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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:18 『バベルの塔攻略作戦・選択と三人目』

「ノーミ様。どうなされますか?」


「殺しますか?」


「まだいいわ。少し、お話をしてみたいから〜」


 物騒な事を言うテラとシアを、ノーミ・エコはどこまでもマイペースな態度で制止した。

 その指示に頭を下げて従い、さっと背後の出口を塞ぐテラとシア。


「…………」


 そんな双子の姿を確認してから、シンゴはゆっくりと立ち上がった。

 両隣のイレナといがみも、シンゴに続いて立ち上がる。


「どうして……」


 ポツリと、絞り出すようなその声に、シンゴ達は無言で前を見た。

 そこには、顔を俯かせ、肩を震わせるモプラの姿がある。

 現在モプラはフードを被っておらず、バンダナも取り払われており、今は痣と兎の耳が顕となっていた。


「どうして……来たんですか?」


 その声は震えており、嗚咽が混じっている。

 見れば、俯いた顔からはポタポタと滴がこぼれ落ちており、それを見たシンゴは胸の奥に痛みを感じて眉を寄せる。


「どうして……わたしなんかの、ために……ッ」


「モプラ、それは――」


「分からないん、ですか……うまくいくはずがないって事が……!」


「モプラ――」


「シンゴさん達では……テラさんとシアさんには絶対に勝てないんです。だから――」


「だから、お前を見捨てて命乞いしろってか?」


「そうです……」


「っざけんなぁ――ッ!!」


「――――ッ」


 シンゴの張り上げた怒声にモプラが、そしてイレナといがみまでもが目を見開く。

 後ろの双子がどんな反応をしているかは知らないが、ノーミ・エコはシンゴ達のやり取りを面白そうに眺めている。


 だが、そんなのは知った事ではない。

 今大事なのは、目の前にモプラがいて、ここにシンゴ達がいる――それだけだ。


 シンゴは、涙を流しながら下を向いているモプラを睨み付けると、ゆっくりと気持ちを落ち着かせてから話しかけた。


「いいか、モプラ。お前が言ってる事は正しい。俺達が逆立ちしても、後ろの二人には勝てないなんてのは、重々承知の上だ。――だけどな。それで諦めろって言われて、はいそうですかで引き下がるような奴なら、そもそもここに来てねえんだよ!」


 そうだ。シンゴは――いや、シンゴ達三人は、無謀だと理解した上でここにいる。

 その点について議論する段階は、もうとっくに終わっているのだ。だから、シンゴが声を荒げたのには、別の理由がある。

 それは――、


「お前、何を人生知ってますみたいな顔で、全部諦めてんだよ……なあ?」


「……そんなつもりじゃ」


「いいや、そんなつもりも何もそのつもりだ、お前は。俺も人生について語れるほど生きてねえし、バカだけど……それでもだ! 諦めて、全部投げ出すってのが間違ってるって事くらい分かんだよ!!」


「…………っ」


「だいたいお前、あの時は助けてって言ってただろうが! あれは俺の聞き間違いか!?」


「それ、は……っ」


 あの路地裏での一言について言及するシンゴに、モプラは動揺で言葉を詰まらせる。

 そんなモプラを見やりながら、シンゴは自分がここまで感情的になっている事に内心で驚いていた。


 幸い、作戦通りに事は運んでいる。しかし、本来のプランとかなりのズレが生じていた。

 だとしても、今は――。


「……のに」


 シンゴが覚悟を新たにしていると、不意に、モプラが小さく何事かを呟いた。


「あ? 聞こえ――」


「せっかく巻き込まないようにって思って出てきたのに――ッ!!」


 初めて聞いたモプラの大声は、悲哀に満ちていて――。


「どうしてなんですか!? どうして放っておいてくれないんですか!? わたしがいなくなれば、皆には危険は及ばないじゃないですか!! なのに、どうしてこんな……」


「そんなの決まってるじゃない――!!」


 今まで沈黙を貫いていたイレナが、叫ぶように声を荒げてシンゴの隣に立った。

 言葉を詰まらせるモプラを、イレナは瞳の奥に激情を揺らしながら見据え、


「モプラの事が心配だからでしょ! モプラはもうあたし達の仲間なのよ!? みんな、モプラが大好きだからでしょうが――!!」


「イレナ……さん」


「約束したわよね! あたし、待ってるって!」


「それは……」


「忘れたなんて言わせない! 言っとくけど、あたしは頑固よ! モプラが言ってくれるまで、ずっと待つわよ!?」


「…………っ」


 モプラはイレナの言葉に唇を噛む。口の端から、一筋の血が流れ落ちた。

 その痛ましげな様子に、一瞬だけイレナの気勢が削がれる。そのタイミングを見計らったかのように――、


「わたしは……」


 唇を震わせ、喉を震わせ、その小さな肩を震わせ、モプラは言葉を紡ぐ。まるで、己の罪を告白するように。

 いや、それは実際、罪の告白だった。


「わたしは……人を殺したんです」


「うん……知ってる」


 すぐさま持ち直したイレナが、間髪入れずに答える。

 モプラは言葉を一瞬だけ詰まらせるが、やがて自嘲するように乾いた笑みを漏らすと、


「わたしは……なんの罪もない人も、優しくしてくれた人も、小さな子供も……見境なく、たくさん殺したんですよ?」


「それは、あなたが意志を持ってやった事じゃないでしょ!」


「違います! わたしが……わたしが殺したんです! 権威を制御できていれば、『シャミール』も制御できたんです! だから、わたしが全部――」


「ごちゃごちゃごちゃごちゃとうるせぇ――ッ!!」


「ひぅ――っ」


 割り込んだシンゴの怒声に、モプラはその小さな肩をビクリと跳ねさせた。

 周りの視線が集まるのを感じながら、シンゴはそれらを意識して無視し、下を向くモプラを睨み付けた。


「イレナはそんな事は聞いてねえんだよ! どうしてほしいかって聞いてんだ! ごちゃごちゃと理屈こねくり回してねえで、頭ん中空っぽにして言えつってんだよ! お前が、モプラ・テン・ストンプが、本当はどうしてほしいのかを!!」


「…………わたし、は」


 消え入りそうな声でそう呟き、そのまま沈黙してしまうモプラ。

 その隣でニコニコしながらシンゴ達を見ているノーミ・エコ。その薄ら笑いが癇に障るが、余計な口を挟んでくれないだけましだ。


 シンゴはノーミ・エコに対し、黙ってろよ――という意を込めて睨み付けておき、その視線をモプラに戻すと、静かに告げた。


「モプラ。――俺の目を見ろ」


「――! 出来ません……!」


「見ろっつてんだ早く見ろぉ――!!」


「…………っ!」


 首を振り、拒絶の意を示すモプラに、シンゴは乱暴な言葉をぶつけた。

 この状況で、それは少女に向けるべき態度でもなければ、口調でもなかった。

 だが、そんな事など関係ない。


 本能が訴えていた。今この場で相応しいのは、決して甘やかすような言葉ではないと。

 今、本当に必要なのは、苛烈なまでに突き放すような、優しい非情だ。


「…………」


 モプラは怯えたように肩を震わせながら、沈黙を選択する。

 だが、シンゴも、イレナも、そしていがみでさえも、それ以上は何も言葉を続けようとしない。


 分かっているからだ。こんな状態で救い出したとしても、モプラ・テン・ストンプはきっとダメになる。生きる事を諦めたままでは、同じ過ちを必ず繰り返す。

 彼女はどこか、己の犯した罪に耐え切れず、死に場所を求めているように見えてしまう。

 だからこそ、シンゴは“選択”を突き付けた。


 生きる事を諦めるのか、それとも生きるために抗うのか、という選択肢を――。


 もしかしたらこれが、『時読み』が暗示した、モプラがすべき選択なのかもしれない。

 確証はない。が、少なくともここでモプラが“正しい選択”をしなければ、未来へと続く道から彼女は外れ、いずれそう遠くない内に奈落の底へと落ちるだろう。


 ウルトはモプラの安全を保証していたが、世の中そう都合よく出来ていない。他ならぬシンゴが、この世界に来てから数多の不都合に見舞われてきたのだからよく知っている。

 モプラの命が危険に晒されないだろうという確信は、残念ながらシンゴの中には欠片も存在していない。


 だからこそ、シンゴは願う。

 モプラが、自分の意志で、選び取ってくれる事を――。


 誰もが沈黙するこの空間は、重く、空気が張り詰めていて息苦しい。

 もしここでノーミ・エコ、もしくはテラとシアが無粋な横槍を入れくれば、キサラギ・シンゴは決して容赦しないだろう。


 勝てる勝てないは、この際さほどの問題ではない。

 この決意は、たかが分かり切っている勝敗如きで挫かれるほど、生半可なものではない。

 それに――、


「――――」


 シンゴは己の中で、脈打ちながら待機している、おぞましい何かの存在を感じていた。

 得体が知れないこれは、過去に何度か経験した事がある。


 シンゴはこの瞬間、己の中には得体の知れないモノが二つ存在していると、確かな理解を以て確信する。

 その二つを色で表現するなら、一つは無色。もう一つは、ドス黒い。


 今回は――ドス黒い方だ。


 今までは躊躇い、手を伸ばすことをこまねいていたが、今回は違う。

 邪魔をする輩がいれば、シンゴはこの怪しい存在に手を伸ばす事を厭わないだろう。


 身を委ね、意識を委ね、感情の全てを委ねる事になるだろうその機会は――幸いな事に、訪れなかった。


「……さい」


「――聞こえねえ。それに、人と話す時はちゃんと顔を上げろ」


 モプラが声を発した。それに対し、シンゴは突き放すような態度で応じる。


「……ください」


「俺の目を見ろ、モプラ。目を見て、話せ」


「〜〜〜〜ッ!!」


 モプラが、勢いよく面を上げる。

 ぎゅっと唇を引き結び、目には大粒の涙が浮かんでいる。そしてその桃色に輝く瞳が、シンゴの目を真っ直ぐ捉えた。


「うっ……!」


 『色欲』の権威による、浸食が始まった。

 甘美な衝動が込み上げてきて、目の前の少女以外が意識から弾き出される。

 このままこの甘い衝動に身を委ね、理性を埋没させてしまいたくなるが――、


「いっ……え……ッ!」


「シンゴ……」


「相棒……」


 自傷し、痛みで浸食を振り払う事はせず、シンゴは『色欲』の権威に真っ向から抗った。

 顔中から汗を流して、歯を食いしばり、ぐらつく意識を必死に繋ぎ止めながら、シンゴは目線を切る事無く、モプラに向かって叫ぶ。


「言え……モプラぁ!」


「…………ッ」


 シンゴの叫びに、モプラは込み上げてくる嗚咽を呑み込んで、強引に喉をこじ開けると――、


「たすけて……!」


「上等……だ……!」


 モプラ・テン・ストンプは選んだ。

 その事実に、シンゴは残った理性を総動員させて表情筋を動かし、笑みを形作ると、サムズアップで少女の勇気に賞賛を送った。


「うぁ……っ」


 しかしそれを最後に、辛うじて拮抗していたシンゴの意識が『色欲』に押し負ける。

 シンゴの体がぐらりと揺れ、その顔に恍惚な表情が浮かび上がる。口の端からは涎がこぼれ落ち、幽鬼めいた足取りで足を一歩、モプラに向かって踏み出した。


 ――次の瞬間、イレナといがみが動いた。


「イレナちゃん!」


「任せて――!」


「がっ――!?」


 いがみの言葉を合図に、イレナの手刀がシンゴの後頭部に突き刺さり、歪が前から足払いをかけた。

 二人の連携により、シンゴはその場で前方に回転。勢いよく顔面から地面に叩き付けられ、苦悶の声を漏らす。


「シンゴ!」


「相棒!」


「シンゴさん……っ!」


 イレナといがみ、そしてモプラの嗚咽交じりの声を聞き、シンゴは倒れたまま顔を横に動かすと、口角を持ち上げ――、


「ちょっと……手加減して、ほしかった……」


 二人の救済措置は、思ったよりも痛かった――。



――――――――――――――――――――



「――わりぃ、イレナ。お前の役割、なんか俺が取ったみたいになって……」


 吸血鬼の再生能力で痛みを振り払ったシンゴが、右目を隠しながらイレナに謝罪する。

 イレナはふらつくシンゴを咄嗟に支えると、苦笑しながら首を振る。


「いいわよ、もう。あたしの言いたかった事は、全部シンゴが言っちゃたんだから」


「カッコよかったぜ、相棒。さすがだぜ、相棒。惚れ直したぜ、相棒」


 サムズアップを向けてくるいがみを無視したシンゴは、先ほどの自分のヒートアップぶりを思い出し、改めて驚きを感じていた。

 しかし、その理由にはすぐに行き当たった。


 ――イチゴだ。


 モプラの姿が、どこかイチゴと被って見えたのだ。

 あの痛ましげなモプラの姿が、公園で泣きじゃくっていた昔のイチゴと重なった。

 だからシンゴは、思い返すと恥ずかしくなるような言葉を、真正面から全力で投げかけたのだ。

 もちろんイチゴはきっかけにすぎず、モプラのためだった事に変わりはない。


 そんな事を、考えていた時だった――。


 パチパチと、手を打ち鳴らす音が耳に滑り込んできた。

 そちらに顔をやると、今まで律儀に沈黙を選択していたノーミ・エコが、満面の笑みで手を叩いていた。


「ああ、とてもすばらしかったです、貴方の演説。思わず聞き惚れてしまったほどですよ〜」


「……そりゃどーも」


「いえいえ、謙遜する事などありませんよ〜。最初、私のお話がしたいという提案を無視された時は、テラとシアに殺させようかとも思いましたが、我慢して正解でした〜」


「――――ッ」


 今更ながら、シンゴは自分が危うい綱渡りをしていたのだと気付かされた。

 だが、そこに後悔はないし、モプラの件だけでなく、作戦の方に関してもある程度は手応えがあったのだから、結果オーライだ。


「ところで、ですが〜……」


 腕を組み、頬に指を当てたノーミ・エコが、不可解だとでも言いたげな表情を浮かべた。

 何事だとシンゴは眉を寄せるのを見て、ノーミ・エコは指を二つ立てながら、その内の人差し指でシンゴを指し示す。


「初めに申し上げましたが〜、どうして貴方は『色欲』に抗うなどといった、有り得ない事が可能なのですか〜?」


「……それに関しちゃ、俺が聞きたいぐらいだ」


「ふむふむ……全く以て、心当たりがない、と〜?」


「……ああ」


「――シア」


 ノーミ・エコはシンゴを見据えたまま、シアの名を呼んだ。

 何事だと後ろを見ると、シアが何やら小声で呟いた。そして、見えていないはずのその目でジッとシンゴを見詰め――、


「理由を知らないという事については本当のようですが、心当たりに関しては嘘をついてます」


「あら〜」


「な――!?」


 シアの述べたその一言に、シンゴは目を見開いた。――が、同時にすぐに理解した。これがウルトの言っていた、超直感だ。

 しかし、まさか嘘も見抜く類のものだとは思ってもみなかった。


 愕然とするシンゴに、ノーミ・エコは「さ〜て〜」と指を二本立てたまま、


「嘘はよくないですよ〜? 人は嘘をつく生き物ですが〜――……嘘をつく相手はえらびなさいな」


「――ッ!?」


 ノーミ・エコの顔は相変わらず笑顔なのだが、シンゴはそこに言い知れぬ怖気を感じ、咄嗟に身構えた。

 見れば、イレナといがみも、驚いた表情ですぐに動けるよう腰を落としている。

 そんなシンゴ達を楽しげに見やりながら、ノーミ・エコは「改めて〜」とシンゴを再び指差し、


「貴方のその心当たり、私に聞かせてくださいな〜」


「…………ッ」


 シンゴは奥歯を噛み締め、その心当たりとやらについてどうすべきか考える。

 真っ先に思い浮かんだのは、シンゴが有している『怠惰』の権威の存在だ。

 しかしそれは、おいそれと話せるものでない。そもそもウルトに、あまり話すなと注意されたばかりなのだ。


 だが――、


「心当たり〜」


「…………」


 何が楽しいのか、緑髪を揺らしながら体を左右にゆすり、こちらに指を向け続けるノーミ・エコ。

 シアがいる限り嘘は見破られる。かといって、ここで強引に作戦を次のフェーズに移行するには、まだ手応えが不十分だ。


 ならばここは、仕方がないだろう――。


「俺が……モプラと同じ、『罪人つみびと』だからだ」


「――――!」


 ここで初めて、ノーミ・エコが驚いた表情を見せた。

 そしてすぐさま、真偽を確認するようにシアへと視線を向ける。


 シアはその視線を受け、何やら意識を集中した。そして、信じられないといった表情で目を見開き、


「嘘は……ついてない。そういえば、その男の言葉を裏付ける不可解な点に心当たりが」


「それはなんですか〜?」


「『肉欲』を攫ってくる際にテラが殺したと申し上げたのが、その男です」


「……なるほど〜」


 今の短いやり取りでおおよそを察したらしいノーミ・エコは、シンゴに向けている指とは反対側の手の指を顎に這わせると、


「まさか、この都市内に三人も『罪人つみびと』がいるとは……さすがの私も驚きですね〜」


「――は?」


 今、ノーミ・エコはなんと言った?

 『罪人』が――


「三人……?」


「ええ、そうですよ〜」


 手を振りながら肯定するノーミ・エコを見ながら、シンゴ達は唖然として固まった。

 『怠惰』のシンゴと、『色欲』のモプラ。この二人までなら絞り込めるが、三人目というのが分からない。まさか、シンゴ達の知らない別の『罪人』が、ここに――『ウォー』にいるというのだろうか。


「ああ、三人目は〜」


 シンゴ達の顔からおおよそ察したらしいノーミ・エコが、その豊満な胸の上に手を当てながら、感慨深げに言った。


「私に『肉欲』の権威などについて教えてくれた、美しい女性でしたよ〜」


「女の……『罪人』ッ」


 投じられた驚愕すべき情報――三人目の『罪人』の存在が、新たな波紋を生む――。


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