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虚飾のアリス ‐不死の少年と白黒の吸血鬼‐  作者: 竜馬
第3章 誘蛾灯に魅入られし少女
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第3章:6 『時読みの魔女』

「ごほっ、けほっ……凄いほこりね」


「ぶえっくしょい!! それに加え、なんかちょっと寒いな……」


 イレナの咳に続き、シンゴは大きなくしゃみを上げ、二の腕をさすりながら肩を震わせた。

 シンゴ達は現在、とある廃墟の床下にあった隠し通路を下へ下へとおりている。

 というのも、急に床下から現れた男の子が一言「きて」と告げたのが、シンゴ達がこんなほこり舞う階段を下りている事の発端である。


「――というより、辛気臭いよね」


「あの、それは言い過ぎ……ごめんなさい! 何でもないです!!」


 先頭を行くイレナとシンゴの後ろで、捏迷歪ねつまいいがみが容赦ない感想を零した。それを嗜めようとして途中から自主的に謝罪するのは、びくびくとウサギのように小さくなって怯える、見た目、十歳〜十三歳の少女。フードを目深に被った、モプラ・テン・ストンプだ。


「――お」


 モプラが体を小さくしながらイレナに抱きつくのを横目に、シンゴが進む先に見えた明かりに声を上げた。その明かりを目指して階段を下り切ると、そこには予想に反して広々とした空間が広がっていた。光源は、四隅に備え付けられた拳大の石のようだ。所謂、『魔石』とかいうやつの一種だろう。


「ふむ」


 シンゴは顎に手を当てながら、ぐるっとこの空間に目を走らせた。

 この空間内には書棚が複数あり、ほこりを被った本がその棚に綺麗に整頓されて収められている。それだけではない。他にも刃こぼれした武器や、奇妙な衣類。用途の分からないような物から、そもそも何なのかさっぱり分からないガラクタが乱雑している。挙句の果てには、禍々しい雰囲気を放つ、元が何の生き物の体の一部なのか判然としない目玉や腕、不気味に脈打つ肉塊などがビンの中の液に浮かんでいる。


 そんな禍々しいアイテム一覧を一通り眺め終えたイレナが、「うえぇ……」とげんなりした顔で舌を出して呻き、そんなイレナにしがみ付くようにして顔を押し付けるモプラが「ひぃぃ」と情けない声を上げる。

 ただ、歪に関しては真逆の反応で、瞳をキラキラさせながらミイラ化した何かの手と握手していた。


 そんな彼ら彼女らを尻目に、キサラギ・シンゴは怯えるでも、気味悪がるでも、感心するでもなく、ただ眉根を寄せて奥を見据えていた。

 書棚に挟まれるような形となっているこの空間の真ん中には何も置かれておらず、まっすぐ奥に続く道となっている。


 そしてシンゴの視線はその奥、黒い布をかけた机に肘を突き、全身、頭までもすっぽりと覆う紫紺のフード。その隙間から唯一見えるしわくちゃの口元に微笑を湛え、悠然とこちらを見据えている老婆に向けられていた。


「――え? 誰よ、あの人……」


 イレナもどうやらあの老婆に気付いたようで、目を見開いて驚きを顕にしている。

 そしてイレナの今の声で歪とモプラも老婆に気付いたようで、「うわ」やら「ひゃわ!」など各々の反応を見せる。

 そんな中、シンゴはごくりと喉を鳴らすと、


「……あんた、誰だよ?」


 シンゴの誰何すいかを問う質問に老婆は喉の奥からしゃがれた笑声を漏らすと、ゆらりと枯れ枝のような腕を上げ、身構えるシンゴ達に向かって手招きした。

 こちらに来いという意味らしい。


「……よし」


「ちょ、ちょっと、シンゴ……!」


 老婆の手招きに応じて歩き出すシンゴに、イレナが憂慮を宿した小さな声で呼び止めようとする。

 しかしシンゴは取り合わず、ゆっくりと古本屋のような匂いがする書棚の間を抜け、老婆の前に立った。


「――――ッ」


 改めて、紫紺のローブに身を包む老婆をすぐ目の前で見てみると、その身に纏う異様な雰囲気に思わず息を呑む。不気味、その一言では言い表す事は難しい。この老婆から感じるのは、もっと複雑な何かだ。あらゆるものをない交ぜにして、それらを全てその内に押し込んでいるような、そんな感じだ。


 ふと視線を落とすと、机の上、老婆の手元には、透き通るような明度を誇る丸い水晶が置かれている。それを見て、シンゴは先ほどから感じていた既視感が理解を得て、氷解する音を聞いた。この老婆の身形は、所謂――、


「よー来たの。わしはウルト。時読みの魔女などと言われておる」


「……占い師、みたいな感じか」


「その認識で相違ない」


 シンゴがこのウルトと名乗る老婆に感じた既視感――占い師という呼び方に、ウルトは口元に微笑を張り付けたまま首肯して、シンゴの考えを肯定した。

 ウルトとか言うこの占い師に敵意がないと理解したらしく、後ろから他の三人が警戒しながらも近寄ってきた。

 そして目の前のウルトをまじまじと見て、歪が「時読みの魔女……ね」と呟く。

 それを受け、ウルトはくつくつと喉の奥を鳴らし、


「わし自ら名乗った訳ではない。客が勝手にそう呼んでおるので、わしも使わせてもらっとるだけじゃ」


「客?」


 シンゴの問いかけに、ウルトは手元にある水晶を細い指でコンコンと叩きながら告げる。


「わしはこれで未来を読む。それを商売にしとるんじゃよ。生きていくには金が必要じゃ。それに、子供達を養うためにものぉ。これでも結構、裏の世界では名が通っておるんじゃぞ?」


「待て。その子供達ってのは、さっきの子も……」


「うむ。お前さん達を迎えに行かせた」


「俺達を……迎えに?」


 不審げに眉を寄せるシンゴに、ウルトはしゃがれた声で笑いながら「今、言ったとこじゃろう」と言いながら再び水晶を小突き、


「お前さんらがここに来るのは、これで知っておった。じゃから、マルスに迎えに行かせたのじゃよ」


「マルスって……ああ、さっきの子か」


 にわかに信じ難い事だが、このウルトとか言う占い師はシンゴ達がこの上の廃墟に迷い込む事を予知していたらしい。

 しかし、数多ある廃墟の中でここを選んで飛び込んだのは、特に理由があっての事ではない。その廃墟の下が偶然にも占い師の住処でしたなど、不幸に定評のあるシンゴにしては都合が良すぎる。シンゴは嘘でも自分が幸運な方だとは言えない。

 すると、そんなシンゴの思考を読んだように、ウルトが手を横に振りながら言う。


「別に、この上の廃墟だけがここに通じている訳じゃないわい。他にも道は多々ある。ただ、偶然と言うならば、この場所に一番近い廃墟を選んだというところだけには当てはまるかのぉ。まあそれも、結局はここに来るまでにかかる労力と時間が変わるだけじゃがな」


 そう告げ、しゃがれた声で笑う老婆に薄気味悪いものを感じ、シンゴは失礼だと理解していながらも顔をしかめてしまう。しかし、ウルトはシンゴのそんな無礼な態度に怒るでもなく、おもむろにその顔をシンゴの後ろ――イレナに向けた。


「そっちの嬢ちゃんは、何か聞きたい事があるようじゃのぉ?」


 急に話を振られたイレナは一瞬驚きはしたものの、すぐさま冷静な表情を纏い直すと、「うん」と首肯し、


「さっき、子供“達”って言ったわよね? それに、ウルトさんが面倒を見ているようにも。それってつまり、さっきの……マルスって子以外にも子供がいて、ウルトさんはその子達を――」


「……あれじゃ。この上は知っての通り、人の営みが忘れられた場所じゃ。故に、行き場を無くした子供や捨て子などが多くいてのぉ。それに、お前さんらも知っておるじゃろうが、『ウォー』は無法者の聖地じゃ。男児は奴隷として人身売買にかけられ、女児は問答無用で凌辱される。――反吐が出るわ。わしはそんな子供達を放っておけんでのぉ……」


「…………」


 ――重い。あまりにも重い現実だ。


 男児は売られ、女児はいいように弄ばれる。それらは確かにシンゴの居た元の世界でもあるにはあった。だが、平和な日本で暮らしていたシンゴには、想像もつかない世界の話であり、認識としては対岸の火事だった。だが、目の前の事実は現実で、そして地獄だ。ウルトが言った通り、吐き気がする。


 子供達が生きにくい環境――世界。同情するのは、彼ら彼女らにとって余計な気遣いなのかもしれない。同情は金にもならなければ、空腹を満たしてくれる訳でもなく、非情な悪意から身を守る盾にもならないのだから。だが、ウルトは同情に留まらず、行動を起こした。それは、イレナが育ったバレンシール修道院/孤児院を営むアネラスと同じだ。


 ――素直に、凄いなと思う。


 こんな理不尽な現実に屈さず、必死に生きようと足掻く子供達。そんな子供達を不条理から守り、そして共に歩む道を選んだウルト。彼らの生き様を真似ろと言われても、シンゴには決して不可能な道だ。その絶望の重さにすぐに潰れてしまうだろう。だから、彼ら彼女らに抱くのは、ただただ純粋な敬意と尊敬のみだ。


 シンゴがそんな感慨を胸にして、顔を伏せていた時だった。雰囲気が重くなったのを感じたのか、ウルトが「さて――」と空気を切り替えるように机をトンと叩くと、


「隠れとらんで出てこんか、マルス。挨拶せぇ」


 ウルトがそう背後に呼びかけると、そこには暗くて気付かなかったが、よく見てみると通路のような穴が空いていた。そしてウルトの呼びかけに、マルスと呼ばれた先ほどの男の子が姿を現す。さらにその後ろ、興味深そうな表情をした顔が複数、こちらを窺うように覗き込んでいる。性別も、肌の色も、髪の色も、年齢もバラバラ。中には獣の耳が頭部にある者もいる。一つだけ共通しているのが、皆、年端もいかない子供であるという事だ。  

 おそらく彼ら彼女らが、ウルトの言っていた子供達なのだろう。


「この子がマルス。子供達の中で一番の年長で、十三歳じゃ。人見知りな所があるが、根は優しい子じゃ。ほれ、マルス。挨拶はどうした?」


「……ウルト姉ちゃん、でも……」


「ええから、ほれ」


 背中をウルトに押され、マルスは渋々といった様子で前に歩み出た。そしてシンゴ達とは目を合わさず、小さな声で「マルス……です」とだけ告げると、ちらりとイレナの後ろから顔を覗かせているモプラを見た。

 モプラもその視線に気付くが、彼女の反応は脱兎の勢いでイレナの背に顔を隠す、だった。


「…………」


 そんなモプラの様子を無言で見届けたマルスは、回れ右。そのまま駆け足で奥の通路に飛び込むと、同時にこちらを覗き込んでいた複数の頭も引っ込む。

 マルスと子供達の様子を見届け、ウルトは「やれやれ……」と、見た目を裏切らない老成したため息を吐き、シンゴ達に向き直ると、


「あまり気を悪くせんでおくれ。あれでも機嫌はいいみたいじゃからな。普段なら一言も喋らずに奥に引っ込む子なんじゃが……どうやら、そこの小さなお嬢ちゃんが気に入ったようじゃ」


「うえ!? そんな、わたし……凄く、困ります! 本当に……凄く、ダメです……」


「わーお。すごいね、モプラちゃんは! 少年の恋心を即座に一刀両断。悩む素振りも見せないなんて、カッコよすぎるぜ! 思わずぼくが惚れちゃいそうだよ」


「ふぇ――!?」


「怯えさせんてんじゃねえよ。あと、お前の場合は犯罪になるからやめろ」


 モプラに向かって親指を立てる歪の頭に、シンゴが半眼で手刀を入れる。

 頭をさすりながら、「君だってさっき、欲望のままに――」と先の出来事を掘り返す歪に二刀目を叩き込みつつ、シンゴはにやにやとした笑みを浮かべているウルトに向き直り、


「つか、ウルトさん。マルスに『お姉ちゃん』なんて呼ばれて……いや、呼ばせてんだな」


「き、決めつけで言いよるの……」


「趣味悪いよね、ババア」


「ああ、軽蔑するな、ババア」


「喧嘩売っとんのか若造ども!?」


 シンゴの言葉に歪が続き、二人による集中砲火に耐えかねたウルトが抗議の声を上げて立ち上がった。

 アネラスの時もそうだったが、どうやらシンゴは老女に対して口が悪くなるらしい。かといって、もちろん本気でやっている訳ではなく、先ほどの重い空気を換気しようと思ってのシンゴの発言だ。


 ちなみにだが、シンゴは反抗期と呼べるものを経験していない。それはシンゴ達を育ててくれた祖父母に対し、どこか遠慮があったからだとか、そんな事情ではない。ただ、自分でもよく不思議に思う事ではある。反抗期は思春期でも大事なものだ。それを経験しないで成長するのはあまり心が成長しないと言われるが、そうなるとキサラギ・シンゴはどうなのだろうか。


 そんなこの場で必要のない思考に没頭していきそうになるシンゴ。そんな彼の意識を現実に引き戻したのは、隣から発せられた捏迷歪ねつまいいがみの声だった。


「時読みの魔女って言うからには、つまりは未来が占えるって事だよね? 子供達に自分の年齢を偽る人の事だし、嘘くさいよねぇ」


「言ってやるなよ、歪。ウルトさんは子供達のためにやってんだよ。例えそれが詐欺で稼いだ汚れた金だったとしても、背に腹は代えられないってやつだ。――な、ウルトさん?」


 歪の皮肉に、シンゴはほとんど条件反射で皮肉を重ねた。言ってから、ちょっと今のって言い過ぎではなかろうかと気付き、ウルトに視線を向けると、当のウルトは顔を伏せて肩を震わせていた。おそらく怒っているに違いない。

 その様子を見て固まるシンゴと、「ちょっと読書してくるぜ」と言い残し、本棚の後ろに隠れる歪。


「ちょっ!? 歪、お前、それは卑怯――」


「やりすぎよ、シンゴ! 年配の方にあの態度はないわ! ウルトさんだって、怒って当然よ! あたしだったら、即刻ぶっとばしてるわ!!」


「おい待――いや、待ってくださいイレナさん! 怒るのはウルトさんであって、あなたではありませんから! だから、俺の胸ぐら掴み上げるのやめてくださいって――!?」


 胸ぐらを掴んでシンゴの体を浮かせてくるイレナの女子らしからぬ力に、シンゴは顔面を蒼白にして許しを請う。

 そんなシンゴを半眼で見やりながら、イレナが引き結ばれた唇を開く。


「ごめんなさいは?」


「ごめんなさい!」


「あたしじゃなくて、ウルトさんによ!」


「はいィ――ッ!?」


 地面に足を下ろされると同時に首をぐりっとされ、シンゴの顔が強制的にウルトへと向けられる。激痛にタップするシンゴだったが、より力が入れられたので、念の為に右目を閉じておき、泣く泣くシンゴは首の激痛に耐えながらチラリと視線を歪に向けた。


 確かに悪いのはシンゴだが、それを言うなら歪もだろうと、シンゴは恨みがましい目線を本で顔を隠す歪に送る。ふと、そのすぐ近くに歪と同じように本で顔を隠すモプラの姿がある事に気付いた。どうやらイレナの剣幕にビビり、安置に避難したようだ。


「裏切り者ども……ッ」


「――シンゴ?」


「すいません――!?」


 恨み言を吐くシンゴの名をイレナがドスの効いた声で呼ぶ。途端、シンゴは背筋を正し、頭が固定されていて腰が折れないので、代わりに目線を伏せ、


「ごめんなさい、ウルトさん! ちょっと悪ふざけが過ぎ――」


「いいじゃろう。そこまで言うなら、証拠を見せてやろう」


「――ました……って、は?」


 謝罪の途中で割り込んだウルトの言葉の意味が即座には理解できず、シンゴはポカンとした顔で口を開ける。そんなシンゴにウルトは「じゃから」とため息を吐き、


「嘘ではない証拠を見せてやると言っておるのじゃ。今からお前さんらの未来を軽く占う事で……の」


「……まじで?」


「まじじゃ」


 ウルトの大人の対応を受け、あまりの己の幼稚さに自己嫌悪に陥る。同時に、何食わぬ顔で隣に戻ってきている歪に殺意が湧く。

 すると、こういう話には真っ先に食い付くだろうなとシンゴが思っていた人物が、シンゴの予想に違わず食い付いた。


「うそ! ほんと!? じゃ、じゃあ、あたしが一番――!!」


 威勢よく手を挙げるイレナが期待通りというか、想像通りでシンゴは苦笑した。そして、ふと隣でモプラが小さく手を挙げているのを見て、思わずほっこりした。

 シンゴの温かい視線に気付いたらしいモプラは、フードの隙間から見える頬をリンゴのように赤くさせ、すっと手を下ろし、イレナの後ろに隠れた。


 そんなモプラの年相応な態度に笑いを噛み殺していると、不意に紫色の光がシンゴの横顔を照らした。

 ぎょっと目を見開いてその光の元を見ると、ウルトが水晶に向かって両手をかざしており、紫の光はその水晶から迸っていた。


「名前は?」


「え、あたし? あたしは、イレナ・バレンシール……です」


 驚きに目を見開くイレナに名を尋ね、ウルトは紫のフードに隠された視線を水晶に向けた。

 目の前で、占い師が占いをする際のあのお決まりの手順、そのまんまを実行するウルト。

 シンゴは占いを信じる方ではない。たまに朝の番組で星座占いを見るが、イチゴや前田などと一喜一憂するくらいで、結局のところ話のネタにぐらいにしか捉えていない。所詮シンゴにとって占いとは、その程度の存在なのだ。


 だが、ここでは訳が違ってくる。魔法あり、魔物あり、獣人あり、吸血鬼ありの異世界であるここは、未来を占うという事自体、本当に有り得てなんら不思議ではない。――否、この世界では、シンゴの中の不思議は常識と成り得るのだ。

 すると、シンゴがそんな事を考えている内にどうやら占いの結果が出たようで、ウルトがそのフードに包まれた顔を上げ、イレナへと向けた。そして――、


「イレナ・バレンシール。お前さんは、そう遠くない内に白馬の王子に出会うじゃろう」


「な――なんですってぇ!? え、えっと……もう一度!」


「白馬の王子様に出会う」


「え、うそ……本当に? つまりそれって、あたしの旦那さんになる男の人って事よね? ど、どうしようシンゴ!? あたし、白馬の王子様に会えるんだって――!!」


 何やら、驚きと嬉しさと興奮と少しの照れが混ざり合った複雑な表情をイレナが向けてくる。その全てを受け止め、シンゴは「白馬の王子、か……」と瞑目して腕を組んだ。やがてカッと目を開くと、イレナに向かってウインクしながらぐっとサムズアップして一言。


「綺麗な毛並みだといいな!」


「馬じゃないわよ馬鹿!!」


 シンゴの腹にイレナの鉄拳が突き刺さり、シンゴはキメ顔でサムズアップしたまま床に沈んだ。

 そんなシンゴを近くにいたモプラが助けるべきか逡巡し、手をあたふたさせながら狼狽える。彼女は、悩んでいる時点でシンゴの心にも追い打ちをかけているという事実に気付いていない。そして次に時読みの矛先が向いたのは、そのモプラだった。


「そっちの小さい方のお嬢ちゃん、名前は?」


「ひゃい!? わ、わたし、ですか!? わたしは、もぴゅ……モプラ・テン・ストンプです!」


 自分の名前を盛大に噛むが、強引になかった事にしたモプラが己の名を告げる。

 それを受け、ウルトは再び水晶を紫に輝かせながら意識を集中させる。そして――、


「お前さんは、もうすぐ選択を迫られる時がくるじゃろう。とても勇気がいる選択じゃ」


「せ、選択……ですか?」


 その占いの内容に、モプラは胸元に両手を引き寄せて不安げに問い返す。しかし、ウルトはモプラではなく水晶の方に視線を未だ向けており、


「む……まだあるようじゃな」


「え……?」


 そう呟くと、ウルトはようやく水晶から視線を切り、こわごわと占いの結果の続きを待つモプラにフードに包まれた顔を向け、


「さっき言った選択、何を選ぶかはお前さん次第じゃ。しかしその選択のうちの一つ、その先には龍がおる。選択を間違えなければ、お前さんは龍と共にあるじゃろう」


「り、りゅう……ですか?」


「そう、龍じゃ」


 厳かに頷くウルトに、小首を傾げるモプラ。お互いフードで目元が隠れているので、何か怪しい宗教の人達みたいだなと思ってしまったシンゴを、誰も攻める事はできまい。

 おそらく紅くなっている右目を閉じたシンゴが体を起こすのを尻目に、歪がずいっと一歩前に進み出る。


「次はぼくの番だ。捏迷歪ねつまいいがみです。どうかぼくのお嫁さんを教えてください」


「いや、お前それは絶対に――」


 ――無理だろ、と続けようとしたシンゴの言葉を遮るように、ウルトが告げる。


「お前さんはそう遠くないうちに、つがいと本当の意味で相対するじゃろう」


「まじかよウルトさん!? いくらなんでも嘘だろ! 歪までそんな――」


「まじじゃ」


「――――」


「おい歪、その無言のドヤ顔やめろ! 他人の幸福ほど妬ましいものはねえってのはこの事かチクショウ――ッ!!」


 他人の不幸は蜜の味。ならきっと幸福は、青汁にくさやと納豆をぶち込みさらに倍プッシュで発酵させてからミキサーしたような味なのだろう。

 床を握り締めた拳で打ちつけるシンゴだったが、やがて床ドンを止め、ゆるりと立ち上がった。そして指をパチンと鳴らすと、ウルトに向かってサムズアップを突き付け一言。


「信じてますぜ、ウルトさん!」


「勝手に信じられても、このやり方じゃと狙った未来など見えんよ」


「信じてますぜ、ウルトさん!」


「……はぁ。名前は?」


「信じてま――っと、名前か。キサラギ・シンゴ。どんな字書くかも教えた方がイイ結果が出たりとか?」


 シンゴのよりよい結果が欲しいという欲望が見え見えの質問に、ウルトはその枯れ枝のような指をこれまた老木のような顎に這わせ、しばし沈黙。そして、


「一応、聞いておこうかの」


「おっけ! 樹木の木に、更に向こうへの更。もう一回木が生えて、最後に心と守護の護だ!」


 ウルトは、シンゴの分かりづらい説明に相槌を打ち、


「そっか。いい名前じゃの」


「だろ! で、いい結果出そう!?」


「わしの時読みに名前の書き方なんぞ関係ない」


「なぜ聞いたし!?」


 無駄なやり取りだと告発されて目を剥くシンゴをウルトは無視し、老婆は水晶を紫色に輝かせながら未来を読み取りにかかる。

 釈然としない気持ちにさせられながらも、シンゴは期待に胸を躍らせる。

 キサラギ・シンゴが今一番知りたい未来。それは、シンゴの隣にイチゴの姿はあるか否かという情報だ。


 先ほどウルトは狙った未来など見えないと言ったが、それは決してシンゴが知りたいと望む未来を引き当てる事はない、という訳ではないはずだ。だから、否が応でも期待は高まる。

 だが――、


「……なんじゃ、これは?」


「――へ?」


 期待に瞳を輝かせるシンゴの目の前で、ウルトがそんな不穏な言葉を零した。

 遅れる事三秒。シンゴは今のウルトの零した言葉が、決してプラスな反応ではない事に気付く。同時に、シンゴは血の気が引いていくのを感じ、恐る恐る沈黙するウルトに問いかけた。


「何か……ヤバい未来、でも?」


 ――しかし、事はシンゴの想像の斜め上をいった。


 ウルトは水晶から視線を外すと、フードに覆われ、しわが浮かぶ口元のみが覗く顔をシンゴに向けると、信じられないといった声音で時読みの結果を告げた。


「お前さんの未来は……読めなんだ」


「――え? まじで?」


 呆然と目を見開いて問いかけるシンゴに、ウルトは厳かに頷くと、


「まじじゃ」


 そう、首肯したのだった――。


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