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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:19 『バベルの塔攻略作戦・【肉欲】の秘密』

「さてさてさ〜て〜」


 三人目の『罪人つみびと』の存在を示唆したノーミ・エコは、驚愕に目を見開くシンゴ達の反応に怪しげな笑みを浮かべながら、今度は二本立てていた内の中指を向けてくる。


「次に二つ目の疑問点……ああ、身構えなくても大丈夫です。ただの、かる〜い質問なのですから〜」


「次は……何だよ?」


 辛うじて絞り出したシンゴの問い返しに、ノーミ・エコはこちらに向けていた中指を立て直すと、振り子のように横に振った。


「いえいえいえいえ〜、貴方ではありませんよ〜」


「は……?」


「用があるのは……そちらの貴方です〜」


 改めて、今度は身体ごと向ける形でノーミ・エコが中指で指し示したのは、捏迷歪ねつまいいがみだった。


「おや、ぼくをご指名で?」


「ええ、貴方です〜」


 自分を指差して首を傾げるいがみの顔を、ノーミ・エコはたっぷり数秒かけて見詰めると、その目を鋭く細めた。


「貴方……以前、どこかでお会いした事がありませんか〜?」


「あなたと?」


「ええ、私と〜」


 一つ目の疑問から三人目の『罪人』の存在の示唆に繋がったので、シンゴは身構えていたのだが、その世間話のような内容に思わず拍子抜けする。

 一体どんな質問が飛び出すかと思えば、どこかで会ったっけ、だ。これでは、あまりにも――


「――――!」


 ――いや、待て。何かおかしい。


 身体の中心部に電流が走ったような気がした。

 シンゴはチラリと、こんな状況でも薄ら笑いを浮かべているいがみの顔を見やる。


 たとえいがみがノーミ・エコと面識があったとしても、そこまでならまだ分かる。だが、それをシンゴ達に黙っていたのだとしたら、また話は変わってくる。

 そもそも、いがみとは出会って日が浅い事もあり、シンゴは彼の事をほとんど知らない。

 故に、いがみを絶対に信用できるかと問われても、シンゴは現時点では素直に頷けない。


 疑惑は不信感となり、留まる事を知らずどんどん膨らんでいく。

 それに耐えられず、気付けばシンゴはいがみの肩を掴んでいた。


「……どうしたんだい、相棒?」


「いや、その……お前、さ」


「――ああ、大丈夫さ」


 シンゴの逼迫ひっぱくした顔を見ただけで、いがみはシンゴの考えている事を見抜いたらしい。

 シンゴに向かってニヤリと笑い返すと、ノーミ・エコに向き直り、肩を竦めるように両手を広げると、


「残念だけど、あなたの顔を見たのはこれが初めてさ。そもそも、こんな美人をぼくが忘れるはずがない。――うん、絶対に有り得ない」


「――――」


 いがみの自信満々の返答を受け、ノーミ・エコは即座にシアに確認を取る。

 シンゴも後ろをチラリと見てみるが、シアは首を横に振っていた。

 つまり――、


「なるほど……どうやら嘘ではないようですね〜」


「あはは。ぼくが嘘をつくなんて有り得ないよ」


 最後の最後で信憑性が地に落ちるような発言をするいがみだったが、シンゴは内心ホッとしていた。――と同時に、いがみを疑った自分を恥じた。

 そんなシンゴの悔恨に気付いたのか、いがみはシンゴの方を見ず、


「気にするなよ、相棒」


いがみ……」


 バシッと肩を叩いて励ましてくるいがみ。そんな彼の優しさを受け、ますますシンゴは自分が恥ずかしくなり、唇を噛み締める。

 しかしそれも、ふといがみの視線がノーミ・エコの胸元に向けられているのに気付いてしまい、毒気を抜かれて苦笑がこぼれた。


「まあ、お前はお前だよな……悪い意味で」


「ははは、言葉の暴力って知っているかい、相棒?」


「……それはさておき」


 軽口はこれぐらいにして――とシンゴは、腕組みして何やら考え事をしているらしいノーミ・エコに視線を戻す。

 シンゴの視線に気付いたノーミ・エコは、考え事を中断してこちらに笑みを向けると、胸の前で手を合わせて小首を傾げ、


「どうやら私の勘違いだったようです。ごめんなさいね〜?」


 そう言って謝罪してくるが、おそらく形だけだろう。本心から謝っているとは、とてもではないが思えない。別に本心から謝られたところで、という話だが。

 シンゴが憮然とした表情を浮かべていると、それに関しては特に言及せず、ノーミ・エコは「話を戻しますが〜」と言いつつ、モプラの背後に回ると、その肩に手を置いた。


 置かれた手にビクリと怯えるモプラをニコニコとした笑みで見下ろしてから、ノーミ・エコはシンゴ達に視線を向け直すと、


「先ほどの演説は心に響きましたが……残念な事に、『肉欲』を手放す訳にはいかないのですよ〜」


 申し訳なさそうな顔をしながら、モプラを解放する気はないと告げてくる。言外にそれは、交渉には応じないという先方の意思表示だ。

 しかし無論、そうなる事はこちらとしても想定済みだ。それ込みで、作戦は立ててある。


 シンゴが、イレナといがみにアイコンタクトでここからどう動くか確認しようとした時だ。まるで、そうはさせないとでも言わんばかりに、ノーミ・エコが口を開いて割り込んだ。


「『肉欲』は渡せない……そう言ってただ拒絶するだけでは、貴方達も納得しないでしょうね〜」


 だから――と、ノーミ・エコはモプラの肩に置いていた手を離し、一歩横に出ると、


「なぜ私が『肉欲』を必要とするか、その理由を説明したいと思います〜。そうすれば、貴方達も私の崇高な目的のため、身を引いてくれる――どころか、協力したくなるはずですよ〜?」


「は? 何バカな事……いや、分かった。聞くだけ聞いてみる。話してくれ」


 咄嗟に拒絶しようとして、シンゴは寸でのところで発言を曲げる。

 話を続けようというノーミ・エコの提案は、実のところシンゴ達からしてみれば、“余計な手間を取る”ために講じなければならない余計な手間が省けた形になっていた。つまりこれは、願ってもない流れなのだ。


「話の分かる殿方は、嫌いじゃないですよ〜」


 シンゴ達が自分の話を聞き入れる姿勢を取った事で、ノーミ・エコの頬が緩む。

 おそらくではあるが、自分の考えを他人に語るのが好きなタイプなのだろう。その点は、事前にウルトに聞かされていた通りであった。


 昔話になりますが~、と前置きしたノーミ・エコは、続いて驚くべき事を言った。


「私は親も、住む場所も持たない、浮浪児でした~」


「あんたが……浮浪児?」


「ええ、それはもう毎日毎日、その日を生きるために必死でしたよ〜」


 どこか懐かしむように目を細めるノーミ・エコを見て、シンゴはチラリと隣のイレナの様子を窺った。

 特に動揺も見られない彼女の横顔を確認し、シンゴは内心ホッとすると、視線をノーミ・エコに戻す。

 そんなシンゴの視線の動きには気付いていないのか、ノーミ・エコは話を続ける。


「経緯は省略しますが〜、知っての通り私は『バベルの塔』の……いえ、『ウォー』の実質的頂点にまで上り詰めました〜」


「経済のほとんどを牛耳る形で、か……」


「否定はしません。――話を戻しますが、私はとにかく貧困から抜け出すために必死でした〜。そんな私が、申し分ない地位を手に入れ、安定した生活も手に入れ……いざ心に余裕が出来たら、次に何を望んだと思いますか〜?」


「……世界征服、とか?」


 シンゴの粗雑な答えに、両隣からため息がこぼされた。

 別にシンゴとしても真面目に答えた訳ではなかったのだが、まさか味方からそんな反応をされるとは思ってなかったので、もう少しちゃんとした答えを出せば良かったと軽く後悔する。


 ノーミ・エコは、一瞬ぽかんとした顔をしたが、やがて「ふふっ」と口元を隠して笑みをこぼすと、


「当たらずとも遠からず、ですかね〜」


「――!」


 ノーミ・エコのその発言に、シンゴ達は揃って目を剥く。

 まさか、そんなベタベタな思想に至るとは、今どき漫画でもそうそうない展開だ。

 しかし、当然そのような荒唐無稽な話ではなく――、


「だから、遠からず、と申し上げたではないですか〜。――私の望みはもっと小さい」


 ノーミ・エコは両手を広げると、まるで輝かしい未来を想像したかのように上を見ながら微笑むと、顔の向きをシンゴ達に戻し、


「この世界から浮浪児を根絶する。――それが、私の望みです〜」


 ――確固たる決意を宿した目で、そう告げた。


「浮浪児の……根絶?」


 眉を寄せるシンゴに声に、ノーミ・エコは首を縦に振る事で肯定の意を示す。

 そして動揺するシンゴ達を横目に、両手を使って下を――この塔を指し示すと、


「なぜ私が、『バベルの塔』という名をこの塔に付けたと思いますか〜?」


「――! どうしてだ!?」


 ノーミ・エコのその問いに、シンゴが予想以上の食い付きを見せた。

 イレナといがみがシンゴの態度に驚きを顕にするが、最も驚きと興奮を見せたのはノーミ・エコだ。


 彼女は口角を吊り上げると、まるで賛同者を得たとでも言わんばかりに、興奮に頬を紅潮させて、


「いいですよ〜、いいですね〜。貴方とは友好的なかんけ――」


「いいから教えろっ! なんでその名前を付けたんだよ!?」


「お……思った以上の食い付きですね~……」


 シンゴの必死さに、ノーミ・エコが思わずといった様子で後ずさる。

 周りからも不審な目を向けられるが、シンゴとしては降って湧いた元の世界に関する情報だ。何としてでも聞き出しておきたかったのだ。


 逸るあまり前のめりとなるシンゴに、ノーミ・エコは咳払いをして仕切り直すと、


「そうですね〜……私は、童話や神話、伝説にお伽噺が大好きでしてね〜? 数多あるそれらの中の内の一つ。遠い世界でそびえ立つという、天を貫く巨大な塔というものに惹かれまして、その名を頂いたのですよ〜」


「遠い……世界?」


「そうです、遠〜い世界です! 私は『ウォー』をもっと大きくしたい! もっと高みに押し上げたい! そう思い、この名を――」


「その! 遠い世界ってのは――!?」


 話しを途中で遮られ、ノーミ・エコは少しばかり不機嫌そうな顔を覗かせる。

 イレナが「ちょっと、シンゴ……!」と袖を引いてくるが、シンゴは一心不乱にノーミ・エコを見詰めたままだ。


 そんなシンゴの必死な形相を見て、自分の知識が強く求められていると感じたらしく、ノーミ・エコはある程度は溜飲が下がった様子で、「そうですね〜」と顎に手を当てながら視線を宙にさまよわせると、


「遠い世界と言っても、これといって定まった世界観は存在しないのですよ〜。『エデンの園』、『ラグナロク』、『四神』、『グリム』……上げればキリがなく、悲しい事にどれも空想の産物なのですよ〜。中にはこの世界でも類似する事例が無い事もないですが、どれも世界観に相違があり、貴方のその曖昧な質問にお答えするのは少し難しいですかね〜」


「…………ッ」


 ノーミ・エコがそう締め括るのを聞き、シンゴは望んでいた情報が無かった事に落胆を感じずにはいられなかった。

 ただ、何も収穫がなかった訳ではない。今しがた列挙されたものは、全て聞き覚えがあるものだ。他ならぬ、元の世界でだ。


 やはり、この世界とシンゴの居た元の世界には、何らかの繋がりがあるのだ。であれば、その繋がりを辿って行けば、いずれ元の世界に帰る方法に辿り着くかもしれない。それだけでも、今は収穫だと思う事にする。


 シンゴはそう結論付け、昂ぶった気持ちを落ち着けると、片方の眉を吊り上げてノーミ・エコを見やり、


「んで、お前は浮浪児がなくなるような世界をつくりたい、と。なら、まずはすべき事があんじゃねえのかよ?」


「……すべき事、ですか〜?」


 首を傾げるノーミ・エコに、シンゴは憤りを感じながら声を発しようとした時だ。シンゴの目の前に、イレナの手が伸びた。

 不審がるシンゴを見ず、イレナはどこか怒りを滲ませながら、シンゴが言おうとしていた事と同じ質問を発した。


「あなたが浮浪児をなくそうとしているのは分かったわ。だったら、まずはこの都市の子供達をどうにかしようとは思わないの?」


 これだけの地位と莫大な資金があるのなら、マルス達によりよい生活を提供できるのでは、とイレナは言いたいのだ。

 もちろん、自分の目的のために人を攫うような輩に提供されるものなど、シンゴだったら絶対に受け取りたくはない。しかしそんな事などイレナも重々承知のはずだ。きっと彼女は、ノーミ・エコの思想をはっきりさせておきたかったのだろう。


 そんな意図の込められたイレナの質問に対し、ノーミ・エコはどこか悲しげな表情を浮かべた。

 そして、ほぅ――と物憂げなため息を吐くと、残酷かつ非情な色を宿した瞳をイレナに向け、


「悲しい事に、大いなる目的には、大なり小なり犠牲は付き物なのですよ〜」


「――――ッ!」


「イレナ!?」


 ノーミ・エコに詰め寄ろうとしたイレナを、シンゴが咄嗟に羽交い絞めにして止める。

 シンゴとて怒りを感じていない訳ではない。だが、ここで殴り掛かってしまえば、今までコツコツと積み上げてきた布石が一気に崩れ去ってしまう。第一そんな事をすれば、テラとシアが黙っていないだろう。


 シンゴは背後の双子に動きが見られない事に内心胸を撫で下ろしつつ、イレナに意識を戻す。

 彼女の顔はシンゴの位置からは見えず、どのような表情をしているかは窺い知れない。

 そんなイレナに、シンゴはなるべく優しい声音を意識して確認する。


「落ち着いたか……?」


「…………うん、ごめん」


 イレナの体から力が抜けたのを確認し、シンゴはホッとしながら拘束を解いた。

 項垂れるイレナを痛ましげに見てから、シンゴはノーミ・エコを睨み付けると、静かな声音で語りかけた。


「お前の考えは大体分かった。でも、まだはっきりとしてねえ部分がある」


「それは一体~?」


「モプラを攫った理由だ」


「……貴方は、『肉欲』の権威についてはご存じですか〜?」


「……いや、知らねえ」


 そう答えながらモプラの方を見てみると、彼女の顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。

 言いたくなかったから言わなかった、それくらいの事情ならシンゴも察している。それに、『肉欲』とはおそらく、あの気色悪いミミズ型の化け物と何か関係があるとも。


「『肉欲』の権威とは、『シャミール』を呼び出す事です〜」


 そんなシンゴの考察を肯定するように、ノーミ・エコは『肉欲』の権威について詳細を語り始めた。

 この距離感。本人の性格もあるだろうが、今まで積み重ねた布石が徐々にではあるが、確実に効いてきているとシンゴは確信した。


 その上でさらに積み上げるため、シンゴは会話に応じる。


「『シャミール』って……なんだ?」


 そういえば先ほど、モプラの口からそのような単語を聞いたような覚えがある。

 眉を寄せて疑問符を浮かべるシンゴに対し、ノーミ・エコは、まるで無知な相手に答えを突き付ける事で生まれる優越感に酔うように、うっとりとした表情を浮かべながら言った。


「貴方も見た事があると思いますが、『シャミール』とは端的に言って化け物の事ですよ〜」


「…………ッ」


 今ので、シンゴ中で『シャミール』とあのピンク色のミミズが一本の線で繋がった。

 シンゴは確認の目的でモプラの反応を窺ってみる。モプラは俯いたまま、特に否定しようとはしない。そんな彼女の態度が言外に、あの化け物の名が『シャミール』であると認めていた。


 確認作業を終えると、シンゴはノーミ・エコに怪訝な顔を向け、


「……お前の目的は、その『シャミール』か?」


「ん〜……厳密には少し違いますかね〜」


「それは……どういう意味だ?」


 眉を寄せるシンゴに対しノーミ・エコは、椅子に縛られたまま身を小さくするモプラを愛おしげに見やると、特に隠し立てする事もなく告げた。


「『シャミール』には、石を自在に切り取る力があるのですよ〜」


「石を……切り取る?」


「ええ。――そしてその力の真骨頂は、範囲、量、重さに制限がない事なのですよ~」


「それが……」


「『肉欲』の権威の正体です〜」


 石を自在に切り取る力を持った、化け物を召喚する。それが、『肉欲』の権威の正体。

 確かに驚くべき力ではある。驚きはしたが、なぜそんなものにそこまでノーミ・エコが固執するのかがいまいち分からなかった。

 石ぐらいなら、この世界に限った話、魔法等で砕いた方が早いのではないだろうか。


 ――そんなシンゴの考えは、次に述べられた驚愕すべき事実に、真っ白の白紙に染め上げられた。


「地中の岩石を切り崩し、地盤を歪める事だって可能なその力は、使い方次第では大陸を沈める事も出来る、すばらしい力なのですよ〜!」


「は――あ?」


 『肉欲』の正体は、この世界をいとも簡単に滅ぼし得る可能性を秘めた、人の手に余る強大な『罪』だった――。


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