水の魔女
二十三話
リークはいわゆる旧型に分類されるアイテムだ。
そもそもアイテムとは、魔術士の魔術を効率良く発現するための装置である。そのため旧型は、あくまでも術式の補助としての機能を優先し、多くの魔術士が幅広い魔術を使えるよう設計されていた。
それに対し新型は、一つの属性に特化することにより、その属性の魔術を飛躍的に高めたものだ。基本、Cランク以上の魔術士には、得意な属性というものがある。魔術士はその属性に合わせた新型アイテムを使うことで、本来の能力以上の魔術を使うことができるのだ。ウィザードのアイテムはその最たるもので、今の主流はもっぱら新型になる。しかし、魔力消費が高いこと、他の属性の魔術は使えないことなどのデメリットがある。加えてウィルのような低ランクの魔術士には、そもそも得意な属性そのものがなく、無用の産物となっている。
ウィルの投げたリークは、真ん中にいる男の肩に刺さった。ウィルは即座に魔術を発動させる。
「術式付加・電」
刺さっているリークが放電し、男が倒れる。
術式付加はウィルの使える数少ない魔術だ。アイテムに魔術を発現させるだけの単純な魔術だが、使い方を工夫すれば充分な武器になる。
「魔術士か!」
男達が怯む。ウィルはすかさずリークを投げていく。致命傷でなくとも、刺さりさせすれば感電させられる。
五人を倒し、男達は残り四人。
(残りのリークは三本。やはり手持ちでは足りないか)
男達の足元にリークを投げる。
「術式付加・爆」
地面に刺さったリークが爆発する。ウィルは巻き上がった土煙に紛れて教会を出た。
「よし、このまま…」
教会から離れようとしたウィルの足はすぐに止まった。
「…これはまいったな」
苦笑いをする。
教会を囲むように、武器をもった人間が集まっていた。
「ここに乗り込んでくるとは、度胸のあるやつだな」
リーダーらしき男が前にでてくる。
「乗り込む? この教会はあんた達のものなのか?」
ウィルは残りのリークに手を伸ばす。
「そんなわけないだろ。お前、何も知らないで来たのか。運のないやつだ」
リーダーらしき男は、手に持った剣をかまえた。
教会の中にいた男達も出てきている。
(不味いな。ボムを連続で使えば逃げ切れるか?)
残りのリークを取り出しかまえる。しかし、投げられることはなかった。
「!!」
ウィルがまず感じたのは、押し潰されるようなプレッシャーだった。直後、ウィルを囲んでいた人達の頭上に、轟音と共に何かが落ちてきた。
「ぐあっ」
ウィルは衝撃と振動で倒れこむ。あまりの轟音で耳は聞こえなくなり、周囲は煙のようなもので見えなくなっていた。
「っ、嘘だろ」
煙が晴れると、さっきまでウィルを囲んでいた男達が全員倒れている。地面は湿っていた。
「君、怪我はない?」
声のした方を見て、ウィルは死を覚悟した。
「…リビア=カーナディア」
白い肌に薄い金髪、そして悪寒。今目の前にいる少女こそ、ウィル達の暗殺対象、リビア=カーナディアだった。
二十四話
「怪我はない?」
少女が近づいてくる。服は一般市民のようだが、身に纏っているオーラは貴族のそれに似ている。何よりもウィルの感じている悪寒が、彼女が普通でないことを証明していた。
「君、この町の人間じゃないよね。何者かな」
「お、オレはウィ、ジャック=リーガス。つい先日この町に来たんだ」
ウィルは咄嗟に偽名を使っていた。
「戦場近くの町にわざわざくるなんて、物好きな人だね。理由を聞いてもいいかな?」
確かに、なんの用もない人間がこの町に来るのは不自然だ
「…実は遠い異国の人間なんだ。ちょっとした手違いで国に帰れなくなって、辺りを放浪してるんだ」
「魔術も使ってたよね。軍人さん?」
「いや、学生だよ」
何とかごまかせそうだ。
辺りを見直してみると、水溜まりが所々にできている。さっきの衝撃は、恐らく水属性の魔術によるものだったのだろう。
「帰る手立ては無いの?」
「まあ、そうなるな」
リビアは何か考えているようだったが、しばらくすると、腰に手を置いて言った。
「君、雇ってあげる」
「…は?」
ウィルはリビアの言葉が理解出来なかった。
「だから雇ってあげるから、帰る方法を見つけるまで私の所にいていいってこと」
「待て待て、オレは見ず知らずの他人だぞ。なんでそんな」
「いいから付いてきなさい」
リビアはもう決めたという風で、城の方に歩いていく。
「…どうすればいいんだ」
ウィルは頭を抱える。暗殺者とはばれなかったが、厄介なことになってしまった。
「ほら、早く! 置いていくよ!」
リビアが手を振っている。
「…しかたない」
ウィルはリビアの後を歩いて行った。
城の中は思ったよりも広かった。基本的に石造りで、窓が少ない。
ウィルは一番上の階の一際大きな部屋にいた。元は王室だったのだろう。部屋は縦長で、奥に無駄にでかい椅子がある。
「いい忘れてたわ。私はリビア=カーナディア。ウィザードよ」
リビアは赤い大きな椅子に座っている。服は白をメインとしたドレスだ。隣には赤い髪のメイドと、白髪の年老いた執事がいる。
「…ジャック=リーガスです」
ウィルたったまま話す。まるで王様と従者のようだ。
「それはさっき聞いたよ。くわえて異国の人なんでしょ」
「じゃあ何を話せばいいんだ。事情を話してほしいのはむしろこっちなんだが」
ウィルは開き直って聞いてみた。
「そうだね。なら私から話そう。ジャックには私の仕事を手伝ってもらいたいんだ。その代わり、ここに居候させてあげる」
「…」
ウィルは状況を整理する。
すでに顔はばれてしまった。だが暗殺方法を考えると、それほど問題ではないだろう。
リビアに協力した場合、この城の中を自由に移動できるかもしれない。そうすれば、浴室を見つけ銅線を設置することも可能だ。
「わかった、協力しよう。仕事の内容を教えてくれ」
「そうこなくちゃ」