣れない部屋、見慣れないベット。体調は少し悪そうだ。
「お腹へった」
「第一声がそれか」
横を見てみると、ウィルが座っている。
「どのくらい寝てたの?」
「丸一日だ。まだ直りきってないだろ。明日まで安静にしておけ」
昨日よりはだいぶ楽になっていたが、まだ熱はあるようだ。
「食べやすい物を作ってくるから待ってろ」
ウィルは部屋を出ていった。
シズネは昨日の失態を反省する。ウィルの制止にも関わらず外に出たこと。体調管理も出来ず、道端で倒れてしまったこと。そもそも、任務中に風邪をひくなど、本来ありえないことだ。思えば、ウィルの足を引っ張ってばかりな気がする。指導係である自分がこれでは情けなかった。
「出来たぞ。これなら食べられるだろ」
ウィルが戻ってきた。手にはおかゆがある。
「ありがとう」
受け取って食べる。薄めの味付けで、食べやすいよう配慮されていた。
(食べ終わったら、ちゃんと謝ろう)
しばらく沈黙が続いた。部屋にはシズネのおかゆを食べる音だけが響く。
「昨日はすまなかった」
シズネの考えとは裏腹に、先に沈黙を破ったのはウィルだった。
「体調の悪い仲間のいる状況で、取るべき行動ではなかった。あまつさえ、その仲間に助けてもらうなどあってはならないことだ。本当にすまなかった」
ウィルは頭を下げる。非があるのは自分だと思っていたシズネは、しばらく茫然としていた。
「…わたしこそ」
シズネは自分も謝ろうとした時、パジャマに着替えてることに気がついた。
「…この服はウィルが?」
「ああ、同じ服を着ているのは衛生的に悪いからな」
ウィルはなんでもない様子で答える。
「…見た?」
「何をだ?」
「…裸」
「そりゃあ、着替えさせる時にみたがっ!」
ウィルのみぞおちに、シズネのパンチがきまっていた。
「お前、何を」
「うるさい」
うずくまったウィルの頭に、小さな拳骨がおちる。
「ッ、裸のことか!? 仕方ないだろ。他人に服を着せるのは以外と」
「うるさい!」
その後も、病人とは思えない鋭いパンチがウィルを襲い続けた。
結局、シズネが素直に謝るのを、ウィルは見ることができなかった。