第1章:6 『変化と痣』
「うへぇ……べとべとだぁ」
「す、すいやせん……」
キサラギ・シンゴは、川辺の小石に額を押し付けながら土下座していた。
シンゴの眼前では、目を見開いて己の服を見下ろすユリカ・フレイズの姿がある。
彼女の胸元は、先ほどシンゴが流した涙や鼻水で凄いことになっている。
「ユリカ……いや、ユリカさん。本当にすいませんでした……」
再び謝罪の言葉を述べるシンゴだが、その胸中は複雑だ。なにせ、つい数分前に醜態を晒した挙句、その名残が眼前に提示されているのだ。
シンゴは額に小石にぐりぐり押し付けているが、謝罪の意思を示すというよりは、恥ずかしくて顔が上げられないと言った方が正しいだろう。
「う~ん……」
しかしユリカはそんなシンゴの土下座など見ておらず、尖らせた唇に人差し指を当てながら傍に流れる川を見やり、何やら思案している様子。
やがて、ユリカは「うん!」と笑顔で頷くと――、
「えい!」
盛大な水しぶきを上げ、服を着たまま川に飛び込んだ。
顔を伏せていたシンゴは、ユリカが川に飛び込んだ音とその際に飛んできた水しぶきを浴び、びくりと顔を跳ね上げる。
そして、何ごとだと書かれた顔で川を見やると、ちょうど水面から顔を出し犬のように髪をぶるぶるさせるユリカの姿がそこにあった。
シンゴは目を見開きながら立ち上がると、
「き、急にどうした!?」
慌てて駆け寄ろうとして、気付く。
水に濡れた服が体に張り付き、ユリカの十一歳にしては早熟している体のラインがくっきりと現れていた。
不意打ちだったため、思わず動揺してしまったシンゴだが、慌ててかぶりを振ると己に言い聞かせるように、
「俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない――断じてッ!!」
必死に自己暗示を試みるシンゴだったが、逸らした顔に対し、その視線は重力に引かれるようにユリカの方へと向かおうとしている。
悲しいかな、シンゴもお年頃である。ユリカの同年代の子とはかけ離れた母親譲りのそのプロポーションは、シンゴにとってはあまりにも猛毒だった。
激しい自己嫌悪に苛まれながら、理性と欲望の激しい攻防を己の中で繰り広げるシンゴに、ユリカはきょとんと首を傾げながら川に飛び込んだ理由を述べた。
「ここに来るときによごれちゃったから、ついでに服のよごれも落とそうとおもってなー」
「さ、さようでございますか……」
後半部分――ユリカの服を汚した張本人であるシンゴには、それ以上とやかく言う権利は存在しなかった。
羞恥と自己嫌悪で肩を落とすシンゴを余所に、ユリカは川をすいすい泳ぎ始める。
そんな呑気なユリカの態度にあてられ、シンゴは自分が一人で落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきた。
はぁ――と嘆息し、立ち上がる。そしてその視線を、割と綺麗なフォームで泳いでいるユリカへと向けると、
「ユリカ」
「んー?」
クロールから犬かき体勢に転じてその場に留まり反応するユリカ。そんなどこか気の抜けた様子に先ほどの彼女とのギャップを感じてシンゴは苦笑する。そしてどこか憑き物が落ちたような表情で照れ臭そうに頬を掻き、
「なんか……ありがとな」
そんなシンゴの感謝の言葉を受け、ユリカはとぷんと川の中に潜ると、片腕のみを水面から突き出した。そしてその手がぐっと握られ、親指が立てられる。
それは、シンゴがよくするサムズアップを真似たもので――。
「かっけえな、おい……」
自分の癖を模倣したユリカの返答に、シンゴは思わず笑みを零す。
「はは……ふ……あはははははははははは!!」
やがてその笑みを火種に、徐々にシンゴの笑い声が大きくなる。
――久しぶりに、心の底から笑えたような気がした。
笑うとは、こんなにも気持ちのいいものだったのだろうか。
どこか軽くなったように感じる心に、不思議と染み込んでいくような――そんな感覚。
とうとう腹を抱えて腰を折ったシンゴを、ユリカは水面から顔を出しながらニコニコして眺めるのだった――。
――――――――――――――――――――
やがて、泳ぎ終えたユリカが川から上がってくる。
相変わらず服が体に張り付いており、その年代離れした扇情的な肢体のラインが浮かび上がっている。
――しかし、今度のシンゴは冷静だった。
川から水を滴らせながら歩いてきたユリカに、シンゴはそっとタオルを差し出す。
このタオルはユリカがカズの為に持ってきたものだが、その当人が既に帰ってしまったので、別に使ってしまっても大丈夫だろうと考えたのだ。
シンゴは首を傾げるユリカにタオルを放って渡すと、カズが既に帰ってしまった旨を伝える。
するとユリカは「そっかー」と、思ったより関心の低い声を上げると、そのタオルでわしわしと髪を拭き始めた。
「……つうかさ、ここに来るときにカズとすれ違わなかったのか?」
ふと疑問に思い、ユリカに尋ねる。
フレイズ家からこの川に来るには、シンゴが歩いてきてカズが帰って行ったあの林道を通るのが一番近いはずだ。
普通なら途中ですれ違うはず。しかし、ユリカは既にこの場にカズがいないということを知らない様子だった。
「あ……」
首を傾げるシンゴだったが、ふとユリカが林道からではなく、茂みの中から現れたことを思い出す。
そしてそんなシンゴの気付きに対し、ユリカは服の袖を絞りながら、
「近道してきたからなー。カルにぃとは、すれ違わなかった」
ユリカ本人の証言もあり、シンゴの憶測が肯定される。
しかしそのすれ違いのおかげで、シンゴはこうして自分の心を見詰め直す機会に恵まれたのだから、ある意味では結果オーライだっただろう。
そう、ユリカ・フレイズの言葉で、キサラギ・シンゴは考え方を改めた。
シンゴは焦りに身を焼かれ、知らぬ間に自分自身を追い詰めていたのだ。
そんなシンゴに、ユリカは全てを受け止め、そのうえで臆すことなく一歩踏み込んできてくれた。
改めて振り返ってみても、めちゃくちゃな物言いだった。しかし今のシンゴを見たら、きっとイチゴもユリカと同じことを言っただろうということだけは確信できた。
なら、シンゴもその評価を真摯に受け止め、考え方を改めなければならないだろう。
シンゴはイチゴが今も助けを求めていると、兄に助けてもらえる時を震えながら待っていると思っていた。しかし、改めてキサラギ・シンゴの妹――キサラギ・イチゴのことについて考えてみよう。
あのイチゴが、ただ震えて助けを待っているだけの弱い女だろうか。――答えは否だ。
イチゴのことだ。最初は予想だにしない展開に驚き、そして怯えるだろう。しかし、シンゴの知っている妹はそこで終わらない。
落ちるところまで心を落とした後は、再び立ち上がる。そんな強い心を持った女の子だったはずだ。
ならば今イチゴは、きっと状況を打破しようと動いているはずである。
そんな妹の強い心を、兄であるシンゴが信じてやらないで一体誰が信じてやれるのだ。
確信はない。だが、信頼はある。
それならば、シンゴが信じる強い心を持った妹が、どう動くのかを考えて行動を起こさなければ、決して再会など叶わないではないか。
シンゴは考える。そしてふと、昨日のカズたちとの会話を思い出した。
王都『トランセル』――情報を集めるなら、まずそこだとカズたちは言った。それに、王都とはすなわち、日本で言うところの首都――東京のようなもののはずだ。なら、遠からずして、イチゴもその名を知るだろう。
――繋がった。
イチゴはまだこの近くにいるのではないだろうか。もしくは、全く見知らぬ地に飛ばされてしまったのではないだろうか。そう考えていた。
しかし今の考察でいくと、イチゴがその場所に留まっているとは考えにくい。少しでも前に進もうと動くはずだ。なら、その行動先に重なる点こそが、シンゴが目指すべき場所。
つまり――、
「トランセルだ」
自分の口から出た言葉が己の耳に返ってきて、頭の中にすとんと落ちる感覚があった。
こんな簡単なことに考えが至らなかった自分が恥ずかしくなる。しかし同時に、確かな希望が胸中に芽生えるのを感じる。
今はこの微かな希望があれば、キサラギ・シンゴは頑張れる。きっと前を向ける。
であれば、こんな羞恥心などさっさと捨ててしまった方がいいだろう。
そう考えたシンゴは、体を拭き終えたユリカの眼前にずいっと顔を近付けると、きょとんと自分を見やるユリカに向かって懇願する。
「ユリカ。このどうしようもない馬鹿に、目が醒める一発をくれ!」
こんなことで心が軽くなる保証はない。しかし、目に見える己への罰が欲しかった。
今はそんなちっぽけな免罪符ですら、喉から手が出るほど欲しい。言い訳に過ぎないのは理解している。だが、心機一転とでも言うのだろうか。そのスタートの合図を貰いたかった。なら、その役目はこのスタートラインに立たせてくれた相手に頼むのが筋だろう。
そう考えて行動したシンゴの突然の要求に、ユリカは目をぱちくりとさせるが、やがて無邪気に笑って手を挙げると、
「よーわかんないけど、わかった! てかげんはなしでいくぞぉー!」
手の平をぱーではなくぐーにしたユリカが、腕を引き絞るのを見て、シンゴの決心が僅かばかり揺らぐ。しかし、かぶりを振って覚悟を決めると、
「よ、よっしゃ! キツイの頼むぜ!!」
「ああ、分かった」
――返答は、背後からあった。
「――!? うし――」
目を見開いたユリカが警告の声を発しようとするが、その先を聞き取ることはできなかった。
「……がっ……ぉ?」
真っ赤に染まった視界。傾ぐ世界。
気付けばシンゴの体は、横倒しになっていた。
「ぎ……あ、ぃ……っ」
――頭が痛い。
遅れてやってきた灼熱のような激痛に、シンゴの意識が飲み込まれる。
「――――ッ」
――誰かの悲鳴。
不意に、明滅する赤い視界の中に誰かが倒れ込んだ。
徐々に狭まる視野。その浸食に抗いながら、シンゴは残った意識をかき集め、倒れ伏す少女に手を伸ばす。
しかしその手は何者かの足に踏み付けられ、次いで再び衝撃。
「ゆ……り……――――」
掠れた声を最後に、キサラギ・シンゴは意識を手放した。
――――――――――――――――――――
「――――」
恥を忍んで提案した水浴びの同行を当人であるシンゴだけでなく、ケイナやジースからも止められたアリスは、その不満をぶつけるように無言で根菜に包丁を振り下ろした。
現在アリスはシンゴが一日中眠っていた初日と同じように、この家の家事の手伝いをしていた。
「ごめんなさいね、また手伝ってもらって」
「いえ、ボクたちは寝食を提供して貰っている身ですから。これくらいはやらせてください」
包丁を手に次の獲物――赤い色をした野菜と格闘するアリスは、黒い服の上から白いエプロンを身に着けている。
そんなアリスの隣から、手慣れた手付きで魚を捌くケイナが眉を下げながら申し訳なさそうに言った。そんなケイナもアリスと同様、白いエプロンを身に着けている。
「…………」
「――――?」
ふとケイナが横を見ると、難しい顔のアリスの視線の先――手の中にある赤い野菜が球形のまま元の大きさの半分になっていた。
そんなケイナの視線に気付き、アリスは「あぅ……」と喉を詰まらせる。
「うふふ、赤玉の皮の境目を見極めるのは、少し難しかったかしら」
「……ごめんなさい」
しゅんと肩を落とすアリスに、ケイナは慌てて手を横に振ると、
「い、いいのよ全然! 女の子が料理の腕を磨くときは、何回も失敗して学ぶのが基本なのよ?」
ケイナの慰めの言葉に、アリスの肩がぴくりと反応する。やがて、彼女はちらりとケイナへと視線をやり、
「ケイナさんも……最初はボクみたいに赤玉を?」
アリスは小さくなった赤玉を手に、縋るような目をケイナに向ける。
しかしケイナはきょとんとした表情で首を横に振ると、
「いいえ? 私は昔から料理はできた方だったから……」
「うっ、そうですか……」
「あらあら」
諦念の色を目に宿しながら、深いため息を吐くアリス。しかし今のケイナの返しも、なかなかに容赦がない一撃である。
そんな二人が並んで台所に立つ後ろ姿は、どことなく親子――いや、姉妹に見えなくもない。しかし、やはりそのやり取りは完全に親子のそれだが。
やがてアリスは顔を上げると、「よし!」と腕まくりをして気合を入れる。そんなときだった。背後から騒々しい足音と共に元気な声が飛んできた。
「おかあさん! カルにぃ、タオルわすれてった!」
アリスが背後を振り返ると、そこには白いワンピースのような服に身を包んだユリカの姿があった。
「――――!」
ふと、アリスの視線がユリカの手に掲げられるタオルに向かった。
あのタオルはこの村に来る際にシンゴが川で拾ったものだったが、ユリカが水浴びをしてる際に流されてしまったものだったらしい。
この家に担ぎ込まれた気絶したシンゴが持っていたタオルを見て、ユリカが声を発したことで発覚した事実だ。
じっとタオルを見詰めていたアリスの隣では、ケイナが頬に手を当てて嘆息している。
「もう、あの子ったら……ユリカ、急いで届けてくれる?」
「わかった!」
二つ返事で了承すると、ユリカはそのまま勢いよく外に飛び出す。
「――――ッ!」
ユリカが目の前を走り去って行く際、アリスの視線は激しくバウンドする二つのふくらみに吸い寄せられた。
理不尽な現実に悲しげに吐息したアリスだったが、そんな彼女は初日に続き、ユリカと一緒のベッドで眠らせて貰っている。それだけならよかったのだが、寝惚けたユリカがアリスに抱き着いてきて、一晩中抱き枕代わりにされた。まるでアリスに非情な現実を突き付けるように、その二つの凶器を押し付けて――。
ちなみにアリスの歳は十六。ユリカはアリスより五つ年下。それなのにこの差である。
まだ成長の余地はあると己に言い聞かせるアリスだったが、異世界で味合う胸囲の格差に結構ガチで落ち込んでいた。
別にアリスも小さい方ではないのだが、比べる相手が悪すぎた。
胸に手を当て、この家に来てから何度目とも知れぬ同じ理由でため息を吐く。
そんなアリスの心情を察したのか、ケイナは励ますように両手を胸の前で小さくぐっと握ると、
「大丈夫。女の価値は胸の大きさなんかで左右されないわ!」
「…………」
巨乳のケイナに言われても、説得力は皆無だった。
恨みがましく細めた目で、ケイナの胸元を睨んでいたときだった。不意にケイナがにこりと優しく微笑み、
「シンゴ君にお料理……食べて貰うんでしょ?」
「――――ッ」
言葉を詰まらせ、若干頬を染めながらニコニコ顔のケイナから視線を逸らす。
確かにアリスは、自分が作った料理をシンゴに食べて貰いたいと思っている。しかしそれは男女の色恋的なものではなく、純粋にシンゴの為を思って、今の自分に何かできないかと考えた結果であった。
――今朝のシンゴは、どこかおかしかった。
本人は悪夢にうなされただけだと言って気丈に振る舞っていたが、あの引き攣った笑顔とぎらついた目が忘れられない。
何かを抱え込んでいるのは、火を見るより明らかだった。
どこか危うさを孕んだ彼の少年が心配で、アリスは先ほど水浴びの同行を申し出たのだ。
結果はお留守番という現状だが、それでも何かしなければと思い、初日とは違い料理の手伝いを申し出てみた。
何かおいしい物でも食べれば、少しは元気が出るかもしれない。そう考えての行動だった。
アリスは静かにぐっと拳を握ると、決意を宿した瞳でケイナを振り返り、
「ケイナさん。ボク、頑張るよ!」
「ええ、頑張りましょう!」
アリスの真似をして拳を握るケイナ。しかしふと、その顔が疑問の色に染まる。
ケイナの態度に拳を握ったまま固まるアリス。ケイナはそんなアリスの握られた“右拳”に怪訝そうに視線を落としながら、
「アリスちゃん。その手の痣……どうしたの?」
「え? ああ……これは一昨日、急に現れたんです」
アリスはそう呟きながら、自らの右手――その手の甲に浮かび上がる痣を見やる。
アリスの右手に浮かんだ痣は、日本で昔使われた家紋――右三つ巴によく似た形状をしていた。
シンゴの右手の痣といい、自分のこの痣といい、刻まれた箇所は同様に右手の甲。そして現れたタイミングもおそらく同じ。つまり――、
「一昨日……。その痣、シンゴ君の“アレ”と何か関係があるのかしら?」
「……たぶん、何らかの関係性はあると思います。けど、詳細までは……」
意識して濁されたであろうケイナの言葉に、アリスは難しい顔で頷く。
そんなアリスの様子に、ケイナもいつになく神妙な面持ちで尋ねてくる。
「“あのこと”……彼にはもう?」
曖昧なケイナの確認。しかしその言葉が指し示す事柄が何か、アリスは正しく認識している。というより、“アレ”意外にないだろうと。
アリスは不安げに己を見やるケイナを見詰め返し、かぶりを振ると、
「まだです。なかなかタイミングが難しくて。何回か言おうと思ったんですけど、色々あって……でも、今はそれで良かったと思ってます」
「どういうことかしら?」
「……シンゴは、死にかけました。その衝撃が抜けきっていない状態で話すのは、あまりいい結果にはならないと思い直したんです。それに彼は今、少し精神的に不安定な状態にある。だから、もう少し時間を置いてから打ち明けようと考えてます」
「そう……」
ケイナが相槌を打ったきり、二人の間には少しばかり重い空気が流れる。
おそらく二人とも、眼前の相手が同じ日の“あの”場面を回想していると、薄々であるが察しているだろう。
やがて、ケイナはこの重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、腰に両手を当てて胸を張ると、
「――でも、まずは朝ごはんをしっかり食べて、元気になってもらわないとね!」
眼前で揺れる二つの果実に「うっ」と喉が詰まるが、やがてアリスはくすっと笑うと、
「はい!」
気合を入れて赤玉にリベンジする様子のアリスに微笑ましげな視線を送りつつ、ケイナは頭の片隅で一昨日の出来事を思い返す。
シンゴが腹を貫かれたあのとき、ケイナも、そしてカズとユリカの姿もそこにあった。
最初は突然の可愛い乱入者に、「あらあら……」と苦笑を零していた。それに、あのときは感謝もしていた。何故なら、あの言い争いを一時ではあるが止めてくれたのだから。
しかし次に展開された光景に、ケイナは息を呑んだ。そして咄嗟にユリカの目を塞ぎ、眼前の惨状を見せまいとした。
場を重い沈黙が満たした。「また来る」と告げ、三人組が去って行っても、誰も喜びの声を発しようとしなかった。
しかし次に起こった出来事に、その場にいた全員が息を呑んだ。
痙攣し血反吐を吐き、やがて動かなくなった少年に、その仲間と思われる白い髪の黒い服を着た少女が鬼気迫る表情で、そしてどこか決心した様子で、少年の首筋に牙を突き立てたのだ。
それは、どこか妖気めいた危うさを孕んでいたが、不思議と目を奪われる光景だった。
しかし、次に起こった不可思議な現象に、その場にいた全員が目を見開いた。当事者のうちの一人である少女も、同じように眼前の現象に目を見開いている。
ケイナに至っては、思わず塞いでいたユリカの目から手を離してしまったほどだ。
そう、あれは――、
「シンゴ君のあの“翼”は……一体何だったのかしら」
そうひとりごち、ケイナは窓の外に昇り始めた太陽に目をすがめる。
その日、シンゴとユリカは帰ってこなかった。