第3章:16 『バベルの塔攻略作戦・開始』
今回短いです。
空が白み始め、鳥の鳴き声が響き渡る頃。
薄暗い部屋の中には、怪しげな肉塊が液体に浮かべられている瓶や、半ばで折れた直剣。用途の分からない物や、そもそも定義する事すら難しいオカルトグッズが散乱している。
そして一番部屋の面積を使っている、古びた本が大量に詰められた本棚に挟まれた唯一の通路の奥で、『時読みの魔女』は突然の来訪者を迎えていた。
「……珍しい客が来たものね」
「ご無沙汰してます、ウルトさん」
渋みのある声で挨拶して頭を下げるのは、裾の長い白のロングコートに身を包み、黒い髪をオールバックにまとめ上げた一人の男だ。
身長は高く、体型もがっしりと引き締まっているのが服の上から見てもよく分かる。
やがて男は下げていた頭を上げると、茶色の目でウルトを見据えた。
その精悍な顔立ちと、男の纏う雰囲気。そしてその瞳に宿る意志の強さから、相対した者も自然と背筋が伸びるような威厳が感じられる。
しかし、ウルトは変わらず自然体のまま、組んだ手に顎を乗せると首を傾げ、視線で男に来訪の理由を問うた。
「いえ、視察がある程度終わりましたので、遅くなりましたが挨拶にと寄らせてもらいました。……今は、そちらの姿なんですね」
「ええ、枠を空ける為にローブを“潰す”必要があってね」
「……何か、厄介事ですか?」
男の目が鋭く細められる。
常人なら、そのあまりの眼光の強さに思わず腰を抜かすか、気圧されて黙り込んでしまっていただろう。
しかし、ウルトはむしろ頼もしそうに口の端を持ち上げると、
「厄介事よ。だから、ちょうどいい所に来てくれて嬉しいわ。少し、手伝ってほしい案件があるのだけれど……大丈夫かしら?」
「……あまり、表沙汰にならないようなら」
「それは相手が相手なだけに、少し難しいかもしれないわね。でも、あなたなら造作もない仕事よ。――龍我」
「…………」
――――――――――――――――――――
見上げれば見上げるほど、その巨大さが実感できる塔の周りを鳥が数匹横切っていく。
灰色の石で作られているこの塔は、名を『バベルの塔』という。ここ『ウォー』の中心部にそびえ立っており、『ウォー』の心臓とも呼べる建造物だ。
役割としては、主に都市全般の管理をしている。所謂、役所のような所だ。
当然この塔の中には多くの役員が勤めており、周辺の警備は厳重らしい。ざっと見渡すだけでも、四人は警備兵が見て取れる。
しかしこの警備兵、見るからに眠たそうで、立って見張りをしている者は一人しかいない。
他三人は、何やらカードゲームに興じているようだ。
酒でも入っているのか、三人の顔は赤い。立っている者も顔が赤いところから見るに、おそらく交代で遊んでいるのだろう。
なんともこの荒くれ者の聖地と呼ばれる『ウォー』の警備兵らしいが、ウルトの曰く、ノーミ・エコの下に付いているからして、腕は立つとの事。
証拠に、現在見張り役をしている男は呑気に欠伸をしてはいるが、目は鋭く細められ、周辺を油断なく警戒していた。
「くぁ――……」
再び大きな欠伸をした男は、周囲への警戒は怠らないまま、ぐっと背伸びをした。
その、すぐ目の前を――、
「「「――――」」」
紫のローブで全身をすっぽりと覆い隠した三人組が、悠々と横切った。
しかし、男はまったくその三人に気付いた様子はなく、カードゲームに興じている他の警備兵三人も見張りの男に向かって汚い軽口を飛ばすが、視界内に入っているはずの三人組には反応を示さない。
まるで見えていないかのような反応だが、実際このローブを着た三人は今、周りから見えていない。
それが『時読みの魔女』から貸し出された魔具、『幻惑のローブ』の効力なのだ。
「はぁ……息が詰まる」
「ちょっと、シンゴ……!」
塔の入り口すぐ近くの茂みに身を潜めた三人組の一人――キサラギ・シンゴがため息と共にそうこぼすと、すぐさま隣のイレナ・バレンシールから小声で喋るなと注意が飛ぶ。
すると、最後の一人である捏迷歪が茂みから顔を出し、数秒ほど辺りを見渡してから振り返った。
「とりあえず、バレずに来れたみたいだぜ。次は塔内部への侵入だけど……」
「うん。扉、閉まっちゃってるわね……」
「それがなんだよ? 開けて入りゃいいじゃん」
「相棒……イレナちゃんでも理解しているのにさ」
「ちょっと! あたしでもってどういう意味むぐっ――!?」
歪に文句を付けようとしたイレナの口を二人の手が咄嗟に塞いだ。
しばらくもごもごしていたイレナだが、自分の声が少し大きくなりすぎていた事に気付いたのだろう。抵抗を止め、しゅんと項垂れた。
「……ふぉえんああい(ごめんなさい)」
「構わないよ。ぼくはイレナちゃんのプリティな唇に触れて大満足さ。――ここで死んでもいい」
「お前……真顔で言うなよ。つーか、あんまり喋ってると――っ!?」
しっ――とシンゴが咄嗟に口の前で指を立て、沈黙を促した。
それを合図に二人も黙り、動きを止める。そして視線だけをチラリと茂みの向こうに向けると――、
「…………」
じぃ――と、先ほどの見張り役の男の赤い顔が、すぐ目の前にあった。
酒気を帯びた呼気が顔にかかるほどの距離で、男は表情を消しながら無言でシンゴ達を凝視する。
心臓が早鐘のように鳴り、シンゴは背中に汗が伝うのを感じた。
しかしここでふと気付く。シンゴの視線と男の視線には少しだけズレがあり、辛うじて交差していない。
やがて男は鼻を鳴らすと、仲間達の元へと頭をガリガリ掻きながら戻って行った。
「はぁ……」
男の離れて行く背中を見送り、詰めていた息を吐き出すと同時に体の緊張が解けると、疲労感がどっと押し寄せてきた。
今のは本当に危なかった。もしも『幻惑のローブ』がなければ確実に見付かっていただろう。
「いやはや、今のはひやっとしたね。――ちょっと癖になりそう」
「……余計な事すんなよ?」
「分かってるぜ、相棒。今度は確実に仕留めてみせるさ」
「どう曲解した……っ!」
「もご――っ!」
「「うっ――」」
ずっと口をシンゴと歪の手で塞がれたまま放っておかれたイレナから、絶妙に威力が調整された苦言を呈する肘打ちが男二人の脇腹にめり込んだ。
今の苦鳴が見張りに聞かれていなかったのは幸いだが、男二人は口を手で押さえながら声を押し殺し、しばしの間、悶絶する事となった――。
――――――――――――――――――――
「――で、さっきの続きだけど、なんで扉が閉まってるとまずいんだよ。普通に開けて入りゃいいんじゃねえのかよ?」
「相棒、よーく考えるんだ。ぼくらは今、周りから見てどういう状態だい?」
「どういう状態って、そりゃ……」
シンゴは顎に手を当て、自分の着ている『幻惑のローブ』を見下ろす。
そして首をひねると、困ったように眉を寄せながら歪の顔を見返し、
「このローブの力のおかげで、俺らは所謂、透明人間になって……あ」
「あたし達のローブには、ウルトさんがしてくれた……えっと、設定だったっけ? とにかくそれのおかげであたし達は互いをちゃんと認識できるけど、周りの人からしたら見えていない。そんな状態のあたし達が扉を開けたら……」
「勝手に扉が開くっていう、怪現象が起きるな……」
そうなれば、少なくない騒ぎが起きるだろう。
最初こそ警備兵がざわつく程度だろうが、彼らがただの怠け者ではないという事は、つい先ほど身を以て経験したばかりだ。彼らはすぐに不審に感じ、上に報告、塔の警戒度が跳ね上がるだろう。
――なら、一体どうすればいいのだろうか。
難しい顔で考えを巡らせるシンゴだったが、不意に隣のイレナがため息をこぼした。
そちらを見やると、なにやら呆れた顔を向けられる。シンゴがきょとんと首を傾げ返すと、イレナが可哀そうな人を見る目でシンゴを見やりながら、
「ウルトさんの話、聞いてなかったの……?」
「えっと……それは、だな」
実を言うと、シンゴは考え事をしてしまっており、ウルトの作戦を半ば上の空で聞いていしまっていた。
何を考えていたかというと、あの校舎での出来事についてだ。
死んだはずの男、カワード・レッジ・ノウとの予期せぬ再会に、ベルフの所在判明。そのベルフに絡む形でカワードの口から出てきた、イブリースという謎の人物。
そして、自分でも制御できない、不可解な感情の蓄積。
「…………」
怒りや苛立ちといった、所謂、負の感情。あの時は蓄積こそしても、それらの感情は一向に減る事はなかった。
まるで空っぽの器に水をどんどん流し込まれるような感覚。
今までにあんな経験は一度もなく、もう二度と経験したいとも思わない。
ただ、その溜まり続ける感情に付随する形で、カワードは“資格”を持たないからだ、と言っていたのをぼんやりとだが覚えている。
教室から飛び出した辺りから記憶が曖昧でちゃんと思い出せないが、その“資格”とやらがあれば、あの感情の終わりなき蓄積現象は起こらないと考えていいだろう。
「…………」
――結局、ベルフには会えなかった。
このまま受けの姿勢でいたところで、ベルフには会えないだろう。なら、もう一度あの校舎に行く必要がある。しかし、そのためには“資格”というものが必要だ。でなければ、また同じ事の繰り返しで終わってしまう。
“資格”とは、一体なんなのか。それは実体のある物なのか。はたまた、目には見えない類のものなのだろうか。
「資格……」
「ちょっと……シンゴ?」
「あ、わりぃ。考え事してた……」
「もう……緊張感ちゃんと持ちなさいよ。今からあたし達がしようとしているのは、ほんとうに難しい事なのよ?」
「ああ、悪かった。ちゃんと切り替える」
一度深呼吸し、頭の中を意識してクリアにする。
そして、改めて目先の問題と向き合う。まずは、どうやって怪しまれずに塔内部に侵入するかだが、どうやらウルトの話の中にその辺りの助言はあったようだ。
「で、大変恐縮なのですがイレナさん。どうやって侵入なさるおつもりで? 『ゼロ・シフト』はまだここで使うわけにはいかねえんだろ?」
「うん、『ゼロ・シフト』はこの作戦の要だしね。だからここは――」
イレナが、今しがたシンゴ達がやってきた方に顔を向けた。シンゴも追う形で顔を向けると、なにやら先ほどの四人の警備兵と、別の箇所の警備に当たっていたらしい警備兵が合流していた。
合計で十六人の大所帯となった警備兵を見て、ヤバいんじゃね――とシンゴが冷や汗を掻きながらイレナに振り返るが、「黙って見てる!」と頬を指で突き返された。
すると、集まった十六人の警備兵が揃って移動を始めた。
向かう先は、塔の入り口だ。
「ちょうど交代の時間なのさ。ぼくらは彼らに交じって――侵入する」
「なるほど……そういうこと、な」
「行くわよ……!」
三人は互いに頷き合うと、なるべく音を立てないように茂みから抜け出す。
やはり警備兵達は手練れのようで、内何人かが微かな物音に反応してシンゴ達の方を見やるが、シンゴ達には『幻惑のローブ』がある。彼らは首を傾げ、互いに気のせいか――と笑い合い、そのまま怪談話に花を咲かせ始めた。
その最後尾に何食わぬ顔で加わり、シンゴ達はさほどの苦労もせず『バベルの塔』内部に無事、侵入を果たすのだった――。
なるべく読みやすいようにしたいと思い、今回からなるべく削り、一話の文字数を抑えてみました。
次回からもこの方式でいってみようかなと考えており、これにより更新速度もある程度は上がると思われます。ただ、どうしても長くなってしまう場合もあります。その際は、なるべく一万字は超えないように努力する所存です。
もしも、読み応えがなくなった、内容が薄くなった、前の感じのがいい、などと感じられたら、遠慮せずに竜馬まで申し付けてください。




