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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:24 『テラ・シア』

「ひゃぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁぁあああ!!??」


 モプラの口から迸る声にならない絶叫を置き去りに、シンゴ達はどんどん加速しながら地面を目がけて落下していた。

 イレナはシンゴの体にぎゅっと腕を回し、振り落とされないよう懸命にしがみ付きながら身を固くさせている。そしてもう一人、いがみはというと――、


「あ、相棒! きみ、どうするつもりさぁ――!?」


 下から吹き付ける突風に頬の肉を波打たせながら、いがみが刻一刻と近付く地面に顔を青くし、シンゴに向かって叫ぶように問いかけてきた。

 一方のシンゴは、その紫紺に染まった両目を細め、無言で近付く地面を見詰めている。


 このまま行くとシンゴ達が落下するだろう地点――表通りでは、徐々に人の営みが始まっており、少なくない数の人々が行き交っている。

 幸いと言っていいのかは分からないが、シンゴ達の落下予測地点に人の姿は見当たらない。しかし、他人の心配をしている場合ではないのはシンゴも重々承知だ。

 シンゴは、首をひねって青い顔を向けてきているいがみに対し、安心させるように優しい笑みを向けると、


「大丈夫だよ」


「何がさ!?」


 どうやらシンゴの励ましの言葉は、むしろいがみを不安にさせたらしい。

 どこか諦めたように達観した笑みを浮かべ、いがみがそっと目を閉じた時だ。シンゴが何かにぴくりと反応し、目を鋭く細めた。


「――イレナ」


「なによぉ――!?」


 イレナに呼びかけると、やけくそ気味の大声で返事を返された。

 もうどうでもいいと言わんばかりの投げやりな態度だが、シンゴは特にその点について言及はせず、いつになく真剣な声音でイレナの耳元で囁くように指示を告げた。


「やっぱり来た。だから、さっき僕がお願いした魔法をすぐに発動できるように準備して!」


「ま、魔法を!?」


「うん、出来ればすぐに!」


「――――」


 イレナも、そのどこか切羽詰まったようなシンゴの声音に、幾分かの理性を取り戻す。そして言葉少なに「どこに?」と確認を返してきた。

 こんな風切り音の激しく、声の届きにくい環境でも、イレナのその声は力強く、明瞭にシンゴの耳へと届いた。

 その声に頼もしさと勇気を貰い、シンゴはそんな場合ではないというのに苦笑を浮かべる。そして同時に、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 ――更に奥底で、その温かさに比例して何かの脈動が強くなった。


 シンゴは意識してそれを無視し、神妙な面持ちでイレナに言った。


「落下中という事も加味して、ちょうど僕達の真横に展開する形でお願い。僕が合図を出すから、それに合わせて魔法を」


「じ、条件、多すぎない!?」


「ごめん、でも――」


「いいわよ! やるわよ! もう!」


 シンゴの謝罪に乱暴な返答で応じ、イレナは意識を集中。自分達の落下速度と、空間位置を素早く脳内で演算。

 計算を終わらせたイレナは、小さく頷く事で準備完了の意を伝える。

 それから、地面までの落下を半分ほど消化したタイミングで、シンゴが鋭い声で「今だ!」と合図した。


 イレナは即座に用意していた魔法を行使するべく、高らかに詠唱した。


「『アイス・ズ・ウォール』!!」


 イレナの詠唱に呼応し、シンゴ達の落下コースから少しだけズレた位置に、氷で出来た分厚い壁が生じた。

 シンゴはそれを確認すると、三人に聞こえるように声を張り上げ、「ちゃんと掴まってて!」と注意を入れる。


 三人がシンゴの体にしがみ付く腕の力を上げたのを確認し、シンゴはイレナが生み出した氷壁とすれ違うタイミングで、氷壁を思い切り蹴り付けて真横に跳んだ。

 次の瞬間、シンゴの蹴り付けた氷壁が半ばで真っ二つに両断された。


「な――!?」


「イレナ! 今と同じ要領で、あと三回お願い!」


「ちょ……わ、分かったわよ! やってやるわよ!!」


 驚愕も早々、シンゴから更なる無茶振りがくる。

 一瞬イレナは難色を示しかけるが、今しがた起きた事象に対し身の危険を察し、それを回避してのけたシンゴの実績から信用という名の下に思考を放棄。シンゴの要請に従い、再度詠唱した。


「――ぁ」


 その詠唱を聞きながら、モプラ・テン・ストンプは見た。

 彼女同様、後ろを見られる体勢のイレナは魔法に集中していて気付いていない様子だが、特に怯える以外はやる事のないモプラは気付いてしまった。

 今しがた自分達が飛び降りてきた穴に見える、人影の存在を。


 高速で移り行く景色と、距離の問題でそれが誰なのかは分からない。しかし、モプラの耳はそれを捉えた。

 ここで言う耳とは、本来の彼女の耳の事ではない。なら何の耳かというと、頭頂部で吹き付ける風によって激しく乱れている“兎の耳”の事だ。

 聞こえた声は、おそらくシアのものだった。そしてその内容は――、


 ――『バイブレート・グラスプ』。


 という何かしらの詠唱と、


 ――キン。


 という刀身を指で弾くような音だ。

 直後、再びシンゴの警告が飛ぶ。同時に、モプラは身体が遠心力に引っ張られ、中身を激しく掻き混ぜられるような不快感にぎゅっと目を瞑った。

 シンゴが先ほどと同じように、氷壁を足場にして空中を移動したのだ。


「うっ……あっ……あぅ……ッ」


 合計三回の空中移動で生じた衝撃に苦鳴を漏らしながらも、モプラの耳はシンゴが足場にして用済みとなった氷壁が、先ほどと同じように両断されて砕ける音を聞いた。

 モプラは確信する。これは、あの路地でシアが見せた、『見えない攻撃』だと。


「――相棒!」


「分かってる! 皆、僕にちゃんと掴まって! これから着地に入るから!」


 いがみが焦燥感を滲ませながら、地面がすぐそこに迫っている事を警告する。

 シンゴは三人に注意を促すと、「あと少しだから……っ」と何か願うように呟き、右肩から生じている炎の片翼を地面に向けて思い切り羽ばたかせた。


 かつてないほどの風圧を生み、四人の体が重力に逆らって減速する。

 シンゴは足のクッションを巧みに使い、減速し切れなかった衝撃を散らそうと試みる。

 しかし完全には衝撃を殺し切れず、骨が砕ける音と筋繊維が断裂する悲鳴が足から上がり、シンゴの顔が苦悶に歪んだ。

 それでもシンゴはそれを強引に耐え切ってみせ、その後、ゆっくりと三人を地面に下ろした。


 高所からの無謀なダイブから始まり、途中で何かしらの攻撃を潜り抜け、着地はこれを以て無事完遂された。

 足を地面に着け、未だに浮遊する感覚を味わいながら、シンゴ以外の三人は足の裏に感じる硬い感触に生の実感を得た。


「っ……」


「シンゴ!?」「相棒!」「シンゴさん……!?」


 その実感に浸る暇もなく、常人離れした荒業で偉業を成し遂げ、完全に瓦解したかに思えた『バベルの塔攻略作戦』を力技で成立させたシンゴが、呻き声を上げて倒れた。

 慌てて駆け寄る三人だったが、ふと周りが騒がしい事に気付く。

 見れば、野次馬達が周囲に集まり、シンゴ達四人を囲むようにして物珍しげな視線を送ってきていた。


 空から人が降ってきたのだから、当然と言えば当然か。中には手で傘を作り、上を見上げる者も見受けられる。

 そんな中で真っ先に我に返ったのは、イレナでもいがみでもなく――モプラだった。


「あの……すぐにここから離れませんか……!」


 モプラは落下中に見た攻撃と、その攻撃を放ったのがシアだと理解していた。それが、ここで留まるのが危険だという判断を彼女にさせたのだ。

 そんなモプラの声に、イレナといがみもハッとなり、互いに頷き合うと、荒い息を吐くシンゴに二人で肩を貸して立ち上がらせた。


「あ、れ……俺、たしか……?」


「喋らないでシンゴ! 今、安全な場所に連れて行くから!」


 野次馬をかき分け、四人は移動を開始した。

 しかし、イレナは気付かない。上から自分達を見下ろす視線が、安全な場所で易々と休息を取る時間など、与えてくれるはずがないという事に――。



――――――――――――――――――――



「……逃げられました」


「――チッ。そのようですね〜」


 シアからの報告に、ノーミ・エコは苛立たしげに集まる人ごみを見下ろしながら、乱暴に舌打ちをこぼした。

 次の瞬間、シアの体がぐらつき、その場に片膝を着く。

 見れば、シアは肩で息をしており、その様子から受けたダメージの大きさが相当のものであったと窺える。


「シア……!」


 咄嗟に姉のテラがシアの元へと駆け寄り、心配そうな顔で弟の背をさする。

 そんな姉の優しさにシアは気丈に笑って見せようとするが、その笑みは体に残る痛みで引き攣り、余計にテラを心配させてしまう本末転倒の結果となってしまった。


 そんな双子愛を冷めた目で見やりながら、ノーミ・エコは淡々と感情を排した声音でこう告げた。


「二人とも、いますぐ彼らを追ってくださ〜い」


「な――!?」


 その冷酷な主の言葉に、テラが目を見開く。

 そして次には怒りを抑えるように唇をぐっと噛むと、テラはスッと立ち上がり、主を真っ直ぐ見据えて一つ提案をした。


「ノーミ様、彼らを取り逃したのは確かに私達の力が及ばなかったのが原因です。ですが、シアは私を庇い、この通り動けるような状態ではありません。ここはどうか、私一人に行かせてはもらえ――」


「却下します。二人で向かってくださ〜い」


「そんな――!!」


 主の判断に声を張り上げ、テラが距離を詰めようとした時だ。

 そんな反抗的なテラを冷酷な笑みで見返し、ノーミ・エコは乱れた緑髪を手ぐしで整えながら首を斜めに倒すと、


「拾ってやった恩をもう忘れたのですか〜?」


「――ッ!?」


 その一言に、テラの戦意が霧散。どころか完全に委縮した様子で、視線をあちこちにさまよわせた後に俯いてしまった。

 それでもテラは、なけなしの勇気をかき集め、消え入りそうな声で「ですが……」と呟いて難色を示した。


「……はぁ〜」


 テラのその頑なな態度に、ノーミ・エコはわざとらしく大きなため息。

 そして背を向けると、苛立たしげに床を足先でタップしながら、


「それでは一つ聞きますが〜、今しがた貴女は自分の非を認めた。これは間違いありませんね〜?」


「……はい」


「で、あれば、当然それは行動と結果を以て払拭するしかない。違いますか〜?」


「……その通りです。でも、それなら私だけでも――」


「二人がかりで取り逃がしておいて、そんな貴女が彼らを無力化し、そして『肉欲』を生きたまま捕えてこられると〜?」


「それは……っ」


 言葉を詰まらせるテラを、シアが沈痛の面持ちで見上げる。

 しかし彼の目は、姉の悔しげな顔の像を映してはいない。シアは聞いているのだ。――姉の心の音を。


 ――テラとシアも、ノーミ・エコと同様に元浮浪児だ。二人で支え合い、懸命にスラムで生き抜いてきた。

 しかし、子供だけで生き抜くその日暮らしがいずれ限界を迎える事など、誰にでも分かる。破滅の未来を待つしかなかった二人に手を差し伸べてくれたのが、眼前のノーミ・エコだ。


 二人は忠誠を、そして命を捧げると誓った。だが、それはあくまで自分の命だけであって、姉弟同士、互いの命を天秤に乗せる気など二人にはサラサラない。

 話を当初の議題に戻すが、シアの目は元々見えていた。その目の光が失われたのは、流行病が原因だ。


 しかしそれは、適切な処置をして、少しばかり値の張る薬を用いれば容易く治療できるものだった。

 だが、その日を生きるのに精一杯の二人に医者にかかる金などある訳がなく、一日分ならともかく、よりによって薬は継続して服用する必要があった。

 その結果、シアの病状は悪化。幸い二日分の薬を何とか購入する事ができ、命を落とすような事態にはならなかったが、その代償として病は――シアの視力を奪い去った。


 姉は大いに悲しみ、弟は姉の顔が二度と見られない事を嘆いた。

 双子が俗に言う『特殊魔法』に目覚めたのは、そんな時だった。


 姉のテラが、目に起因する様々な異能を行使できるという、あまりにも皮肉な魔法――『ディテクション・サイト』を。

 弟のシアは、まるで見えない目を補うように、振動を把握するという魔法――『バイブレート・グラスプ』を。


 ――双子は『力』を手に入れた。


 そしてその『力』を使い、生き延びるために様々な事をした。

 そんな双子の噂を聞き付けてやってきたのが、ノーミ・エコだったのだ。


 話しを現状に戻すが、シアには『バイブレート・グラスプ』で相手の心音を正確に聞き取り、その心音の状況と話の内容等から相手の心情を読み取る、という特殊な技能があった。


 そして嘘を見抜くというのは、これを応用した技術の一つだ。

 ちなみにこの魔法には振動を増幅する力も備わっており、シンゴ達が『見えない攻撃』と称していたものは、刀身を指で弾いた際の振動を増幅させ、指向性を持たせて放った振動波が正体だ。


 そしてシアは今、生命線とも呼べるこの魔法を発動し、姉の心音を読み取った。

 姉の心音は迷うように激しく乱れ、聞いている方が不安になるような荒れようだった。

 シアは、姉がその目の能力を向上させる特殊魔法の所為で、自分に負い目のようなものを感じているのを知っている。


 そのためか、テラはシアの前でその目の力を極力使おうとしない。

 シアとしては別に気にしていないのだが、それを言ったところで益々気にして自分を追い込むのが姉だという事も知っていた。


 それ故に、シアはなるべくテラの心に負担をかけまいと、基本的には自分が率先して動くように心がけている。その根幹にあるものは、姉に対する深い愛情だ。

 そしてこの現状は、自分の所為で姉が苦しんでいるという最悪の状況である。それを良しとするなど、シアには断じて出来なかった。


「――姉さん」


「――!?」


 長らく使っていなかったその呼び名を使い、シアは剣を支えに立ち上がった。

 そして姉を手で後ろに押しやるようにしてノーミ・エコの前に立つと、相対した者が思わず腰を抜かしてしまいそうなほどの気迫をその満身創痍の体から滲ませ、静かに告げた。


「僕も出ます」


「シア……」


 どこか哀しげで、諦めたような弱々しい声音で自分の名を呼んでくれる姉に、シアは優しい微笑を浮かべた顔を向け、自分は大丈夫だと示す。

 それを見て、テラもようやく納得したようで、改めてその表情を真面目なものに切り替えると、シアの隣に並んだ。


「ノーミ様。必ずや奴らを殺し、『肉欲』を持ち帰ってみせます」


 テラとシア、二人を交互に見やり、ノーミ・エコは満足そうな笑みを浮かべて頷くと、


「私はこれより、『ウォー』に呼びかけま〜す。……二度目は、ありませんからね〜?」


「「はっ!」」


「では、行ってくださ〜い!」


 主の言葉に恭しい礼で応じ、二人は螺旋階段へと駆け出した。

 この時、テラとシアは目的だけでなく、一つの感情を同じとしていた。

 それは、姉を、弟を害した、あの『罪人つみびと』だけは絶対に殺すという、狂おしいほど純粋な激情だ。


 ――人は、その感情をこう呼んだ。




 ――『殺意』と。


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