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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:34 『四つの咢』

「何だ……今のは?」


 賀茂龍我かものりゅうがが呟いたその一言が、この場にいる全員の総意だった。

 不意を突いてイレナを背後から急襲したシア。そんな彼女を救ったのは、先ほどまで倒れて気を失っていた少年――キサラギ・シンゴだった。


 そこまではよかったのだ。そう、問題はその直後だ。

 シンゴはひどく怯え始めたかと思えば、支離滅裂な事を喚き散らし、最後には狂乱の果てに再び気を失った。


 シンゴのおかげで、龍我の油断で訪れていただろう最悪の結果は確かに避けられた。

 しかしそれとは別に、再び気を失ったシンゴから感じられる、桃髪の少女――モプラよりも、深く、重く、ドス黒いあれは何なのだろうか。


「『罪人つみびと』……まさかな」


 シンゴへと注がれる龍我の目が鋭く細められた時だ。龍我の真横、死角からテラが襲い掛かってきた。

 低い姿勢で駆けたテラは、そのまま余所見をする龍我へ向かって飛び上がるように上段蹴りを繰り出す。


 ――が。


「く……っ」


「不意打ちか……正面からこい」


 倒れ伏す少年へと顔を向けたまま、掲げられた片手がテラの脚を軽々と受け止めていた。

 その、龍我の見下したような対応を受け、テラは悔しさに顔を歪めると、その場で跳躍。


「喰らえ――ッ!」


 気合一声、テラは身体が宙に浮いている間に目にも止まらぬ速さで連続の脚打を繰り出した。しかもそこへ『ディテクション・サイト』の効力が加わり、テラの放つ一撃一撃が恐ろしく精密で強力な一撃へと格上げされる。

 しかし――、


「どうして……ッ」


 変わらず龍我は一瞥する事もなく、テラの攻撃を全て片手のみで防ぎ切ってしまった。

 それは確かに驚くべき事だが、テラが一番驚いたのは、『ディテクション・サイト』でガードをすり抜けるように放った攻撃にも完璧に対応された事だ。


「だったら――!」


 テラは腰を深く落とすと、その場で跳躍。龍我の顎を狙った、流れるような鋭いサマーソルトを放った。

 真下から空気を切り裂き迫るつま先を、龍我は難なく上体を逸らして躱す。しかし、テラの本命は別にあった。


「『バーン・ヂ・アウト』!!」


 空中で縦に回転しながら、龍我に背を向ける形で上下逆さになっていたテラの身体が、足を振り子のように利用して更に加速した。

 テラはその目の動体視力で以て、激しく回転する中でも的確に急所へと狙いを定め――詠唱で生み出した炎剣を真下から振り抜いた。


 ギリギリまで己の身体で隠して放たれた炎剣に対し、龍我はようやく顔をテラへと向けると、真下から迫ってくる圧縮された高熱を一瞥。

 そして――、


「『ダ・ウェア』」


 短く、無属性に属する魔法――『ダ・ウェア』を詠唱した。

 この魔法は無属性魔法と言うだけあって、属性は付与せず、『フィラ』に“意味”のみを与える魔法だ。属性付与が無い分、非常に燃費がいい。


 ただし、その用途は対魔法威力減衰としてしか使い道がなく、非常に限定的な状況下でしか使用されない。

 まず大前提として、無属性魔法は属性魔法よりも弱い。故にわざわざ無属性魔法を使わずとも、普通に属性魔法を放って相殺した方が賢い。


 そして出来る事ならば、避けてしまった方が無駄な『フィラ』を使わなくて済む。

 発動速度が属性魔法より速いという利点もあるが、それが活かされるのは、相殺できるほどの威力を持つ属性魔法の構築が間に合わないギリギリの局面だけだ。

 そもそも、いくら発動速度が速くとも、そんな切羽詰まった状況では、予め無属性魔法を使う事を念頭に置いておかなければ、結局は間に合わない。


 ――そして何より、この魔法は殺傷能力が無いに等しい。


 つまり攻撃には使えず、防御に使うにしても、属性魔法に対抗できるだけの防御力を持たせるには、多量の『フィラ』を必要とする。同じだけの『フィラ』を練れば、結果、確かに無属性魔法の方が規模は大きくなる。だが、相殺しようと思えば、更に『フィラ』を消費して強度を上げなければ属性魔法には対抗できないのだ。


 ――しかし、中には例外も存在する。


 その例外に当てはまる者のみ、この魔法はアンチ魔法として最大の効力を誇る、強力な盾となり得るのだ。

 そして賀茂龍我は、例外足り得る特殊な条件を“満たしてしまった”人物なのだ。

 して、その条件とは――、


「――内包する『フィラ』がバカみたいに膨大な奴だ」


「そんなッ!?」


 無色の『フィラ』を纏わせた龍我の片腕にテラの炎剣がぶつかった瞬間、一瞬の拮抗もなく炎剣がへし折れた。

 驚愕に目を見開くテラだったが、即座にもう片方の手の中に炎剣を生み出すと、その場で横に回転――遠心力を利用して強引に『ダ・ウェア』を突破しようとする。

 だが――、


「――無駄だ」


「硬い……ッ」


 今度は腕で防ごうともせず、龍我は炎剣がぶつかる箇所にだけ『ダ・ウェア』を纏わせた。そこにぶつかった炎剣が何の抵抗もなく砕け散る。

 不利だと判断したのか、テラが咄嗟に距離を取った。そして睨み付けるように龍我を見据えると、静かな声音で問いかけてくる。


「なぜ、わざわざその魔法を使うのですか……?」


 確かに膨大な『フィラ』を持つなら、『ダ・ウェア』は威力減衰魔法ではなく、相殺魔法として用いる事も可能だ。しかしそんな膨大な『フィラ』を有するなら、属性魔法を使った方が圧倒的に効率がいいはずだ。

 そんなごもっともなテラの質問に、龍我は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、最後の条件を提示した。


「俺は魔法に関して才能が全くない。だから俺に使える魔法は……これだけだ」


 そう言い、龍我は『フィラ』を纏わせた拳を掲げて見せる。

 つまり賀茂龍我は、膨大な『フィラ』を持ち合わせていながら、魔法を上手く扱う事が出来ないという、宝の持ち腐れという言葉がピッタリと当てはまってしまう男なのだ。


「そういう事ですか。……ならばその唯一、私が削り切る!」


 ごり押しを宣言し、テラは両手に炎剣を生み出して龍我へ突貫した。

 それを迎え撃つべく、龍我は拳を構え――


「後ろ――っ!」


「――!」


 イレナの叫び声と同時に、龍我の背後でキン――という金属を弾く音が響いた。

 後ろを見なくても分かる。それは、シアが不可視の斬撃を放つ際の準備動作だ。


 前からは炎剣を二刀構えたテラ。背後からは不可視の斬撃を放たんとするシア。

 互いが姉弟への誤射など全く気にしない姿勢――否、これは、誤射など絶対に有り得ないという絶対的信頼の上に成り立った、二人が互いにのみ抱ける躊躇の無さだ。


「シア!」


「姉さん!」


 互いの名を呼ぶのを合図に、まずはシアが不可視の斬撃を放たんと剣を真横に一閃した。

 龍我に向かって飛来する不可視の斬撃は、『ディテクション・サイト』を有するテラにはその軌道がはっきり見えている。


「『一頭』」


 シアの不可視の斬撃が、テラの双炎剣が届く寸前――龍我が何事かを呟いた。

 衝突は直後だ。寸前で身体を沈め、不可視の斬撃の軌道から外れたテラの炎剣による斬撃が正面から、不可視の斬撃が背後から、それぞれ龍我を襲った。


 膨大な破壊の暴力が、賀茂龍我を圧殺しに殺到する。

 だが、次に起こった事象に、誰もが思考を白く染めて絶句した。


「……すごい」


 その一言は、衝突の結果を見届けたイレナがこぼした感嘆の声だ。

 双子による攻撃の中心に晒された龍我は、その場にまだ五体満足で立っている。


 低い位置から斬りかかってきたテラの炎剣は、『ダ・ウェア』を纏った龍我の両手によって受け止められている。

 そして、問題は背後だ。龍我はテラの攻撃に両手を使い、不可視の斬撃に関してはどうやっても防ぐ手立てがない。


 だが、どうだろう。猛然と迫った不可視の斬撃は、龍我の背中に届く寸前で、『それ』によって噛み砕かれて霧散していた。

 龍我の身体に纏わり付くようにして細い身体をくねらせる『それ』は、一言で称するなら――青い龍の姿をしていた。


 その青い龍が、噛み砕くというひどく原始的な方法で、しかし強力な咢で以て、不可視の斬撃を完膚なきまでに粉砕してしまったのだ。

 双子の連携が完全に破られた。その事実にテラとシアが愕然と目を見開き、やがて二つの顔に恐怖の色が一瞬だけ過った。


「ま、まだです――ッ!!」


 過った恐怖を振り払うように吠えたテラが、素早く龍我から距離を取りつつ叫ぶ。


「シア、全部使いなさい!」


「――分かった!」


 姉の声に動揺から抜け出したシアが、ハッとして応じつつ腰を落とした。

 そして刀身を指で弾く――ここまでは今までと同様だ。

 シアは刀身を指で弾くと、指をずらしてまた弾く、弾く、弾く――。


 辺りに、キン――という金属音が幾重にも重なるようにして鳴り響き始めた。

 その重複する金属音に応じ、シアの身体から膨大な『フィラ』が練り上げられ、腕を伝いながら鳴り響く刀身へと注がれていく。


 そしてそれに負けない程に、姉のテラも突き出した両手に膨大な量の『フィラ』を注ぎ込み始めた。

 双子の性質的に近しい『フィラ』が共鳴し、大気が震え始める。その空気の振動を肌に感じながら、気絶したシンゴの元へと駆け寄ったイレナとモプラが凝然と目を見張り、ぶるりと肩を震わせた。


「全部って……もしかして」


 双子がしようとしている事に気付き、イレナが戦慄を顕に唇を震わせた。

 全部――つまり、残った全ての『フィラ』を使い、双子は最大出力で魔法を叩き込む算段なのだ。


 ――次の瞬間、限界まで高められた『フィラ』が解き放たれた。


「せぁぁぁあああ――ッッ!!!!」「『フレイム・ヂ・バースト』!!!!」


 銀閃が幾重にも刻まれ、不可視の斬撃の嵐が放たれた。

 人の頭部ほどもある炎弾が、連続して放たれた。

 破壊という名の暴虐が、中心に立つ男を蒸発させんとばかりに圧倒的な質量を伴って殺到した。


「――『四頭』」


 龍我の厳かな声に呼応し、四頭の青い龍が出現した。


「――『ダ・ウェア』」


 龍我の静かな詠唱に従い、彼の拳を無色透明の巨大な『フィラ』が覆った。


「っらぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!」


 ――咆哮。


 主の気迫に同調し、四頭の龍が不可視の嵐に雄々しく噛み付き、砕き、食い荒らす。

 そして無数に迫る炎弾は、目にも止まらぬ速さで龍我が殴り潰していく。


 炎が弾け飛んで石畳を溶解させ、砕かれた不可視の斬撃の余波が辺りの石畳を、建造物を滅多裂きにする。

 そうして、十秒近くに及んだ攻防は、シアが膝を着いた事でその拮抗が崩れ去った。


 膝を着いたシアの真上から、四頭の龍が殺到し、そのまま満身創痍のシアを地に押さえ付けた。

 その様は、押さえ付けると称するよりは、叩き付けるという表現が相応しい。


「――シア!?」


 クレーターを刻んで沈む弟に、苦渋の表情で炎弾を放ち続けるテラが目を剥いた。

 そんな動揺を顕にするテラに向かって、シアを沈黙させた四頭の龍が殺到する。


「ぁ……ぁぁああああああああああ!!!!」


 その場に踏ん張り、向かってくる龍に炎弾を撃ち込む。しかし、その全てが龍の咢に噛み砕かれ、または拳に叩き落とされる。

 シアが倒れた時点で、この勝負は決していた。


「――あぐっ!?」


 一頭の龍がテラの肩に噛み付いた。

 肩に走る激痛に苦悶の声を漏らし、気勢を削がれたテラの炎弾による弾幕が一瞬だけ弱まる。その隙を掻い潜り、二頭、三頭、四頭目の龍が、肩に、両足に喰らい付く。


 絶叫を迸らせるテラへ、間断なく龍我が突貫した。

 猛然と迫る龍我の姿を瞳に映し、テラは瞠目すると――、


「――龍」


「沈め」


 テラの呟きを掻き消す拳が、腹のど真ん中に炸裂した。


「――っぁ!?」


 眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、口から吐瀉物をぶちまけたテラの身体からゆっくりと力が抜け、そのままうつ伏せに倒れ伏した。

 その様子を見届け、空気に溶けるように霧散する四頭の龍。そしてその主である龍が、地に伏す少女の紅の後頭部へ視線を落とした。


「…………」


 その瞳、その横顔からは、彼が何を思っているのか読み取る事は出来ない。

 ただ一つだけ分かるのは、彼は――賀茂龍我は、決して勝利の余韻などには浸っていないという事だ。


「…………」


 数秒の沈黙の後、龍我はそっと目を閉じてテラから視線を切ると、その目を開けてイレナ達の方を見ようと――


「――っ?」


 突如、眩暈のようなものを感じ、龍我は酩酊感に額を抑えてよろけた。

 強引に意識を閉ざさせようとするような奇妙な感覚。その不可解な衝動に抗いながら、龍我は改めて顔を上げ――、


「……な、んだ?」


 ――キサラギ・シンゴの元にいた二人の少女が、彼の上に覆いかぶさるようにして倒れている光景を、その重い瞼の隙間から覗く瞳で映したのだった。


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