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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:28 『打ち止め』

「失礼します!」「ごめんなさい!」「やっほー」「す、すみません!」


「――誰!?」


 目を見開いて、手に持っていたコップから飲み物をこぼすこの家の住人に謝罪を手短に述べ、シンゴ達は部屋の中を駆け抜ける。

 そして目の前に家の壁が迫ってくると、シンゴ達の中から紫のローブに身を包んだ小柄な少女――モプラが先行し、スピードを緩める事無くその手を前にかざした。


 ――ぶつかる。


 普通なら誰もが次に起こるだろう参事に目を逸らすが、少女を先頭に、あろう事か四人の姿が壁の向こうに消えた。

 目の前で起きた怪現象に唖然とする家主だったが、ふと壁が綺麗に切り取られて穴が開いている事に気が付いた。


「…………」


 一瞬の出来事だったためか、家主は一体何が起こったのか現実を正常に受け止めきれておらず、シンゴ達があの演説にあった『罪人つみびと』と、その協力者の特徴と一致している事にも気付けなかった。


 ――さらに、家主の不幸は続く。


『こっちだ!!』『奴ら、壁に穴を開けやがったぞ!?』『こっちにも穴が開いてるわ!』『どんな手品だ……!』『特殊魔法の一種か!?』


 一列に並び、武装した者らが次から次へと目の前を横切って行く。

 壁に開いた穴に人がつっかかり、怒号が飛び交ったかと思えば、壁が爆発し、さらに人が雪崩のように流れ込んできた。

 部屋の中は踏み荒らされ、家具は壊され、家主の優雅な朝は地獄に様変わりした。


「――さて」


 家主はのんびり立ち上がると、ぐっと背伸びをして欠伸をこぼす。そして目の前の現実に背を向けると、二度寝を決め込むために寝室へと向かったのだった――。



――――――――――――――――――――



「おいモプラ! お前、それどうやって――!?」


 建物に穴を開けながら先頭を走る少女に、シンゴは息を切らしながら叫んだ。

 現在シンゴ達は、およそ“道”と呼べる概念をぶち壊し、自ら開拓する事で追っ手から逃げていた。


「『肉欲』の……石を切り取る力です!」


「お前、権威は制御できないんじゃなかったのか!?」


 立て続けに建物の壁に穴を開け、見知らぬ民家の中を土足で踏み荒らしながら疾駆するシンゴが、モプラのその言葉の矛盾点について言及する。

 それに対し、モプラは新たに壁に穴を開けつつ、


「これだけは、わたしでも少し扱えるんです……!」


「な……本当か!?」


 驚愕半分、期待半分のシンゴの声に、しかしモプラは悔しげに唇を噛むと、


「すいません……わたしが出来るのは、こうして小さな穴を開けるくらいしか……」


「何言ってんだよ! 十分じゃねえか!」


「――え?」


 シンゴのその手放しの賞賛が予想していたものとは違っていたのか、モプラが小さく口を開けて振り返ろうとした。

 その時、壁に開けた穴の縁に足先が引っ掛かり、モプラの体が斜めに傾ぐ。


 あっ――と声を上げ、近付く地面に目を瞑りかけた瞬間――後ろから伸びてきた手がモプラの体を力強く支え、彼女を転倒から防いだ。

 モプラが後ろを振り返ると、そこにはどこか誇らしげな笑みを浮かべるイレナの顔があり――、


「シンゴの言う通りよ! モプラがいなかったら、今頃あたし達はやられちゃってたわ!」


「イレナさん……」


「相棒達の言う通りだぜ、モプラちゃん。もしきみがいなければ、今頃ぼくは相棒と一緒に自害の道を選んでたさ」


「おいちょっと、今なんて!?」


「あ……ありがとうございます!」


「俺の話は!?」


 シンゴ達からの励ましを受け、モプラが自信を含ませた声で感謝を述べた。

 あの完全に詰んでいた状況からの脱出は、シンゴ達の心に軽口を言い合えるだけの余裕と希望をもたらしていた。


 確かに未だ、アリス達と無事合流して都市外に逃げる最善の道は見付けられていない。しかし、まだ終わっていないのも事実だ。誰も欠けてはいない。皆が無事であれば、希望はある。楽観論が過ぎると言われればそれまでだが、こんな状況だからこそ希望を捨ててはいけないのだ。


 シンゴは改めて、数あるすべき事を意識から弾き出し、まずはアリス達と合流する事だけを考える事にした。そして後ろを振り返ってみれば、常識破りな逃走法が功を成したのか追っ手の気配は感じられない。


 とりあえずは撒けたようだが、まだ油断は禁物だ。先ほどの追っ手はほんの一握りに過ぎず、この都市にいる限り、シンゴ達にとって安全と呼べる場所は無いに等しいのだから。


「――ッ」


 褒められた事が――自分の存在価値を認められた事がよほど嬉しかったのか、抑え切れない喜びが溢れてニヤけていたモプラの口元が、何かに気付いたように急に引き攣った。そしてそのまま立ち止まるモプラに続き、シンゴ達も立ち止まる。


 シンゴ達が道なき道を強引に開拓して辿り着いたここは、通路の左右を石の塀で囲まれた、真っ直ぐ伸びる一本道だ。


「モプラ、どうし――」


「そんな……」


 立ち止まったまま、何やらフードをずらして兎の耳を露出させるモプラにシンゴが声をかけようとした時だ。焦りと、どこか悔しさを滲ませた声がモプラから上がった。

 順調だった逃走劇に、何やら暗雲が立ち込める気配を感じて身構えるシンゴ。そんなシンゴの予想通り、モプラは胸元に両腕を引き寄せながら振り返ると、


「ご、ごめんなさい! わたしが……もう少し、しっかりしていれば……!」


「お、落ち付けモプラ! 一体何があった!?」


 突然、謝り出したかと思えば、叱られる事を怯える子供のように自分を責め始めたモプラ。そんな彼女にシンゴは慌てて駆け寄ると、その肩に手を置いて安心させようと試みながら、何かあったのかを問い質した。


「ぅあ……ご、ごめんなさい」


「別に怒りゃしねえから、何があったのかを落ち着いて話せ。――ほら、深呼吸! ひっ、ひっ、ふー」


「ひぅ、はぅ、ふぅー」


 シンゴが肩を揺さぶるのに合わせ、モプラがシンゴの真似をして深呼吸を試みる。それを数回行い、シンゴはモプラの肩からその手を放すと、


「落ち着いたか?」


「は、はい……」


 何やら背後から含みのある視線を感じるが、今はその視線の意味を訊いている場合ではない。訊かなければならないのは、モプラに対してだ。

 シンゴはモプラが落ち着いたのを確認すると、フードの上からその頭を撫でながら改めて問いかけた。


「で、何があった?」


「その……囲まれました」


「囲まれた?」


 シンゴ達は揃って辺りを見渡すが、特に人の姿は見当たらない。その結果を受け、シンゴは訝しげに眉を寄せて視線をモプラに戻すと、


「別に囲まれてる風には見えねえけど……」


「そ、そうじゃないんです……!」


「……どういう事だ?」


「それは……」


 モプラがおろおろとしながら、後ろに――本来なら進むはずだった方向へと指を向け、


「この先に行くと……人がいっぱいいます」


 モプラの告白にシンゴは、だったら横の壁に穴を――と考え、遅まきながら気付いた。何やら壁の向こうが騒々しく、怒号のような声が飛び交っている。

 すぐ後ろに迫っていた危機から逃れる事に精一杯で、今まで脳が勝手に意識外へと弾き出していたらしい。


 シンゴは、一応の確認のつもりで――、


「えっと……お前の力で左右どっちかの壁を壊すって案は――」


 答えが既に出ているようなその問いに、モプラは首を横に振ると、


「その……この壁の向こうにも、人がたくさん……」


「……両方か?」


「……両方です」


 こくりと小さく頷き、シンゴの憶測を補完した完答を返すモプラ。

 しかし幸い、大衆はこちらに気付いてはいない。なら、今しがた来た道に戻ればいいのではないのか、とシンゴ考えたのだが――。


「ああ……これは確かにヤバいね」


いがみ……?」


 不敵な笑みを浮かべてはいるが、その頬に汗を滲ませるいがみに視線を向ける。どうやらいがみは、この状況が相当まずいという理解に達したらしい。

 未だに理解できていないシンゴとイレナが首を傾げるのに対し、いがみは顎に手を当て、弱ったように眉尻を下げながらこちらを見ると、


「たぶん相棒達も、元来た道に戻れば、とかバカな事は考えていないと思うけど、一応現状整理のために言っておくぜ? どうやらぼくたちは、ここから身動きが取れなくなったらしい」


「は? バカも何も、お前の言う通り戻れば……」


 シンゴが先ほどの考えを述べると、いがみは呆れたような目をシンゴに向け、小さくため息を吐いた。

 その態度にカチンときたが、今は状況が状況だ、落ち着け――と己に言い聞かせながら視線でその先を問う。


「あのさ、相棒……よく考えてみようぜ? 一見して追っ手は撒けたように見えるかもしれないし、事実そのほとんどが追うのを諦めて回り込もうとしてるはずさ。だけど、人間なんて理屈で動く奴もいれば、相棒のように頭空っぽで本能に従って動く奴もいる」


「おいお前、さらっと人を罵倒――」


「そして中には、頭が切れるにもかかわらず、己の本能に――培ってきた経験に基づいた、直感に頼る者もいる」


「――つまり?」


「つまり――」


 イレナと仲良く首を傾げた時だ。先ほど自分達が通ってきた穴の向こうから、足音が複数響いてくるのが聞こえた。

 慌てて視線を向けるとそこには、細身で全然強そうには見えないが、剣を持った目がヤバイ男に、シンゴ達を見付けて舌なめずりをする、俗に言う女騎士風の妖艶な美女。さらには二振りのダガーを携えた、人より優れた五感を持つらしい半獣人の少女など、パッと見で明らかに只者ではない者達の姿が見えた。


「こういう事さ――!」


「言ってる場合か!? 走れぇ――ッ!!」


 一目見ただけでシンゴでも分かった。背後から追ってくる奴らは、雑兵の類で片付けられる者達ではない。一人一人がイレナと同等、もしくはそれ以上の強者である可能性が高い。それほどまでに彼らから感じられたのは、鋭く研ぎ澄まされた獲物を追う狩猟者のそれだった。


 慌てて走り出しながら、シンゴはこのタイミングになってようやくモプラといがみが危惧していた事が分かった。おそらくモプラは直感に近いものだろうが、いがみはこうなる事に気付き、あのような青い顔をしたのだ。


 そう、後ろに戻るのが一番危険で、なおかつ、前と左右に人がいるというこの状況を、二人は直感と理詰めで察したのだ。

 だからモプラは、あれほど自分を責めていたのだろう。ここに迷い込んだ事により、再び“詰ませて”しまったのだと。


 だが、物は考えようだ。一言で“詰み”と言っても、チェスで例えるならチェックとチェックメイトは別物だ。そしてこの状況はまだ、チェックメイトでは決してない。だから、諦めてはならないのだ。ここに来るまでに、シンゴ達は協力して何度も“詰み”の状態から脱してきたではないか。ならば、出来るはずだ。チェックメイトだろうと、盤を引っくり返してしまえばいいのだ。


 そんな、この状況を打破できる方法が必ずどこかに――。


「モプラちゃん! 前と左右、一番人が少ないのは!」


 シンゴが何か名案を思い付く前に、いがみの確認の声がモプラに飛んだ。

 当のモプラはその声に一瞬だけビクリと肩を跳ねさせるが、すぐに意識を音に集中。やがて顔を上げると、


「左です!」


「なら、左の壁に穴を! あと、息!」


 その短い指示だけで、いがみが何をしようとしているのかをシンゴ達は察した。

 更に速く走れるらしいモプラが咄嗟に先行し、左の壁に穴を開ける。そしてシンゴ達を一瞥すると、先に穴を潜った。モプラ達も素早くその後に続く。


 モプラの権威――石を切り取る力の利点は、切り取る際に音が一切出ない事だ。さすがに切り取った石が地面に落ちる音はまでは無音ではないが、石が落ちるまでの僅かなタイムラグがシンゴ達に状況判断の猶予をくれる。


 それにこの騒がしい状況では、石が地面に落ちる音など簡単に掻き消されてしまう。つまり、シンゴ達の姿が急に現れても、それに気付く者はほとんどいないという事だ。

 さすがに何人かは直接目視する事でシンゴ達の存在に気付いたが、周りが気付いていない所為か、すぐに確信の声を上げる事はせずにジッとこちらを観察している。


 ――この猶予、決して無駄には出来ない。


「後ろの人達も一緒に!」


「オーケー!」


 先ほどの少数の強者達も魔法に巻き込む算段らしいいがみの声に従い、シンゴ達は穴から離れ、通りの真ん中まで移動する。

 当然だが、ここまで姿を晒して、かつ目立つ位置に移動すれば、大衆がシンゴ達の存在に完全に気付き始める。


 ――だが、既に遅い。


 なるべく大勢を巻き込める位置で立ち止まり、先ほどの連中が穴からある程度出てきたのを見計らい、シンゴ達は素早く息を止める。同時に、いがみの詠唱が周囲の喧騒を押し退けながら轟いた。


「『パラリシス・エアロゾル』!!」


 詠唱に従い、いがみを中心に黄色い煙霧が通路を満たした。

 この魔法は、一言で言えば初見殺しだ。その煙霧が辺り一帯を侵食する速度は想像以上に速く、予め備えていなければ吸い込んでしまう。


『なんだこれは……!?』『あ……身体……が』『がっ……』『痺れ……る……ッ』


 黄色い煙霧を吸い込んだ者らが呻き声を上げ、その場に崩れ落ちる。その様子を尻目に、シンゴ達は素早く魔法の圏内から脱出する。

 しかしここで、少しばかり厄介な事が起こった。


「――ぶは! おい、さっきの後ろの奴ら、何人か息を止めてたぞ!」


 いがみが詠唱したのと同時に、先ほどシンゴ達を追いかけてきていた連中の内、何人かが咄嗟に口を塞いでいたのをシンゴは見たのだ。

 幸い、煙霧が視界を塞ぐ役目を担い、後ろを見てもすぐに追ってくる気配はない。だが、動けるのなからいずれ追ってくるに違いない。


「たぶん、先ほどいがみさんがあの魔法を使うのを見ていたからだと……!」


「そう言われればそうか……っ!」


 シンゴ達が開けた穴を潜って追ってきたのなら、当然最初に煙霧を使った場所に居合わせた者もその中にいるだろう。

 つまり、いがみのあの魔法は一度外すと対策されるため、必ず一発で仕留めなければならないのだ。

 今までシンゴ達を幾度も危機から救ってくれた経緯から、どこか心の片隅であの魔法さえあれば――などと甘えていたのかもしれない。


 ここからは、なるべくあの魔法に頼らないように――


「――あ?」


 ふと、シンゴは隣にいがみの姿が見当たらない事に気付いた。


「お、おいイレナ! いがみがいねえ……ッ!!」


「うそ……!?」


 シンゴの声にイレナが目を剥き、モプラがぎょっとしてシンゴの隣に顔を向ける。しかしそこにいがみの姿はない。

 まさか負傷し、そのまま置いてきてしまったのだろうか。そう考えた途端、シンゴは全身から血の気が引いていくのを感じ――


「――後ろさ、相棒」


「え……あ、お前!!」


 後ろから聞こえた声に振り向くと、シンゴ達から少し離れた位置を走るいがみの姿があった。

 その姿を確認できてホッと安堵するのも束の間、何やらいがみの顔色がおかしい事にシンゴは気付いた。


「お、おい……!」


 走る速度を緩め、どこかふらふらと走るいがみに並ぶと、いがみは汗でびっしょりになった青い顔を無理やり笑みの形に歪ませ、


「ちょっと……『フィラ』がね……」


「『フィラ』……!」


 相当辛そうないがみの言葉を受け、シンゴ達は絶句した。

 『フィラ』が――とは、つまり魔法を使いすぎて、『フィラ』切れを起こしたという意味だろうか。


 そういえば過去、魔法を覚えようと『酔いどれ亭』に行って受けた説明では、『フィラ』とはいわば生命力そのもので、魔法はそれを消費して使う、といった感じだったはずだ。

 つまりいがみは今、度重なる魔法の行使でその生命力が枯渇し、普通に活動する事さえ弊害を来たすレベルまで憔悴しているのだ。


 反省するのが遅すぎたのだ。もう少しシンゴ達が注意していれば、いがみがこんなになるまで無茶をさせずに済んだはずだ。いや、そもそもいがみの事だから、今までは表に出さなかっただけで、相当ガタが来ていたのかもしれない。それに気付けないなんて、どうしてこうも自分の事しか考えてないのか。


 どうしようもなく自分勝手な己に歯を噛み締めていると、そんなシンゴを見て、いがみが不意に掠れた声で笑った。


「ははは……大丈夫さ。いざとなれば、ぼくは置いて行ってくれて構わな――」


「バカか! そんなもん構うに決まってるだろうが……!!」


「相棒……」


 即答され、目を見開くいがみ。自分が危ない状況なのにもかかわらず、シンゴを責めようとはせず、どころか自分を置いて行け、と。そんな事など出来るはずもないし、そう言わせてしまった自分に無性に腹が立った。


 ――同時に、やる事は決まった。


「――イレナ、モプラ」


「うん、分かってるわ」


「だ、大丈夫です……!」


 シンゴが静かにその名を呼んだだけで、全てを悟った様子で力強く頷き返してくる二人。そんな二人の即答を聞き、シンゴは笑みがこぼれるのを抑えられなかった。

 なんて頼もしいのだろうか。これほどまでに信頼を預けられる仲間に恵まれたのは、何かと不幸に見舞われるシンゴにしては数少ない幸運の一つだ。


 そして、ここにいないアリスとカズも、当然その仲間だ。彼らと合流できれば、もしかしたらこの最悪の状況からの脱出も可能になるかもしれない。

 そう、繋げるのだ。可能性を、希望を。


 ――ドグン、と。


 体の奥底で、静かに、そして消え入りそうなほど弱く、何かが脈打った。

 シンゴはその感覚に意識を向けながら、こちらへ見開いた目を向けてくるいがみに、不敵な笑みを浮かべながら振り向き――、


「安心しろ。俺が……相棒の俺が、片割れを置いて行くはずねえだろ」


「…………」


「お前は俺達が守る。だから、のんびり介護されてろ。今までの介護料、きっちり利息まで付けて返してやるからよ!」


 シンゴのその言葉に、いがみの目がさらに大きく見開かれた。

 そんな男二人を見守りながら、イレナとモプラも同様に力強く頷いた――その時だ。背後に寒気のようなものを感じ、シンゴ達は揃って顔だけを後ろへと向けた。


 ちょうどそのタイミングを見計らったかのように、先ほどシンゴ達を真っ直ぐ追いかけてきていた連中を筆頭に、魔法から難を逃れた者らが晴れ始めた煙霧の中から飛び出してきた。

 そしてシンゴ達四人を見付けると、先頭にいた細身の目がヤバイあの男が、その手にある剣をシンゴ達に向けて吠えた。


 男の声に続き、そこかしこから声が上がる。

 シンゴはそんな背後を一瞥し、乾き切ってカサカサになっていた唇を舐めて湿らすと、強引に不敵な笑みを浮かべて静かに告げた。


「誰一人欠ける事無く、絶対に逃げ切るぞ。必ず……そう、必ずだ!!」


「もちろんよ!」「はい!」


 シンゴ達が決意を新たにするその様子を呆然と見ていたいがみだったが、やがてその口元に仄かな微笑を浮かべると――、


「それでこそ……“つがい”だぜ」


 小さく、消え入りそうなほどか細くこぼされたその声は、背後の怒号に掻き消され、シンゴの耳に届く事はなかった。


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