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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:20 『バベルの塔攻略作戦・投擲』

「そんな力……何に使うつもりだ……ッ!」


 世界を滅ぼし得る力を秘めた、『肉欲』という名の『大罪』。

 ノーミ・エコが掲げた目的は、浮浪児の根絶だ。一体そのどこに、そんな強大な力を用いるというのだろうか。


 シンゴの焦りを孕んだその問いに、ノーミ・エコはニヤリと口元を半月形に歪ませると、後ろ手に両手を組んで歩き出す。


「先ほど申し上げましたよ〜? 私は、土地を拡大したいと〜」


「だから、それのどこに――ッ」


 ノーミ・エコはピタリと歩みを止めると、首だけを動かし、ゾッとするような昏い笑みを浮かべて――、


「今は王位を継いだばかりというだけでなく、無知もいいところの若い少女。その王座を奪うのはなんとも容易いですよね〜?」


「…………まさか」


 じんわりとその言葉の意味が脳に浸透するにつれ、シンゴは嫌な想像が首をもたげるのを感じ、顔を青くした。

 そしてイレナも詳細が分からないまでも、今の会話が一体誰を指し示していたのかには察しが付いたらしく、シンゴよりもいっそう顔を青くしながら、


「ユピ姉の事を……言ってるの?」


 イレナの声音には、どうか違っていてほしい、という切願にも似た想いが込められていた。

 認めたくない、きっと何かの聞き違いだと、どこか縋るような顔で唇を戦慄かせるイレナだったが、ノーミ・エコはそんなイレナとは対照的な笑みを顔に浮かべながら、


「『肉欲』の力でインプレグナブル・ラインを崩壊させ、最大戦力を投下するのですよ~」


 子供が悪戯のタネ明かしをするように、イレナの願いを真正面からへし折った。

 王位、ユピア、インプレグナブル・ライン。今しがた語られた断片的な情報だけでも、それが何を指しているのを察するのは容易だった。

 そう、ノーミ・エコの狙いは――、


「王都……トランセル!」


 浮浪児根絶を掲げるノーミ・エコが、なぜ土地の拡大を必要としているのかまでは、シンゴの足りない頭ではいまいち理解が及ばない。だが、王都『トランセル』が標的にされているという事実だけは、明確に理解できた。

 激しい動揺を顕にするシンゴ達だったが、ノーミ・エコはどこか困ったような表情を浮かべると、頬に手を当てる。


「当初から王都には目を付けていたのですが、攻め落とすには様々な課題がありましてね〜? 王家直属近衛騎士団の精鋭達の存在に対し、この都市の荒くれ者共をうまく扇動してぶつけたとしても、勝ち目は薄い。そもそもな話、インプレグナブル・ラインがある所為で戦力の一斉投入も難しい状況と、問題が山積みだったのですよ〜」


 しかし――と、ノーミ・エコは困り顔から一転、悩み事が解決しましたとでも言わんばかりに、スッキリとした表情で頬を緩めると、


「そんな悩める私の所に、彼女は来てくれた訳なのですよ〜!」


「彼女……三人目の『罪人つみびと』か……ッ!」


「その通〜りですっ!」


 バッと両腕を広げたかと思えば、今度は己の体を掻き抱き、身をよじるノーミ・エコ。

 その奇行に顔をしかめるシンゴ達の反応など余所に、彼女の口はさらに熱を上げる。


「最初、彼女の手に刻まれた『Ⅲ』の数字を見るまでは半信半疑でしたが〜、彼女はまさしく私にとって救いの女神だったのですよ〜! インプレグナブル・ラインの攻略方法に加え、大量の『星屑』を戦力として貸し出すとも約束してくれたのですから〜!」


「『星屑』を――!?」


 饒舌に舌を回すノーミ・エコ。シンゴは徐々に顕にされるその恐ろしい計画の概要に、ただただ戦慄するしかなかった。

 『肉欲』の権威の恐るべき力に加え、狙いが王都だという衝撃の事実。さらに大量の『星屑』という悪夢だけに飽き足らず、この都市のどこかにシンゴとモプラ以外の『罪人』が潜んでいるという。こんなどうしようもない事実を突き付けられて、動揺するなという方が無理な話だ。


 そして要約するに、ノーミ・エコがやろうとしている事は――、


「そんなもん、ただの戦争じゃねえか……!」


「戦争ではなく、平和のための聖戦と呼んでくださいな〜」


「どっちも同じだろうが――ッ!」


「いいえ、違いますよ〜。崇高な理念を掲げる私にこそ正義があるのでして、戦争などという低俗な言葉で括らないでほしいですね〜」


「偽善だろ、そんなもん……ッ!」


「この世の秩序は多彩な側面を持つものです。故にこそ! 時に偽善は正義と成り得るのですよ〜!」


「…………ッ」


 ――平行線だ。


 ああ言えば、こう言う。程度の低い子供の喧嘩と同じだ。違う点があるとすれば、その規模と、発言に伴う現実味だ。

 ノーミ・エコには、絵空事だと捉えられかねない発言を、そのまま現実にしてしまえるだけの力がある。

 そしてその作戦に必要な最後のピースが揃ったのだ。インプレグナブル・ラインを崩す――『肉欲』を。


「さて、そろそろ飽きてしまいましたね〜」


「――――ッ!」


 言葉通り、興味が抜け落ちたかのように、先ほどまでコロコロと表情が変化していたノーミ・エコの顔から、感情が完全に剥がれ落ちる。

 初めて見せるその底冷えするような表情は、相対する者に言い知れぬ怖気と戦慄を与え、身を竦ませるに足る異様な覇気を纏っていた。


「私がここまで計画を喋ったという事は……もう、お分かりですよね〜?」


 言外に、生きて帰れると思うなよ、と告げてくるノーミ・エコの昏い笑みに、シンゴは喉をごくりと鳴らす。思わず後ずさりそうになる腿をつねって、それだけは何とか堪えた。そして萎えかける戦意を奮い立たせるよう獰猛な笑みを浮かべると、


「はっ、なんだよ。生きて帰すつもりは鼻っからなかったんで、わざわざ喋ってくれたって事かよ? だとしたらそれは誤算だったな。隣の二人はともかく、俺はそう簡単に殺されてやれねえぜ」


「……やはり、貴方は良い。ますます気に入りましたよ〜。ですが、残念ながらここから帰す訳にはいかない。――そこで、一つ提案なのですが〜」


「提案?」


 不審感を顔に浮かべ、警戒心を上げるシンゴに、ノーミ・エコは「どうでしょうか〜?」と両手を広げると、とんでもない事をのたまった。


「是非とも貴方達を、私の同志として迎え入れたいと思っているのですが〜」


「――――」


 まさかこのタイミングで勧誘を受けるとは思っておらず、シンゴ達は揃って絶句する。完全に意表を突かれた形だ。

 目を見開いて固まるシンゴ達の反応を受け、ノーミ・エコは至極当然だとでも言うように頷いて同調を示すと同時に、モプラに歩み寄った。

 その行動がまるで、すぐに手を下せるよう移動した風に見えるのは、決して気のせいではないだろう。

 

「『肉欲』も、貴方達も、私の名に賭けて待遇は保証しますよ〜?」


「…………」


「考えてもみてくださいな〜。私が掲げるのは浮浪児の根絶。それは素晴らしく善良な行いなのですよ〜。それに、あくまで浮浪児根絶は私の最終的な目標であって、そのために治安の維持や、国民の末端まで恩恵が行き渡るような経済の繁栄、そして他国との外交。他にもやる事はたくさんあるのですよ〜。どうか私に、貴方達の力を貸しては頂けないでしょうか〜?」


 そう言って、シンゴ達に向かって手を差し出すノーミ・エコ。

 確かに今の話を聞く限りでは、ノーミ・エコは本当に平和を実現しようとしているのだと分かる。彼女の歩む先には、国民の平和と笑顔が溢れるのだろう。


 しかしその平和と笑顔は、数え切れないほど多くの不幸の上に成り立つ。

 安寧と平和のために、不要なものを間引きしていく。それがノーミ・エコのやり方だ。

 手段さえ違えば、シンゴだって尊敬の念を抱き、もしかしたら眼前に差し出されている手を取ったかもしれない。それほどまでに、夢に向かって邁進する彼女には魅力があった。


 その瞳の奥で渦巻く、昏い何かに目を瞑れば――だが。


「――――」


 どうやら、ここが限界のようだ。

 シンゴは小さく吐息すると、イレナ、いがみと順に顔を合わせる。

 首肯が返ってくるのを見て、意志が統一されている事を確認すると、シンゴはニヤリと笑みを浮かべた。


「その勧誘に答える前に、とある人からあんた宛に預かってるもんがある」


「……私に、ですか〜?」


 一度手を引っ込めるノーミ・エコを見ながら、シンゴはウルトの言葉を思い返す。


『いい? まず、出来る限りノーミ・エコと会話をするのよ』


 シンゴは緩慢な動作で左手を懐に突っ込む。


『人は、たとえ温和そうな見た目をしていたとしても、初対面の相手となれば必ず少なくない警戒心を抱くわ』


 同時にローブの長い袖の中で、右手に握り締められるアイテムを掌で転がして持ち方を微調整する。


『でもそれはね、相手の内面を知らないからなの。言葉を交わし、為人ひととなりに触れて、初めて人は心を通わせる事が出来る』


 左手に視線が集まるのを意識しつつ、何も入っていない懐を探るフリをしながら、彼我の距離を少しだけ縮めて投擲時のコントロールをしやすくする。


『いいかしら? これの投擲は、決して失敗してはダメ。これは初動であり、この計画の“動”の要の部分。確実に成功させるために、布石をギリギリまで積み上げるの。何重にも予防線を張り、安全マージンを取りすぎるぐらいに取ったら……始めなさい』


「――――ッ」


 テラがハッと何かに気付いた様子で、咄嗟に駆け出そうとした。


『私なりにテラとシアの超直感の正体について調べて、当たりを付けてみたわ。弟のシアは盲目という点から、おそら“耳”に大きく関係した力、もしくは体質ね。そして姉のテラだけど、理詰めで絞り込むのは難しかったから、ほとんど勘に頼る結果になってしまったのだけれど――』


「『パラリシス・エアロゾル』」


「またそれですか――ッ」


 いがみが前を向いたまま後ろに手を伸ばし、吸いこんだ者を麻痺させる黄色い煙霧を放った。


『テラの超直感の正体は、おそらく“目”。キサラギ、それの存在が露見しないように、あなたのローブにだけかなり複雑な設定を施したわ。集中されればバレるでしょうけど、そうでなければ欺き切れるほど強い“幻惑”よ。ただ、過信だけはしないでちょうだい。バレれば即、動きなさい』


 テラとシアの姿が黄色い煙霧の向こうに消える。

 しかし、何かしら対策はされているはずだ。だからこれは、ほんの一瞬の時間稼ぎをするための一手なのだ。ほんの僅かでも足止めが出来れば、それで十分。


「ほらよ――ッ!」


 シンゴはローブを翻すと、ノーミ・エコに向かって全力でそれを――『爆石』を投擲した。

 『爆石』とはその名の通り、強い衝撃を受けると爆発する、オレンジ色をした『魔石』の一種だ。

 シアに吹き飛ばされた際に爆発しなかったのは、シンゴにしては珍しく運が良かっただけ。


「やっ――!?」


 女性らしい可愛い悲鳴を上げ、ノーミ・エコが咄嗟に屈む。『爆石』はノーミ・エコには当たらず、その頭上を通過した。

 だが、それでいい。そうなるように、わざと力を抜いて投げたのだ。なぜなら、本当の狙いは――、


「行けぇ――!!」


 ――刹那、部屋を揺るがすほどの爆音が鳴り響き、『爆石』が爆発。壁を吹き飛ばして、大きな穴を作り出す。


 爆風が黄色い煙霧を押し流し、テラとシアの姿が現れる。

 二人の口元には黒光りする無骨なフォルムのマスクのような物が付いており、どうやら麻痺はしていない様子。


 だが、シンゴ達の姿は既に元の位置にはない。

 双子はまず最優先で、主の安否を確認する。するとすぐに、床に伏せて爆風から身を守ったらしいノーミ・エコの無事な姿が確認できた。


 その、すぐ横を――。


「『アイシクル・ズ・インジェクション』!!」


 テラとシアにつららを放って牽制するイレナを最後尾に、いがみが真ん中、先頭をシンゴが走る形で、三人は部屋の真ん中を全力で駆け抜ける。

 そして、爆発の余波で椅子ごと横倒しになってしまっていたモプラの元まで辿り着くと、イレナはモプラの肩に手を、シンゴといがみはイレナの肩にそれぞれ手を置いた。


「イレナ――!!」


「行くわよ!!」


 シンゴの大声に、イレナも負けじと喉を震わせて応答する。それと同時に、イレナはもうもうと立ち込める粉塵の隙間から覗く外の景色に目を凝らした。

 シンゴの役割は、この壁に『爆石』で穴を空け、かつ決定的な隙を作るというものだった。そして穴を空ける必要があるのは、イレナの奥の手が着地点の座標をしっかりと認識する必要があったからだ。


 ――そしてその条件は、今を以てクリアされた。


 イレナが叫ぶ。


「『ゼロ・シフト』――!!」


 合計四人。万全の状態でも、一回が使用限界。集中を欠けば、誰かが取り残される可能性もあった。

 だが、そのための役割分担だ。イレナがこの一瞬に最大の集中が出来るように。


 そして今、それが成就する。

 感覚が遠ざかり、感じた事のない空間の肌触りを感じながら、重力も、光も、音さえ存在しない虚無の空間を瞬きの間に経由し、シンゴ達は表通りの一角に瞬間移動を――


「うそ……なんで!?」


 イレナの驚愕の声を受け、シンゴは自分が瞬間移動していない事に気が付いた。

 慌てて視線を動かすと、いがみも、モプラも、イレナもいて、自分だけが取り残されるなどといった最悪のイレギュラーが起きてしまった訳ではなかった。


 ――いや、今の方が状況としては最悪かもしれない。


「どうしたんだよイレナ!? 早く飛ばねえと……!」


「出来ないのよ! 『ゼロ・シフト』が……使えないの!」


「は……ぁ?」


 動揺と焦燥感、そして自責の念に顔を歪ませるイレナが、「どうしてなのよ……っ」と呻くように毒づくのを見て、シンゴは自分の頭の中が真っ白になるのをどこか他人事のように感じていた。


 そして、絶望で心を暗く染める暇すら、移り変わる状況が許さない。

 『ゼロ・シフト』不発から数秒後、イレナが必死に『ゼロ・シフト』を発動させようと試みているその後ろから、感情が抜け落ち、粘つく様な不快感を伴った、背筋が凍るような声がかけられた。


「お前達……楽に死ねるとは思わない事ですよ〜?」


「――――ッ!」


 振り向くとそこには、テラとシアの二人に支えられながら立ち上がり、爆風によって煤汚れた髪を掻き上げながらこちらを無表情に見やる、ノーミ・エコの姿があった。

 彼女は服の汚れを払おうともせず、シンゴ達を恐ろしく冷たい瞳で睨み付けると、やがてスッと鋭利な刃物のように目を細めた。


「裏にいるのは、やはり『魔女』ですか〜」


「…………ッ」


 息を呑むシンゴ達をどこまでも無感情に見据えながら、ノーミ・エコは静かに告げた。


「テラ、シア、殺してくださいな〜。彼らが終われば、次は『魔女』と、その“子”らも全員」


「「仰せの通りに――」」


 テラとシアの二人が抜刀し、外から差し込む朝日を反射する刃をシンゴ達に向ける。

 息を呑むほど美しいその刀身の輝きに、シンゴはようやく絶望と、迫る『死』の予感を感じた――。


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